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    クリスタルの断章

    そのクリスタルは、無限とも思える情報を記録できる情報媒体だった。現代にこぼれ落ちた微細なかけらには、小説のようなものが記録されていた……。オリジナル小説ブログです。

    海外ミステリ107位 ビロードの悪魔 J・ディクスン・カー

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     ディクスン・カーといえば昔から「入手難」という言葉がまとわりつく作家である。本書「ビロードの悪魔」も、名前こそは聞いていたが古本屋ですら見たことがない作品だ。というわけで、初読である。短編「パリから来た紳士」など名作ぞろいのカーの歴史ミステリの中でも特に評価が高いとあれば、期待も高まろうというもの。図書館に入るのをどきどきしながら待っていたら、思ったよりも分厚い本で別な意味でどきどき。さて、どうか。

     読んでみたわけだが、なんというか……読者をペテンにかけることでは卓越した腕を持つことでは定評があるカーだからこういうトリックやツイストも納得できるし、「ユダの窓」など、ストーリーテラーとしての才能も人並み優れていることも知っていたが……この「ビロードの悪魔」という作品、ディクスン・カー先生、筆が滑りすぎだ。自分の趣味を全開にしているのは微笑ましいが、この作品は、微笑ましいを通り越して、「こっぱずかしい」タイプの作品なのである。

     そもそも、1925年のイギリスに住む歴史学教授のニコラス・フェントンが、三百年前の毒殺事件を解決するため、悪魔に魂を売って1675年のイギリス貴族ニコラス・フェントンに乗り移り、身体を乗っ取って、毒殺されるはずの妻をその運命から救おうとする、という導入からしてすごいが、そこからの展開もまた、政治的陰謀渦巻く世界で、恋あり義侠ありチャンバラありといったゴージャスぶり。犯人探しもそこそこに、話は「三銃士」や「紅はこべ」のような冒険伝奇ロマンとなっていくのであった。こういう話が昔から書きたかったんだろうなあカー先生。その気持ちはよくわかるが、肝心の冒険ロマンの部分が、読んでいてもう実に恥ずかしい。

     この恥ずかしさはどこからくるのかを考えた結果、カーの「中二病」な部分が如実に表れているからだ、ということに考えが至った。この作品は、ギレルモ・デル・トロ監督が「11歳の自分」を楽しませるために作った映画「パシフィック・リム」と同様の視点で見るべきなのだ。ここで本書を書いているカーは、デュマやオルツィの冒険小説に熱中していた11歳の脳味噌になっているのであり、その妄想をベテランミステリ作家としてのテクニックでもってひとつひとつ展開していっているのである。

     つくづくクリスティと比べてしまう。あのミステリの女王にも「秘密機関」などの冒険小説はいくつもあるが、それはまだ「抑制のきいた」ものであった。対して、カーのこれは徹頭徹尾「オタク」のものしたそれである。歴史オタクでフェンシングオタクで幻想小説オタクでミステリオタク、といううえに熱烈なまでの「王党派」である、カーの特異な知識と趣味が奇跡のように悪魔合体してできた小説がこの「ビロードの悪魔」をはじめとするカーの歴史冒険ミステリなのだろう。

     そういう視点から見ると、本書はなによりもこれから「ラノベ」を書こうと思っているアマチュア作家が参考にすべき本かもしれない。ファンタジー要素と冒険要素とミステリ要素の充実ぶりは他の作品を寄せ付けないうえ、「プロが本気で好き勝手やった小説」の具体例がそこにあるからだ。作者のそれと波長が合う人間なら、面白くて面白くて仕方がない、解説で山口雅也がいっているように「巻措く能わざる」徹夜本なのである。健闘を祈る。
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    海外ミステリ107位 黄色い犬 ジョルジュ・シムノン

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     シムノンのメグレ警視シリーズは膨大な数にのぼるが、その中でも代表作のひとつとして名高い小説である。高校のころ、創元の合本で「男の首」と一緒に読んだ覚えがあるが、内容は完全に忘れてしまった。新鮮な気持ちで再読。

     で、読んだわけであるが、ある人いわく、「メグレなんて、想像力だけでできているような男だ」まさにその通り。この平和な港町を恐怖のどん底に陥れた事件に対し、メグレは直観と想像力だけで戦うのである。その独特な捜査ぶりには読んでいてほんとにくらくらきた。こんな奴に見込まれた犯人が気の毒である。

     これが折原一とか中町信だったら叙述トリックにするんだろうなあ、というような事件であるが、シムノンはこれに正面から答えて見せた。力技というもおろか、小説家としてのシムノンの剛腕ぶりが如実にわかる。ちょっとでもパワーと勢いがそがれたら空中分解してもおかしくない小説なのだ。

     メグレ警視シリーズは、この85年版「東西ミステリーベスト100」に、101位以下も含めると「男の首」「黄色い犬」「サン・フォリアン寺院の首吊り人」と3作ランクインしているが、どれもこれも「まっとう」な代物ではない。「シムノンの小説」とでもいうしかない作品である。

     一時期、「新しいミステリ」の代表として、シムノンとメグレがやたらと取り上げられたことがあるそうだが、「新しい」とか「古い」とかではないのだ。シムノンはシムノンであり、孤絶した「オンリーワン」なのだ。だから、「肌に合う」人間には異常にぴったりくるし、ダメな人間にはとことんダメだろう。

