クリスタルの断章

    そのクリスタルは、無限とも思える情報を記録できる情報媒体だった。現代にこぼれ落ちた微細なかけらには、小説のようなものが記録されていた……。オリジナル小説ブログです。

    ブログ月刊誌「Stella」を読もう!

    ブログ月刊誌「Stella」を読もう!

    揃った実力派執筆陣!

    八少女 夕

    山西 左紀

    TOM-F

    ポール・ブリッツ


    通巻35冊の伝統!




    最新号はここから読めます。

    http://monthlystella.blog.fc2.com/


    奇数月初旬更新!

    無料!
    スポンサーサイト

    ▲PageTop

    1984年(10)

    ゲーマー!(長編小説・連載中)

     世界初のRPGである「ダンジョンズ&ドラゴンズ」が1974年に発表されてから、この魅力的なゲームをパソコンに移植できないものか、という試行錯誤は行われてきた。そしてそれは、海外においては一種の完成形を見せていた。1981年に発表された「ウィザードリィ」と、「ウルティマ」である。

     しかし、日本のPCに対する移植は遅々として進まなかった。言語の壁とPCの性能の壁は厚く、しかもアクションゲーム全盛の日本で、果たして売れるのかどうか、という懸念もあっただろう。

     1984年という年は、そうした日本のコンピュータRPGに関して、まさに「開港」の年であった。

     最初にその重い扉をこじ開けたのは、「ザ・ブラックオニキス」だった。極限までコンパクトにされわかりやすくされたウィザードリィとでもいうべきこのソフトは、複数のキャラクターによる戦闘、様々な敵キャラクター、疑似3D画像によるダンジョン探索、キャラクターの成長、ヒットポイントの管理、そして難解な謎と困難な最終目的といったRPGの押さえるべき要素をきちんと押さえており、少年ジャンプなどといった雑誌には特集も組まれた。

     「ザ・ブラックオニキス」は、ヒットした。魔法ルールとさらに巨大なダンジョンを追加した「ザ・ファイアクリスタル」という続編も発表され、それもまたヒットした。

     日本ファルコムは「ドラゴンスレイヤー」という、一種のアクションRPGを発表した。膨大なギミックと、当時のソフトの常識をはるかに超える種類の敵キャラクターが登場するこのゲームもまた同様にヒットした。

     そして夏には、アーケードゲームにRPGが登場するまでになる。日本におけるファンタジーゲームの方向性を完全に決定してしまったそれは、まさに革命的ともいえるゲームだった。

     ナムコ「ドルアーガの塔」。全60面という、アーケードゲームとしては暴挙とも呼べる巨大なダンジョン(正確には塔を登るわけであるから『地下』ではないが)と、各階にひとつずつ、神経症的に配置された宝物。宝物はそのひとつひとつに意味があり、60面をクリアしてヒロインを救出するには、宝物の内容を完璧に把握していないといけないという凝りようであった。例えば1面の宝物である「カッパー・マトック(銅のつるはし)」を出すには、グリーン・スライム3匹を殺せばよく、そしてこの宝物の効果は、使うと壁のひとつを破壊することができる、という具合である。

     そしてこの難解すぎるほど難解なゲームが、これまでのアーケードゲームとは別な意味で難しいゲームを求めていた当時のゲームファンの心をわしづかみにし、大ヒットを記録するのである。60面をクリアできたものは、まさに英雄扱いであった。

    ▲PageTop

    深見剛助のそれから

    名探偵・深見剛助(冗談謎解きミステリ掌編シリーズ)

     事件が起こったのは群衆の中においてだった。

     アイドル歌手がコンサートを行っていたイベント会場で、刺殺されて発見されたのは、新聞記者の神代翼。警察の懸命の捜査にもかかわらず、その場にいた人間の誰からも、凶器を発見することはできなかった。

