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    クリスタルの断章

    そのクリスタルは、無限とも思える情報を記録できる情報媒体だった。現代にこぼれ落ちた微細なかけらには、小説のようなものが記録されていた……。オリジナル小説ブログです。

    海外ミステリ122位 誰かが見ている メアリ・H・クラーク

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     メアリ・H・クラークといえば、わたしが高校生のころは、どこの古本屋の百均棚に行っても、「誰かが見ている」と「揺りかごが落ちる」と「子供たちはどこにいる」のどれかが並んでいる、という作家だった。まあ、ベストセラー作家である。同じように、どこの古本屋の百均棚に行っても並んでいたのがアーサー・ヘイリーであり、「自動車」だったわけであるが、あの内藤陳が「読まずに死ねるか!」で取り上げていたにもかかわらず、まったく食指が動かなかった作品群でもある。「いつだって読めるんじゃないか」という思い込みがあったからだが、「東西ミステリーベスト100」に圏外とはいえ入ったんだから、という理由で読んだこの「誰かが見ている」を除いてはどれも今まで読まずに来たため、「いつだって読める」とは「いつになっても読めない」と同義語なんだなあ、とつくづく思う。あのときの高校生のころを思い出しながら再読。

     再読してみて、内容を勘違いして覚えていたことに気づいた。サイコパスの殺人者に日常生活をひそかに監視されていく中でだんだんおかしくなっていく女性の物語、と記憶していたのだが、まったくそんなことはなかった。女性作家とその恋人の子供を誘拐し監禁し爆弾をセットしたサイコな殺人狂が、身代金を子供の父親からせしめようとする、正統派の「誘拐ものサスペンス」だったのである。

     電話での取り引き、舞い飛ぶ身代金、刻々迫る爆弾のリミット、恐怖におびえる人質と、懊悩する恋人、役に立たない警察とFBI。それに変態殺人鬼である犯人も加わって、ラストは分単位での勝負になり、いや、手に汗握った。実に面白いサスペンス小説である。

     だからというわけではないが、いま売って売れるかといったら、それはそれで疑問な小説であるのも確かだ。サイコサスペンスの分水嶺的作品であるのは確かだが、「古典」とはとても呼べない。そのいちばんの原因は、犯人のサイコパスが「おとなしく見える」ことであろう。ノーマン・ベイツみたいにおとなしい、というわけではなくて、印象が薄いのだ。一時代を築くには、トマス・ハリスの「レッド・ドラゴン」「羊たちの沈黙」レベルの強烈な変態さんでないととても無理なのだ。

     また、爆弾とともに監禁、レベルでは趣向としてもまだ弱い。監禁ものでは映画の「SAW」なんてえぐいのが平気で出てシリーズ化までされるこの現代において、もっとイヤらしく、神経がキリキリするようなシチュエーションでないと読者は興奮しないのである。世の中そういうものなのだ。

     結局のところ、1970年代末という絶妙なまでの発表時期があってこその122位かもしれない。面白かったことは面白かったものの、すでに読者の舌は激辛料理に慣れて、ちょっとやそっとのことでは麻痺したままなのだ。やはり90年代初頭に一世を風靡した、サイコスリラーというレベルでは収まらない変態小説の波の影響は考えるより大きかったのだろう。

     と、理解はしたものの、やっぱり、百均棚にいないとなんか寂しいのだクラーク女史。あったところで買うかどうかは、うーん、また別の話で。アーサー・ヘイリーも同様。新潮文庫の海外ものは、やっぱりわたしから信用されてないのかもしれん。
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    海外ミステリ121位 予告殺人 アガサ・クリスティー

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     大学を中退してから茨城に帰ってきてぼんやりとしているときに図書館で借りて読んだ。初読時は、こともあろうにロンドンで、大新聞に殺人予告を堂々と出した恐れ知らずの殺人犯に名探偵ポアロが挑む! というド派手な話かな、と思ったら、舞台はイギリスの田舎の名もなき村で、名探偵はミス・マープルで、殺人予告が載る新聞も、週刊の村内新聞で、ひたすらこじんまりとした話だったので驚いたのを覚えている。それ以来の再読。