     今回は、バーミヤンでフライドポテトをサカナに軽く一杯やりながら読んだ。先のまったく見えない五里霧中な事件をメグレに鼻面をとられて引っぱりまわされるのはミステリファンとして無上の快感だった。こうなってくると、河出書房新社のシリーズを片っ端から読みたくなってくるが、土浦市立図書館にはさすがにおいてない。さっきも書いたように、「シムノンの小説」が肌に合う人間しかピンとこないシリーズなので、そういう人間は、この日本ではどう考えても少数派だろう。だから、早川や創元が改訳版でシリーズ全巻を出す、とかいうことには天地がひっくり返ってもなるまい。

     少し前、ローワン・アトキンソンがテレビでメグレをやって話題になっていたが、この「黄色い犬」みたいな事件を演じるには、ローワン・アトキンソンでは少し線が細くてインテリじみているような気がする。やっぱりジャン・ギャバンでないとダメなのか。ほかに演じる人はいないか……と思ったら、ひとり適任がいた。

     片岡千恵蔵(笑)。

     わたしが映画会社の社長だったら、片岡千恵蔵主演で「日本版メグレ」を撮らせていたと思う。金田一耕助より、よほどはまり役だったんじゃないのか。惜しい(笑)。

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    「ゴルゴ13」(1983)見た

    映画の感想

     存在だけは知っていて、前から気になっていた映画である。特に当時から謳い文句になっていた「史上初の3DCGアニメ」には興味を惹かれるものがあった。近所のレンタル屋に置いてあったので、虎視眈々と狙っていたが、なかなかきっかけがつかめない。今回のブログDEロードショーが「秋の夜長のミステリー企画」だったので、便乗して見ることにした。

     で、見たわけだが。

     怪作である(笑)。後述するCGを除いても、怪作すぎるほど怪作なアニメだった。誰だよこんな企画立てた東宝の責任者(笑)。

     怪作が怪作たるゆえんであるが……。

     その1:芸術的なプロット。メインとなるプロットに、いくつかのサブプロットを組み合わせているのだが、もうちょっと取り合わせを考えようよ(笑)。特に二番目の殺しになるモレッティー一家惨殺とドクターZは、登場するキャラクターがメインプロットのキャラクターよりも濃すぎて、本筋が何だか分からなくなる。ゴルゴのスナイパーとしての魅力を見せるための殺しもサブプロットのほうだし、これはもう、脚本段階でもうちょっと考えるべきだったんじゃないかなあ。

     その2:芸術的なコンテ。ゴルゴの劇画の面白いところといえば、さいとう・たかを先生の、細部までこゆるぎもしない写実主義的な絵でもって、徹底的にリアルでカッコよく誰にでも一発でその場の状況がわかるような流れで進めていくところだと思うのだが、出崎監督、らしいといっちゃらしいのだが、演出が、ハードボイルドというよりも、ヨーロッパ映画か、と思うような、どことなくファンタジーを思わせるコンテの切り方をしており、シャープでハードなゴルゴを期待していると、「なんじゃこりゃ」感が否めない。拳銃を構えていたかと思うと女のヌードが出る、という、まことに前衛的かつ芸術的な画面構成なのだ。面白いっちゃ面白いけど、「これ、ゴルゴだよな」と首をひねりながら見る始末。そのうえに脚本が混乱しているから、ボーっと見ていると「なにがなんだかわからない映画」に見えるのだ。

     その3:芸術的なキャラクター。先ほども書いたが、出崎監督の絵と、さいとう・たかを先生の絵とは、目指しているものがまったく違う。シャープでハードな線ではなく、むしろ少女漫画的なのだ。エースをねらえ!みたいな。ゴルゴの世界の住人にしては、悪役まで線が細すぎるのである。そしてまた、悪役が、そろいもそろってファンタジックなやつらばかりで、出崎監督の演出も入れると、ほんとにおれが見ているのはゴルゴなのか、と思わされること請け合いである。女性キャラも、さいとう先生のキャラとは思えないほどお目々ぱっちりでフランス人形みたいだ。

     そしてとどめ! その4:芸術的なCG! これについては「見てくれ」としかいいようがない!(笑) タイトルあたりのCGはまだ見られるけど、クライマックスで、ビルを襲うヘリコプター部隊が、ビル街(笑)をすべるように(笑)飛んでくるシーンは、そのヘリのリアルさ(笑)も含めて一見の価値がある。一見で十分だが(笑)。正直、これなら手で描いたほうがマシであろう。よくこれで東宝がOKを出したな、というよりも、CGアニメということで宣伝した手前、引くに引けなくなっちゃったんだろうと思われる。

     今回見てみて、あらためて、2008年版の舘ひろしゴルゴのカッコよさを痛感させられた。あれについても文句は山ほどあるが、このアニメのような怪作ではない(笑)。当分ゴルゴはいいや(笑)。

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    海外ミステリ107位 ゴーリキー・パーク M・クルーズ・スミス

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     小学生の時に読んだ桜井一の名著「名探偵100人紳士録」に、この本と、その主人公レンコが紹介されていた。それ以来気になっていて、四半世紀前の高校生のみぎり、水戸の市立図書館でやたらと分厚いハードカバーを借りて読んだ。ものすごく暗い話だったと記憶している。ちなみにその記事で知ったもうひとつの名前が「ストリッチナヤ」で、大学に進んで下宿生活を始めたとき、まっさきに酒屋へ走って行って「CCCP」の刻印が打たれたやつを買ったものである。アルコール度数40%のウォッカだ。昔から、のりやすい人間だったらしい。

     それ以来、ずいぶんとひさしぶりの再読である。果たして人生経験(というほどのこともないが)を積んでからこの本を読むとどうであろうか? 楽しみではあったが怖くもあった。

