クリスタルの断章

    そのクリスタルは、無限とも思える情報を記録できる情報媒体だった。現代にこぼれ落ちた微細なかけらには、小説のようなものが記録されていた……。オリジナル小説ブログです。

    オフ会しようぜ!

    その他いろいろ

    前々からやりたいなやりたいなと思ってはいた「オフ会」なるものを開きたいと思います。

    「第1回 ポール・ブリッツの野郎を包囲する会」

    4/2 11:30 JR常磐線「土浦駅」集合

    行動予定 土浦駅ビルの「サイゼリヤ」で楽しく会食
           駅近くの、県内最大級を自称する古本屋で楽しくお買い物
           駅近くのカラオケボックスで楽しくカードゲームするなり歌うなり

           成り行きによっては有志による二次会

    わたしを含めた参加者四人以上で実行しようと思います。

    当日お暇な方はぜひご参加を。

    行動予定が行動予定なため、たぶん予算はそれほどかからないと思います。

    参加希望者は本記事に公開でも非公開でもコメントよろしくお願いします。
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    「シュリーフェン・プラン」季刊タクテクス誌No.7付録

    ウォーゲーム歴史秘話

     今を去ること三十年ほど前、「月刊タクテクス」という雑誌があった。ホビージャパン社から出版された、シミュレーションボードゲーム専門誌である。

     「毎号付録ゲーム付き」という、いま考えても豪華な雑誌だった。付録ゲームも、シミュレーションゲームの老舗SPI社の作品の和訳などといった本格的なものであり、カラーページもふんだんにあり、一種のゲームカタログともいえる雑誌で、わたしはもう発売日が近づくとそわそわするのだった。

     しかしまあ、TRPGの台頭と、コンピュータの発達は、ボードゲームというものをどんどんマイナーなものに変えていった。歴史もののシミュレーションウォーゲームは、どんどんと支持者を失い、やがてタクテクスという雑誌にも最期の時がやってきた。

     今回リプレイで取り上げた「シュリーフェン・プラン」は、そんなタクテクスの現時点での最終号についていた付録のミニゲームである。そのころには月刊誌ではなく「季刊誌」になっていた。

     シュリーフェン・プランという題材自体は興味深かったが、なんとなく遊ぶタイミングを逃したまま三十年が過ぎた。ついこの間NATO兵科記号のフォントを見つけたので、ユニット総数も少ないことだしエクセルでちょこちょこと駒を作って遊んでみることにした。

     わたしがフランス側で、ドイツ側をやったのはいつもおなじみ水青さん。

     2回ほどためしに史実通りの作戦案でやってみて、フランス側が2勝した。ぼろぼろの戦線のように見えるが、フランス軍はけっこう粘れるのである。少ないユニットと小さなマップのわりによくできている面白いゲームではないか。

    「3回目にリプレイを書く」ということでやっていたので、3回目のプレイで、写真を撮りながらリプレイを書くことにした。すると水青さんは、ドイツ軍を南下させたのである。

    「いやー、南方突破作戦も面白そうだなと思って」

    「そっちの作戦はタクテクスの作戦研究のリプレイで失敗してましたからねえ。テストのソロプレイをしていないんですけど。まあいいです。アルデンヌが突破されるのは第二次大戦のことですから、第一次大戦では無理と違いますか」

     とはいえ、森林と要塞線に守られているとはいえ、南方突破へクスに入る道はパリに入るよりはるかに短い。

     わたしは北方のベルギー軍とBEFを大急ぎで鉄道で戦略移動させた。

    「まさかベルギー軍がアルデンヌで戦うとはなあ。しかも第一次大戦で」

     ここの戦線で重要なのは、いかにして退却せず、ドイツ軍に消耗戦を強いるかということにある。フランス軍が1ユニット失われたら、ドイツ軍も1ユニット失わせる、そんな戦いを繰り返し、絶え間なく前線に増援を送り続けるのだ。

