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    クリスタルの断章

    そのクリスタルは、無限とも思える情報を記録できる情報媒体だった。現代にこぼれ落ちた微細なかけらには、小説のようなものが記録されていた……。オリジナル小説ブログです。

    日本ミステリ54位 バイバイ・エンジェル 笠井潔

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     これを最初に読んだのはうら若き高校生のみぎりであった。山田正紀や半村良のSF、当時は「哲学マンガ」と呼ばれていたタイプの作品にかぶれ、わかりもせぬのにニーチェなんぞを読んで反時代的人間を気取っていたオタクの前に、図書館で遭遇した「バイバイ・エンジェル」はまさに劇薬みたいに効いたのである。「これだ」と思った。そこにはわたしが求めてやまないものが克明に記されていた。わたしは大学の文学部、特に哲学科に対して願書を書きまくり始めた。まさにアホであるが、親の要望通りに法学部を受けても事情は変わらなかっただろうと思われる。文学部以外の学部に入ったら、入学式の次の日から講義を欠席し、たぶん中核派系列か革マル派系列の新左翼にオルグされて、今ごろ富士の樹海にでも埋められていたのではあるまいか。

     そのような感慨を覚えながらひさしぶりに再読。密室での首切り殺人という趣向も、多重解決も、謎解きのロジックも冴えているが、読者がこの小説に望むのはそういうものではないのである。人文系の過剰なうんちくと過剰にヒネた現代社会分析、それが笠井潔の小説を読むにあたっての最大の読みどころであり、読者がカルト化しやすいところである。生理的にそこが合わない人間にとっては、本書を読むのは苦痛のきわみだろう。

     評論集「テロルの現象学」とほぼ同時期に書かれたこともあり、「バイバイ・エンジェル」での敵はテロリズムである。「サマー・アポカリプス」の頁でも書いたが、犯人が殺人に至る動機の分析が、現代のイスラム過激派のテロを分析するにも通用するところがあるので、今のフランスの様子とかをニュースでうかがっていると、何も進歩してないじゃないか人類、と、別な意味で頭を抱えることになる作品なのだ。サヨクだろうとウヨクだろうとあるいはナントカ教の信者であろうと、「なんだかよくわからないけど形のない永遠のもの」のために自分の命を捧げてしまうタイプの人間は読んでおくべきであろう。「日本民族」のために殉じる、などと平気でいっている評論家のような無責任人間とかではなく、まじめにそれを『葉隠』の佐賀藩士みたいに日夜考えている人は要注意である。「覚悟のススメ」の葉隠覚悟なんて完全アウトだ。

     まあ、作者の理想の分身たる名探偵の矢吹駆本人が、ワトスン役のナディア・モガールの視点はさておき、第三者の冷静な目で見ればそうとうにヤバい人物であるため、本作のクライマックスシーンはヤバい思想とヤバい思想をぶつけあわせ、どっちがヤバいかで決着をつける、蠱毒かお前、みたいなことになってしまうのだが、それはご愛敬であろう。あまりにも考えすぎな登場人物たちが浮世離れした会話を交わす、まさにそこのところに今日も笠井潔ファンは悶絶するのである。早く読まないとなあ、積読状態でホコリかぶっているドストエフスキー……。
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    天啓降りて詠める

    一日一自由律オタ俳句(やけくそ企画)

    「宇宙のロヒンギャ」なるスぺオペタイトル天より降りるあまりの救いのなさに三秒でボツにする

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    日本ミステリ53位 砂の器 松本清張

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     数年前、図書館で借りて読んでずっこけた。「なんだこれは」と思った。松本清張ともあろう人間がこんな新本格みたいなトリックを使って小説を書いていいのか。なんでこんなけったいな本がベスト100入りするのかわからん、というのが正直なところだった。

     この前、ふと図書館のDVDの棚を見たら、野村芳太郎監督の映画「砂の器」のデジタルリマスター版が並んでいたので、即座に借りて、映画を観て、それからこの本を再読した。今となっては確信を持っていえる。この本が社会に与えた影響を考えると、ベスト100に入れないわけにはいかないのだ。それは、本書が「社会派推理小説」として書かれながら、「社会派推理小説として評価するべきではない」からなのだ。本書は「ノベルズ」の元祖であり、シンボル的存在なのだ。本書がベスト100入りしているのは、「その筋」のミステリファンには一顧だにされない、あまたの「ノベルズ」の怨念を一身に背負っているからなのである。

     それを具体的に体現しているのは、いつぞやの「このミステリーがすごい!」の覆面座談会で行われた「リーグが違う発言」である。なぜ「このミス」にはベストセラーの内田康夫や西村京太郎がランクに入ってこないのか、という読者の質問に、座談会は「リーグが違う」「(それらは)『ミステリー・リーグ』じゃないんです」「そういうのが好きな人は『このノベルズがすごい!』を作ってください」と徹底的にバカにしきった返答をし、産経新聞を巻き込んだ大騒動になってしまったのだ。そして、この覆面者の発言に対するミステリファンの大方の反応は「よくぞいってくれました」だったのである。