     ……で、読んだわけだが。こんな大人向けの暗いミステリ、前途に希望を持ってるような高校生のガキが読んではいかん。こんな本を読むと抑鬱症を発症し、人間不信もはなはだしいひどい根暗人間になってしまうぞ。それほどまでに、冒頭、モスクワのゴーリキー公園で三人の惨殺死体が発見されるショッキングなシーンから、結末の雪中のシーンに至るまでの、死体がごろごろ出てくる、主人公であるソビエト連邦人民警察主任捜査官アルカージ・ワシレヴィッチ・レンコの転落行はすさまじい。書かれたのは1981年、まだソ連が健在で、冷戦ど真ん中という時代である。そんな中で、ロシアを舞台に、血の通った人間としてロシア人捜査官を描き、リアルな警察小説を書くというのがどれほど困難なことであったか、作者のマーティン・クルーズ・スミスも、彼に協力した亡命ロシア人などの情報提供者たちも、よほどの生命知らずであったとしか思えない。

     ページを繰っても繰っても重苦しい裏切りと陰謀の連続で、死体が山のように増えていくが、プロット自体は堅牢で、真相も「なにもここまで」というような強烈なものが用意されている。そんな息が詰まるような空気に慣れてしまったせいか、結末でレンコがとった行動は、あまりにも救いがないものなのに、読んでいると妙な清涼感と感慨を覚えてしまうのだ。

     ここまで書いたように、この小説は救いのない未来を予感させる、ある意味「美しい」結末を迎えるのだが、まさか大学在学中に、「続編」が読めるとは全く思わなかった。転落の果てに人民警察の職も社会的身分も党の信頼も何もかも失ったレンコは、北洋漁業の漁船の雑役夫としてベーリング海で働いていたのである。1992年発売の新潮文庫の「ポーラー・スター」を大学図書館で見つけたときは「ウソだろ?」としか思えなかったものだ。その後もベネッセ(「レッド・スクエア」1994年)、講談社(「ハバナ・ベイ」2002年)、と、複数の出版社を渡り歩きながら邦訳されていった。20年近くで4冊である。作者がレンコという独特な個性から離れられないのか、日本の編集者のあいだに熱烈なファンの地下組織でもあるのかわからないが、書くほうも書くほうだが、つきあうほうもつきあうほうだ。

     こうなったら未読の「レッド・スクエア」と「ハバナ・ベイ」にも挑戦……といきたいところだが、「ゴーリキー・パーク」だけではなく「ポーラー・スター」も読者を鬱病にするような重苦しい長編だったんじゃあ! 鬱々しているときにそんな恐ろしい本読めるかあ! というわけで、もうちょっと落ち着いたときまで取っておくのである。それに、読まねばならない本、まだまだあるしな……。

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    海外ミステリ103位 真夜中の相棒 テリー・ホワイト

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     浪人生時代、松戸の古本屋で三冊百円の棚に並んでいるところを買った。模試の成績はさっぱり上がらず、趣味と性格が災いして友人ひとりできず、もう楽しみといったら内藤陳のガイドブックを頼りに古本屋で海外冒険小説を買って読むことくらいだったが、三冊百円棚の面白そうな(面白そうな、というのはハヤカワ文庫NVの分厚い本を指すことは、賢明なミステリ読者諸君にはすでにお気づきのことであろう……)海外冒険小説はすぐになくなってしまい、しかたないからブランド力では一段落ちる新潮や角川や文春の海外冒険小説を読むことになってしまうのだった。むろん、いくら松戸の古本屋でも、二百円以上払えばいくらでも棚に並んでいるのを買えたのであるが、それはさておく。「真夜中の相棒」については、前から内藤陳のガイドブックで名前だけは知っていた。手を出さなかったのは、この本が当時としてはかなり濃厚なBL的要素のある小説として有名だったからである。だが、読む本がなければしかたがない。わたしはなけなしの100円をはたいて本を買って、河合塾の寮で読んだ。

     悔しいことに面白かった。テリー・ホワイトが書きたかったのは、BL小説ではなく、もっと精神的ななにかであり、どうしようもないしがらみに絡みつかれた男たちが果てしない虚無に転落していく姿なのであった。ここで男たちを縛り付ける精神的な愛憎は深く、BL的なのは単に「それがたまたま異性相手の絆ではない」という、ただそれだけのことにすぎない。この小説がBL小説なら、映画「男たちの挽歌」なんてR18指定になってしまうぞ。わたしは内心テリー・ホワイトに謝りながら「東西ミステリーベスト100」に撃墜マークを記した。

     それから20年。この本も後輩だったか友人だったかにあげてしまい、半ば忘れていたのであるが、また意外なところでこの小説のことを思い出すことになった。畏友limeさんが書いていた心理サスペンスのひとつに、無垢な暗殺者と無骨な男のコンビが活躍するものがあったのだが、その人物設定がこの小説によく似ていたのでその旨をコメントし、「つまらなかったら代金を負担します!」と冗談交じりなことを付け加えておいたら、大人物のlimeさんは実際にアマゾンでこの小説を買い、なんというべきか、この本の魔力にずっぽりとハマってしまわれたのであった。その興奮ぶりはlimeさんのブログ「小説ブログ「DOOR」」のエッセイを読んでもらえばわかるので割愛するが、ミステリ読みとしてあれほど嬉しかったことはない。味を占めてしまった私はそれからもlimeさんにおすすめ本のムチャぶりをすることになったのだが、そのおりはどうも調子に乗りすぎてすみませんでした。あはは。

     で、今回ふたたび読んでみた。文春文庫から新版が出たのである。きちんと読んでみるとめちゃくちゃ重い小説だった。たかだか大学浪人生にすぎなかったわたしにはわかるわけのない世界だったのだ。40の坂を過ぎると、自分が、この小説において登場人物全員に破滅をもたらす警察官「サイモン」でしかないことがわかってきて、この男のやることなすことが非常に身体に突き刺さってくるようで痛い。そして作者が周到に用意した強烈なラストシーンは、20年前に読んだときとはレベルの違う破壊力でわたしに襲い掛かってきたのだった。テリー・ホワイト先生、ひどい。

