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    「紅探偵事務所事件ファイル」
    雑記録ファイル

    昨日飲んだウーロン茶はマズい(変奏曲その3・ミステリ)

     ←昨日飲んだウーロン茶はマズい(変奏曲その2・ラブロマンス) →昨日飲んだウーロン茶はマズい(変奏曲その4・範子と文子の三十分的日常)
    「ヒマねえ」

     扇風機が静かに回るオフィスで、わたしの上司である私立探偵事務所の長、紅恵美はぼやいた。扇風機を使っているのは、このケチのうえに「ど」のつく娘が、クーラーを切ってしまったからにほかならない。

     わたしはこの暑い中、いらいらとしながら、この美人のうえに頭がずばぬけていいが、ケチでものわかりが悪く、しかも人をこき使う十九歳の娘に鬱憤を晴らす方法はないかと考えていた。

     あった。

     わたしは、ひとこといった。

    「昨日飲んだウーロン茶はマズい」

    「そうね……」

     紅恵美も、頭がもうろうとしていたらしく、わたしの問いに生返事を返したが、ふいに起き上がった。

    「なんですって? ウーロン茶?」

    「そうですよ。『昨日飲んだウーロン茶はマズい』。きちんとした日本語です」

    「竜崎……」

     紅恵美はわたしに挑戦的な視線を送った。

    「もしかして、あなた、ケメルマンの『あれ』をやろうというの?」

    「そうですよ。『九マイルは遠すぎる』をやろう、というんです。ヒマつぶしにはなるでしょ?」

     ここで、ミステリファンではないかたにちょっと説明しておこう。ハリイ・ケメルマンという作家に、『九マイルは遠すぎる』という短編ミステリがある。安楽椅子探偵ものではベストスリーに入ることは確実だろう。内容は、推論は理にかなっていても正確ではない、と主張する文学教授のニッキイ・ウェルトが、ごく単純な文章から、推論を重ねることによって、事実とは異なるが君が思いもしなかった結論を見出してみせよう、と豪語し、それに乗った、語り手の『私』が、『九マイルの道を歩くのは容易なことじゃない、ましてや雨の中となるとなおさらだ』という文章を持ち出して挑戦する、というものだ。ウェルト教授は推論に推論を重ねるのだが……事態は予想もしない方向に進むのである。めっぽう楽しいミステリである。

    「じゃあ、推論を始めるわよ。まず、この文章をいったものは、うんざりしているわね」

    「ウェルト教授と同じ手で来ましたか。でも、この場合はあてはまらないんじゃないですか?」

    「うんざりでもしていなければ、昨日飲んだウーロン茶がまずかっただなんてこぼしたりしないわよ。もっと楽しいことを考えるのが普通ね」

    「じゃ、それでいいでしょう。次は?」

    「推論の2。語り手は、自分が飲んだものがウーロン茶だと知っている」

    「自明ですね。でも、それがどうしたと?」

    「自明のことでも積み重ねていけばけっこう重要になるのよ」

    「次の推論は?」

    「推論その3。この人、グルメじゃないわね」

    「そんなこともないでしょう。グルメだってウーロン茶くらい飲みますよ」

    「この語り手は、自分が飲んだウーロン茶のことを根に持っているように感じられるわ。グルメだったら、出された茶が口に合わないなんて日常茶飯事でしょうから、とりたててしゃべることもないわね。もししゃべるとしても、『昨日どこどこで飲んだウーロン茶はマズい』というのが自然ね」

    「うーむ」

    「推論その4。この人、ウーロン茶自体は嫌いじゃないわ」

    「あくまでも、『昨日飲んだ』ウーロン茶はマズい、といっているからですか」

    「忘れてたけど、推論その5。この話者には、いっしょに話している人物がいる」

    「まあそれはそうでしょうな」

    「それから……」

     調子よく続けていた紅恵美の声が、ふと小さくなった。

    「もしかしたら、あたし、思い違いをしていたかもしれないわ」

    「思い違い?」

    「そう。『昨日飲んだウーロン茶はマズい』、これを、あたしたちは、なんの疑いもなく、『ウーロン茶の味』についての感想だと思っていた。しかし、もし、仮に、『昨日ウーロン茶を飲んだ行為』自体が、まずいことだ、というのだったら?」

    「そんなわけないでしょう。いくら推論ゲームだって」

    「ウーロン茶は、ウイスキーと色がそっくりよね」

    「所長……?」

    「誰か、どうしても死んでもらいたい人間がいて、ウイスキーに毒薬を入れたやつがいるとしましょう。ウイスキーのウーロン割りでもいいわ。そんな中、利害を共通にしているものの、ゲームの駒みたいな人が、計画を知らずに、ウーロン茶を注文したとしたら?」