    「意外とフランス軍、善戦してるんじゃない?」

     わたしはドイツ軍の正面に強力なBEFを送り込み、ドイツ軍が側面から回り込んでくることを警戒してベルギー軍も投入した。

    「その機動でいいんですかポールさん?」

     動かした後でわたしも自分の失敗に気付いた。このゲームでは、一度敵と隣接したユニットは、戦闘結果以外でそこから離れることはできない。つまり、戦線を強化する目的で敵にベルギー軍を貼り付けることにより、わたしは貴重な1ユニットの行動の自由を失ってしまったのである。

    「いやあフランスの戦線は抜けないでしょう」

    「でもこれで戦力比的にはじゅうぶんですよ。……D2(防御側2ユニット損失または2へクス退却)」

    「うわあ! せめてD1なら」

     戦闘力5の貴重なBEF、失ってしまったら戦線自体が崩壊しかねない。退却するしかないのだが、2へクスも退却するとドイツが盤外への突破口の形成に成功してしまう。

    「せめて一太刀、……うわあ! また連合軍に損失が!」

    「戦闘後前進」

    「うーん、この戦力でドイツ軍を後退させることは不可能だから……投了です」

     まさかあんなリプレイを書くことになるとは、である。

     プレイしての感想であるが、このゲーム、ユニット数が少ないだけに、連合軍はユニットをひとつ失うだけでも戦線がガタガタになる。だから注意してユニットのやりくりをしなければならない。そしてこのゲームでユニットを隣接させると、もうそれでほぼ移動は不可能なのだ。

     ドイツ軍もドイツ軍で、調子に乗って突進していると気が付かないうちに損害を食らって、パリを攻略するにも南方に突破するにも戦力が足りない、という状況になる。イニシアチブを握っているのはドイツ軍であるが、イニシアチブだけでは勝てないゲームなのだ。

     どうして自分は三十年前にプレイしなかったんだろう、と思えるまさに傑作。どこかで再版しないかなあ……。

     

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    八月の砲声・クリスマスまでの戦争

    ウォーゲーム歴史秘話

     20世紀。それは列強の時代として幕を開けた。植民地と、そこから上がる多大な利権の分捕り合い。だが、地球は球形をしており、その大陸の面積は有限だった。列強の思惑は激突への緊張をはらんで推移し、やがて発火点を迎えるのだった。世界大戦の始まりである。

     1914年8月2日。フランス・ベルギー国境付近に大軍を終結させたドイツ軍は、ベルギーに無条件通過権を要求した。それはベルギーおよびフランスにとって即座の軍事的敗北を意味するものであった。アルザス地方の要塞線に主力を集中していたフランス軍には、もしベルギー戦線が崩壊したら、防御のために展開できる兵力はなく、ドイツ軍はそのままパリに雪崩のごとく突進し、政府中枢を破壊されたフランスは戦争から脱落するであろうことが容易に予測できた。

     この作戦こそ、ドイツ軍参謀総長であるフォン・シュリーフェンが立案した、「シュリーフェン・プラン」であった。だがその計画は、フランス軍諜報部を通じて、連合軍側の知るところとなっていた。連合軍は必勝の作戦を練り、ドイツ軍の侵攻に備えた。

     1914年8月4日。ドイツ軍はルクセンブルクに進駐。



     かくして西部戦線の戦端は開かれた。わたし、英国陸軍元帥ジョン・フレンチは、BEF(イギリス海外派遣軍)司令官として大陸に渡り、ドイツ軍の進撃に備えた……のだが。

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     まさか、「シュリーフェン・プラン」自体が連合軍側に流されたドイツ軍の陽動作戦だったとは。ドイツ軍はベルギー方面には若干の守備隊を残しただけで、ほぼ全軍を南方、アルデンヌ方面へ移動させた。アルデンヌの森林地帯からフランス南方への突破口を開き、展開することによりフランス軍を分断、各個に撃破する作戦と推察された。

