趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)
趣喜堂茶事奇譚/ミル・ボーン(その2)
「よし、青信号出しちまうぜ!」
井森は勝ち誇ったように青信号カードを出した。ペアを組んだプレイヤーは、相手の対角線上に座るから、順番は、井森、ぼく、舞ちゃん、博士ということになる。
ぼくは手札を見た。
「博士、使えそうな妨害カードがありません。今のうちに進んでしまいたいのですが」
「任せるよ」
ぼくは最高限度の距離カード、「200マイル」カードを出した。このカードは1000マイルを走るという意味ではかなり強力なカードだが、ひとつのペアに対して2枚までしか使えない。
舞ちゃんは冷静に100マイルカードを出した。
今のところの走行距離は、ぼくたちのチームが375マイル、井森と舞ちゃんのチームが250マイルというところだ。
博士はにやりと笑うと、舞ちゃんと井森のペアの青信号カードの上に、「赤信号」カードを重ねて置いた。青信号カードが出るまで井森たちは一歩も進めない。
と思ったら、舞ちゃんが変なカードを出した。消防車の写真が載っている。
「これは……」
「割り込んで使える、セイフティカードのひとつ、『緊急自動車』です。消防車ですから、信号も速度制限も無視できるんです」
このカードの存在は大きい。この手の割り込んで使える(クフレというが、耳慣れない言葉なので、割り込み、か、切り返し、でいいだろう)カードには、絶対パンクにならない「ノーパンクタイヤ」、絶対事故を起こさない「ドライビングエース」、絶対ガス欠にならない「タンクローリー」というものがあり、タイミングしだいでは爆笑を誘ってくれる。さすがにこんな強力なカード、山札の中にそれぞれ一枚しか存在しないが。
しかし「緊急自動車」は痛い。セイフティカードの中でも最強だろう。これを足止めするためには、次々と妨害カードを送り込むことくらいしかないからだ。
「やったぜ、舞ちゃん!」
井森はこぶしを固めた。
「で、またわたしの手番ですから、さらに100マイル進みます」
舞ちゃんは100マイルのカードを出した。舞ちゃんたちの進んだ距離は、350マイルになった。追いつかれそうである。
捻原さんはポーカーフェイスを作ったまま、25マイルのカードを出した。ゲーム中いちばん短い距離カードである。これでぼくたちは400マイル。
井森は200マイルのカードを出した。消防車が200マイルも出していいのか、と思ったが、これで井森と舞ちゃんのペアは550マイル。
たいへんまずい。
ぼくは、祈るような気持ちで妨害カードが来ることを願った。
来た! よし!
「はっはっは、井森くん、君たちの自動車はパンクだよ」
ぼくはパンクカードを出して足止めにかかった。
「へっへー。ノーパンクタイヤ履いているもんね!」
井森は生意気にも割り込みでノーパンクタイヤを出した。パンクカードは除去された。これからゲーム終了まで、井森たちの車はパンクの影響を受けない。くそっ、腹が立つ。
割り込みでアクションをしたから、また井森の手番だ。
「じゃ、お返し」
井森はぼくたちの組に「パンク」カードを出してきた。「ノーパンクタイヤ」は一枚しかないから、ぼくは「スペアタイヤ」を出してしのいだ。しかしこれだと、「青信号」が出るまでぼくたちは足止めを食ったままだ。
「博士、青信号あります?」
「わたしの顔色を見て判断してくれ」
その後も舞ちゃんと井森は着実にマイルを稼ぎ、ぼくたちに300マイル以上の差をつけて、ゴール寸前までたどり着いた。
「75マイル! これで975マイルだ。勝ったな!」
「うるさい。なでしこジャパンもどんな状況でもあきらめなかったから最後には勝ったんだぞ」
ぼくは悪態をつきながら100マイル進んだ。
舞ちゃんが、ぼくたちに赤信号カードを置いた。またストップか。
「井森さん、25マイルカード、お願いします」
井森はとんきょうな声を出した。
「え? 舞ちゃん持ってないの?」
沈黙。
ぼくと博士はたがいにうなずいた。
このゲームで、プレイヤーは1000マイルぴったり走らなければならない。オーバーするような距離カードは出すことができない。
ということは……。
ぼくたちにも勝つチャンスが十分にある!
