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    クリスタルの断章

    そのクリスタルは、無限とも思える情報を記録できる情報媒体だった。現代にこぼれ落ちた微細なかけらには、小説のようなものが記録されていた……。オリジナル小説ブログです。

    暑い日の話

    その他いろいろ

     暑い。晴れたのはいいが暑い。しかもこれも夏の暑さとしては軽いジャブみたいなものだろう。

     それはそれとして、暑いと自分でもわけのわからないことを書いてコメントしてしまう。冷房をつけたらいくらかマシになるのではないかとも思うが、温度設定を高くしているため、こんな冷房をかけるくらいなら窓を全開のほうがまだマシだ、という状況なのである。

     冷房なんて37度になってからでいいのだ、などと考えていること自体、頭が煮えている証拠なのかもしれない。ぐつぐつぐつぐつ。

     それはそれとして(わたしこの言葉異様に好きだな)、とあるクローズドなゲームサークルで、サークルのゲーム登録のしかたがよくわからなくなってきたので、要約すると「パソコンの操作方法がわからなくなってきたので難しいけどパソコン操作の勉強をしよう」と雑談スレッドに書いたところ、サークル主にたっぷりと叱られてしまった。いえわたしは単に、愚痴をこぼしただけですけど、と返事したら、「愚痴はいりません」と返された。

     わたしは、一瞬、「雑談とはいったい何をどうすることなのか」という実存的な問題を突きつけられたような思いがした。

     オチはない。
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    「セックスレスな男たち」読む

    読書日記

     家田荘子による、1990年代の「セックスレス」問題に対する、当事者の男性を中心としたインタビューによるドキュメンタリー。結婚して奥さんもらって、しかもほとんどセックスしない、しても年に2、3度、なぜ? という家田荘子の疑問に男どもが答えていくわけだが、なんというか、家田荘子の意に反し、「男どものいいたいことがよくわかってしまう」ところが2020年代のセックスレス問題の根深さと底の知れなさを物語っている。わかりみがふかい、というより「わかりみしか存在しない」。よくもまあここまで集めたな、というような、「結婚不適格者」のオンパレード。いっちゃあなんだが、ここに書かれている男たちは、「もとから結婚なんかするべきじゃなかった」やつらばかりなのである。社会的な体面とか、そうしたことで結婚した挙句、「不幸しか生まれる理由がない」生活が、そのまま現前してしまった形である。インタビュアーの家田荘子はイライラしているのだが、男たちは当たり前の生活を当たり前に送っているだけなので、もうほんとに馬耳東風。それが一種異様な「痛快さ」を醸し出していて、セックスレス男性は快哉を覚えること疑いなしである。家田荘子がいくら病的だのなんだのいってみても、しかたないだろう、セックスよりほかにもっと楽しいことが存在するんだから。そんな割り切り方をすることが不公正だといってみても、現に2020年の現代ではセックスレスだの草食性だのはもう当たり前の日常であり現実である。それで日本人が絶滅したらどうするのか? 安倍首相と自民党を「ただそれが正しそうだというだけで」なんとなくだらだらと支持し続けている今の日本人にそんなことをいわれたくはない。なるようになったがゆえに今の政体があるのと同様、なるようになったがゆえにセックスレスは増加し出生率は低下しているのだ。むかしむかしのシュメール人のごとく、なるようになったがすえに、周辺民族に溶け込むようにして「謎の消滅」を遂げることで、後世の歴史家さんたちに研究材料を提供するのもまた乙なものではないだろうか。そんな感想を持ったことからもわかるとおり、わたしの抑鬱はひどいらしい。まあ、こんな人生を子供に送らせるくらいなら、最初から作らないほうがマシだな……。