     「砂の器」は、映像作品としてものすごく面白い。小説でも、主人公のベテラン刑事は、ひたすらローカル線に乗り、日本中を往復する。松本清張の筆の運びは、とにかく読みやすく、ページを繰る手が疲れない。刑事が目にするなにげない地方の名産品や人間の人情などに、ふと、そこはかとない旅情を覚える……。

     ミステリファンのわたしは、そんな小説が読みたくてミステリを読んでいるわけではない。しかし、この作品を推した人間の少なからぬパーセンテージは、「そんな小説もたまにはいいかな」と考えるタイプなのだ。そういった嗜好の存在そのものを、思想的に相容れぬからと全否定するのでは、本格ミステリマニアが社会派推理小説を蛇蝎のように嫌うことで、一読に値する面白い作品たちを闇に葬ってきたのと何も変わらないではないか。

     もう、ノベルズだからどうこう、社会派だからどうこう、というレッテル貼りと原理主義を唱えるのはやめにしてもいいはずだ。実際に、読むかどうかは別にして。

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    新人賞の公募条件を見て詠める

    一日一自由律オタ俳句(やけくそ企画)

    三百枚構想五十枚に圧縮して賞狙う調べたら上限二十五枚

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    自炊日記・その80(2018年8月)

    自炊日記(ノンフィクション)

    8月1日

     朝食のメニュー
     スパゲティカルボナーラ
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     昼食のメニュー
     かつ重
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     夕食のメニュー
     盛岡冷麺
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    8月2日

     朝食のメニュー
     シリアル
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     昼食のメニュー
     讃岐うどん屋で優雅な昼食
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     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     まぐろ刺身
     ローストビーフ
     きんぴらごぼう
     生野菜サラダ
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    8月3日

     朝食のメニュー
     トースト
     ソーセージ
     野菜炒め
     ザワークラウト
     チーズ
     プルーン
     ミルクコーヒー
     ヨーグルト
     ブルーベリー
     桃
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     昼食のメニュー
     白身魚フライ弁当
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     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     ゴーヤ炒め
     焼肉
     お浸し
     生野菜サラダ
    8月3日食事A

    8月4日

     朝食のメニュー
     トースト
     ソーセージ
     野菜炒め
     チーズ
     プルーン
     ミルクコーヒー
     ヨーグルト
     ブルーベリー
     梨
    8月4日食事A

     昼食のメニュー
     そうめん
     生野菜サラダ
     プリン
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     夕食のメニュー
     マグロ丼
     味噌汁
     冷や奴
     ゴーヤ炒め
     生野菜サラダ
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    8月5日

     朝食のメニュー
     トースト
     ソーセージ
     野菜炒め
     チーズ
     プルーン
     ミルクコーヒー
     ヨーグルト
     ブルーベリー
     桃
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     昼食のメニュー
     盛岡冷麺
     ゆで卵
     とうもろこし
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     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     しめさば
     シューマイ
     ゴーヤ炒め
     生野菜
     きんぴらごぼう
     すいか
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    8月6日

     朝食のメニュー
     惣菜パン
     紅茶
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     昼食のメニュー
     会社でハードボイルドな弁当

     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     かれい煮つけ
     大根といかの煮物
     ゴーヤ炒め
     生野菜
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    8月7日

     朝食のメニュー
     トースト
     ソーセージ
     野菜炒め
     プルーン
     チーズ
     ミルクコーヒー
     ヨーグルト
     ブルーベリー
     梨
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     昼食のメニュー
     そうめん
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     夕食のメニュー
     インドカレー
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    8月8日

     朝食のメニュー
     グリーンカレー
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     昼食のメニュー
     盛岡冷麺
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     夕食のメニュー
     ピザ
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    8月9日

     朝食のメニュー
     シリアル
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     昼食のメニュー
     盛岡冷麺
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     夕食のメニュー
     インドカレー
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    8月10日

     朝食のメニュー
     シリアルのヨーグルトかけ
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     昼食のメニュー
     グリーンカレー
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     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     肉団子と野菜の炒め物
     まぐろ醤油漬け
     明太子
     生野菜
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    8月11日

     朝食のメニュー
     トースト
     ソーセージ
     野菜炒め
     チーズ
     プルーン
     ミルクコーヒー
     ヨーグルト
     メロン
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     昼食のメニュー
     鮭弁当
     味噌汁
     ポテトサラダ
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     夕食のメニュー
     牛丼
     味噌汁
     生野菜
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    8月12日

     朝食のメニュー
     トースト
     ソーセージ
     野菜炒め
     チーズ
     プルーン
     ミルクコーヒー
     ヨーグルト
     ブルーベリー
     メロン
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     昼食のメニュー
     そうめん
     鮭缶
     大根おろし
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     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     まぐろ刺身
     焼肉
     ゴーヤ炒め
     お浸し
     きゅうり
     ぶどう
     団子
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    8月13日

     朝食のメニュー
     おにぎり
     サンドイッチ
     緑茶
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     昼食のメニュー
     会社でハードボイルドな弁当

     夕食のメニュー
     すき家の牛丼
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    8月14日

     朝食のメニュー
     そうめん
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     昼食のメニュー
     そうめん
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     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     肉野菜炒め
     生卵
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    8月15日

     朝食のメニュー
     ニンニクラーメン
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     この死ぬほど暑い中、朝食にニンニクをたっぷり入れたラーメンを食べるのはあまり賢明なことではなかった。汗だくになって倒れるかと思った。当たり前である。