その後の井森と舞ちゃんの貧乏神がついたかのようなカードの引きの悪さと、亀が進むようなのろのろしたスピードでぼくと博士がじわじわと追い上げていく過程は退屈だろうから省略する。
「はい、50マイル。これでぴったり1000マイルだ!」
ぼくは博士とがっちりと握手をした。
「納得できないぞ! もう一度やろう!」
井森が手持ちのカードを握ったまま叫んだ。
「聞いてなかったのか井森」
「え?」
「このゲーム、ポイント制で、何回かプレイして先に規定点数を超えたチームが勝つんだよ。さあいくぞ第二戦!」
「よし来い!」
「その間に飲み物持ってきます。皆さん、アイスカフェオレでいいですか?」
舞ちゃんが立ち上がった。
そうだった。ここは喫茶店だったんだ……。
結局、その日は、家に帰るまでにお腹ががぼがぼになるまでアイスコーヒーを飲み、シンクロナイズドスイミングの選手みたいにスパゲッティを食った。無論、ゲームをやりながらである。
井森はすっかりこのゲームが気に入ったようである。
ぼくがそうなんだから間違いない。
(この項おわり)
井森は勝ち誇ったように青信号カードを出した。ペアを組んだプレイヤーは、相手の対角線上に座るから、順番は、井森、ぼく、舞ちゃん、博士ということになる。
ぼくは手札を見た。
「博士、使えそうな妨害カードがありません。今のうちに進んでしまいたいのですが」
「任せるよ」
ぼくは最高限度の距離カード、「200マイル」カードを出した。このカードは1000マイルを走るという意味ではかなり強力なカードだが、ひとつのペアに対して2枚までしか使えない。
舞ちゃんは冷静に100マイルカードを出した。
今のところの走行距離は、ぼくたちのチームが375マイル、井森と舞ちゃんのチームが250マイルというところだ。
博士はにやりと笑うと、舞ちゃんと井森のペアの青信号カードの上に、「赤信号」カードを重ねて置いた。青信号カードが出るまで井森たちは一歩も進めない。
と思ったら、舞ちゃんが変なカードを出した。消防車の写真が載っている。
「これは……」
「割り込んで使える、セイフティカードのひとつ、『緊急自動車』です。消防車ですから、信号も速度制限も無視できるんです」
このカードの存在は大きい。この手の割り込んで使える(クフレというが、耳慣れない言葉なので、割り込み、か、切り返し、でいいだろう)カードには、絶対パンクにならない「ノーパンクタイヤ」、絶対事故を起こさない「ドライビングエース」、絶対ガス欠にならない「タンクローリー」というものがあり、タイミングしだいでは爆笑を誘ってくれる。さすがにこんな強力なカード、山札の中にそれぞれ一枚しか存在しないが。
しかし「緊急自動車」は痛い。セイフティカードの中でも最強だろう。これを足止めするためには、次々と妨害カードを送り込むことくらいしかないからだ。
「やったぜ、舞ちゃん!」
井森はこぶしを固めた。
「で、またわたしの手番ですから、さらに100マイル進みます」
舞ちゃんは100マイルのカードを出した。舞ちゃんたちの進んだ距離は、350マイルになった。追いつかれそうである。
捻原さんはポーカーフェイスを作ったまま、25マイルのカードを出した。ゲーム中いちばん短い距離カードである。これでぼくたちは400マイル。
井森は200マイルのカードを出した。消防車が200マイルも出していいのか、と思ったが、これで井森と舞ちゃんのペアは550マイル。
たいへんまずい。
ぼくは、祈るような気持ちで妨害カードが来ることを願った。
来た! よし!
