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    「ショートショート」
    ホラー

    ジンクス

     ←趣喜堂茶事奇譚/ミル・ボーン(その2) →矢端想さん暑中見舞い!
     おれのアパートに、おれを入れて四人の男が集まったのは、囲んでいる鍋が目的でないことだけは明白だった。

     だいたい、ブームも去って久しいこの現代で、モツ鍋をする、ということ自体、貧乏くささを感じさせる。

     そして、おれたちは、みな、そろいもそろって貧乏だった。

     カレンダーによると、コミケまで一ヶ月。なじみの印刷屋に原稿を持っていくには、ぎりぎりの時間だ。そして、コミケで同人誌を売らないと、おれたちは少々財政的に苦しくなるのである。それほど売れているサークルでもないし、旧刊が山ほどあるのでそれを売ればいいのだが、コンスタントに参加している以上、コンスタントに新刊を出さないと、客に愛想をつかされてしまう。コミケもけっこうつらいのだ。

    「あれだな……」

     そうつぶやいたのは、プロになってない同人イラストレーターのY。プロになれないのは、才能のせいじゃない。描き込みすぎて、納期までにイラストを上げたためしが一回もないからだ。昔、マイナーマンガ雑誌に、たいへん絵のうまい作家がいたそうだが、そいつも締め切りを守れずに、いつの間にか引退してしまったらしい。こいつもじきにそのくちだろう。

    「乗ってくると、自分でもよくわからないことをしでかすことがある」

     やつは鍋にお玉を突っ込んで、汁とモツとニラとキャベツとニンニクと鷹の爪の集合体を引き上げた。なぜ断言できるのかといえば、それ以外に鍋に入れていないからだ。

    「お前でも気分が乗ることがあるのか」

     馬鹿にしたようにいったのは、ブログに怪談を載せているアマチュアブログ作家のK。こいつの場合は、おれにも説明がつかない。なにかアクティブなことをしようと思うたびに、とんでもない不幸が襲い掛かってそれを破談にしてしまうのだ。大学入試しかり、就職しかり、結婚しかり……結局、コンビニでのちょっとしたバイトと、親の遺産で食っているが、これではやつの怪談が暗くなるいっぽうなのもよくわかる。当然、読者は一部のコテハン以外に増えたという話を聞かない。

    「おれだって気分が乗るよ。みっちゃんがいてくれたらな」

    「みっちゃん?」

     おれは俄然身を乗り出した。この万年女っ気なしの同人イラスト描きの口から、女の名が出てくるとは。

     おれはモツをほおばりながら、箸をやつに向けて詰問した。

    「ななななんだそれは。おおお女か。どどどどんな女だ」

    「落ち着けよ。お前、『カメとワニは死ぬしかない』って知ってるか?」

     ビールを飲みながらぼそぼそといったのは、同人漫画家のPだった。ハードボイルドが売りのアクション漫画を描いている。おれは面白いと思うのだが、新人賞に投稿しては選外佳作や奨励賞より下の、たしか「がんばりま賞」だとか「もっと練りこみま賞」どまり。賞金の代わりにこれ以上原稿用紙もらったって嬉しくもなんともない、と当人は語っていた。

    「なんだそりゃ」

     おれが面食らって尋ねると、Pはいった。

    「最近はやりの深夜アニメだ。そのサブヒロインが、みっちゃん。ほら、やつも携帯ストラップにぶら下げているだろう」

     そういわれて、おれはYの携帯を見た。メガネ少女の二頭身キャラのフィギュアが、チェーンでぶらぶら揺れていた。

    「なんだよ。お前、二次元かよ」

    「二次元で悪いか」

     Yは開き直った。

    「とにかく、このみっちゃん人形を握り締めていれば、おれの描画速度は三倍になるんだ!」

    「赤い彗星かマクーのダブルモンスターか知らないが、お前の描画速度はもともと普通のイラストレーターの三十分の一だろう。そんなものより、道具は持ってきたんだろうな? コミケは近いぞ」

    「持ってこないわけがないだろ」

     Yは膨れ上がった鞄を叩いた。

    「でもさ」

     Pがビールをちびちび飲みながら言葉を引き取った。

    「みっちゃん人形を握り締めながら原稿を描くと早くなる、というのなら、おれにも似たようなことがある。しかも、おれの場合は元手いらずだ」

    「とととということは女か。どどどどこの女だ。ここここの自分ばかりいい目見やがって」

    「お前……」

     Kが、憐れむようにおれを見た。

    「誰でもいいから、彼女を探せ。いや、作れ。どんなブスでも、気立てが悪くてもいいから。さっきから聞いていると、ギャグマンガに出てくるヘビメタ男みたいになりかけてるぞ。クラウザーだっけ?」

    「できたら苦労はしねえや」

     おれはニラを口中に放り込んだ。熱いがうまい。

    「で、なんだよ、その元手いらずの恋人って」

    「誰が恋人といった。原稿を乗って書くためのくせ、ジンクスだ。おれの場合、気分が乗ってくると、左手で右胸をしっかりと握る」

    「は?」

     断っておくがこのPは男である。女ではない。

    「特に、力を込めて書くところでは、人差し指で乳首を」

    「気色悪いからもう話すな」

     おれはすっきりしようとビールを飲んだ。

    「お前は、なにかないのか?」

    「え?」

     Kに問われて、おれは上を向いた。

    「そうだな……右足の裏の皮をむしる」

    「水虫かよお前」

     Yが一歩退いた。

    「いや、足の裏の皮をむしると、不思議にアイデアが浮かんでくるんだ。長編ファンタジーを書いていて、行き詰まったときには足の皮をむしって、乗り切っている」

    「お前のハイファンタジーを読んでいる人間が聞いたら泣くぞ。少女趣味丸出しのファンタジーブロガーが、実は足の皮をむしっていたなんてことが……ちょっと見せてみろ。うわ、お前皮膚科へ行けよ、皮膚科へ!」