     8月10日。アルザスの要塞はドイツ軍の大軍により突破された。フランス軍は貴重な予備部隊である第4軍を急遽アルザス方面へ向かわせ、戦線の穴をふさいだ。北方からベルギー軍とわがBEFが、最先端の科学技術である蒸気機関車で、パリを経由してアルザス方面へ向かったが、戦力的な差は圧倒的といえるものがあった。

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     8月19日。連合軍はBEFとベルギー軍、それと無理やり抽出してきたフランス軍予備部隊をアルザス方面へ投入。戦線を強化した。

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     8月22日。単純計算でも3倍のドイツ軍を相手の戦闘により、わがBEFは大混乱に陥り総撤退する羽目になった。突出してきたドイツ軍に対する反撃も、いたずらにフランス軍の死者を増やすだけに終わった。

     北方においてもドイツ軍が弱体なベルギー軍を攻撃して前進、予想外の展開にパリに守備隊を割かねばならなくなった。

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     8月25日。アルデンヌの森林地帯を突破し、連合軍の戦線を突破したドイツ軍は、圧倒的な機動力でフランス軍の後方を蹂躙し、戦略的な包囲状態を完成させた。フランス軍は総崩れとなり、8月30日、鉄壁の防御力を誇るはずだったパリは一切の戦火を受けることなく、講和条約の場となった。フランスはここに降伏し、敵中に孤立することになったわがBEFも同じく降伏した。ベルギーに至ってはいわずもがなである。

     誰が信じられたろう、フランスはわずか3週間で崩壊したのだ。この奇跡的な作戦を立案したドイツ軍参謀総長ヘルムート・フォン・モルトケは一躍ドイツの英雄となり、わたしは捕虜収容所でドイツの大軍がロシア方面へ向かう列車に乗っているのをただただ茫然と見守っている。後顧の憂いがなくなったドイツ軍はロシア軍を圧倒するであろう。

     回想録もここで終わらせたほうがよさそうだ。医者に話せば青酸カリのタブレットをすぐに用意してくれるだろう。

     いったいどこで間違ったのだ。

     1914年9月1日 元英国陸軍元帥 ジョン・デントン・ピンクストン・フレンチ

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    海外ミステリ77位 復讐法廷 ヘンリー・デンカー

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     裁判長殿。本作品が「東西ミステリーベスト100」の77位に入ったことについての検察側の攻撃は、公正を欠いたものであると弁護人は考えます。なぜなら、ヘンリー・デンカーのこの小説は、読みやすく面白いリーガル・サスペンスであり、法廷ものの傑作といえることに間違いはないからであります。84年度の文春のミステリーベスト10において堂々の1位に選ばれたことからもそれは明らかであります。しかもこの小説は文春文庫の一冊として刊行されているのであります。同じく文春文庫である「東西ミステリーベスト100」のアンケートが行われた1985年において、文芸春秋が本書にかけた意気込みを、回答者が理解していなかったとは到底思えません。したがって、本書がこの位置に来ることは別に何ら意外でもないわけであります。検察側は、「明白なる出来レース」と主張していましたが、出来レースならどうして本書が上位50位に入らなかったのでしょうか。検察側の「そりゃ回答者にも良心ってものがあるだろう」という発言は、本書を侮辱する以外のどういう意図があったものか判然といたしません。

     陪審員の皆さん。この小説には、アメリカと法律と民主主義との抱える爆弾が実にうまく表現されています。具体的に言ってしまえば、この小説で被告側弁護人となるベン・ゴードンは、明らかな「ルール破り」を平然と行っているのです。小説を読む限り、小説内での検事であるレスター・クルーの判断におかしなところはまったくありません。道理は検察側の方にあるのです。そうした法律のうえでの道理と、人間としての当然の常識とが食い違ったとき、人間はどうすればいいのかが本書のテーマであり、それを具現化するために、ヘンリー・デンカーは「行為も兇器も意思も証言も自白もすべてそろっており、かつ捜査活動も厳密で適正に行われた殺人事件」を弁護する、というアイデアを出してきたわけでありますが、その弁護と判決をどう評価するかについては、議論してしかるべきであります。アメリカの法と民主主義は、バラク・オバマを育むだけではなく、ドナルド・トランプを生む土壌でもあるのです。本書を読了したわたしは、その事実に慄然とするものを覚えるものであります。