「はっはっは、井森くん、君たちの自動車はパンクだよ」
ぼくはパンクカードを出して足止めにかかった。
「へっへー。ノーパンクタイヤ履いているもんね!」
井森は生意気にも割り込みでノーパンクタイヤを出した。パンクカードは除去された。これからゲーム終了まで、井森たちの車はパンクの影響を受けない。くそっ、腹が立つ。
割り込みでアクションをしたから、また井森の手番だ。
「じゃ、お返し」
井森はぼくたちの組に「パンク」カードを出してきた。「ノーパンクタイヤ」は一枚しかないから、ぼくは「スペアタイヤ」を出してしのいだ。しかしこれだと、「青信号」が出るまでぼくたちは足止めを食ったままだ。
「博士、青信号あります?」
「わたしの顔色を見て判断してくれ」
その後も舞ちゃんと井森は着実にマイルを稼ぎ、ぼくたちに300マイル以上の差をつけて、ゴール寸前までたどり着いた。
「75マイル! これで975マイルだ。勝ったな!」
「うるさい。なでしこジャパンもどんな状況でもあきらめなかったから最後には勝ったんだぞ」
ぼくは悪態をつきながら100マイル進んだ。
舞ちゃんが、ぼくたちに赤信号カードを置いた。またストップか。
「井森さん、25マイルカード、お願いします」
井森はとんきょうな声を出した。
「え? 舞ちゃん持ってないの?」
沈黙。
ぼくと博士はたがいにうなずいた。
このゲームで、プレイヤーは1000マイルぴったり走らなければならない。オーバーするような距離カードは出すことができない。
ということは……。
ぼくたちにも勝つチャンスが十分にある!
その後の井森と舞ちゃんの貧乏神がついたかのようなカードの引きの悪さと、亀が進むようなのろのろしたスピードでぼくと博士がじわじわと追い上げていく過程は退屈だろうから省略する。
「はい、50マイル。これでぴったり1000マイルだ!」
ぼくは博士とがっちりと握手をした。
「納得できないぞ! もう一度やろう!」
井森が手持ちのカードを握ったまま叫んだ。
「聞いてなかったのか井森」
「え?」
「このゲーム、ポイント制で、何回かプレイして先に規定点数を超えたチームが勝つんだよ。さあいくぞ第二戦!」
「よし来い!」
「その間に飲み物持ってきます。皆さん、アイスカフェオレでいいですか?」
舞ちゃんが立ち上がった。
そうだった。ここは喫茶店だったんだ……。
結局、その日は、家に帰るまでにお腹ががぼがぼになるまでアイスコーヒーを飲み、シンクロナイズドスイミングの選手みたいにスパゲッティを食った。無論、ゲームをやりながらである。
井森はすっかりこのゲームが気に入ったようである。
ぼくがそうなんだから間違いない。
(この項おわり)
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~ Comment ~
NoTitle
あああ!そう、これです!
六角形のやつ。どこに行ったかなあ。
私もすごく弱いです^^;
あ!ありました、隣の部屋に。お騒がせしました。
ちなみに私は、すべてのゲームに弱い。先を読む力と、記憶力と、運がないんですね、きっと。
そのくせ、負けず嫌い。一番ダメなパターンです。
六角形のやつ。どこに行ったかなあ。
私もすごく弱いです^^;
あ!ありました、隣の部屋に。お騒がせしました。
ちなみに私は、すべてのゲームに弱い。先を読む力と、記憶力と、運がないんですね、きっと。
そのくせ、負けず嫌い。一番ダメなパターンです。
Re: limeさん
これかな?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%90%E3%83%AD%E3%83%B3_(%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0)
ちなみにわたしはこのゲームモノスゴク弱いです(^^;)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%90%E3%83%AD%E3%83%B3_(%E3%83%9C%E3%83%BC%E3%83%89%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%A0)
ちなみにわたしはこのゲームモノスゴク弱いです(^^;)
NoTitle
このゲームって、もしや、少し前に買ったあの高いカードゲーム??いや、でもすごろくげーむですよね、これは。
ところで、私の中で「アバロン」というキーワードがすごく浮き上がってるんですが、なんでしたっけ。
カードゲームじゃなくて、ボードゲームで「アバロン」っていうのがあって、10年以上前、すごくハマった記憶があるんですが、・・・思い出せない!
なんだったかな・・・・。
すいません、自分で思い出してみます。
ところで、私の中で「アバロン」というキーワードがすごく浮き上がってるんですが、なんでしたっけ。
カードゲームじゃなくて、ボードゲームで「アバロン」っていうのがあって、10年以上前、すごくハマった記憶があるんですが、・・・思い出せない!
なんだったかな・・・・。
すいません、自分で思い出してみます。
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Re: limeさん
そしてそのパターンが崩れると、なぜか負けている、という(笑)
アブストラクト(抽象的)ゲームは難しい。だからといって、アブストラクトでないゲームが強いかといわれるとうむむむですが(^^;)