     再読しての感想だが、この小説の唯一かつ最大の弱点は、「犯人はクリスティーが読者をびっくりさせるために設定した人物その人に違いない」と思ったまさにその人だというところであろうか。だから、犯人当てよりも、容疑者が犯人であることを特定するための証拠固めをすることに重きが置かれたミステリと考えるべきかもしれない。思い込みと直観でなく推理と証拠から論理的に犯人を導き出そうとすると難しいだろう。「真実」に迫るのはさらに困難だ。クリスティーは本筋から離れた所でも、たっぷりと読者を引きずり回してくれる。

     しかしそれにしても、後味の悪い話だった。あからさまに後味の悪い「葬儀を終えて」よりもさらに後味が悪い。なんとも、犯人が「どこにでもいそうなやつ」なのである。クリスティーも、マープルの口を借りて、こういうやつがいかに身近な存在であるかを強調しているが、それが自分にも向けられたものであると気づくと、急に、この小説のすべての登場人物が哀しく思えてくるのだ。ラストシーンは無理やり明るくまとめられているが、裏読みをすれば果てしなく裏読みができる結末なのである。

     こうした、読者はおろか作者まで炎が及ぶような底意地の悪さと批判精神、イギリスの女流ミステリ作家ってみんなこんななのだろうか。クリスティーといいセイヤーズといいクリスチアナ・ブランドといい……伝統芸ですな。

     しかしこの小説の舞台がセント・メアリー・ミード村でないのが残念。設定上仕方ないとはいえ、あまりにも老嬢ミス・マープルが村を出てほいほい出歩くのは、どうかとちょっと思うんだけど。やっぱり好奇心旺盛な女性というものは、いくつになってもどこへでも気軽に出かけてしまうものなのであろうか。

     クリスティーは、自作の名探偵たちの中でもっともミス・マープルを気に入っていたそうである。だが、その登場する長編はあまり多くない。やっぱり田舎のおばあさんをひょこひょことあっちこっちへ出歩かせるのはポアロに比べて難しかったのだろうか。しかしそれにしてもトミーとタペンスものの「親指のうずき」にマープルを出したテレビ番組は妙にはまっていた。クリスティーの作品には、謎解きばかりと見えて、実は冒険小説もあればスパイ小説もあったりするのだが、意外と、クリスティ―作品における探偵役は可換可能なのかもしれない。映画でそれをやられるのは本人は非常に嫌がっていたそうだけど。

     個人的には、この老嬢探偵の、若い頃が見てみたい。たぶん、田舎で、パッとしない生活を長いことしてきたのだろうが、その裏で、市原悦子の「家政婦は見た」的なドライな瞳で、小さな村の小さな事件を、延々と見つめ続けていたのではないか。そう考えると、ジェーン・マープルの脳髄は、こっそりと、岩井志麻子的な何かを隠していてもおかしくは……。

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    2020あけましておめでとうございます

    その他いろいろ

     まだ松の内だよな(^^;A

     というわけで今年の年賀状です。

    2020nenga_20200106192420f76.png

     毎度バカバカしくてすみません。

     さて、わたしの正月あいさつはそれでいいとして、おなじみの、矢端想さん、ECMさん、黄輪さんからも、すてきな年賀画像をいただいてしまいました。以下UPします。

    new-year2020a.jpg

     矢端想さんです。いつものごとくグラマラスな女の子を描いてくださいました。かわいいですな。

    2020ECMnennga.png
     ECMさんです。いつもながらマニアックな考証が楽しい。ちなみにこの無段サスペンションは、装置の複雑さゆえに故障多発し……って、ガルパンがメジャーになってるいまならみんな知ってるじゃん(^^;A
     
    kyoto_st.jpg
     黄輪さんです。京都駅でしょうか? 停車中の電車にもこだわりがあるようですが。渋い一枚です。

     いやー、いずれも力作です。こういうのを見ると、自分も絵を……と思うのですが、どうしても描く勇気が出ない! というわけでたぶん来春も文章ネタなんだろうな、でありました。

     ジェロニモ~~~~~~ッ!
     エイドリア~~~~~~ン!
     疾風魔狼剣~~~~~~~ッ!