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    我慢すること

    X氏の日常

     なんであれ、

     と彼は思う。

     「我慢すること」が本質になってしまったら即座にそこから手を引くべきだ。

     「プレーすること」よりも「我慢して練習すること」が本質になってしまったらスポーツなどやめるべきだし、

     「日常生活を営むこと」よりも「我慢して相手に耐えること」が本質になってしまったら離婚を考えたほうが身のためだろう。

     「給料をもらうこと」よりも「我慢して仕事をすること」が本質になったら何をかいわんや。

     そうでないと、頭がおかしくなる。世界はおかしくなった連中でいっぱいだ。

     だいたいそのまま放っておくと、

     宗教からして、「安心立命すること」よりも「我慢して修行に耐えること」のほうが本質になってしまうくらいだから。

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    きみのことは尊敬しているけどそのギャグセンスはおれには合わんのだ

    その他

     ……いや、だから、新刊もらえるのはありがたいんだけど。だからこう、一ページ目から。登場人物紹介だけで。ああ。そういう設定でつかみにかかるのね。アイデアはいいと思うよ。だけどおれにはなんというか、イラつくというか、わざわざそんな妙なことしなくてもというか。で、ページをめくると。うわー、のっけからこうきましたか。たしかに、あの設定でこのシチュエーションだと、そういうことになるわなあ。うん、意外だし、作品も膨らむ。だけど、その、なんだ、絶妙にボーク球がくるというか、ごめん、そのネタでは笑えない。むしろ悲しくなってくる。で、次のページ。ああ。やっぱりそうなるのね。でも、そんなことをするのは人としてどうなのよ。アイデアはいいよ。たしかにいいよ。だからといって、笑えるかというと、無理なわけで。痛いのよ。最近の若者はこんな状況で笑えるわけ? うーん、ごめん。最近の若者がこれで笑うのが当たり前なら、おれ、最近の若者になんか死んでもなりたくない。いや、ウケるのはわかるけど、これでウケたら、日本なんて国はもう滅亡してもいいんじゃないのかな。で、次のページ、うわーっ、これはちょっとやりすぎだよ。やりすぎもいいとこ。いや、さっきの展開がウケるなら、その上を行くこれがウケるのもわかるけど。なにこの隔靴掻痒状態。おれの笑いのツボをことごとく外していく。そんな、イタくて苦しくて、ページを読むのにブリッジを決めないとまともな精神状態で読めないギャグの上にストーリーをそう進めますか。編集部も、えぐいことさせるなあ。で、そうなると。うーん、ここでそのキャラにそれをさせるの? ホントマジで、人としてどうよ、としか。あーっ、そんなハズしかたするわけ? 身体の中心線を、得体のしれない嫌悪感がむずむずとしながら走ったけど、笑えるか、といったら無理だぞ。でも、もらった以上は、アマゾンに好意的な評価を書かねばならんのだからなあ。がんばれおれ。文章が読みやすいのがかえって精神にダメージを与えてくるなあ。これを読んで笑えるラノベ読者のモラル、どうなってるんだ。くそっ、でもメインストーリーはそれなりに盛り上がっているし。つまらなくはない。つまらなくはないんだよ。理性ではきちんとそれがわかるよ。分析すれば、ギャグがギャグとして表現の限界までチャレンジしていることはわかるよ。単におれが笑えないだけで。たぶんおれの小説も、きみが読んだら似たような笑えなさしか感じられないんだろうなあ。きみがメジャーで、おれが芽が出ないマイナーポエットということは、単におれが時代に合っていない、要するに反時代的人間でしかない、ということなんだろうけど、ギャグのひとつひとつが共感性羞恥にてきめんにダメージを食らわせるというこの読書感覚、伝えたところでわからないんだろうなあ。そこまで感性が乖離しまくっているわけで。つらい。どうしておれはこんなつらいことをしているのか……やっぱり読み終えないと感想は書けないし、書いちゃいけないからなんだよな。それだけは最低限のモラルだろうと思うんだが。でもどうしておれはこの面白くて当たり前のギャグに笑えないのだ。歳なんだろうなあ。それと、求めているものが最初から違っていたんだろうなあ。だからそういう、傷口に塩を刷り込むようなネタを「ギャグ」と称するのは、うっくっくそっ、もう反時代でいいよ。で、そういうギャグで落とすんですか。困ったなあ……