     BLだどうだとかいうことはおいといて、ミステリファン、特にハードボイルドファンには満足間違いなしの逸品である。30年ぶりに再刊されて入手しやすい今、読んでおくことをお勧めする。池上冬樹のマニアックな解説も読みどころだ。

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    竜崎巧の場合

    ささげもの

     豪華客船に乗り込んで二日目。船は日本の領海を出てどこかよそへと出たらしい。ミステリーツアーのため、携帯のGPSは、配られた機械によって、乗客全員がジャミングされていた。やれやれである。まあ、わたしも所長も天測ができるから、その気になればだいたいの位置はわかるが、まあ、ここは船の趣向に合わせよう。

     わたし、もと内閣調査室の、人柄以外は優秀な工作員であり、いまでは私立探偵の助手をしている竜崎巧と、その上司である、一大コンツェルン「紅グループ」の令嬢でありながら、自主自尊の精神のもと、私立探偵なんかを道楽半分にやっている、美貌の天才少女にして、わたしの上司である「紅探偵事務所」所長の紅恵美は、骨休めのはずの豪華客船クルーズで、何の因果か、「仕事」をしていた。むろん、私立探偵の仕事である。この船の秘密を調べろということらしい。

     わたしとしてはめったに飲めない高価い酒でも飲んでごろごろしたいところだが、仕事を引き受けてしまった以上は、とにかく、仕事をしているふりくらいはしなくてはならない。わたしは所長を探した。赤みがかった髪をアップにまとめ、ターコイズブルーのカクテルドレスを着た姿はすぐに目につく。特に、居場所にあたりがつけばなおさらだ。

     わたしは人をかき分け、船内のカジノに向かった。

     やせぎすの、あまりにもタキシードが似合っていない若造がうろうろしていた。

    「おい」

     わたしはちょっと見かねて、その肩に手をかけた。若造はびくっとこちらを向いた。

    「こういう船に乗るのは初めてか?」

     若造はうなずいた。

    「カジノで遊びたいのか?」

     若造はうなずいた。

     よくいるパターンだ。けっこう、遊びたいくせにカジノを怖いと思う人間というのは、いるものなのだ。

    「クラップスはできるな? サイコロ振ってやるギャンブルだ」

     若造はうなずいて、初めて言葉を発した。

    「や……やりかた、だけは」

    「上等だ」

     わたしは若造の手をむんずとひっつかむと、カジノの中でもひときわ艶やかに目立っていたターコイズブルーのドレスの隣に引っ張っていった。

    「あら、竜崎」

    「仕事もせずに遊ぶつもりですね。まあわかってましたけど。で、こいつをさっき入り口で捕まえたんですが、カジノが初めてらしいんですよ。ってことで、所長、ちょっとクラップスをやってくれませんか。おい若造、お前軍資金をいくら持っている」

    「せ、千ドル……」

     わたしは額を押さえた。

    「ね、所長、わかるでしょう。ここ、チップ一枚十ドルでしたっけ。百ドルでしたっけ。こんなちっぽけな軍資金じゃ、遊ぶにも遊べませんよ。ってことで、所長、軽くクラップスで投げてみてください。おい若造、この娘の賭ける通りに賭けてみろ。それでゲームに慣れてからだな、サイコロを振る役のシューターになるのは。シューターは楽しくて病みつきになるぞ」

    「竜崎、ちょっとあたし、気分じゃないのよ」

     わたしはまじまじと紅恵美を見た。

    「気分じゃない? 所長が? カジノに来ていながらゲームをしない? 何か悪いものを食ったんですか?」

    「あそこを見て」

     わたしは促されるままにそちらを見た。三人の男が談笑していた。ひとりは才能が目から鼻に抜けそうな小賢しい面の男。たしかニュースで見た弁護士だ。もう一人はいかつい面構えをした短軀の中年男。こいつも、アメリカの下院議員かなにかだったな。最後の一人は、たしかサウジアラビアの王族に連なるやつだったはずだ。

    「あいつら、誰も理解できないと思って、アラビア語でしゃべってるのよ。それも、わかりやすい隠語を使って、悪事の前祝いをしてたわ」

    「悪事ってどんな」

    「ロリコンの下院議員と、輪をかけてロリコンのサウジ王族が、サウジ生まれの少女千五百人と、アメリカ生まれの少女五百人を、性的サービスの労働者としてトレードしようって話をまとめたところ。仲介役が、あの弁護士ね」

    「やれやれ。で、所長はどうしようと?」

    「決まってるでしょ。あたしは無性に、青天井のテキサスホールデムをあの三人と遊びたくなってきたのよ。そういうわけで、仕事はその後ね。それじゃ」

    「しかたありませんな。おい若造。クラップスで遊ぶのは、また今度にしたほうがいい。テキサスホールデムは知ってるな?」

     三人組のほうに近寄っていくターコイズのドレスが包む、若さと清純そのもののような肉体をした、紅恵美の後ろ姿に見とれていた若造は、はっとこちらを見た。

    「は、はい。ポーカーの一種でしたっけ」

    「そうだ。カジノに迷惑をかけないために、所長はプレイヤーどうしの金のやりとりだけで済むポーカーを選んだ。これからそれの大勝負が始まる。千ドルをギャンブルに浪費するよりも、ポーカーテーブルをギャラリーの一人として見ていたほうがずっとエキサイティングであることを保証しよう」