     昼食のメニュー
     そうめん
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     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     肉野菜炒め
     生卵
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    8月16日

     朝食のメニュー
     そうめん
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     昼食のメニュー
     スパゲティカルボナーラ
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     夕食のメニュー
     スーパーで優雅な弁当
     お茶
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    8月17日

     朝食のメニュー
     スパゲティペペロンチーノ生卵のせ
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     昼食のメニュー
     スパゲティペペロンチーノ生卵のせ
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     夕食のメニュー
     スーパーで優雅な麻婆丼
     麦茶
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    8月18日

     朝食のメニュー
     そうめん
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     昼食のメニュー
     そうめん
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     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     野菜天
     ゴーヤ炒め
     レンコンとニンジンの煮物
     生野菜
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    8月19日

     朝食のメニュー
     トースト
     ソーセージ
     野菜炒め
     プルーン
     チーズ
     ミルクコーヒー
     ヨーグルト
     ブルーベリー
     桃
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     昼食のメニュー
     赤飯
     焼きおにぎり
     味噌汁
     生野菜
     煮しめ
     ぶどう
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     夕食のメニュー
     かつ重
     味噌汁
     ゴーヤ炒め
     生野菜
     ぶどう
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    8月20日

     朝食のメニュー
     そうめん
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     昼食のメニュー
     そうめん
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     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     塩鮭
     豚肉とゴーヤの炒め物
     きんぴらごぼう
     煮しめ
     生野菜
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    8月21日

     朝食のメニュー
     トースト
     ソーセージ
     野菜炒め
     チーズ
     プルーン
     ミルクコーヒー
     ヨーグルト
     ぶどう
     メロン
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     昼食のメニュー
     スタミナカルビ丼
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     夕食のメニュー
     カレーライス
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    8月22日

     朝食のメニュー
     カレーライス
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     昼食のメニュー
     そうめん
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     夕食のメニュー
     そうめん
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    8月23日

     朝食のメニュー
     スパゲティボンゴレ
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     昼食のメニュー
     会社でハードボイルドな弁当

     夕食のメニュー
     駅ビルのうどん屋で担々ぶっかけうどん

    8月24日

     朝食のメニュー
     そうめん
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     昼食のメニュー
     そうめん
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     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     しめさば
     ゴーヤ炒め
     大根と練り物の煮物
     きんぴらごぼう
     大福
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    8月25日

     朝食のメニュー
     トースト
     ソーセージ
     野菜炒め
     チーズ
     プルーン
     ミルクコーヒー
     ヨーグルト
     ぶどう
     いちじく
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     昼食のメニュー
     そうめん
     ツナサラダ
     とうもろこし
     梨
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     夕食のメニュー
     回転寿司屋で優雅な夕食

    8月26日

     朝食のメニュー
     トースト
     生ハムサラダ
     チーズ
     プルーン
     ミルクコーヒー
     ヨーグルト
     ぶどう
     メロン
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     昼食のメニュー
     そうめん
     大根と練り物の煮物
     ゆで卵
     梨
     プリン
     ゆであずき
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     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     豚肉とゴーヤの炒め物
     まぐろ刺身
     きんぴらごぼう
     トマト
     マスカット
     まんじゅう
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    8月27日

     朝食のメニュー
     シリアルのヨーグルトかけ
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     昼食のメニュー
     スパゲティナポリタン
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     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     肉野菜炒め
     キャベツ千切り
     生卵
     納豆
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    8月28日

     朝食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     肉野菜炒め
     生卵
     納豆
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     昼食のメニュー
     お好み焼き
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     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     肉野菜炒め
     生卵
     納豆
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    8月29日

     朝食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     肉野菜炒め
     生卵
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     昼食のメニュー
     そうめん
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     夕食のメニュー
     そうめん
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    8月30日

     朝食のメニュー
     惣菜パン
     紅茶
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     昼食のメニュー
     会社でハードボイルドな弁当

     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     カキフライ
     まぐろ刺身
     ゴーヤ炒め
     大根といかの煮物
     生野菜
     まんじゅう
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    8月31日

     朝食のメニュー
     トースト
     ソーセージ
     野菜炒め
     チーズ
     プルーン
     ミルクコーヒー
     ヨーグルト
     ブルーベリー
     桃
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     昼食のメニュー
     野菜天重
     味噌汁
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     夕食のメニュー
     米飯
     味噌汁
     えびの鬼殻焼き
     焼肉
     アボカド
     きゅうり
     お浸し
     ようかん
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    「僕の村は戦場だった」見た

    映画の感想

     アパートに帰って、笑点でも見ようとテレビをつけたら映らない。PCを立ち上げたらネット接続不能、電話をかけたらつながらない。要するにモデムが昨日あたりの落雷かなにかで壊れたらしく、そこにわれわれはネットに依存した現代社会の脆弱さを見るのである、なんちて。

     まあネット会社の対応は明日以降の話だろうが、正直それまで退屈だ。特に今晩。というわけで、図書館から借りてきていたタルコフスキーの代表作「僕の村は戦場だった」を見ることにした。こんな日でもなければ見る気がしないタイプの映画だし。