     ほんとに意味はないです。(迷走してるなあ…)

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    海外ミステリ118位 ブラウン神父の知恵 G・K・チェスタトン

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     いわずと知れたチェスタトンの代表シリーズ、ブラウン神父譚の第二短編集である。中学生の時から何度読んだかわからない。でも、あの奇跡のような第一短編集「ブラウン神父の童心」に比べれば話としてかなり地味なのではないかと思っていたが、さてどうか。長いこと気心の知れた相手と一戦やるようなつもりで再読。

     読んでみたが、この本の作品も傑作揃いだ。ブラウン神父譚でももっとも真相がバカバカしいもののひとつ「グラス氏の失踪」から始まって、「泥棒天国」「通路の人影」「器械のあやまち」「ペンドラゴン一族の滅亡」など、傑作が目白押し。「ペンドラゴン一族の滅亡」なんて、映像にしてみたいものである。「童心」のような華々しさはないものの、いずれもミステリファンの心をくすぐるシチュエーションと真相が用意されていて、チェスタトンの才気に脱帽である。

     まあ、もっとも、「童心」と「知恵」とを読むと、チェスタトンの小説のパターンみたいなものも見えてくるのは事実。要するに、ひとつの逆説、すなわち「あべこべな発想」をもとに、それを愚直なまでに押し通すのが、基本である。まあ、ミステリというものはだいたいそうだが、チェスタトンは特にそれが顕著なのだ。

     逆説が面白い場合は、それでことは済むし、その手の面白い逆説を見つけることに関して、チェスタトンはまさに天才的であった。これは「童心」になるが、「見えない男」の基本発想は、「誰にも見えない存在」になるためには、「誰からも見える存在」でなくてはならない、という、まさに天啓ともいうべきものである。その逆説をごり押しするために、もっともらしいを通り越して「苦しい」説明をこじつけるわけだが、そのこじつけ方もまた天才のそれがあった。チェスタトンには「誰からも見える存在」について十でも二十でも例を挙げることができたに違いない。その中から、「まさにこれ」という人物を選び出し提示する。それがあまりにも「面白い存在」のため、気が付いたら読者は平伏しているのだ。この「誰にも見えない存在」になるためには、「誰からも見える存在」でなくてはならない、という逆説は、チェスタトンのミステリで何回も何回も繰り返して使われるものであり、それゆえに後期の作品では「登場人物設定を読んだだけでだいたいのことはわかる」ような話まで出てくることになるのである。

     また、「器械のあやまち」などで出てくる、チェスタトンの「テクノロジー礼賛思考」嫌いは、21世紀のいまから見ると「なにいってんだこのおっさん」的発言かもしれないが、もって傾聴すべき意見でもある。テクノロジーを使いこなせていない人間によるあやまちがどれだけ多いことかは、新聞を読めばいまだって変わらないことがわかるだろう。むろん、チェスタトン先生も「よく知らないことを書いた」せいでトンデモ作品にしてしまうこともあり、いい例が、SF小説みたいな解決をしてしまった「詩人と狂人たち」の某作品である。あれは読んでいて、目を覆ったのを思い出すなあ。さらには、「銅鑼の神」なんかに顕著だが、黒人に対する人種差別的意識もすごく、「これがカトリックに基づき、神と人間の許しを繰り返し書いた人間か」と思われるような扱いである。やっぱり時代の人であるからだろう。それでも、ミステリが好き嫌いにかかわらず、万人が読むべき作家のひとりだろうと思われる。「巨人級の天才の持ち主」という評に、嘘はない。

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    鋼鉄少女伝説 18 悪夢

    鋼鉄少女伝説

    stella white12

       18 悪夢


     一時間後。

     ぼくとキリコとユメちゃんは『フォートレス』にいた。

     いやになってしまうくらい弱い男だ。

     もちろんカードは部屋に置いてきた。MAPのあのゲームは二度とやらないと誓ったのだから当然だ。

     みんなで三十分ほど、ゲーム機に百円玉を食べさせて過ごした。eマネーだと遊びすぎかねない。レトロなスタンドアロンのクイズゲーム機に三人で群がり、頭をひねってみた。三百円で三十分過ごせたのだから、まあ安いほうだろう。

     仕上げにクレーンゲームでもやって帰るかとなったときに、ユメちゃんがふいにいった。

    「すみません、ちょっと、トイレに」

     ゆっくり行ってらっしゃい。

     ユメちゃんが行ってしまうと、ぼくはキリコと二人になってしまった。

    「ユメちゃん、か」

    「なんだよ、やぶからぼうに」

    「なんということもないんだけど」

     キリコはこちらに視線を向けた。

    「順昇、夢を見る? 夢といっても、将来とかそういうのじゃなくて、夜に寝床で見るやつだけど」

    「そりゃ見るさ。人間だもの」

     キリコがなにをいいたいのかわからない。

    「悪夢が多い? いい夢が多い?」

    「覚えている夢の割合からいえば、悪夢が五で、いい夢が三、どうでもいいのが二というところだね」

    「順昇も悪夢が多いのね」

     首を振った。

    「いや、あくまでも覚えている夢の話だよ。悪夢には一生もののトラウマになりかねないものが多いけど、いい夢や、どうでもいい夢なんて、見たはしから忘れてしまうじゃないか」