     居合わせていた名探偵、深見剛助が捜査に協力することになった。

    「……犯人の正体についてはある程度の見当はついています。しかし、確証がない」

     担当となった刑事は、深見剛助の言葉にうなずくと、こともなげにいった。

    「じゃあ、その見当をつけた人間の名前をいってくださいよ」

    「え? ……いや、確証もなんにもない、机上の空論レベルですよまだ」

    「いいんですよ捜査にはとっかかりが必要ですから。それに、深見先生のお言葉があれば、箔も付きますし」

    「箔? 箔って何ですか。ぼくが名前を出したとして、あなたたちはどうするつもりなんですか」

     刑事は不思議そうに答えた。

    「捕まえて犯行方法から何から白状させるに決まってるじゃないですか」

    「だからいったでしょう、証拠も何もないんだ、どんな容疑でどうやって逮捕するんですか」

    「今では共謀罪があります。目的の人物がしゃべっていた対象が、何らかの犯罪にかかわっていさえすればいいんですから、警察も捜査がやりやすくなりました。いったん捕まえた以上は、深見さんも御承知でしょう、別な共謀罪で逮捕、を繰り返せば、二十五日間粘られて、その件では処分保留となっても、拘置所から出た瞬間に再逮捕できる。二十五日単位で、容疑者を永久に拘置所にくぎ付けにしておくことができます。普通なら五回も繰り返せばなんでも白状しますね。昔は別件逮捕のネタを考えるのにも苦労しましたが、今は別の共謀罪を使えばいい。まったく、共謀罪さまさまですよ」

    「そんな無法がありますか!」

     刑事は、深見剛助を憐れむように見た。

    「そういう法律をほしがったのは日本人自体でしょう。そういう議員を国会に送り、そういう内閣を支持したんだから」

    「もういいです! この事件の容疑者については、捜査がまとまるまで話さないことにします!」

    「そういうことをされると、わたしたちも深見先生を共謀罪で逮捕しなくてはならなくなるのですが」

     深見剛助は背筋に冷たいものを感じた。

    「……論理はどうなりますか。推理は」

    「誰もそんな些細なこと気にしちゃいません。みんなが期待しているのは、『神のごとき名探偵とまじめな警察による、事件の速やかな解決』、それだけです」

     ……そうだ。スムーズな進行、それだけの原理で社会が動かされた時、「名探偵は間違えることを許されない」だけではなく、「名探偵の言葉はそのまま死刑執行令状になる」のだ。捜査活動も、法廷もすっ飛ばされ、権威ある人間による「あいつが怪しい」だけで人ひとりを葬ることができるのだ……。

    「本格ミステリは死にましたね、刑事さん」

     刑事は首を軽く横に振った。

    「まさか。本格ミステリは、ようやくその原初の形態に帰ったのです。科学捜査も、法廷闘争も、いっさい存在しない、名探偵の天国に」

    「名探偵の天国か」

     深見剛助はつぶやいた。

    「なにかありましたか、深見さん?」

    「いえね」

     深見剛助は吐き捨てるようにいった。

    「たしかに天国なのだろう、と思ったまでですよ。ポルポト政権や、北朝鮮が、原始共産制に基づく『労働者の楽園』だというのと同じ意味でね。だったらぼくは楽な道を行きます。それがだれであるにしろ、冤罪の片棒を担ぐなんて、ぼくはごめんだ。だったらぼくが冤罪の犠牲者になったほうがいい」

     深見剛助は両手をそろえて差し出した。刑事は少しためらった。

     社会はふたたびスムーズに動き出した。

    ▲PageTop

    海外ミステリ89位 リリアンと悪党ども トニー・ケンリック

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     最初に読んだのは中学生の時だった。あまりのギャグのバカバカしさに腹を抱えて笑ったことを覚えている。特に冒頭近くの、こじゃれたアパートの一室で酔っぱらいの一団に寄って行われるフットボールのシーンなんてスラップスティックのまさにお手本で、笑いすぎて呼吸困難になるのではないかと思ったくらいだ。

     というわけで今回もそうしたスラップスティックギャグのつるべ打ちで笑おうと思ったのだが、三十年ぶりの再読では、この小説、そうしたスラップスティックよりも、「泣かせる笑い」のギャグを中心に組み立てられており、どちらかといえば人情噺の側面の方が強いことに気づいた。