     で、見たのだが、胃袋にこたえる95分間だった。ソ連映画、容赦がねえ。この感性は、国土を焦土にして五年間も戦った国でないと生まれてこない。日本人が作ると「この世界の片隅に」程度のうらみつらみで済むが、もし、晴美ちゃんが悪鬼のような形相になって「自分なら女で子供だから敵陣の偵察に行けます」とか口走って砲弾飛び交い機銃掃射のうなる中、アメリカ軍陣地にナイフ片手に潜入する、というシチュエーションの映画があったら、われわれはリアルに感じられるだろうか。ロシア人にとってのあの第二次大戦の五年間は、まさにそういう毎日だったのであり、この映画はそーゆー映画として、そーゆー毎日を切り取っているのである。

     たしかにタルコフスキーの好む「水」の演出は冴えていて、画面はモノクロながらため息が出るほど美しいが、この映画のそういうところを褒めるのは、ちょっと違うのではないかと思える。愛国心昂揚映画と考えるバカは論外だ。

     この映画のキモは、若い頃にやんちゃして、やんちゃが過ぎて人を殺して服役して社会からはじかれて、今は孤独な中年になったようなやつが、若い頃のやんちゃぶりを思い出し、もうどうしようもない諦念でもって、「昔はおれも悪くて人をこの手で……」といってるような、そーゆー感覚の映画なのである。ばりばりの反戦映画である。いかなる意味であれ、実際に人を手にかけたやつでないと、あの映画の問題をリアルなものと感じることは難しいのではないか。

     戦後半世紀を、「形ばかりの反省」を貫き通し、内的な総括から目をそらし続け、あまつさえ自国の犯した戦争のいわゆる負の部分について指摘されると逆ギレする、盗人猛々しいレベルの被害者意識国民は見ないほうがいい映画である。

     もちろん、わたしの前段落の煽りを読んで、何クソ、と思う日本人はもう、積極的に見るべき映画であるのはいうまでもない。今のネトウヨさんの跳梁跋扈ぶりを鑑みると、正直、そーゆー人たちにしか未来への希望を託せない。別に反戦に染まらなくたっていい。厭戦程度でいいのだ。とにかく、日に日に不安定化しつつある、この極東のことを思うと、わが国の幼い世代が、骸骨みたいにがりがりにやせこけ、復讐心だけをもって機関銃の林の中に突っ込んでいくなんて光景など見たくないのである。

     まだ胃袋がもたれている。わたしは「惑星ソラリス」のほうが好きだな。

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    鋼鉄少女伝説 10 凱旋

    鋼鉄少女伝説

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       10 凱旋



     戦場となる地形は、山のふもとの平地だった。こちらから見て左側に、かなり急な山がそびえている。峰からは一条の小川が流れ下り、ちょうど平地をセンターラインのようにへだてていた。

     そんな小川を挟み、両軍とも兵を配置していた。うちの軍の布陣をやったのはもちろんキリコだ。だが、一見しただけではどちらも似たような配置に見える。山側に当たるほうから、川沿いに歩兵を横に長く伸ばして配置して、右端(敵にとっては左端だね)に騎兵をちょこちょこっと配置する。ちょこちょこっとというのは、両軍とも騎兵は数がべらぼうに少ないのだ。うちの軍だと指揮下にある歩兵部隊の八分の一くらい、敵の軍では指揮下にある歩兵部隊の五分の一から六分の一くらいだろう、と、キリコはいっていた。

    『ローマの歩兵一個軍団で、だいたい六千人くらいよ。計算してみる?』

     ええと、ということは? うちの軍隊が歩兵四個軍団、二万四千人だろ。だから騎兵の数は半個軍団、三千人くらいになることになる。敵は歩兵六個軍団だから、三万六千人? すると、少なめに六分の一と計算しても、一個軍団六千人くらいの数はあるわけか。好きにしてくれよもう。

     それにしても。

     戦いはまだ始まっていないというのにすごい臨場感だ。座っているのはプラスチックと金属の椅子なのに、パソコンとはくらべものにならないほどの高性能のグラフィック性能により、ほんとに騎馬部隊のど真ん中にいるような気がする。胸当てもかぶとも、剣も槍も、細部までリアルさにこだわった見事なET映像だ。押しつつむようにして聞こえてくるのは、人のざわめきと馬のいななき。ちょっと目をこらすと、楕円形の盾に二本の槍、そして短剣で武装した無数の歩兵が戦いのときを待っているのがわかった。

     こんなゲームを作れるのはよほどマニアックなこだわりを持っているやつに違いない。普通の人だったらここまで馬鹿丁寧に作らない。

     それでもパソコンでゲームをやったときにわかったのだが、このゲームでもきちんと演出はしている。例えば、ゲームスケールでは時間は数倍から数十倍の速度で流れることになっているのだが、ここで回りに見える人馬は映画やテレビで見るような普通の動きだ。リアルとフィクションの区別は、厳然とつけてあるらしい。キリコがこんなのシミュレーションじゃないといっているのもこのためか。

     ゲームの説明によると、戦闘が開始されると同時にアイコンがついて教えてくれるそうだが、まだかなあ。さっさと終わらせ、家へ帰って飯を食いたいんだがなあ。

     いったいぜんたいなにを考えて、キリコがぼくを騎兵の指揮官にしたのかさっぱりわからない。どう考えてもユメちゃんのポジションだろう、ここ。ユメちゃんはといえば、軍団の後ろのほうで後衛部隊を指揮しているらしい。