    「一生もののトラウマ」

     キリコは溜めていた息を吐き出した。

    「わたしにもあるわ」

    「一生もののトラウマが?」

     一瞬、驚いたが、すぐにキリコのいわんとすることを理解した……つもりになった。

    「やめてくれよ、その話は。ぼくだって思い出したくないんだ」

    「わたしの小学生のころの思い出話じゃないわ」

     キリコはぴしゃりといった。

     困惑した。あのいまいましい数年でなかったら、いったいなんなのだろう。

    「もっと前からのことよ」

    「なにがあったんだ」

     礼儀から尋ねる。

     キリコはゆっくりと口を開いた。

    「昔、自分も周りもまだよくわからないような幼いころから、わたしは同じような夢を見てたわ。そこではわたしは一人きり。頼れるものはなにひとつない」

    「……」

    「そこに、なにかが、わたしを取り込もうと迫ってくるの。あるときはガス、あるときは炎。いちばん多かったのは、闇ね。不定形で黒々とした、闇としか呼べないものがわたしに向かってじりじりと近づいて来るのよ」

    「それで」

    「わたしは逃げようとするんだけれど、そこから離れることができない。闇はどんどん近づいてきて、少しずつわたしの四肢を飲み込み、胴体を飲み込み、そしてもがいている頭を飲み込んで……汗びっしょりになって目を覚ますの」

     その顔は真剣だった。嘘をついている様子はない。

    「親とかには話したのか」

    「夢について?」

     キリコは力なく笑った。痛々しい笑いだった。

    「夢について親に話して、いったいなんになるっていうのよ。これを話すのは順昇で二人目よ」

    「一人目は?」

     と聞いて、自分の頭の悪さに気づいた。

    「ユメちゃんよ」

     まあ、そりゃ当然だよな。

     ちょっとの間、二人とも黙った。

    「トラウマか」

     沈黙が嫌だったので声に出した。

     キリコはうなずいた。

    「わたしがこういう性格になったのも、シミュレーションゲームなんかをやるようになったのも、この夢のせいだといえなくもないわ。それが全てじゃないけどね」

    「夢のせい? どうして」

    「わたしはね、怖かったのよ」

    「怖い、か。あまりキリコに似合うセリフじゃないな」

    「自分を変えようとしてきたし、演技してもきた。ずいぶんと虚勢も張ったしね。それに、長いこと偽装を続けていると、自分でも表面と内実の区別があいまいになってくるものなのよ」

    「それがどうシミュレーションゲームに結びつくんだ?」

    「わたしには、運動神経はほとんどないわ。走るとすぐに息は切れるし、ボールを投げてもまともに飛ばない。だから、自分の身体を鍛えて、自分を包む闇に打ち勝とうという考えは、すぐに捨てた。みじめな思いをするだけだとわかっていたのでね。小学校にも上がってないころの判断だけど、間違っていなかったと思う。そんなときに出会ったのがシミュレーションゲームだった」