     ケチな詐欺師のバニー・コールダー、ただ部屋を飾り付けることに情熱を傾けてきたデパート店員のエラ・ブラウン、施設から施設を転々としてきて人間というものが九歳にして一切信用できなくなってしまった孤児のリリアン・フェラン、この三人が、移民局の切れすぎる役人であるラスキーの陰謀の結果とはいえ、どうしてかくも強く精神的な絆で結びついたのか、四十を越した今ならばわかる。痛いほどわかる。わかると同時に、笑いも中学生の時のそれとは違ってくるのだ。

     そうした背景があると、この小説のメインであるリリアン誘拐作戦と、クライマックスの、テロリスト集団とバニーの決死の知恵比べが、がぜんスリリングなものに感じられる。手に汗握る、とはまさにこのことだろう。三十年ぶりに読んで、トニー・ケンリック、ここまで知恵比べを濃密に書いていたっけか、といささか意外に思えた。

     どきどきはらはらしながらページを繰り、ここだけ記憶に残っていたラストの一行を読んで深く息をついた。

     誘拐ものの傑作である。

     トニー・ケンリックは一時期角川がやたらと和訳を出していた。消えた飛行機をめぐってカスタードパイが飛び交う「スカイジャック」、ギャングのボスを罠にはめるために全米最悪の腕を持つ最低のプロフェッショナルたちを集める「俺たちには今日がある」、ニューヨーク市に戦いを挑んだ三人のキ〇ガイと、その相談を盗み聞きして悪事を企てた三人の悪党が大騒動を巻き起こす「三人のイカれる男」。どれも笑えて面白かったが、肝心のトニー・ケンリックは今何をやっているのかもよくわからないらしく、再版の契約すら難しい状態だそうだ。生きてはいるらしいのだが……。

    ▲PageTop

    ひきざん

    ユーモア

    「そうは思いませんこと奥様! まったくあの小学校は最低です! 小学生に引き算を教えるのにあんなめんどくさい方法を使っているんですよ! ああそこを左です、右ではありません、左でございますわよ! あたくしは左翼というのは大嫌いですが、どうして左というものがあるんでしょうね奥様! ほら、左のほうからあんなにピーピーピーピーと鳴らしてきて、危ないったらありゃしない。で、引き算のことでございますけどね奥様! 足し算も! 足し算もろくにできないのでしょうねあの教師は! えんえんと1たす1は2、3たす5は8、と誰にでもわかることをもう……くどくどくどくどくどくどくどくどとテスト、テスト、テスト! 一問でも間違えると、またテスト、テスト、テスト! あれだけやったらどんなおりこうさんなお子さんでも一問くらいは間違えると思いませんこと奥様。あっ、そこを右です。右でございますって。通り過ぎてはいけませんのよ奥様。ほんとそうでございますよね奥様。あんな横断歩道を急いで渡ろうとする子供がすべて悪いんでございましょ、奥様? そう、そこの丁字路を左ですわよ。左から左左と曲がっていったほうが近いんでございますの。まったく左翼というひとたちは、日本から追い出すべきですわよね奥様。小学校について話を戻しますとね、引き算でございますわよ。あれも足し算同様、テストテストテストでございましょ。ほんと、毎日毎日テストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストでございましょ? 子供たちは息が詰まってしまいますわよ奥様。あっ、そこを左でございますわよ奥様。まあ、最近の自転車はあんなところを走って。交通マナーというものはどうなってるんでございましょうね奥様。宅のほうではきちんと小さいころから交通マナーを徹底しているのでございますわよ。左翼は嫌いでございますが、法律でございましょ。宅の子供はきちんと左側を歩くようしつけてございますのよ。まあ! 右側ですって。奥様、この間のテレビを見なかったのでございますか。きちんと左側を進むよう指導していると。あきれましたわねえ奥様。自転車と人は歩行者として左側を進むにきまってるじゃあございませんか。そこをまっすぐでございますわ。もう、左に曲がるだなんて。ええそうでしょう、そちらからでも確かに道はつながっていますけどね奥様、ここをまっすぐで次を左に曲がったほうが曲がりやすくて進みいいんでございますわよ。まあ、このあたりの地図をよく覚えていないと間違えやすいのでございますけど。そんなことがないように、宅の車にはすべてカーナビがついてございますの。そういえばご存じかしら? オリンピックに卓球のミックスダブルスが加わったんですのよ。宅の主人ときたら、男と女がチームを組むのは反対だ、なんて。主人の言葉はもう、偏見そのものじゃございませんこと、奥様? でもあたくしも、わからないではないんですのよ奥様。男と女がチームを組んだら、痴漢行為をはたらく、あらあたくしとしたことが。でも、そういう不心得な人が出てこないとも限らないんじゃありませんこと、奥様? そうそう、引き算の話でございましたわね。またもう、テストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテスト。あっ、そこを右ですわよ奥様。右ですってば奥様。まったく、市の道路工事ときたら、くねくねくねくね。嫌になりませんこと奥様。あたくしなんてもう、言葉もございませんわ。そこを左でございますわよ奥様。この引き算のテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテストテ」