    「そんな金が貧乏ブロガーにあるわけないだろう。そういうお前はどうなんだよ」

     Kは、なぜか顔を赤らめ、もじもじした。

    「それなんだが……親に頼ってるんだ」

     おれはがっかりした。

    「親にアイデアを出してもらってるのか。クリエイターとしては最悪だな……って、お前のところの親、とっくの昔にどちらも死んでいるだろうが!」

    「だから位牌をパソコンの前に」

    「お前がいちばんヤバい」

     ビールも、モツ鍋も、なくなってきた。

    「で、もう一度聞くが、道具は持ってきたろうな? コミケまで、あと一ヶ月もないぞ」

    「もちろんだとも。で、これからどこらへんを歩く?」

    「できるだけ暗いところだな。そうしないと、お巡りに見つかる可能性がある。見つかりさえしなければ、証拠も残らない」

     おれたちは、それぞれポケットから目出し帽を取り出して、持ってきたことを確認した。

     手には、それぞれバールやスパナといった重い工具を握る。

    「服はいつでも着替えられるようにしておけよ。それで防犯カメラはごまかせるはずだ」

    「女か子供がいいな。男は手向かうからなあ」

    「それは誰も同じだって。まあ、ホームレスだな、やりやすいのは」

     おれたちは、ゆっくりと立ち上がった。

     いつごろからだろう、おれたち四人は、「人を殺さないと原稿が書けなく」なってしまったのだった。ジンクスみたいなものだろうとは思うが、殺した後は嘘のように筆が進むのだ。

    「明日の新聞が楽しみだな」

     誰かがいった。
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    ~ Comment ~

    Re: ダメ子さん

    もちろん読者にショックを与えるための作り話ですってば!(^_^;)

    ちなみにここで書いた登場人物の癖ですが(以下判読不能)
    • #8168 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2012.05/29 20:26 
    •  ▲EntryTop 

    せめて妄想の中だけにしておいて下さい
    そういうサイトを見ると書く内容も
    そっちにひかれたりします

    Re: れもんさん

    喜んでもらえてよかったです。

    いっておきますが、フィクションですからねフィクション!(笑)

    NoTitle

    たまたま読んだんですが、すごい面白かったです( ・∀・)
    まさか最後こうなるとは予想してませんでしたw

    Re: 蘭さん

    ギャップっていうのは、限度はありますが、普通は大きければ大きいほど効果がありますのでこうなったであります。

    皮膚科は並ぶし市販薬は高いもんなあ……(え)

    Re: 面白半分さん

    笑って読んでいた話が急にシリアスになるとぞっとするときがありますよね。

    わたしの好きな作家のラファティの短編に、そういう趣向の作品ではすばらしい傑作があるんだけど、なんてタイトルだか忘れた……とほほほ。

    おはようございます^^

    昨夜来ようと思っていたのに、いきなりサーバが重くなって、1時間くらい耐えたんですが堪忍袋の緒が切れて、根っこから引っこ抜いて寝ました^^;

    はぁぁぁ~~。
    こんなしょーもない会話の最後に、こんな悪辣なオチが隠されてたなんて・・・・・・・v-13
    こういう何気ない(のか?これが・・・)日常に、狂気は潜んでいるんだなって感じましたよ。

    でも~~・・・・水虫だ、皮膚科だって・・・・・やれやれ(´へ `;

    NoTitle

    分類がホラーだったのに
    笑いの展開になっていてあれれと思っていたのですが
    たしかにホラーでした。

    ”誰かがいった。”って終り方もよかったです。

    Re: 矢端想さん

    モデルもなにも全部フィクションです(^^;)

    位牌をパソコンの上に置いて会話しながらキーボード打つやつがいたらそれこそホラーや(^^;)

    ミステリ的な要素もありますが、どちらかといえばホラーかなあ、と。両者が近い位置にあるからジャンル分けには悩みますね。

    自分が書いて涼しくなるのがホラーかな。そのくらいの感じしかありませんねえ。超自然的なものにはあまり興味がないもんで……。

    NoTitle

    うわあ・・・! ウ〇コだらけでクサイので来るのを躊躇してしまった・・・。

    これ面白いですね。(←ホラーだっちゅうに)
    リアル仲間とかネット友達とかいろんなモデルが混じっているのでしょうかww

    なんかホラーというよりミステリのテイストを感じてしまいました。スンマセン・・・。

    Re: ぴゆうさん

    いちおうこれはホラーですから、人の良心を逆撫でするような描写を入れないと話が(汗)

    ご気分を損ねたら申し訳なく……。

    NoTitle

    最低!
    女子供を狙うだと!
    v-294v-294v-294v-294v-294v-294v-294v-294v-294v-294v-294v-294v-294v-294v-294v-294v-294v-294v-294v-294

    あほーーーーーv-412
    こんなオチを考えるナーーーー

    Re: いき♂さん

    >途中までの展開が別の意味でリアルで怖かっただけに!

    わたしはどういうふうに人から見られているのであろうか(笑)。

    あそこまでは、ギャグのつもりで書いていたんですけど。

    「あはは、そんなことするやついねーよ」

    みたいな感じで。

    オチよりもそっちの描写のほうが怖かったとかは……ないよな。ないと信じたい(笑)

    NoTitle

    怖いですっ(((^^;;;

    途中までの展開が別の意味でリアルで怖かっただけに!
    まさか、こう来るとは。
    ラストでのタイトルとの符合、お見事でした。
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