    「なにが魅力だったんだい」

     あんな、ただ単に煩雑で難しいだけのゲームとしか思えないものに、キリコはいったいなにを見たのだろう。

    「魅力、ね。いろいろあるけれど最大のものは、相手が幾万もの人間だというところね」

    「幾万もの人間?」

    「紙の上では。順昇にはただの紙の駒に見えるでしょうけど、わたしには生命を持った生きた人間たちに見えたのよ」

     キリコは目をそらした。

    「強大な敵を自分の力でねじ伏せて勝利するっていうのが、わたしの琴線にビビッと触れたのね。わたしはシミュレーションゲームにのめりこんでいった」

    「なんだよ。キリコにとってのシミュレーションゲームって、ただのマチズモ(男性優位主義)のはけ口だったのか」

     キリコは笑った。

    「マチズモなんて。わたしは女よ」

    「フェミニズムの闘士っていうようにも見えないぜ」

     トイレのほうに目をやると、ユメちゃんが手を拭きながら小走りでやってくるところだった。

    「すみません! 遅くなりました!」

     ぼくはユメちゃんに右手を上げた。

     キリコに目を向ける。

    「闇が怖いのもわかるけれど、なおのこと独りで克服しなくちゃダメじゃないのかな。これは誰の問題でもない、キリコ個人としての問題なんだから」

     これでこの話は終わりというつもりで、寄りかかっていた壁から身体を離した。

    「さてと、クレーンゲームでぬいぐるみでも取って帰ろうよ」

     横を見ると、キリコはどこか硬い表情をしていた。

     ユメちゃんが、なぜかやたらとクレーンゲームがうまくて、ぼくもキリコも一個ずつアニメキャラのぬいぐるみをもらったことはさておく。

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    海外ミステリ118位 消えた玩具店 エドマンド・クリスピン

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     早川の実際の本のタイトルでは「消えた玩具屋」だった。しっかりしろ文春編集部。浪人生のときに図書館で読んだような気がする。内容はとっくに全部忘れた。「お楽しみの埋葬」は少しは覚えていたのだが。新鮮な気持ちで読む。

     エドマンド・クリスピンは、近年の国書刊行会の精力的な訳出を読み、一気にファンになった。「ハムレット復讐せよ」のマイケル・イネスもそうだが、イギリス人の大学関係者がミステリを書くと、みんなこのようなバカバカしいにもほどがあるユーモアミステリになるのだろうか。「大聖堂は大騒ぎ」「白鳥の歌」「愛は血を流して横たわる」いずれも妙なジョークとバカな大学人、創意をこらしたプロットで、大いに笑わせてもらった。それで本作「消えた玩具屋」であるが、ギャグのくだらなさとハチャメチャなスラップスティック、凝ったプロットでは、読んだ中ではエドマンド・クリスピンの最高傑作だ。これに比べれば、「お楽しみの埋葬」はまだおとなしい、牧歌的な普通のミステリである。ファンとしては、これらを絶版品切れにしちゃダメだろう、と思うのだが、売れなかったんだろうな。創元で「愛は血を流して横たわる」が文庫化されたときには期待したが、あれ以来音沙汰がないからなあ。

     エドマンド・クリスピンのミステリのジョークというものが、如実に表れているのが本書の冒頭であろう。退屈な毎日に飽きた詩人のキャドガンは、自分の版元の編集者を半ば脅すようにして50ポンドを前借りし(ここでのくだらないやりとりで笑えるかどうかですでに読者は試されている)、休暇を学生時代の追憶にひたって過ごすためにオックスフォードへ向かい(ここで終電に乗り遅れ、ヒッチハイクしたトラックの運転手とのくだらないやりとりで笑えるかどうかでも読者は試されている)、夜の闇のなか、オックスフォードの町で宿の当てもなくうろうろしていたら、扉が開いていたのを見つけたので、好奇心のうずくまま入った玩具屋で老婦人の絞殺死体に遭遇し、何者かに殴打され気を失う。翌日、裏窓から脱出して最寄りの警察署に駆け込んだが、警察官とともに行ってみるとそこには玩具屋は影も形もなかった……。というシチュエーションにげらげら笑って、さすがはエドマンド・クリスピン、やるじゃん、と思えるかどうかで、本書を楽しめるかどうかは決まるだろう。気に入ったなら、後は、ダンテを導くウェルギリウスのごとく登場した名探偵、ジャーヴァス・フェン教授とともに、ジェットコースタームービーのような「この手のギャグ」の奔流にあれよあれよと流されていくのを無責任に笑って楽しめばいい。

     裏を返せば、こういうシチュエーションとハイソでありながらくだらない文章に「白けて」しまう人には、クリスピンは苦痛だろうなあ、とも思う。作中でキャドガンとフェンが「『読めない本』のゲームをやろう」「よし。『ユリシーズ』」「ラブレー」「『トリストラム・シャンディ』」などというやりとりをするが、そんなやりとりにアレルギーを覚える人というものはいるのだ。マンガ「バーナード嬢曰く」では、神林しおりは爆笑するが、町田さわ子は首をひねるだけ、というタイプのネタが頻出するミステリなのだ。