     こうしていろいろと考えてみると、老子の語った逆説が思い起こされるのであります。「大道廃れて仁義有り、智慧出でて大偽有り」。われわれが生きているのはデモクラシーの時代なのでしょうか、それとも民主主義とはポピュリズムの一変形にすぎないのでしょうか。いずれにせよ、アメリカのみならず日本の裁判の意味を考えるうえでも、本書は今こそ読み直されるべきであります。弁護人は、本書のやり方は小説内のみにとどめておくべきだと考えます。仮に陪審員のかたがたがこの本を読む気になれなかったとしても、裁判長殿には、いくらかなりとも寛大な判決を願ってやみません。これをもって弁護側最終弁論を終わりたいと思います。

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    憂い顔の天使

    ささげもの



    天使は己の強さを憂える。
    苦しみで鍛えられ、悪意に耐える術を学び、
    今ではもう手袋をはめることさえない。
    天使はそんな己の強さを憂える……。


    いつも通りのlimeさんの絵の無断借用です。元記事はこちら

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    「怒りの日」見る

    映画の感想

     すごい映画を見てしまった。こないだの「奇跡(御言葉)」を撮ったカール・ドライヤー監督の「怒りの日」である。この映画は魔女裁判と、「女性の自律」という主題を、近世ヨーロッパを舞台とした一種の心理サスペンスとして撮ったものである。

     もう、主役のアンネ・ペータースドッテルを演じたリスベト・モーウィンがいい。親子ほど年の離れた牧師の後妻なのだが、ファーストシーンのやせ細って頼りない若い娘が、遊学から返ってきたアプサロンの息子、マーチンと出会うところからみるみるうちに「魔女」としての本性をあらわにしていく。この「魔女」というのが、現代の目で見れば「ひとりの女性としての自由への目覚め」以外のなにものでもないのだ。下司ないいかたをすれば義理の息子との不倫なわけであるが、近世ヨーロッパを覆う、狂信的なまでの抑圧社会の中では、「魔女」でしかない。アンネは、夫の老牧師アプサロンから「魔女は人の死を願うとその人間を死なせることができるのだ」という話と、「魔女であるアンネの母を、アンネ目当てに宗教裁判で無罪の判決を出した」ことを聞かされ、「自分にもその力があるのではないか」と思い、生まれて初めて「自信」を抱き、笑う。その笑いを、ドライヤー監督は光の当て方で「邪悪な笑み」に見せてしまう。そこから、この映画は息をのむサスペンスの様相を見せてくるのだ。

     この作品では、実際に超自然的なことが起こるわけではない。単に、嵐の晩に遠出から家に帰ってきた老牧師が、妻が息子と不倫をしていたことを当の妻から聞かされてショック死するだけの話である。しかしそれが、全編を覆う、気を許す暇もないヒステリックな空気により、「魔女」が存在するということが、「裁かれる本人」であるアンネ自身ですら認めざるを得ないほどになっていくのだ。ドライヤー監督の腕は神がかっているとしかいいようがない。

     また、このさわぎの発端である、村の老魔女ヘアロフス・マーテが火あぶりにされるシーンなど、下手なホラー映画よりもショッキングである。グロテスクな描写はまったくないのに、うわあ、と叫びたくなるような凄惨な映像なのだ。

     このような現実と狂気が交じり合ったヒステリックな社会を、監督は絵画のような見事な映像で切り取っていく。

     すごい映画だ。

     こんな傑作を見ると、ドライヤー監督の代表作といわれている「裁かるゝジャンヌ」も見たくなってくるのだが、紀伊国屋から出ているDVD、2万円以上するのよね……。

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    海外ミステリ74位 闇からの声 イーデン・フィルポッツ

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     最初に読んだのは浪人中のとき。松戸の図書館にあったので読んでみたが、なんだこんなものか、というはぐらかされたような感覚があった。それもそうだ。「大トリックの炸裂する謎解き物に違いない」と思い込んでいたからである。冷静に考えれば、フィルポッツがそんな作品書くわけないじゃないか!