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    本質

    X氏の日常

     彼はハッと気づいて膝を打つ。

     あれは「断捨離」なのだ。

     イスラム教の聖戦士たちはバーミヤンの石仏を断捨離したのだ。

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    哲学者はふだん何をしているのか

    哲学者になれなかった男の語る哲学夜話

    わかってもらいにくいことだが、哲学者は日夜この世の悪や不正と戦っている。

    その恐ろしい悪とは、例えば「一が二であり同時に四であったりすること」だったり、

    「誰も見ているものがいない世界で青いものは存在するか」だったりする形であらわれる。

    だから、周囲の人間は誰ひとり悪と戦っていることを信じない。

    だが、そうしたことをおろそかにしておくと、

    世界規模の大戦争にまで至ってしまうことを哲学者は誰よりもよく知っているのだ。

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    カインがアベルを殺す前

    X氏の日常

    カイン以前にも殺人はあったさ、と彼は新聞を読みながら思う。

    単に、殺人行為の持つ非人間性が隠蔽されていて、誰も気に留めなかっただけの話。

    それを罪あるまえの楽園というのなら、

    自分は地獄住まいで結構。

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    「赤毛の男の妻」読む

    読書日記

     「歯と爪」で大胆なトリックを見事成功させたビル・S・バリンジャーの代表作のひとつである。

     殺人を犯し、女連れで逃避行を繰り広げる赤毛の男と、彼を執拗に追うニューヨークのひとりの刑事の追跡劇をカットバックでスリルたっぷりに盛りあげ、なおも最後のページでは叙述トリックまで見せてくれ、ぼーっと読んでた読者は思わず立ち上がって第一ページから読み直すことになる……というのを狙った作品なのだが、「新本格」の洗礼を受けた今の日本の読者には少々物足りない作品であろう。

     追いつ追われつのサスペンスは強烈で、「歯と爪」よりも読んでて犯罪小説として面白いのだが、叙述トリックについては、最初の50ページを読んだところでだいたいの想像はつき、そしてそのとおりだった、という、まあなんというか、こんな感想書くのも、綾辻行人「どんどん橋、落ちた」が激辛すぎるんじゃ! 35年前に読みたかった作品である。

     ちなみに解説を書いている植草甚一は解説で堂々とこの叙述トリックをバラしており、まあ、植草甚一先生でもこの程度の認識しかなかったんなら、「85年版東西ミステリーベスト100」で、「弁護側の証人」の書評者がウンポコチャッピーしてもまあ、無理はなかったんだな、と、まあ、なんというか、トホホ……なので、この作品の旧版を入手した人は、絶対に解説を先に読まないように。悪いことはいわん。

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    「ロッポンギより愛をこめて」読む

    読書日記

     80年代の半ばごろ、読書界の一部でブームになった「定吉七番」シリーズの一作である。

     定吉七番について説明すると、東西対立が続く冷戦下、殺人許可証を持つ腕利き情報部員として日夜西側世界のために戦う大阪商工会議所秘密会所の丁稚「定吉七番」が、大阪や京都といった西側社会への侵略を執拗に狙う関東の陰謀に立ち向かう、という、スパイ・スリラー小説である。まあ要するにイアン・フレミング「007シリーズ」のパロディだ。実際に読んでも、しつこいくらいに繰り出されるシモネタとパロディとギャグの洪水に、「く、くだらない」としか言葉が出ないような作品である。

     今回のサカナにされているのは、もちろん映画でも小説でも屈指の名作「ロシアより愛をこめて」、フロム・ロシア・ウィズ・ラブというやつだ。まあくだらなくてバカバカしくて、田中安雄が西側の潜入工作員だったり(よく似た名前の人物がいるけど気にしたら負けだ)、敵の秘密組織の名前がKIOSK(関東一円お弁当殺人協会)だったり、あげくの果てには原作のアクションの部隊がオリエント急行だったからって、クリスティの「オリエント急行の殺人」までパロディネタに組み込んだり、ともうやりたい放題。この数日読んだ中でも最大級にくだらなくてしょーもない小説だった。