     アマゾンで見たら文庫の値段も落ち着き、310円から買えるようになっていたが、それでも、本書を絶版品切れ状態のままにしておくのはどうかと思えてならない。せめて電子書籍とか、なんとかならないものか。入手困難の代名詞だったレックス・スタウトの初期作品でさえも、電子書籍で普通に入手できる世の中なんだからさあ……。

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    海外ミステリ118位 密使 グレアム・グリーン

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     浪人生だったころ、松戸の図書館で接近遭遇し、借りはしたが窓際の観賞用オブジェにしかならず、読まずに返した作品。だから初読である。追いつ追われつ型スパイ・スリラーの古典的傑作といわれているが、はたしてどうか。バーミヤンでマーボー豆腐で一杯やりながら読んだ。つくづく、店にとっては嫌な客であろう。

     感想だが……たしかに追いつ追われつのスリルはあったが、それ以前に、「ものすごく苦い」小説であった。第二次大戦前夜を舞台としているが、全編を覆うシニシズムが半端なものじゃない。そもそも、ファシストの反乱軍を相手に内戦を起こしている社会主義政権の「共和国」がイギリスへ密使として送り出した主人公の「D」という男からして、妻をファシスト政権に処刑されたとはいえ、肉体的にはまったく冴えることのない初老の元大学教授なのだ。専門は中世フランス文学というのだからグレアム・グリーンのシニカルさには恐れ入る。彼の目的は戦略物資である石炭の買い付けである。相手のファシスト政権も同じ目的で密使の「L」という男を送り出している。買い付けに成功した側が、戦略上優位に立ち、戦争を有利に進めることができるのだ。どうあがいても学者でしかない「D」は、かつて内戦で受けたさまざまな「恐怖」と、身に着々と迫る「敵」の影におびえながら、なんとか買い付けを成功させようとするが、予想もしない事態が待っているのであった。

     ほんと、予想しないよ、こんな展開! しじゅう、グレアム・グリーンの手によって鼻面を引っ張りまわされた感が強い。「D」が何かするたび、「D」の立場はどんどん悪くなっていくし、敵のほうがあえていうなら「戦時急造スパイ」である「D」よりも二枚も三枚も上手だし、警察も大使館も頼りにはまったくならないし、しかも本国へ逃げ帰ったら、無能な裏切り者として銃殺の運命である。どうしろっていうんだ、と「D」ではなくても思うところだが、ある事件をきっかけに、「D」は人が変わったような変貌を遂げるのである。追われるだけだった無力な「D」はここで「追うもの」に転じ、自分をこのような状況に追い込んだ「敵」に対して「反撃」を開始するのである……が、そこから先も、イギリス人らしいひねくれたシニシズムは健在で、ひどい悪夢を見ているような味わいだ。

     そして結末。「D」の任務が成功したかどうかについてはここでは書かないが、この結末には唖然としてしまった。ひどい根性悪な結末が用意されているのだ。解説では「一種のハッピー・エンディング」と書いてあったが、これをハッピーエンドと呼んでいいものか。悪夢から目が覚めたと思ったら悪夢はまだ続いていた、とでもいうようなある種のサプライズエンディングである。

     前に映画で「チップス先生さようなら」や「素晴らしき戦争」を見たときも思ったが、第一次世界大戦で、「敵も味方も目に見える成果が全く上がっていないのにもかかわらず周りの大人たちがどんどん徴兵されて、そのまま二度と帰ってこない」という日常を四年間も体験した人間というものは、やはり何をどうやってもシニカルになってしまうのだろう。それは太平洋戦争で「犬死にとしか呼べないような状況で負けたことに対しても過剰な意味と人間ドラマを読み取ってしまう」日本人のそれとは完全に違うのだ。そこにイギリス人の国民性が加わると……もう思い切りお好きなだけスパイスリラーを書いてください、というしかない。ある意味それが、人間に遺された最後の理性の発露というものかもしれないのだから。

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    「SHERLOCK ピンク色の研究」見る

    映画の感想

    どうせキワモノだろう、とこれまで敬遠して見ていなかったのだが、見るものがなかったので図書館で借りてきて見た。

    ホームズファン感涙ものの、実によくできたドラマだった。

    これを見逃していたのは痛恨の極みである。

    ほんとうに面白かった。

    ではあるが、キズというか、どう考えても、最後の対決シーンは「両方とも毒薬」だろう。狡猾なあの犯人はあらかじめ解毒剤を服用していたに違いない、と思うのだが。その可能性くらい考えろよホームズ、とモニタの前で首をひねってしまった。