     そこまでぼくを信頼しているというわけではないよな。

     たしかに、パソコンでこのゲームをやっているうちに、自分にも意外な才能というやつがあることがわかってきた。ぼくもまったくの無能ではないらしい。

     しかし、それは戦って勝つ才能ではなくて、部隊をあるところからあるところまでスムーズに移動させる才能と、負けて逃げ帰る部隊を秩序化してコントロールできるようにする才能だ。ユメちゃんは、すごいですよ浦沢先輩、といってくれるが、どこまで本気なのやら。だいたい、秩序化っていったって部隊の規模は半分くらいになっちゃうし、こんなの果たして意味があるのかなあ?

     事前のキリコの話では、任務は単純だった。騎兵を率いて、敵の騎兵に突撃し蹂躙するというものだ。戦闘はコンピュータに任せて、突撃移動さえスムーズに済ませてくれれば、効果的に敵を混乱させることができるというのだけど。

     無理じゃないのかなあ。無謀な作戦だとしか思えない。ユメちゃんがやっていたら作戦成功の目もあったかもしれないけど、それでも敵は二倍だろう。相手があの入門用シナリオのぼくみたいな人だったらまだしも、相手もテストプレイヤーに選ばれるくらいだからかなりの猛者だろうしなあ。

     数秒しか経っていないのに、すごい時間が経過したような気がする。

     いつになったら戦いが始まるんだ。ぼくはじりじりしてきた。負けるなら負けるで、さっさと……。

     と思ったとき、いっせいにときの声が上がり、視界の隅にアイコンがぱっと映った。

     ぼくは慌てて視界を操作し、部隊に命令を下した。

    「突撃!」

     このゲームを作った人間は、もしかしたらたいした人だったのかもしれないと思ったのはこのときだ。

     部隊に所属している軍楽隊が演奏している曲のほかは、音楽は何もない。あるのはただ、人の雄たけびだけのはずなのに。

     身体をものすごい高揚感が満たしていく。なんだったか昔の漫画で、主人公の侍がいっていた、『戦はいいですな!』という言葉が膚で実感できるように思えた。

     視界いっぱいに広がる怒涛のような人馬の勇姿に、ぼくもまた叫び声を上げていた。

     前面に展開するコンピュータ制御キャラクターである軽装歩兵を蹴散らすと(キリコに、なんでこの軽装歩兵というのはコンピュータ専用の兵種なんだ? と、うちのパソコンでゲームをしているときに聞いたことがある。答えは、重装歩兵や騎兵に比べてあまりに弱すぎて、敵を混乱させることくらいしかできないからよ、ということだった。なんか気の毒だ)ぼくの騎兵は、突進してくる敵の騎兵と接触した。

     ぼくが、戦うためのセンスがまるでないからいうのではないが、コンピュータはがんばった。数で倍する敵によく踏みとどまったものだ。

     しかし冷静に見ると、ぼくの部隊は呑み込まれたというのがいちばんぴったりくる。少しの間は敵に伍して場を支えていられたが、すぐに混乱を始め、ぼくは逃げ惑う兵士たちとともに戦場を逆走していた。視界を操作して、混乱した部隊になんとか秩序というか人間としてのまとまりというものを持たせようとしたのだが、焼け石に水だ。それだけではない。逃げるこちらの背中には、飛んでくる石とか、斬り込みをかけてくる敵の兵士とかが迫ってきていた。このままでは、ゲームが終わる前に戦死しかねない。

     さっきまで周囲を取り囲んでいた雄たけびも、今では悲鳴と恐慌の叫びに変わっていた。まったくもってあまりその場にいたくなる雰囲気ではない。さっきの漫画の侍に語らせるならば『戦とはむごいものですな……』あたりがぴったりくるだろう。

     この後の光景は、鈍いぼくにもだいたいわかった。こちらの右翼を大きく回りこんだ敵の騎兵は、敵の歩兵と戦って釘付け状態になっているキリコの指揮する左翼の歩兵を完全に包囲し、ジューサーにでもかけるように部隊を全滅させるに違いない。キリコの鼻もへし折られるだろう。自信過剰にはいい薬だろうが、あいつを信じていたユメちゃんには気の毒な話だ。

     と、逃げているぼくは思っていたのだが、後ろのほうでは、とんでもない逆転劇が起こっていたのだった。

     これは、このゲームの展開をMAPの外部ET端子にブレスをリンクさせETで見ていた早川先輩から聞いた話だが、先輩もこの時点でこれはダメだと思ったらしい。

     だが、次の瞬間。

     ぼくの騎兵部隊の後ろにこっそりと展開していたユメちゃんの指揮する精鋭歩兵部隊(ぼくはてっきりこれを後衛だとばかり思っていたのだが)が、ぼくの部隊との戦闘によって隊形を混乱させていた敵の騎兵部隊に、一丸となって猛然とした突撃を敢行したのであった。