    「エキサイティングって……あの人、何をするつもりなんです」

    「あの三人を丸裸にし、ケツの毛まで抜いてやるつもりなんだよ、所長は」

    「そんなこと……」

    「旅の思い出話を聞いてくれるか。去年だったか、わたしと所長は、LSD密輸の黒幕を追って、カリブ海にある小島へ向かった。完全個人所有、島ぐるみ歓楽施設になっているところだ。黒幕はもちろん、ぬけぬけと言い逃れようとした。治外法権で、軍も警察も手出しできないからな。その態度に、所長はキレて、とうとうバカラの勝負を申し入れた」

    「それで」

    「三日後には、その島ぐるみ、紅グループの所有物になっていた。黒幕はもちろん刑務所行きだ。所長はそういう人なんだ。安心して、あの三人の顔が蒼白になるのを見てればいい。まあいいとこ、クルーズが終わるころには、弁護士は収監、政治家は失脚、ロリコン王族は病で伏せって、紅グループがサウジの大規模油田の一つを買収、というニュースが二カ月としないうちに日経の一面を飾ることになるのがオチだな」

     わたしは若造の肩をポンと叩いた。

    「たまには、ギャンブルよりも、人生経験のほうが面白いことがある。たっぷり楽しんでくれ」

     わたしもまじめに調査に向かった。



     翌日、わたしと紅恵美は依頼人の前で報告していた。

    「ずっとカジノで遊び惚けていたと聞いたけど、やることはやってくれたんでしょうね?」

    「はい。報告書はまとめておきましたが、口頭でもいいましょう。結論から申し上げますと、この船は、『この航海で沈むこと』を目的として作られています」

     そう報告する紅恵美の肌はいつもよりつやつやしていた。一千万円の軍資金だけで、三十億ドルを儲けて、しかも半死半生の王族との交渉を紅グループの敏腕弁護士に任せ終わったら、エステなんかに行かないでも、人間はこうなる。

    「実際に沈ませるのか、それとも、『沈む』とあたしたちに思わせるのが目的なのかは、わかりませんが、まず、常識的な量の倍よりも、さらに多い数の救命ボートとライフジャケット。船内各所の、人が絶対に通りそうもないところだけを見計らって、偽装された状態で積まれている爆発物。豪華な料理の割に、やたらと多い非常食の積み荷……いずれも、この船が航行不能になることを前提としているとしか思えません」

     依頼人の顔は青くなっていた。まあそりゃあそうだ。

    「でも、何が目的で」

    「船体下半分をまだ調査していませんから、まだなんともいえませんが、ひとつの可能性として、われわれ乗客が、パニックを起こして右往左往するのを記録するのが目的なのでは、と考えられます。それを裏付けるのは、船内各所に設けられた防犯カメラ。防犯カメラにするには、あのレンズは高額すぎます。むしろ映画撮影用といったほうがいいでしょう。しかも、あれ、動きますし」

    「動く?」

    「ええ。巧みに偽装してありますが、多関節アーム機構がついてますね。いざとなったら伸び縮みし、どんな角度からでも撮り放題でしょう。それともうひとつ、この船にはやたらとあちこちに集音マイクがある。船が丸ごと盗聴器になってるみたいなものです」

    「えっ……」

    「まあたぶん、船の下半分は、映画のスタジオのごとくなっているものと推測されますが、見てきたわけではないので、推測の域を出ません。その謎を解くには、見てくるほかないでしょうね。何をやろうとも相手には筒抜けでしょうから、あたしはこうしてべらべらしゃべってますけど」

     わたしと紅恵美は立ち上がった。

    「では、あたしたちは船の調査を続けます。遅くとも明朝には、続きのご報告もできると思います」

     かくして目星をつけていた、部外者立ち入り禁止のドアから、わたしと紅恵美は船体下部に降りて行ったわけだが、まあ、この手記を読んでいるような人には、続きはおわかりのことと思う。

     翌日になっても、翌々日になっても、わたしと紅恵美は帰ってこなかったのだ。

     ポーカーで一文無しになったところを皆が見ていたあの三人が有力容疑者となり、航海の間じゅう船室へ閉じ込められたそうだが、まあそんなこともどうでもいい。

     真相はもっと異常なものだったのだ。

     しかし、それを解決するためには、わたしと紅恵美は、あまりにも「現実の延長線上」に生きすぎていた。超常現象の前では、わたしたちは無力なのである。

     かくしてふっつりと足跡がとだえてしまったわれわれであるが、無論、こんなことでくたばるような人間にはできてない。

     航海の終わりまでには、必ずや、また姿を現してお目にかけよう。

     必ずや。

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    海外ミステリ103位 ミス・ブランディッシュの蘭 ハドリー・チェイス

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     数年前に古本屋で、創元の「ミス・ブランディッシの蘭」を買い、読了した。いや、やるねえハドリー・チェイス。と思った。それから今に至って、わたしは「ミス・ブランディッシの蘭」と読み比べてみるつもりで、図書館に「ミス・ブランディッシュの蘭」を取り寄せてもらうよう頼んだ……のだが、そんなものはない、と。えええ?

     当時の選者に問いたい。お前ら、いったい何を考えて「ミス・ブランディッシュの蘭」をリストに上げたの? どういう理由があったにせよ、それって、ハドリー・チェイスにも、ハードボイルドにも、ノワールにも、とっても失礼なことじゃないの?