     わたしにはついていけない思考だった。

    「その語り手にとっては、その場でウーロン茶を注文する人間がいることは計算外だった。間違えてグラスを反対にされたら、計画自体が崩れてしまう」

    「でも、それって、おかしくないですか? そんな、人目につく状態のところで、毒薬なんか飲ませたら大騒ぎに……」

    「竜崎。遅効性の毒薬というのも、世の中には存在しているのよ」

     わたしは首を振った。

    「あのですね、所長、これはそもそも、いま冷蔵庫に入れている、ウーロン茶のペットボトルが、あまりうまくなかったんで、即興で作り出した文句ですよ」

    「即興で作り出したんじゃないわね」

     紅恵美は断言した。

    「即興で作ったら、このように、『誰かに話しかけている文章』にはならないわ。そういえば、おととい、竜崎、あたしといっしょに、あたしの家のパーティーに呼ばれてたわよね。あなた、徹夜したみたいだけど、思い出して。そのとき、誰がその言葉をしゃべったか。兄にも電話しないと。うちのパーティーで、ウーロン茶を頼むような人間はそう多くはいないはず……」

     あの小説の、名探偵ウェルト教授のごとく、紅恵美の推論は当を得ていた。殺されかかったのは、地方から出てきた二流の土建屋の社長だった。解毒剤の注射により、危ないところで社長は一命を取りとめた。わたしは、あの日、徹夜でポーカーテーブルを囲んでいた人間二人の顔を、社長の関係者の写真から容易に見出せたのだった。

     これにより、わが紅探偵事務所は、紅グループ関連の人間の間で高い評価を得ることになった。もはや金持ちの娘の道楽ではない、と、皆が認めたのだ。

     それはいいのだが……。

     このペットボトルのウーロン茶、ものすごくまずいのだが、これ全部、わたしが飲まなくてはいけないのだろうか……。
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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    ミステリはネタがなかなか思いつかないです。

    それ以前に、トリックを明らかにするための「ロジック」を書く才能が完全に欠如していて。

    易きに流れて深見剛助ものばかり増える(^_^;)

    追い詰められているのかわたし(^_^;)

    NoTitle

    こちらを拝見しています。
    いろいろ、よくトリック思いつくなー! と感心しました。
    ミステリーは読むのは大好きなんですが、書くとなると全く別物です;;
    「九マイルは遠すぎる」前から気になってた本ですが、すごく読みたくなってきました!
    そしてマズいウーロン茶は本当にマズい(^_^;)
    ある意味真理ですね、これは。

    Re: fateさん

    わたしも復活させたいんだけど、いちおうミステリの登場人物だから、短編だったらトリックとかどんでん返しとかを考えるのがたいへんで、長編だったら小道具とか舞台とか敵とか設定するのがたいへんで……(^^;)

    毎回毎回書きかけては破ってますとほほ(^^;)

    う~わ~…

    頭の良い人の会話にはついていけない…。
    fateもきっと置いて行かれます。
    limeさんと一緒に隅っこで傍観いたします(^^;
    そして、遂にはこちらはこちらで別の話題に花が咲き、益々訳が分からなくなっていく~♪

    こういう頭脳ゲーム的なもの、すごく好きです。
    書けないけど、読むのは大好きです!

    このお二人のシリーズ、復活しないのかな~

    Re: ぴゆうさん

    わかるような気がします。

    わたしも、長編を書き終えようとするころは身体ががたがたになったような気分ですもん。

    そういうときはショートショートとかおバカ企画で気分を切り替えるんですけどね。

    ぴゆうさん真面目なかたですからよりいろんなものを背負ってしまうんでしょう。

    たぶん次のコンテストがあると思うので、そのときにご参加いただければ、と思います。

    NoTitle

    さっそく投票したじょーー
    長丁場だけど頑張っておくれ。

    わたしは参加しなかった。
    なんでかな?
    やっぱ疲れているんだな・・・

    Re: limeさん

    ありがとうございます。どこまで切り結べるかがんばります。

    NoTitle

    はじまりましたね。
    スタートダッシュで。ポチしてきました^^

    Re: limeさん

    まあ、体重に気を使いでもしないかぎり、わたしもあまり飲みませんでしたけどねウーロン茶。

    今ではハマっている……というより、「なにか間食するかわり」に飲んでいます。

    アサヒがうまいそうなんですが、見たことありませんねえ。うむむ(^^;)

    Re: ミズマ。さん

    シェヘラザード先生はライブでぶっつづけで1001夜やったそうですから、とうていわたしごときのかなうところではありません。いろいろと休んじゃったりダジャレで逃げたりしたこともあったもんな(^^;)

    怒りというかショックですね。どうやら中国のメーカーが作ったものらしいですけど、うむむむむ(^^;) あれほどドリンクを飲んで衝撃を受けたのは、十年以上昔どこかのメーカーが出していた「栗ドリンク」くらいです。友人が「飲むマロングラッセ」と絶妙なことをいってました(笑)

    明日スーパーに行ったらまた探してみます(笑)

    NoTitle

    頭の回転のスローな私は、この推論大会に参加したら、すぐに置いて行かれそうなかんじです^^;
    私にすぐ理解できるのは、ウミガメのスープレベルかな?