     完全な奇襲となったらしい。一撃を食らった敵の騎兵はたまらず後退。そこに、前線に出したら鬼神のごときユメちゃんの猛攻に次ぐ猛攻が襲い掛かり、敵騎兵部隊の後退はみるみるうちに大規模な潰走となった。

     これには敵の騎兵のもともとの士気が低く設定されていたことも関係している、と後からキリコは得意げに説明してくれたが、ぼくはユメちゃんが強かったせいだろうと思っている。

     それから先は、ぼくの想像とはまるっきり正反対の経過をたどった。

     騎兵を追い散らしたユメちゃんは、深追いはせずにそのままぐるりと敵の右翼の後ろに回りこんだ。

     士気が低かった敵は、包囲されたことによりパニックをきたした。兵数だけ見れば一・五倍というまだ戦えるかもしれない状態にはあったものの、士気の低下ははなはだしかった。そのころには全線に渡って歩兵同士の戦闘が繰り広げられてはいたが、パニックはパニックを呼び、それはすぐに全軍まとめての大潰走という事態へと変わっていった。

     そのころにはぼくもなんとか配下の騎兵をもとの四分の一くらいの部隊に立て直していたが、キリコから伝令が届いた。

    『順昇、やってる? 騎兵のモードを「追撃」に変えて、あとはコンピュータに任せなさい。順昇はほんとによくやってくれたわ。ありがとう』

     その言葉の意味をしばらく考えていたが、ちぇっ、と舌打ちをして、言われたとおりに、なけなしの配下を「追撃」に設定した。

     そのときはまだ完全に理解したわけではなかったが、なんとなくはわかることがあった。

     要するに、ぼくは完全に、囮、いや囮以下の存在にされてしまったというわけだ。無性に腹が立った。やられ役、違うな、ピエロじゃなくて……捨て駒! そうだ、捨て駒だ。そんなものにされてしまって腹の虫がおさまらなかった。

     シミュレーションゲームなんてくそっくらえだ。

    「YOU WIN!」という文字が躍り狂うスクリーンを、ぼくはただただ虚しく眺めていた。

     シートベルトを外そうとしていたとき、画面上のメッセージボックスに、文字が打ち出された。

    『あんなの反則だ』

     相手プレイヤーからのものらしい。なにか答えようかと思ったが、先にキリコがメッセージを返していた。最近のAIは優秀で、しゃべればそのまま、だいたいは間違いのない日本語の文章に起こしてくれる。

    『ポンペイウスもそう思ったでしょうね』

     相手から、またメッセージ。

    『お前女なのか。ネカマじゃないだろうな』

     キリコはすかさず返した。

    『女に負けたのがそんなにショック?』

     相手はショックだったらしい。

    『生意気な女だな』

    『だったら、戦史くらいもっときちんと読んでおくべきだったわね』

    『次を覚えておけ』

    『無理よ、あんた戦死したんだから。ばいばい』

     そこまで読んで、シートベルトを外し、ブレスの認証を切った。

     疲れた。心から身体から、なにもかもが力が抜けていた。

     扉を開いて外へ出た。

     同じタイミングで個室を出てきたユメちゃんと鉢合わせする。

    「ユメちゃん、キリコのあれ、読んだ?」

    「ええ。胸がすきました。いいたいことを、全部代弁してくれた感じです」

     そうかなあ。

     ぼくはかぶりを振って、表のドアのボタンにタッチした。ドアは入ったときのように、重々しく開いた。

     そのときだった。

     待っていたのは、拍手だった。

    「……え?」

     虚を突かれ、とまどった。

     だが、拍手は空耳や妄想ではなかった。その場にいた店員さんの全員と、ちらほらとゲーム機の椅子に座ってこちらを見ていた数名の客、それに早川先輩がぼくたちに拍手を送っていたのだ。

     気恥ずかしさに小走りで入り口を離れ、早川先輩のところに駆けて行った。

    「早川さん、な、なんですかこれ」

    「すごかったじゃないか」

     早川先輩の声は熱を帯びていた。

    「シミュレーションゲームってすごいものだったんだな。初めて知ったよ。シューティングなんか、ひっくり返ってもかなわない……」

     困惑。

    「ちょ、ちょっと、落ち着いてください先輩。なにがどうなったんですか」

    「どうもこうも、おれは先週、映画でスペクタクル史劇を見てきたがな」

    「それがどうしたんですか」

    「いや、真面目な話、そのときと同じくらいの興奮を味わったな。千人単位で人がぶつかるってのが、これほどいいものだとは思わなかったよ。ううっ、血がたぎるぜ、まったくもう!」