     あたしは、ようやくこのおしゃべり女から解放された。

     ……轢き惨。

    ▲PageTop

    1984年(9)

    ゲーマー!(長編小説・連載中)

     それでも、続々と発売されるファミコンのゲームがべらぼうに面白いことは修也でも認めざるを得なかった。

     「ドンキーコング3」「ギャラクシアン」といったアーケードの人気ゲームが移植されたのも大きかったが、この1984年のファミコンのゲームソフトで、ゲーム界に衝撃を与え、人気を不動にした立役者は、なんといっても、ハドソンの移植した「ロードランナー」と、ナムコが移植した「ゼビウス」というふたつのキラータイトルである。

     どちらも、ファミリーベーシックで幻滅していなかったら、修也もファミコンのユーザーになっていたであろうというほどの魅力に満ちていた。

     「ゼビウス」についてはこれまでさんざん語ってきたように、アーケードでの発表以来常に人気のトップを走っていたゲームである。その、現役でありながら「伝説」になりつつあったゲームが、家庭で遊ぼうと思ったら、パソコンに20万円も投資しなければならなかったゲームが、わずか14800円のファミコンで動くのだ! あの美しいグラフィックがそのままで動くのだ!

     そして「ロードランナー」は、はじめて一般の家庭にやってきた、アクションパズルゲームだった。ひとつひとつのステージに、謎と罠とがイヤというほど詰め込まれ、全50面をノーヒントでクリアするのは至難の業だった。

     さらに、この「ロードランナー」にはプレイヤーのやる気を刺激する機能までついていた。エディットモードである。

     キーボードを使わずとも、コントローラーを操作するだけで、自分で好きなように画面をデザインすることが可能なのだ! 自分で画面を作り、罠を張り、それを突破しようと友人たちが苦労するのを見るのは、いわくいいがたい快感があったし、友人が趣向を凝らして作った罠をかいくぐってステージクリアをするのは、さらにいわくいいがたい快感があった。

     修也はただただ圧倒されるばかりだった。

     それは、修也の中でひとつの、よくいえばユニークな考え方であり、悪くいえばねじ曲がった偏見をはぐくんでいった。

    『ファミコンなんかでここまで面白いゲームができるならば、もっと自由なパソコンでは、もっとはるかに面白いゲームができるに違いない』

     その手掛かりは、修也の買ったベーマガにすでに載っていた。

     PB-100よりも一世代前のプログラマブル関数電卓FX-702P。そこで発表された、修也がこれまで聞いたこともないタイプのゲーム、「異世界ファリナ」。異世界を旅し、怪物を倒し、武器を整え、傷を癒し、悪の手に落ちた姫を救出しようとする……。