     わたしが怒り狂っている理由を理解するためには、いささかの説明が必要だろう。ハドリー・チェイスの処女作にして出世作である本書は、1938年に出版されるやいなや大ベストセラーになった。スラングが山ほど使われ、当時のタブーをことごとく破り、悪党と狂人ばかりがぞろぞろ出てきてドンパチをやり散らかすこの小説を、ある者は「大衆にとってのフォークナー」と呼び、ある者(例えばジョージ・オーウェルとか)は「明らかなるファシズムそのもの」と呼んだ。それほどまでに衝撃的な犯罪小説だったのである。それはいい。

     問題は、現在、唯一出回っている創元版の「ミス・ブランディッシの蘭」は、初版があまりにも過激にタブーを破りすぎたために改訂された「普及版」がもとになっているということである。指摘されているだけでもいくつもの変更点があり、すさまじいことには「ストーリーの結末」まで変わっているのだ。「美味しんぼ」の山岡士郎なら、「日本のミステリファンというのは滑稽だねえ!」というであろう。そんな水割りのような代物をありがたがってハドリー・チェイスがハードボイルド界にもたらした意義を考えようというんだから、と。われわれは、ハドリー・チェイスが登場したときの衝撃をまったく知らないままハドリー・チェイスについて語っているのも同然なのだ。

     娯楽小説だから、そう難しく考えなくても、という理屈はわかる。だいいち、「ミス・ブランディッシュの蘭」の初版本は、海外でも稀覯本となっていて、バカみたいな高値がついているそうだ。だが、ハードボイルドだから、ノワールだから、「普及版でもいい」と考えるのは、ありとあらゆる文学のジャンルにおいて病的なまでの「原典第一主義」に陥っているとしか思えない日本のアカデミズムから、ハードボイルドは文学にあらず、といわれているも同然であり、ミステリやエンターテインメントは真面目に研究するものにあらず、とみなされていることの端的な表れである。国やおえらいフランス文学者たちの皆様は、ラブレーやマルキ・ド・サドの初稿のためならいくらでも金を積むかもしれないが、アメリカ由来の、雇われ書店員がアメリカ俗語辞典といくつかの参考書を頼りに6週間で書き上げたような代物は、どれだけ社会に広く強い影響を及ぼしたにせよ、まともに金を払うものではないと思し召しらしい。

     ミステリファンは怒らねばならぬ。そしてわたしには金も語学力もないが、いつかは才能あるかたが、正しいハドリー・チェイス理解の礎を作ってくれることを願わずにはおれない。そんな中で、怒りながら「ミス・ブランディッシの蘭」を読むことにする。そして悲憤慷慨しながら読んだ「ミス・ブランディッシの蘭」はめちゃくちゃ面白かった。ハドリー・チェイス、この改訂版だけでもミステリの歴史に名を残してしかるべきだな。名作。

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    海外ミステリ103位 葬儀を終えて アガサ・クリスティー

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     クリスティーはうまい。たしかにうまい。うますぎるので敬遠していた部分が大きい作家だ。本書も敬遠していた中に入っている。というわけで初読である。

     ポアロのドラマはNHKとBSとミステリチャンネルでもう、飽きるほど見た。デビッド・スーシェのポアロはまさにはまり役である。よくあんな俳優見つけてきたもんだ。だからこの「葬儀を終えて」もドラマで見ていたはずだ。筋は忘れていたがこれなら先んじて犯人を当てることもできるかもしれない。わたしは作者と知恵比べするつもりで今回の読書に挑んだ。

     今回のクリスティーの趣向は、どこかサスペンス的である。田舎の屋敷で大金持ちの老人、リチャードが死んだ。その葬儀の時にやってきた、口が軽いことで有名だった末娘、コーラが、「だって、リチャードは殺されたんじゃなかったの?」と不穏なことを口走る。その翌日、コーラは惨殺死体で発見された。関係者は皆、誰しも腹に一物あったり、複雑な事情を抱えているものばかりである。……いったい、この家で何が起こっているのか? クリスティーらしい、よくある話のようで、それでいて新鮮なシチュエーションだ。

     わたしは新版で500ページ近いこの作品に果敢に挑んでいった。あれだけドラマを見たんだから読者側完全有利ではないか、と思われるかもしれないが、獅子は子兎一匹を捕らえるのにも全力を尽くすという話もある。ストーリーは覚えていなかったが、あれだけドラマを見たのだからクリスティーが好みそうなレッドヘリング(偽の手がかりのこと)の使い方については自家薬籠中といえるほど心得ている。

     中盤にさしかかり、わたしは容疑者を3人に絞った。だがいずれも、決め手がない。片一方の事件の最重要容疑者はもう一方の事件に完全にシロだったり、あるいは一方の事件についての最重要容疑者は、その事件を起こしても何のメリットもなかったり。探偵のエルキュール・ポアロといえば、のそのそと聞き込みをしては、わけのわからない「実験」を行う、などといって状況をはぐらかす一方である。誰かと誰かが共犯なのか、とも思ったが、共犯をするだけのメリットがどの容疑者にも存在しないのである。

     わたしは最後まで五里霧中だった。そんな中ページを繰っていると、ポアロが、いきなりとんでもないことをヌカしやがったのである。

     えーっ、そうくるのー?