    「あの……ええと」

    「途中で、歴史ドキュメンタリー風に概況図が入るのもいい演出だったな。あれがあることで展開がよくわかったし」

     ははあ、そんなこともやっていたのか、このゲーム。

    「とにかく素晴らしかった。シミュレーションゲームに関する見方が、百パーセント変わったよ」

     そんなものだろうか。実際にやってみたわけじゃないのに。

    「ところで、最後に啖呵を切ったのは霧村さんのほうかい? ずいぶんと自信たっぷりだったが、次はいつ来るんだ?」

    「は?」

    「次だよ、次。浦沢も来るんだろ? 来ないとはいわせないぞ」

    「あの、ぼくは、受験生で」

    「なにいってやがる」

     早川先輩は、ぼくの背中を思いっきり叩いた。

    「受験勉強くらい帰ってからもできるだろう。あの二人を見てみろよ」

     モニターのそばで上気した顔で語り合う、ユメちゃんとキリコを指差す。

    「人生で初めて価値あるなにごとかをなした、っていう顔をしてるぞ。浦沢、お前はあの子たちのためにも来なければいけない。これは義務だ」

    「そんな」

    「先輩命令だ、また来いよ。おれたちはいつでも場所を空けてるぜ。それに、ほら見ろ。えらい盛況じゃないか」

     いつの間にか、MAPの前には人の列ができていた。

    「みんな千五百円払いに?」

     心底驚いて叫んだ。

    「おれもやりに行きたいくらいだ。このゲームは、ゲーセンを立て直すことができる起爆剤かもしれないな。じゃ、また明日来い。三人で。待ってるぞ」

     早川先輩は言葉を切ると、そのまま列の最後尾に並んだ。

     キリコがユメちゃんといっしょにこっちへやってきた。

    「早川さんと、なにを話してたの?」

     キリコが聞いてきた。

    「口説かれてたんだ」

     そう答えると、ユメちゃんが目を輝かせた。ぼくは苦笑いした。

    「そういう意味じゃないよ。また明日も来てくれって」

    「ユメちゃん、暇?」

    「塾の予定はありません」

     キリコは、ぽん、と手を叩いた。

    「じゃ、決まりね」

    「おい。ぼくの予定は聞かないのかよ」

     キリコは、ふふんと笑い、

    「順昇、帰宅部でしょ?」

    「そうだけど」

    「バイトもしてないでしょ?」

    「受験生だからな」

    「じゃ、いいじゃない。ユメちゃんも来るし」

     なにが、じゃ、いいじゃない、なのかはよくわからなかったが、ユメちゃんが来るのか。

     しかしなあ……。

    「浦沢先輩、いらっしゃられますよね?」

     ユメちゃんがぼくに懇願するようにいった。

     弱い。ぼくは弱い。ぼくはこの目に弱い。

     反射的にうなずいていた。

    「やっぱり、決まりでいいんじゃないの」

     なにか騙されているような。でも、うなずいちゃったし、どうでもいいや。

     そういえば。

     キリコに聞いてみた。

    「聞きたいんだが、そのイメチェンには、どういう意味があるんだ?」

    「ああ、これ?」

     キリコは、眼鏡の位置を合わせた。

    「戦士はね、戦うときには化粧をするのよ」

     大真面目にいうのに さらなる疲労感を覚えた。

    「お前、変なマンガ読んだだろ……」

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    日本ミステリ52位 高層の死角 森村誠一

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     新本格を中心とする謎解きミステリファンに蛇蝎のように嫌われている社会派推理小説の御大の処女長編で乱歩賞受賞作。大学に入ったころに読んだ。意外と面白かったのを覚えている。ひさしぶりに再読。

     読んでみたらたしかに面白かった。前半は密室殺人、後半は執拗なまでのアリバイ崩しと、下手な新本格よりも律儀に謎解きしているではないか。前半の密室のトリックはたしかに短編を支える程度のものでしかないが、「四つの鍵」をめぐるハッタリの利かせ方など堂に入ったものである。

     しかし、同じ森村誠一の「人間の証明」を読んだときにも思ったが、この人の小説では、刑事が怒るのであった。「嫌悪」ではなく、実際に狡猾極まる犯人に本気で怒るのである。「怒り」と「怨念」が生み出す「執念」、それがこの作品からもいやというほど感じ取れる。

     なにかしらとにかく怒っていなくては小説を書くモチベーションが保てない人なのではないだろうか。そこらへんは松本清張以上であろう。この「高層の死角」では、まだその怒りの矛先が「権力」に向いていないのでおとなしいものであるが、「悪魔の飽食」を書き続ける執念は、単なる「思想性」だとか、作家の意地だけで説明できることだとも思えない。

     その「怒り」を許容できるかどうかが、「好き」と「嫌い」の分水嶺なんだろうなあ。森村誠一自身が、「社会派推理小説ブーム」と「角川映画商法」の波にうまく乗りすぎてしまい、社会派の旗手としてベストセラー街道を突っ走ってしまったことが、「嫌い」な人の「嫌い」度を大幅に引き上げてしまったところがあるように思う。

     現代日本において「新本格」派が事実上ミステリを牽引していることを考えると、いまミステリ界のやるべきことは「社会派推理小説」とは何だったのかを分析し再評価することではないのか。そのひとつのトピックとして「森村誠一現象とはなんだったのか」が問われなくてはならないだろう。単なる時代のあだ花としてとらえるだけでは、ミステリマニアが再び結集した2012年度の「東西ミステリーベスト100」においてさえも、新本格ファンや戦前ミステリファンが嫌悪の情もあらわに語る森村誠一作品の一作「人間の証明」が、圏外とはいえ172位に滑り込んだ理由が説明しきれないのである。そのためには時間を見つけて「新幹線殺人事件」などの代表作も読んでみなくてはなるまい。今後の課題にしておきたい。