     それは修也が初めて目にする「ロール・プレイング・ゲーム」だった。

    ▲PageTop

    1984年(8)

    ゲーマー!(長編小説・連載中)


     修也はうきうきとした気分でNの家に向かって自転車を走らせていた。

     Nの話によると、とうとうファミコン用のキーボードである「ファミリーベーシック」を買った、というのだ。

     その声はあまり興奮もしていないようだったが、修也にしてみればどうでもよかった。

     パソコンに触れる、ということ自体が一種の冒険だったからだ。

     Nの家へやってきた修也は、どきどきしながらNがファミリーベーシックのキーボードをつなぎROMカセットを差し込むのを見ていた。

     画面がついた。

    「ワタシ ハ ファミリーコンピュータ デス。 クリカエス……」

     修也はNを見た。

    「それで、これは! どれだけのことができるの!?」

     Nは力のない声で笑った。

     ファミリーベーシック。ファミコンを使って簡単なBASICプログラムの入力ができるデバイスである。PEEK、POKE命令を使うことで、機械語を使うことにも対応していた。外部記録装置としてはデータレコーダによるプログラムの保存と再生の機能が使用可能であった。要するにカセットテープである。

     問題は、任天堂としては「簡単なBASICプログラムの入力と保存」をさせる以外の目的でこのキーボードとBASICを運用することは全く考えていなかったことにある。このファミリーベーシックから、市販のゲームのそれに匹敵するようなアマチュア作品が出てくることなど、任天堂は意図もしていなかったし歓迎も全くしていなかった。

     入力可能なプログラムは最大でも2KBにすぎなかった。これは、そもそものファミコンの性能が、大きくROMカセットに依存しており、本体自体のRAMが2KB、VRAMが2KBという、当時のゲーム機としても非力な仕様だったことによる。ファミコンは、性能をぎりぎりまで特化させることによりあの見た目の高性能を得ていたのだった。

     豊富でカラフルなスプライトも、その内容はROMカセットに依存するものだった。ゲームの背景画面も同様である。既に与えられているキャラクターを組み合わせることは可能でも、ドット単位でユーザーが背景やスプライトを描くことは不可能だった。

     これでは、基本的にPB-100と同じではないか! 修也は歯噛みする思いだったが、それが廉価のもたらした現実だった。

     修也の内面で、ファミコンに対する「信頼」というものがガラガラと音を立てて崩れていった。

     修也はファミコンを買うことを放棄した。そんな代物を買うくらいなら、貯金をしてもっと自由なパソコンを買おうと誓ったのだ。

    ▲PageTop

    海外ミステリ88位 ガラスの鍵 ダシール・ハメット

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     ミステリファンなら誰でも知っている、ハードボイルド小説の古典である。ひとつの町をめぐる暗黒街の熾烈な闘争を、智謀に長けたひとりの賭博師の行動を中心に、内面描写一切なしに「行動」だけで語った、ハードボイルドのひとつの極点ともいえる小説だ。

     だけど! だけどだよ、これ、虚心坦懐に読んだら、「BL小説」じゃないのか? プラトニックな片思いの。先ほども書いた通り、この小説ではハメットは内面描写をひとつもしていないため、「行動」と「会話」だけから判断するしかないから余計にそう思うのかもしれないが、主人公の賭博師ネド・ボーモンの、暗黒街の顔役ポール・マドヴィッグに対する異常なまでの献身ぶりは、もう、「信義」とか「友情」とか「仁義」とかのレベルを超えている。これはもう、「愛情」以外のなにかであったらウソだろ、というレベルなのだ。確かにネドも女を抱いたりはするが、裏切られても裏切られても、痛めつけられても痛めつけられても、必死になってポール・マドヴィッグの地位と名誉を守ろうとするこの執念は、もしこの「ガラスの鍵」という小説のイラストを、よくあるレディース漫画のインテリヤクザ美男子に置き換えたら、そのままで腐女子の皆様がたが「萌え死に」してしまう域に達しているのではあるまいかと思う。