     全てがご破算になり、そこからはポアロの説明をそうですかそうですかと聞くだけだった。

     クリスティーはうまい。嫌味なほどうまい。同じ多作といっても、内田康夫などとは比べ物にならないほどにうまい。どこをどう突っつけば、ミステリマニアがレッドヘリングに食いつくかを実によく知っている作家だ。マニアほど引っかかりやすい作品なのである。

     こいつ、絶対、ベネ・ゲセリットの一員に違いない。本を閉じた後、わたしはクリスティーの悪魔のような企みに、心からそう思った。ミステリの女王、おそるべし。

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    海外ミステリ103位 怪盗紳士ルパン モーリス・ルブラン

    東西ミステリーベスト100挑戦記(ミステリ感想・やや毎週土曜日更新)

     ひと昔前の昭和時代、ミステリファンへの道を踏み出した小学生が、明智小五郎と怪人二十面相の後に必ず通過する二大人物が、シャーロック・ホームズとアルセーヌ・ルパンであった。最近の子供が名探偵コナンとルパン三世に出会うのと似たようなものでありながら、全然違うのである。コナン君とルパン三世は「大人向けのマンガ」「大人向けの映画」にコンタクトするための第一歩であるのに対して、ホームズとアルセーヌ・ルパンは「大人向けの小説」にコンタクトするための第一歩だったのであるから。

     というわけで、まだ前途が希望に満ちていて、こんなミステリの泥沼に首まで突っ込むとは思いもしなかったイノセンスな少年時代を思い出しながら再読。

     読んでみたが、いや、やっぱり面白いルブラン。永遠の名探偵シャーロック・ホームズを産み出したドイルに比べられて、「読まれているのはフランスと日本だけ」と揶揄されることが多いルパンだが、そのストーリーテリングは群を抜いている。内容をすべて知っているのに、夢中になって読んでしまった。

     やっぱり、これは、「悪の魅力」というものが満ち満ちているからだろう。紳士強盗ということでは、イギリスにもラッフルズがいるが、あれとはかなり違う。ラッフルズは永遠のアマチュアの青二才であるのに対し、ルパンは6歳児のときから、権威に反抗するひとりの大人の英雄なのだ。ラッフルズは自分の生活のために物を盗むが、ルパンは身分制度や警察組織といった、あらゆる権威に反逆するために物を盗む。だから、ルパンはたまに盗んだものを返したりするが、それは彼が義賊であるからではなく、『エコー・ド・フランス』誌などを通じて、『ルパンはこうして権威に反逆しました』という宣伝がなされれば、カネ自体はどうでもいいからだ。わたしは傷つきやすい青春小説を読んでいるかのようなラッフルズ譚も好きだが、どちらが今読んで面白いかといわれれば、痛快無比なルパン譚のほうだと思う。

     しかし、ルブランに欠けている能力もあり、その第一は、パスティーシュを作る才能であった。本書収録の「遅かりしシャーロック・ホームズ」や、長編「奇巌城」「813」に、重要な役どころとしてホームズが登場するのだが、そのホームズが、容貌から、推理法まで、ちっともホームズらしくないのである。だったら、ドイルの抗議を受けて名を変えたエルロック・ショルメス探偵だと思いこめばいいのかもしれないが、このショルメス探偵、作中における魅力からいっても、ガニマール警部以下なのだ。ルブランが自分から新機軸としてホームズと対決させれば盛り上がると考えたのか、寄稿している雑誌の編集者が絶対ウケる面白いネタだからやれとけしかけたのかは知らないが、バカなことをやったものだと思う。ミステリ界において、このルブランの挑戦がもたらした好影響といえば、「ルパン対ホームズ」という趣向に幻惑された作家たちにより、著作権なんぼのもんじゃいという勢いで、いろいろな「両雄もし戦わば」みたいなパロディ作品、パスティーシュ作品が書かれたことくらいだろう。とすると、けっこうミステリ界における評価より、はるかに重要な作家なのかなルブラン。

     また、主人公を怪盗にしたことにより、通常のミステリではお目にかかれないような「意外な結末」を迎える、トリッキーな作品が多いことにも留意すべきだろう。103位で読むにはふさわしい短編集だった。「八点鐘」とか「バーネット探偵社」とか、また読みたいなあ。

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    鋼鉄少女伝説 16 烙印

    鋼鉄少女伝説

    stella white12

       16 烙印

     家へ帰って飯を食った後、いつものオンライン添削サービスに入るのを一時中止して、MAP関連のサイトを片っ端から調べた。文章を調べるのには没入するよりもモニターを見たほうが早いので、ひさしぶりにキーボードが活躍することになった。

     ちょっと調べただけで、アイアン・ガールの武勇伝に関する書き込みがいくつも見つかった。どうやらLHARTというやつは、冗談でなくかなりのビッグネームだったようだ。そんな大物を一敗地に塗れさせた謎のハイスクール・ガールのことを、海外のファンサイトまでもが取り上げていた。

     でもなんで海外のサイトが、つい数時間前に行なわれた戦いの様子をこんなに詳しく知っているんだ?

     思い立って、海外のサイトに張られていた有名な動画サイトのリンクにアクセスしてみた。

     呆然とした。

     誰が撮ったのか、フォートレスでのMAPの外部モニターが延々と映されていた。そして戦いが終わった後の、MAPから出てくるぼく、ユメちゃん、そしてキリコの顔がばっちりと映っている。

     それだけならまだいい。

     今日のユメちゃんは制服なのだ。

     ちょっとこれはまずい。まずすぎる。

     同じような動画を三つほど見たところで、これ以上見ていられなくなって画像を閉じた。

     怖くなった。このままでは、ぼくたちの受験や進路にまで影響を及ぼしてくるのではないだろうか。

     そうならなければいいのだが……。

     恐怖から逃れるように早川先輩のサイトを探した。携帯端末から記録させてもらったアドレスを転送する。

     サイトはすぐに見つかった。古くからあるようなブログらしい。サイトをデザインするソフトの革命的な発達により、ブログなんてものは過去の遺物となって久しいのだが、早川先輩レトロが好きだな。