     創元推理文庫版を古本屋で見つけたので買ってみたが、マークも「スリラー・サスペンス」を意味する猫さんマークであった。しかし巻末の広告では「本格推理小説」のおじさんマークだったので、編集部でも混乱があったのかもしれない。

     というわけで、ある程度のことは理解したうえで、二十年ぶりに再読。感想だが、序盤こそイライラするものの、中盤以降、犯人が明確になってきてからの面白さはさすが古典、というだけあった。神のごとき名探偵ではないが行動力があるタイプのもと刑事と、狡猾極まりない犯人(まあまるわかりであるわけだが)が、チェスのような読み合い、心理戦を繰り広げるのが楽しくてたまらない。こちらがこうする、すると相手はこうくるだろう。それを避けるためにこちらはこうする。すると相手はこうくるに違いない。うむむ何と恐ろしい相手だ、というやつである。そして主人公である引退した名刑事のジョン・リングローズという男が、犯人と目したやつに対して地味に外堀から埋めていき、じわじわと真綿で首を締めるように迫っていくという実に恐ろしいやつなのであった。警察力を使うのではなく、たったひとりで、自分の経験と知識と推理から、相手に対して揺さぶりをかけて行くのである。犯人の恐怖はいかなるものか。

     個人的には、犯人と探偵の心理戦では、特に双方の相手に対するイヤミのかましかたに限ると、メイスンの「矢の家」のほうが凄まじさにおいて本作よりも上ではないかと思うのだが、「闇からの声」は「闇からの声」で、探偵の肉声を聞けるというところが「矢の家」よりもいくぶんフレンドリーであろう。こちらの手の内がわかっているだけ、安心して読める。

     タイトルにもなっている「闇からの声」だが……まあ最後には真相が明らかになるが……昔の人はそう細かいことにはこだわらなかったのだろう、きっと。だからそういうおおらかな気持ちで読むのが一番だろうと思われる。しかしまさかああいう形で本筋にからんでくるとは(ヒント:からまない(笑))。

     74位というのは少々評価しすぎのきらいがあるが、読んで損はないサスペンスの古典である。こういう文化は誰かが継承しなくてはならない、そんな気がする。

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    夕焼けの味

    残念な男の事件簿(二次創作シリーズ)