     裏切られても裏切られても相手に尽くす、ということでは同じハメットの「マルタの鷹」の私立探偵サム・スペードがブリジット・オショーネシーに対する態度とそっくりで、よほどハメットはそういうシチュエーションが好きなのだろうなあ、とは思うが、こちらの「ガラスの鍵」においては、その献身ぶりが行き過ぎている。結末部でネド・ボーモンの見せるポール・マドヴィッグへの態度は、そのままでも寂寥感あふれるものだが、もしこれを、ネド・ボーモンの動機を「愛情」だと考えると、そこまでやるかネド・ボーモン! といいたくなる。だって、ポール・マドヴィッグが一方的に惚れているが結婚してもポールを不幸にしかしない女(なにしろ彼女はポールを心底嫌い抜いており、ゴミかなにかとしか思っていないのだ)と、手を取りともに街から去っていくのだ。これはもう、実はネドも同じ女を愛していました、ではなく、ポールを邪魔する不届きな「悪い虫」はこうして永久に除去しますよ、これが命を懸けた最後の愛情ですよ、としか思えない。恋愛小説でも、ここまで相手に「尽くす愛」を見せる人間なんてそうそういたもんじゃない。

     そういう意味で、どうしてこの「ガラスの鍵」という小説が腐女子のお姉さま方のあいだでベストセラーにならないのか不思議でならないのだが、そういう読み方をすべて取り払っても、この小説は面白い。コンチネンタル・オプ、サム・スペードといった連中と同様に、このネド・ボーモンも、頭脳明晰で果断な処置もいとわない恐るべき策士なのだ。謎解きミステリとは違ったタイプの知的な争いを本書で楽しんでいただきたい。

    ▲PageTop

    「アフリカの女王」見る

    映画の感想

     ブログDEロードショーの企画として見る。前から見たいと思っていたのだ。

     しかし、最初から今回の視聴は困難を伴った。ブックオフの百均棚で買ってきたDVDの画像が、「よくもこんな三倍速のビデオをダビングしたような映像に2800円もつけたもんだ」と思うような代物で、しかも字幕もちょこちょこ不備があるうえに音声もよくないという、ごめんなさい百均棚では二度と買いません、と痛感する、まあひどいDVDだったのだ。

     そんな状況での104分。

     結論をいうと、この映画はやたらと面白かった。冒険映画というものはこうでなくてはならない。原作のフォレスターというやつはやっぱり冒険小説のツボというものを知り尽くしている。そしてジョン・ヒューストンもそれを「わかって」作っている感がありありと感じられてうれしい。

     キャストのキャサリン・ヘプバーンとハンフリー・ボガートであるが、これはこいつらでなくてはならんのだ。

     ヒロインは頭の固いオールドミスでなければならぬ。ヒーローは疲れた中年男でなければならぬ。もしこれが、元気はつらつのきゃぴるん(死語)な若い娘と、海兵隊あがりのワンマンアーミーな男をキャスティングしていたら、この映画は駄作になっていただろう。

     敵は悪魔のようなドイツ軍でなければならぬ。ドイツ軍は非道をせねばならぬ。そしてイギリス人は可能な限りそれに反撃せねばならぬ。どうしてか、などと聞くのは、なぜ仮面ライダーはショッカーと戦わなければならぬのか、を聞くのと同じくらい野暮な話である。戦争反対、とか、ドイツ人にも愛する国と家族が、とかいう映画ではないのである。そこをカン違いすると「サハラに舞う羽根」みたいな駄作になってしまうのである。

     ヒーローの武器は可能な限りボロくなくてはならぬ。こんなもんで戦力になるのか、というほど非力でなくてはならぬ。その点、この作品のメインウェポンである「アフリカの女王号」は実に理想的だ。誰がどう見たって戦力はおろか、川を進むのさえムチャであろう、というほどのひどいボロ船。しかも基本的に非武装。だからいいのだ。もし、これが「ガンダム」クラスのスーパーウェポンだったら、この映画は駄作になっていたに違いないのである。