    まあそんなことはどうでもいいのであって、また図書館で続きを借りてこようっと。

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    海外ミステリ114位 約束の地 ロバート・B・パーカー

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     この企画の海外28位で再読した「初秋」があまりにもクソ作品だったのであきらめて読んだ。いちおう、大学のころに読んだので、再読、である。

     感想だが、この作家のスペンサー・シリーズはあきらめていたが、読んでみると意外と面白いハードボイルド小説であった。1976年度MWA受賞作というのもうなずける。家出した妻を探せ、という導入部から、依頼を完璧にこなしたうえでそれ以上のことまでやってしまう私立探偵スペンサーの活躍ぶりをにやにやしながら眺めるのには一種独特の味わいがある。ハードボイルドというよりも、一種の「仕事人」小説だな。

     それはそれでいいのだが、「初秋」で嫌になるほど見せつけられたあの悪癖も、本書ですでに嫌になるほど出てきている。要するに、スペンサーも、彼のステディであるスーザンも、話の鍵である、家出した主婦のパム・シェパードも、「しゃべりすぎ」なのだ。彼らはしゃべる。事件が動いていない合間なんか、もう、しゃべりっぱなしだ。その内容が内容で、作者のパーカーとしては、ハイソで高踏的な議論をしているつもりなのだろうが、ハイデガーのいい方を借りれば、見事なまでの「空談」で、中身が完全に空っぽなのだ。それに登場人物はまるで気づいておらず、人生の真実に迫る重大なことのように、かつ、自分の現実の生活とは結びつかないどうでもいいことのように、しゃべる。その姿は、あたかもツイッターで議論をする「イキリオタク」のそれだ。

     イキリオタクの議論が悪いことではないのは事実であるが、文弱の徒であることでは引けをとらないわたしの神経を逆撫でするようなマッチョ礼賛のスペンサーの発言を聞いていると、「違うだろ!」といいたくなってくる。ツッコミを入れたら負け、なんだろうと思うが、それにしてもねえ。

     また、スペンサー・シリーズの名脇役である黒人、フリーランサーでやっている裏社会の人間、ホークも登場するが、やっぱりかっこいいね、ホーク。その理由は、たぶん、スペンサーやスーザンたちの議論に「深入りしないから」だろう。かわりに、ホークは行動のひとつひとつがかっこいい。結末での、ホークのスペンサーに対する「借りの返しかた」なんて最高である。まったく、なにをやっても「爽快」感を与える男である。だが、スペンサーと比べて図々しさが足りないので、「主人公」にはなれないタイプの男ではあるな。

     このスペンサー・シリーズは、人気があったがゆえの悲惨な運命をたどることになった。日本での評価は「初秋」でピークを迎え、その後ひたすらな「下り坂」をたどることになるのである。スペンサー・シリーズを推していた最右翼が「読まずに死ねるか!」の内藤陳であったが、彼がその自分の連載コラムでロバート・B・パーカーの小説を、「落ち目」になってもひたすらに擁護し続けたのは、やっぱり日本のファンとして「感ずるところ」があったのだろう。なんだかんだいって、スペンサー・シリーズは作者の死後出版された「春嵐」まで、番外編的な一作を除きすべて邦訳されているのだ。あれだけミステリマニアから、「パワーが落ちた」だの「駄作」だの「才能の残りカス的作品」だのいわれ続けながら。早川書房もよくもまあつきあったものである。このことについての教訓は、やっぱり「安易に版権の契約を結んじゃダメ」ということかなあ、といったら、スペンサーファンに殴られるだろうか……。

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    仕事は済んで日が暮れてなべて世は事もなし

    ささげもの

     船のバー。

     紅恵美は、今は、その名の通り緋色のイブニングドレスを着て、フローズン・ダイキリを楽しんでいた。12月だというのに、この娘は。わたしは、なんとなく、シーバス・リーガルな気分だったので、バーテンダーに頼んでストレートのまま適当にグラスに入れてもらい、肩ひじ張らずに好きに楽しむことにした。

    「所長」

    「なあに?」

    「いい加減、この状況をもたらしたトリックを、もうちょっとわかりやすく教えてくださいよ。キレそうになっている依頼人の頭越しに、誰かと相談していたみたいですが、そこも詳しく」