    ウーロン茶、もともとあまり好きではないんですが、もっと飲まなくなりそう・・・。

    記事総数1001、おめでとうございます!

    1001達成おめでとうございます!
    私はアラビアン・ナイトが今すごい読みたいです!←

    ウーロン茶がすごい不味かった、という怒り(かな?)で短編何作も書いて、切り口がダブらないのがすごいなぁ。
    次の話も楽しみにしておりますね。

    そしてそんなに不味いと連呼されると、……飲んでみたくなります、そのウーロン茶。

    Re: 土屋マルさん

    わたしはスーパーで500ミリペットボトルを一本買って飲んだだけですが、その強烈さは脳天を直撃しました(笑)

    で、これはたくさん買いこんで、コミケに持っていって悪友たちへのおみやげにしなくてはならん、と、次にそのスーパーに行ったときにその銘柄を探したら、影も形もどこにもなかった、という(^^;)

    どうもわずか三日のうちに駆逐されてしまったらしいです。

    うーむ、ほっとしたような残念なような……(笑)

    Re: 矢端想さん

    たぶん考えておられるとおりで合っていると思います(笑)

    たぶんカブっていると思います(笑)

    今日は英気を養うために寝るか……というときに限っていろいろと(^^;)

    NoTitle

    あれあれあれ、という間に話が転んで、しっかり収まるところに収まったにもかかわらず、結局「わたし」が一番気にするのは「あのウーロン茶がマズい」ことなのが面白かったですwww
    どんだけマズかったんだよと‥‥トップバリュ68円でもスモーキーなフレーバーはしないだろうと、そう考えるだに、きっと見たこともないメーカーのものだったのでしょう。
    そういうものを箱買いするのは、いかがなものか?

    過日、私の後輩が職場に、新発売の日清のカップヌードルごはんを持ってきていて、やはり母上が箱買いしたのだそうです。
    しかめっ面で食べてましたwww
    何というか、新製品を箱買いとはチャレンジャーだなあ、と思う訳ですよwww
    駄目ですよ、特に祝杯用なら、多少高くても黒烏龍にすべきですよ。
    あれは美味いですwww

    それから、1000記事突破、おめでとうございます!
    ますますのご発展を願って‥‥。

    NoTitle

    > ブログの記事数がついに1001

    おめでとうございます!ドンドンパフパフ~
    待ってましたとばかりにロクでもないお祝いを差し上げましょう!(←嫌がらせ?)
    でも万一明日のネタとカブるといけないのでちょっと置いときます。

    ついにラスト「第四変奏曲」、楽しみ!
    最後はなんだろう。ウーロン茶は基本的に舞台が現代日本になりますね。残るジャンルはやっぱり・・・

    Re: 矢端想さん

    三作も書くともうこのタイトルいいやという気分になってくる(^^;)

    飽きっぽいというか純粋にもうネタがない(笑)

    明日は第四変奏曲を書かねばならん。

    ぱーっとやって終わらせるか!(笑)

    ちなみに、小説のほかに雑文お知らせ替え歌その他もろもろ全部入れて、ブログの記事数がついに1001になりました。

    やりましたぜシェヘラザード大先輩ッ!

    祝杯のために黒烏龍茶買っとくんだった(^^;)

    NoTitle

    「昨日飲んだウーロン茶はマズい」
    引っかかるのは「昨日」という時制でありながら、なぜ「マズかった」ではなく「マズい」なのか。日本語ではアリだが、やはりあまりこういう言い方はしない。
    可能性として、語り手が指しているのが本人が飲んだウーロン茶そのものではなく、特定の銘柄や店などでのその商品を指す場合。つまり「(昨日自分も飲んだ)○○社のウーロン茶はマズい」など。今回名前を出さずに相手に語っているのだから、「昨日飲んだ」だけで通じる・・・つまり語り手が昨日ウーロン茶を飲んだ時相手も一緒だったことがわかる。わざわざ喫茶店でウーロン茶を頼む人はなく、飲んだ場所は居酒屋であり、酒が飲めないのに付き合いで来ている人だ。そこから、この二人が酒飲みの友人を連れ出して酩酊させ、殺害した事実が見えてくる。どこでも大差ないウーロン茶の味をことさらマズく感じて、特にそれを印象深く覚えているなど、このような極限的なシチュエーションしかありえないからだ。そして犯人というものは必ず現場に戻って来る。そしてこのセリフを言わせる状況・・・。そうだ!彼らはまさに今、その店で飲み物を注文しようとしている!現場に急げ!ウーロン茶以外のソフトドリンクを頼む奴らを押さえろ!奴らは殺人を犯しているぞ・・・
    * * *
    「九マイルは遠すぎる」・・・以前新聞の書評かなんかで見て面白そうなので本屋で立ち読み(オイ)しましたが、なんか僕が期待していたようなのではなくてガッカリな印象の強い作品です。(←勝手な形で期待する方が悪い)
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