     そこらへんの基礎的なところさえ共感できれば、本作は、笑って泣けてどきどきできてさらにはアフリカ観光までできる、最上級の冒険映画の傑作である。ダイハードがなんだ。レイダースがどうだという。「超人的」とは縁もゆかりもないパッとしない男と女が、あからさまに強力すぎる敵に挑むのだ。襲い掛かる困難を、ひとつひとつ愚直に乗り越え、絶望的な事態に直面しても勇気とユーモアを忘れず、そして……。

     最後の展開にわたしは泣いた。しょぼくれた中年男と、しかたのないオールドミスの冒険は、あまりにも無謀だから当然の結末を迎えるのだ。ジョン・ヒューストン監督、「わかって」いらっしゃる。

     この映画の主役は、あくまでも「アフリカの女王」号なのである。ボガートの1951年度アカデミー主演男優賞の代わりに、アカデミー主演女優賞を、この美しき船が受賞しなかったことが残念でならない。

     今度はもっと美しい画質のDVDを買おう。

    ▲PageTop

    1984年(7)

    ゲーマー!(長編小説・連載中)

     いろいろと調べてみると、そういったアドベンチャーゲームのできるパソコンは、だいたい数種類に限られてくるようだった。

     富士通の「FM-7」。

     シャープの「X1」。

     NECの「PC-8801mkⅡ」。

     同じくNECの「PC-6001mkⅡ」。

     各社の「MSX」。

     もう一度値段の一覧表を見た修也は、自分が手に入れられるのはそのうちの「MSX」しかないだろうという結論に達した。富士通の「FM-X」というパソコンが、MSXの性能を持つパソコンの中ではいちばん低価格らしいからだ。

     それでも値段は5万円を超えていた。

     両親が費用を出してくれるとは思えなかった。

     貯金しなくちゃな……、と修也は思った。小学生である修也に、『アルバイト』の発想を求めるのは酷である。

     修也はページを繰って、広告からモノクロの紙面へと目を移した。

     そこには、ゲームがあった。

     ゲームがあふれていた。

     修也は圧倒される思いだった。無数のプログラムのリストが、そこにあったのだ。

     アメリカの「AppleⅡ」用のゲームのプログラムリストがあった。

     日立の「ベーシックマスター」用のゲームのプログラムリストがあった。

     NECの「PC-8001」「PC-6001」はもちろん、富士通「FM-7」、シャープ「MZ-80」「MZ-1200/2000」「MZ-700/1500」「X1」、各社「MSX」、あのおもちゃ売り場にあった「MAXMACHINE」や「ぴゅう太」、それに……。

    「ファミコン?」

     そうだった。発売されたばかりの任天堂「ファミリーベーシック」用のゲームのプログラムリストも載っていたのだ。

     さらに修也は読んだ。

     セガ「SC-3000」、ソード「M5」、松下「JR-100/200」、カシオ「FP-1000/1100」、コモドール社の「コモドール64」、日立「S1」、ソニー「SMC―777C」、三菱「MULTI8」、東芝「パソビア」、バンダイ「RX-78」……聞いたこともないようなパソコンの名前がずらずらと出てきた。そのひとつひとつにゲームのプログラムリストが載っており、編集部からの丁寧な解説がついていた。

     もしかして……!

     修也はページをぺらぺらとめくった。

     ……あった!

     「PB-100」用のゲームプログラム「おばけハンター」と「ホッチキス」。

     修也は軽い目まいを覚えた。これからは、毎月、新しいゲームが二つも遊べるのだ!

     自分はひとりではなかったのだ!

    ▲PageTop

    Menu

    最新記事

    最新コメント

    カテゴリ

    FC2ブログランキング

    ランキング

    アルファポリス「第9回 絵本・児童書大賞」にエントリーしました。 どうぞ読んでいってくんなまし。

    カウンター

    おきてがみ

    検索フォーム

    Powered By FC2ブログ

    今すぐブログを作ろう!

    Powered By FC2ブログ

    ブロとも申請フォーム

    QRコード

    QRコード