     どうして、そんなことをしたのか、自分でもよくわからなかった。

     店員はにこやかな顔でわたしにいった。

    「袋はご入用ですか?」

     いるわけがないだろう。たかだか百五十八円プラス消費税で買える代物を、スーパーの名前がでかでかと書かれたポリ袋に入れる必要など、どこにもないはずだ。

     婉曲な言葉でそう告げたわたしに、店員はにこやかな笑みを崩すことなく答えた。

    「一番の支払機でお支払いください」

     セミセルフレジというのはこれだから虫が好かない。わたしは投入口に小銭を入れ、レシートがジコジコいいながら出てくるのを待った。

     キャンディーの袋を鞄に入れると、後ろから「ありがとうございました」の声が追い打ちをかけてきた。

     今日は三月十四日。菓子ひとつ買うにも中年男には受難の日だ。わたしは桶狭間を後にする敗走の今川勢のような気分で食料品売り場からよろよろと這い出た。



     事務所へ戻り、テーブルの上にスーパーでの戦利品を置いた。

     退屈そうにリルケを読んでいたロビンは、わたしに「おかえり」といってから、詩集を下ろして眉をひそめた。

    「なにこれ?」

    「見てわからないのか。べっこう飴の詰め合わせだ」

    「どうした風の吹き回しだっていってるんだけど」

     ロビンはちらりとカレンダーを見た。

    「もしかして」

    「食べたかっただけだ」

     わたしはコートを壁にかけた。

    「それならそれでいいけどさ、毎年のことだけど、ぼくは先月なにもあげなかったよね」

    「お前がなにかくれないと、わたしは甘いものを食べてはいけないのか」

    「ひとりじめするつもりなの?」

    「そのつもりならこんなところにわざわざ持ってくるわけがないだろう」

     わたしは急須に緑茶のティーバッグをぶち込むと、電気ポットからお湯を注いだ。

     テーブルへと歩いてきたロビンは、「べっこう飴ねえ」というと、勝手に袋を開けて中身を皿にあけた。

    「素朴でいいぞ。純粋に砂糖のうまみを味わうのならこれ以上の物はない」

     ロビンは袋をしげしげと眺めた。

    「百五十八円ってタグがついてるけど」

    「それがどうした。国民的グルメ漫画でも、究極のメニューに駅の立ち食いそば屋を入れている」

     盆の上の湯呑み二つにお茶を注いで、わたしは盆をテーブルに持っていった。

    「外回りで疲れた。お茶にしよう」

    「いただきます」

     ロビンは黄金色の飴を口に放り込んだ。

     わたしたちは黙々とお茶を飲み、時計がチクタクいう音を聞いていた。

    「……気づいてたの?」

     むせそうになった。

    「なにがだ?」

    「お祝いのつもりかって」

    「なにか祝うことでもあるのか?」

     わたしは困惑した。

     ロビンは寂しげに笑った。

    「気づくことでもないよね。たかだか一センチだもの」

    「一センチって……まさか、お前?」

    「背が伸びたんだよ。成長期ってやつかな。三十年ぶりの」

     それがどういうことを意味するか、わたしはよく知っていた。ロビンが成長できたということは、名家の娘にとっては花嫁修業の再開を意味する。なにしろ妊娠できる女性の同族は貴重なのだ。

    「おめでとう」

     ようやくそれだけをいった。

    「ねえ」

     ロビンがテーブルに身を乗り出した。

    「一分でいいから、花嫁修業に付き合って」

    「一分で何をやればいいんだ」

    「大人の体格の男性とうまくキスをするやりかた」

     わたしはロビンの視線を受け止めた。

    「いいだろう」

     わたしたちはテーブル越しに唇を重ねた。いくら精神年齢が四十歳だからとはいえ、肉体的には九歳の少女には大人のキスは早すぎたかもしれなかった。

     唇が離れた後で、わたしはいった。

    「どうだった?」

    「夕焼けの味がした」

     わたしは肩をすくめた。

    「それは唇の味じゃない。べっこう飴の味だ」

     扉がノックされた。

    「お嬢様、お迎えに上がりました」

    「いま行くよ」

     ロビンはわたしに背を向けると、扉の方へ一歩を踏み出した。

    「ロビン」

     わたしは自分でもわからぬなにかをいいかけたが、思い直して椅子に身体をあずけた。

    「がんばれよ」

     ロビンは振り返らなかった。扉を開け、わたしの知らない世界へと真っすぐに進んでいった。

     ひとりきりになった部屋で、わたしはぼんやりと立ち上がるとラジオをつけた。

     大塚博堂の歌がかかっていた。

     『ダスティン・ホフマンになれなかったよ』

     誰だ、こんな辛気臭い歌を昼日中の番組にリクエストした奴は。

     わたしは夕焼けの味のべっこう飴を次から次へと口に入れながら、ラジオの曲に聞き入っていた。

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    閑話休題4

    ゲーマー!(長編小説・連載中)

    閑話休題

     トルストイの「要約福音書」を手に入れた男は、それからというもの、猛烈に「祈る」ようになる。その祈りは、「明日も無事でいられますように」とかいった尋常なものではなかったらしい。祈ることは生きることであり、生きることは祈ることであった。男には、周囲の人間がこの明瞭な事実に気づかないことが不思議でたまらなかったようである。誰彼かまわずことあるごとに人をつかまえては「福音書」についてアツく語ってしまうこの男に、周囲の兵士は辟易させられたらしい。つけられたあだ名が「福音書の男」。