     ……のであるが、作者の東郷隆先生が、戦場ジャーナリスト出身で冒険小説を読みまくっていたせいか、後年になって歴史小説作家に華麗なる転身を遂げたせいか、スパイ・スリラーとしての骨格が、ノリにふさわしくないほど骨太で、注ぎ込まれている雑学とトリビアが、常人の域をはるかに超える質量なのだ。乱暴な話であるが、作中からパロディとギャグを全部取っ払ったとしても、骨格とトリビアだけで、「面白い冒険小説」になってしまうものすごく考え抜かれた代物なのである。

     80年代半ば。インターネットなど遠い異国の存在だった中、正確で該博極まる武器描写、格闘シーンの描写、メカ、移動手段、その博覧強記ぶりはおそろしいものがある。裏を返せば、このくらいの知識量がないと冒険小説なんて書いちゃいけないんじゃないか、と、そのような絶望感さえ感じられるのである。

     最近はネットというものがあるから、表面的にはここまでの情報を書くことはできるかもしれない。だが、実際に「使いこなせるか」については別であろう。

     とにかく、80年代の冒険小説の「意地と度胸とプライド」を再確認した。それにしても、ほんと、アホな小説である。「定吉七番 大福帳」が出なかったのがなんとも残念だ。バブル期あってこその作品だから、いまから同じ設定でやっても面白くもなんともないだろうしなあ……。

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    「殺人小説家」読む

    読書日記

     図書館から、頼んでおいた「中島河太郎著作集 上巻」が届いたという知らせが来たので、受け取りに行くついでに、先にこの宿題にしておいたハンドラーの最終巻を読み切ってしまうことにした。具体的に言えば、図書館から借りてきたその足で帰り道にあるバーミヤンに入り、軽くおやつにポテトを注文、それから夕飯の麻婆豆腐定食まで居座って、この「殺人小説家」をひたすらに読んだのである。

     で、感想であるが……「たしかにこりゃ、謎解きというよりもサスペンスだなあ」だった。

     読んでいくと、明らかに怪しい人物が登場するのに、主人公も警察もまったくノータッチなのである。「どうして警察はいいとして、主人公は調査をしようとしないのか?」と読みながら思うのだが、その間にも犯人は凶行を続け、被害は拡大するばかり。「こりゃー作者はこいつを犯人にしたいんだな」と思いながらさらに読んでいくと、結末のどんでん返しで、実はそのとおりだった、ということが明らかとなる。ドラマ的には盛り上がるのだが、「予想外」という要素はまったくない。ハンドラーの「疲れ」ばかりがほの見える作品なのである。

     断言するが、これ以上このシリーズを続けても駄作しか生まれなかったはずだ。たぶん作者は「女優志願」を書いたくらいのときに、「ミステリそのものに飽きた」のではなかろうか。3年間の沈黙を経ても、出版社には書けといわれても本人はまったく乗り気ではなかったのだろう。

     だからといってつまらないわけではなく、本書においてのホーギーをめぐる人間関係のドラマは非常に読ませるのである。特に、「大学生活」に関していろいろと抱えている人間にとっては、本書でひたすらな転落人生を送った元フットボールの花形選手の話は響くものがあるはずだ。それを、O・J・シンプソンの事件をモデルにして再構成するハンドラーの手並みは素晴らしい。一級の小説なのである。ミステリとしてはダメだというだけで。

     本書のあと、ハンドラーはホーギーシリーズをやめて、別なシリーズ探偵の小説を書き始め、売れたのかシリーズは2012年くらいまで続いたそうであるが……読みたくなるか、といわれれば、うーむ、だなあ。講談社文庫でシリーズ4作目くらいまでは訳されているそうだけど……ネットの評でも、ミステリ以外の部分を読むべき小説、とか書かれているしなあ……。

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