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    日本ミステリ51位 夜のオデッセイア 船戸与一

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     船戸与一の冒険小説では、人が死ぬことはよく知られた事実である。敵が死ぬだけではない。味方がばたばた死ぬ。それも「いい奴」から死んでいくのである。デビュー作「非合法員」で、普通の本なら重要登場人物のひとりとして小説を引っぱっていくようないいキャラクターが、第一章で死んでしまうことに内藤陳が驚きのレビューを「読まずに死ねるか!」に書いていたが、敵も味方もばたばた死んで、生き残るのは登場人物中でもっともどうでもいいやつ、というのが船戸与一の味なのである。

     また、船戸与一の冒険小説では、まず「善人」は登場しない。「善人」がいたら、それは善人の皮を被った悪の権化……というわけでもない。単に流れ弾に当たって死ぬだけのキャラクターである。船戸与一の冒険小説で長生きしたかったら、とにかく「小ずるく」生きなくてはならない。隙あらば小銭を狙って相手の喉首を掻き切るくらいの心構えで日々の生活を送ることが肝心である。敵も味方も小ずるいやつばかりの中、生き残りを賭けたみみっちい勝負が繰り広げられる、というのが船戸与一の味なのである。

     さらに、船戸与一の冒険小説では、「政治」が濃厚に絡んでくる。小説を動かしているのは「政治」であり、その直接的な表れである国際謀略である。国際謀略は、うたかたに浮かぶ「個人」を簡単に飲み込んで粉砕する。その波の上に載って華麗にサーフィンする人間を、船戸与一は描かない。船戸与一の冒険小説で長生きしたかったら、まずは波の下に潜ることを考えなくてはならない。荒波の下の、もっとも水流の衝撃が強いところでもまれているうちに、気がついたらとんでもないところに流されて助かっていることがあるが、船戸与一の冒険小説で生き残るのはそういうやつらだけだ。

     くわえて、船戸与一の冒険小説では、生きることに適度な未練がましさがなくてはならない。あまりに生きることに執着しすぎてもだめだし、突き放しすぎてもだめだ。腐れ縁の恋人でもあるかのように、つかず離れずさせてくれない微妙な距離感を取らねばならない。ここが非常に難しいのだが、船戸与一の味なのである。

     この「夜のオデッセイア」という小説を読み返すのは25年ぶりだ。登場人物たちの末路を知っている人間には最初はつらいが、そこを乗り切ると、いつもの船戸与一があった。いいやつもイヤなやつもばたばた死に、小悪党ばかりで、政治的な思惑はクソッタレの極みだった。そんな中で生に恋々としながらしがみついているうちに、いつの間にか小説は終わっていた。小説を読み終えていまだに生きていることに対して、神に感謝なんかしやしない。船戸与一の小説が面白いのは、小悪党としてその日を生きる、そんな読者自身の物語であるからなのだ。

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    日本ミステリ50位 枯草の根 陳舜臣

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     浪人中に古本屋で買って読んだ。当時の感想としては、「地味な作品だし、まあこんなものか」だった。それから25年ぶりに再読。

     面白かった。最初はストーリーがあまりにもスローモーに進むので正直かったるいのだが、中盤からそのかったるさが「いい味」になっていることに気がつく。その「いい味」をわかるには、やはり浪人生では無理なのだ。陶展文は、「名探偵」というよりも「賢人」である。新本格の名探偵たちの軽佻浮薄さに対する、どっしりとした巌のような重厚な感触が、この探偵にはある。それは社会派によく見られるような「頑固一徹の刑事」ともまた違うのだ。陶展文の周りだけ、時間の流れ方が違うのではないか、そんな感触を覚える。

     ロジックの進め方はアガサ・クリスティーを参考にしたんだろうな、と思える、心理的なロジックを重んじるものだし、謎自体も、けっこうな大ネタを振ってはいるが、当時の水準で評価しても「使い古された」感は否めない。だが、この小説に限ってはそれでいいのだ。もし、この小説のトリックやロジックが、あのこのまえ物故した作家の「シーラカンス殺人事件」レベルのものであったとしても、この小説については「かまわない」といってしまっていいと思う。陶展文の落ち着きと、抑え目なユーモア感覚は、作者の乾いた文体により、使いこまれた木彫家具のような「安心」と「安定感」を読むものに与えてくれる。これがこの作者である陳舜臣のデビュー作というのだから恐ろしいものである。三十七歳の作品とは思えない。

     本籍が台湾である在日中国人として、中国人コミュニティの中で生活していたせいか、たしかにこの小説には「大人(たいじん)」とはこういうものなのだろうな、と思わせられる風格がある。それでいながら文章は非常に読みやすい。人間の描写も見事だ。

     これはもう、ミステリとしてどうこう、というよりも、純粋に「小説がうまい」のであろう。タイトル「枯草の根」の意味が明かされる終章では、一度読んでその内容がわかっているはずなのに、また泣かされてしまった。陳舜臣、ズルい。

     1985年版の「50位」というランクはあまりにも評価しすぎだと思うが、噛めば噛むほど味の出る一作として記憶しておきたい作品。たしかにこの文体だったら、歴史小説のほうに流れて行ってもしかたがあるまい。今度、「阿片戦争」読んでみようかな。あまりにも分厚いのでちょっと敬遠していたが、この文体の本領は、やはりミステリ作家というよりも、歴史作家としてのそれだろうからなあ。

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