     それはともかく、「祈る」ことで男は「自分が生きている」ことをリアルな意味で実感した。これはゴプラナ号を離れ、砲兵連隊の一員として東部戦線に配属され、ロシア軍との戦いが激しくなるにしたがって、相互作用のように強くなっていった。残されている男の日記には、この辺りから前向きな言葉が次々と出てくるようになる。「善く生きることは難しいけれど、善く生きることは美しいことだったんだ」(1916年4月)とか。

     何を能天気な、というのはたやすいが、男は男なりにまじめなのである。まじめすぎるほどまじめなのである。

     男は、自ら志願して、偵察兵としての任務に就いた。まあつまり、監視塔での「見張り」だが、撃った砲弾がどこに落ちたかの確認もしなくてはならない重要な任務である。当然、ロシア軍は夜に攻めてくる可能性もあるわけで、夜中も見張りはしなくてはいけない。当然、レーダーなどというものが存在しない第一次世界大戦では、「明かり」をつけないと敵が来るかどうかも見えないし、砲弾がどこに落ちたかもわからない。そして明かりをつけると相手からも場所がまるわかりになるわけで、当然、砲弾に狙われたくないロシア軍はまず最初に監視塔から潰しにかかってくるわけだ。命がいくらあっても足りない危険な仕事である。

     当時のオーストリア軍の実力というものがどの程度のものだったかだが、SPIという会社が作った「第一次世界大戦」というシミュレーションゲームがある。そこでは各国の軍隊の戦略単位ごとの能力がわかりやすい形でデータ化されている。「攻撃力/防御力」で、ドイツ軍は「4/6」、フランス軍は「4/3」とか。ではロシア軍はどうだったのかというと、「3/3」であり、我らがオーストリア軍は「2/3」である。お世辞抜きでいって、同程度の規模の兵力で戦おうという場合においてはヨーロッパ列強中「最弱」の軍隊であった。国力的には比較にならないほどの小国セルビアを相手にしても苦戦してしまうレベルなのである。口の悪い人間にいわせると、「飛行機が飛び機関銃がうなり毒ガスが荒れ狂い果ては戦車まで登場しようかという戦場で、ナポレオン時代の戦争をしようとでもいうかのようなオーストリア軍を見ていると涙ぐましくなってくる」そうだが、妥当な評価かどうかはおいておく。

     1916年6月4日。西部戦線での英仏を主体とした連合軍によるドイツ軍への反撃を戦略的に援護するため、圧倒的な数を揃えたロシア軍は、ガリシア地方に展開する弱体なオーストリア軍に対して大攻勢をかけた。俗に「ブルシーロフ攻勢」といわれるこの一連の戦いで、オーストリア軍はたまらず潰走した。わずか2週間の戦いで捕虜にされたオーストリア兵は20万人ともいわれる。その後、ドイツ軍が援軍として到着したことと、ロシア軍が撤退の時期を見誤ったことにより、戦線は泥沼の状態になった。2カ月後、攻勢が終わった時、戦場には50万人のロシア兵の死体と、100万人のオーストリア兵の死体と、35万人のドイツ兵の死体が残された。

     この間、男は偵察兵として勇敢に任務をこなし、避難命令さえ拒否して戦場にとどまり、勲章を受けて伍長に昇進した。よくも100万人のひとりにならずに生きのびたものである。

     ブルシーロフ攻勢には戦争の行方を左右する大きな意味があった。ドイツ兵35万人の死傷は西部戦線の危機を救い、オーストリア兵100万人の死傷はオーストリアの継戦能力を奪うに足るものだった。ロシア軍にとっての第一次世界大戦で最大の勝利であり軍事的な頂点を示すものであったが、同時にロシア兵50万人の死傷はあまりにも多大すぎるものであった。そしてここからロシアの国内情勢は坂を転げ落ちるように悪化し、1917年10月、わずか1年ののちにロシア革命を迎えることになる。