     日記の索引を見る。その中に『MAP』という項目があった。これだろう。過去ログを可能な限り遡って読んでみた。

    『アーケードゲームの古くて新しい波!』

     最初の日記はそう始まっていた。

    『将棋やチェスといったボードゲームは、ゲームセンターにあるギャラリーを集めるタイプのオンラインゲームとしては未踏の領域だった。なぜならそれらは、ゲームにかかる時間が長すぎたからだ。成功したかもしれないものはオセロだが、それもまた致命的な欠点から逃れられるものではなかった。見ているものにある程度の知識がないと、展開が退屈きわまるものであるから』

    『だが現在、革命的なゲームが登場した。将棋やチェスの興奮をわかりやすい形で凝縮し、業務用筐体だからできる、迫真のETとともに楽しむというもの。歴史スペクタクル映画を三本見るよりもまだ高揚する! まさか時代遅れのRTSがここまで手に汗握るものになるとは、この目で見るまでは信じられなかった!』

    『しかもこのゲームをパーフェクトにこなす女子高生がいるのだ。「CUBISM」という名しかわからないこの少女は、部隊を手足のように動かして数で勝る敵を文字通りに粉砕してしまった。すごいとしかいいようがない』

    『しばらくの間、ゲーム・ファンはこの少女に注目しておいたほうがよさそうだ。ゲームセンターを覆う不況に対する救世主となるかもしれない。大げさかもしれないが、イエス・キリストも生まれたときには両親と東方の三博士にしかその価値を認めてもらっていなかったのだから』

     早川先輩、大げさな人だな。こういう趣味の人だったのか。

     しばらくその調子で文章を読んだ。キリコの戦いぶりが克明に記録されている。飽きない人だ。

     途中から、キリコのことが『アイアン・ガール』と呼ばれるようになっていく。だいたい先月末あたりからだ。今ごろはキリコやユメちゃんも読んでいるだろうが、こんな記事を読んだらあいつは怒り狂うんじゃないのかな。

     ようやく今日の日記にたどりついた。

     『LHART』との戦いが詳述され、キリコの武勇伝に新たな一ページを加えた後で、申し訳のように一節が付け足されていた。
    『CUBISMとLHARTとのメッセージのやりとりを読んでいると、どうもCUBISM自身は『アイアン・ガール』と呼ばれることを望んでいないらしい。なにか、新しい愛称を考える必要があると思われる。なにかアイデアはないものだろうか』

     どうやら信義は守られたということらしい。らしいが、先輩のその努力もたぶん無駄じゃないかと思う。

     ぼくのカンは当たった。当たらなくてもいいときに限って当たるのだ。

     三日後、ぼくとキリコとユメちゃんは校長室に呼び出された。

     校長はでっぷりと太った大柄な女だ。なにを食ったらここまで恰幅がよくなるのだろう。肌もつやつや、いやてかてかしている。油分の摂りすぎでないか他人事ながら心配だ。

    「小金沢さん」

     校長はそういうと、一枚のパソコン画面のプリントアウトを机の上に差し出した。

     うわ。

     なにが写っているのか、見なくてもだいたいの見当がついた。この前にパソコンの動画サイトで見たワンシーンだった。もちろんそこの主役はユメちゃん本人だ。うちの学校の制服姿が大写しになっている。

    「先生がなにをいいたいかはわかりますね。わが校の制服を着たままゲームセンターに入り浸って、あまつさえそこで写真を撮られるとは何事ですか」

     校長は人差し指でとんとんと机を叩いた。耳障りでいらだたしい音がした。

    「しかも、下級生を監督しなければならないはずの最上級生のあなたたちまでもが一緒になって。責任というものをどう考えているんですか」

     キリコの瞳が、ぎらっと光った。

     校長はそれを見逃さなかった。

    「霧村さん、なにかいいたいことがあるのですか?」

     キリコは答えた。

    「いいえ」

    「よろしい。それでわたしはこの写真を含む動画に附された文章も読んでみました。霧村さん?」

    「はい」

    「あなたがたはゲームの世界では有名なプレイヤーなんですって?」

    「有名かどうかは知りません。その手のサイトは見ないので」

     キリコは冷静に答えた。その冷静さが装われたものであることは、ぼくにでさえ察しがついた。

    「そもそも、制服姿を写真に撮られてネットに上げられてしまうとか、余暇にビデオゲームを楽しむこととかは、なんらの校則にも違反しないはずですが」

    「本校校則第七条三項」

     校長は詩文でも謳い上げるようにいった。こいつ、自分の言葉にちょっと酔っているんじゃないだろうか。

    「本校生徒は、高校生にふさわしくない場所を訪れてはならない。第一八条二項、本校生徒は、本校制服に対してその品位を汚すようなことを行なってはならない」

     校長は勝ち誇ったかのように言葉を切ると、ぼくたちをじっと見た。

    「霧村さん。今回の校則違反は、個人としてのものではなくシミュレーションボードゲーム同好会自体が率先して行なった、という印象を与えたことは否定できません。その真偽はともかく、本校の課外活動にそのような悪印象がつきまとうということは本来あってはならないことです。相応のペナルティは受けてもらわなければなりません。わかりますね?」

    「はい」

     キリコとユメちゃんは答えた。

     言い渡されたのは以下のことだった。

     シミュレーションゲーム同好会は、三ヶ月間、部室での活動禁止。

     また、来年度の文化祭の会としての参加の禁止(本年度の文化祭はすでに五月末に行なわれていた。文化祭なんかまったく興味がないので知らなかったが、キリコの同好会も参加していたらしい)。

     ほっとしたことに、処分はそれだけで、停学とか謹慎とかは一切なかった。あったら大学入試にひびくから、平穏な生活を送りたい受験生にとっては死活問題だ。

     キリコたちは硬い表情で校長室を後にした。

     これでユメちゃんとの時間も終わりになるのか。

     たぶん、ぼくもまた浮かない表情だったと思う。

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