     紅恵美は機嫌がよかったらしい。添えてあったパイナップルをひとかじりすると、答えてくれた。

    「エヴェレットの多世界解釈は知ってるわよね」

    「え……量子力学の、パラドックスを避けるための解釈の一つだと聞いてますが」

    「そう。シュレーディンガーの猫、というパラドックスを避けるために、パラレル・ワールドを持ち出した考え方よ」

    「でも、どうしてパラレル・ワールドなんてのが」

     紅恵美は眉をひそめた。

    「竜崎、あれだけ船底を歩き回って、現実世界にいるはずのないものをあれだけ目にしたのに、どこからそいつらが来たのか、考えなかったの?」

     わたしはかぶりを振った。

    「世界は広い、というのが、内調時代に室長から教わった金言でして」

    「まあいいわ。いるはずのない存在がいるってことは、それは『外部』から持ち込まれたのよ。そして、持ち込んだ存在は、そうした『外部』との連絡通路を開ける方法を持っていた、とあたしは考えた。あたしと竜崎、あなたが船底から脱出してきた時、依頼人は激怒していたけど、不思議がってはいなかった。それにはそれだけの理由があったと考えるほうが、理にかなってるわね。あたしは依頼人を脅迫して……」

     わたしは紅恵美を睨み据えた。

    「何を使って脅迫したんですか?」

     紅恵美は、チェリーを口に放り込むと、もぐもぐとやってから、種を手に吐いて灰皿に入れた。

    「それは、あたしとクライアントの間だけの秘密よ。絶望的な顔をしてたから、また次の機会にも使えるかもね。とにかく、融通をきかせてもらったあたしは、『外部』との連絡を開ける存在と、コンタクトをとった」

    「『外部』ってのが、その、パラレル・ワールドっていうやつですか」

    「あたしとしちゃ、自分の世界だけを守れればそれでいいんだけど、そういうのもなんでしょ? だから、あたしは、『あたしたちのような状態にこの船が陥っているすべての世界』である『世界A』と、それに対応するだけの、『無傷で、あたしたちの世界にはいるはずのないような船倉の積み荷を積んでいない、乗客と乗組員の乗っていない、いつでも動かせるこの船があり、しかも、その世界ではこの船にいるクリーチャーが全部存在する世界』である『世界B』の境界を開いてもらったの。後は、竜崎、あたしたちとクルーが先導したように、この船に乗っていた船客を、この船から『世界B』の船に移し替えて、あの魑魅魍魎だらけの船を『世界B』に移して、あたしたちの世界である『世界A』には、この『世界B』の船が残るようにしてから、また元の通りにつながりを閉じてもらったわけ。あたしは、細部まできちんとしてないと、ちょっといらつくのよね」

     わたしはテーブルの上で二つのマッチブックを往復させて、納得しようと努力してから、あきらめた。

    「わかりました。そういうことにしておきましょう。でも、そうだとすると、『世界B』に元から住んでいた人は、どうなりますか。突如、わけのわからないクリーチャーを山ほど乗せた船が世界に入ってくるんですよ。しかも、『世界A』は、所長のお話だと、その数は無限大じゃないですか」

     紅恵美は、ダイキリを口に含んで、舌を湿してからいった。

    「それについては心配ないわよ。世界のつながりを開く前に、すべての『世界B』に属する世界に番号を打ち、奇数番を『世界B』に、偶数番を『世界B´』に分けてもらったから。あたしたちが船を交換したのは、『世界B』のほう。『世界B´』はそのままの『世界B』性を保ったまま、普通に『世界B´』としての生活を保っていくわね」

     のほほんとした顔で、紅恵美はいった。

    「『∞ー∞=∞』よ。いわゆる、『無限ホテル』ってやつね。これで世界は調和が取れ、すべてめでたしめでたし。もう、ここまでうまく運ぶと、もう、何か忘れものでもしてないと、忘れ物……」

     紅恵美は飛び上がった。

    「たいへん!」

    「どうしたんですか」

    「船室に閉じ込めておいたあの三人、忘れて来ちゃった!」

     汚職が疑われていたアメリカの政治家と、不品行が糾弾されていたサウジアラビアの王子、両者の仲を取り持っていたと噂されていた弁護士の三人については、インターポールと現地の海上警察が徹底した調査を行った結果、ギャンブルにより多額の負債をおったため、そのまま逃亡したものと結論づけられた。

     三十億ドルの価値のある油田は、無事、紅グループの手に落ちたそうである。

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