     ロシアの国内の混乱により東部戦線はいささか平穏になった。1918年に少尉に昇進してから男はイタリア方面へ派遣され、そこでも勇敢な戦いぶりを見せ二度目の勲章を受ける。

     だがもう、オーストリアを取り巻く状況は絶望的になっていた。極東の島国であったらこの男みたいなやつは万歳突撃というヤケクソじみた国を挙げての総自殺に喜んで参加するところであるが、オーストリアはやはり文化というものが違う。

     男は休暇を与えられ、ザルツブルグの叔父の家で休養し、これまでの人生経験のすべてをぶち込んだ一冊の本を書くべく執筆を開始した。論理学、言語、生きること、祈ること、神、世界の成り立ち、書かなければならないことは山ほどあった。イギリスでのバートランド・ラッセルたちとの対話、ノルウェーでの孤独な生活、トルストイの福音書の衝撃、戦場での過酷な毎日という尋常ではない人生を経てきた男には、そうした哲学が扱う雑多な諸問題への解答が、クリアな形で見えていた。男は考える力がある人間ならば誰にでもわかるように、扱う言葉の一語一語を吟味したうえで配置し、構成し、組み合わせた。

     ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン著「論理哲学論考」、脱稿。序文にいわく「これによりすべての哲学の問題は解決された」。

     お前何様だ。

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    海外ミステリ74位 トレント最後の事件 E・C・ベントリー

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     昔から名作としての誉れ高い「トレント最後の事件」は74位だった。この結果を読んだとき、中学生のわたしは正直いささか意外であった。人気の高さからベスト50には入るのではないかと思っていたからだ。その「意外な結末」についてはいろいろと本を読んでいると小耳に入ってくるもので、「推理と恋愛の融合」というキャッチコピーとともに常識の類に入っていた。

     最初に読んだのは高校生の時である。74位というこの位置もわかるような気がした。意外な真相は用意されているものの、読んだ限りでは普通のミステリとしか思えなかったからである。ミステリに恋愛要素を持ち込んだ、というのも、現代の目で見れば「当たり前」にすぎるものであったし、それほど感銘を受けるものではなかった。

     今になって再読。虚心坦懐に読んでみると、この小説、『ミステリ・パロディ』小説なのであった。「アントニイ・バークリーの先駆者」と呼ぶのが一番正しいだろう。そもそもタイトルからしてギャグである。なんで処女作なのに「最後の事件」なのだ、と笑うべきところで笑えずに、妙に深刻に受け取ってしまったのがそもそもの誤解の始まりだったのではないか。

     バークリーだと思って読めば、探偵の人物設定や、多重解決といった、それまでのミステリ全般に対する挑戦的な構成も理解できる。なにせベントリーは小説家というよりはばりばりの政治評論家で、あのチェスタトンの友人である。チェスタトンが「木曜の男」や「ブラウン神父シリーズ」で描いたミステリのパロディの方法とは違うやり方でミステリのパロディを書こう、と考えてもまったくおかしくはない。そのイヤミのいちばんのポイントが、普通はミステリのおまけとしてついてくるロマンス部分を探偵にやらせ、謎解きの重要なファクターとしてからめるというのがなんともヒネているではないか。

     これは「トレント最後の事件」という小説に対して新しい見方を提出しえたか、と喜んで中島河太郎の解説を読んだが、そこで作者のベントリー自身が「推理小説というより、推理小説を皮肉ったものを書いたつもりだ」と発言していることを中島河太郎が取り上げていることにちょっとがっかりした。もっとも、その後の中島河太郎は「果たして彼の意図が表明されているかは別として」と、強引に「文学的完成度」を見出す方向に話をずらしていくのだが。

     これも「探偵小説芸術論」の余波というやつであろうか。「トレント最後の事件」のギャグはどこか日本でも海外でも正当に評価されていないような気がする。

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