「範子と文子の驚異の高校生活(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)」
範子と文子の三十分的日常(ギャグ掌編小説・完結)
昨日飲んだウーロン茶はマズい(変奏曲その4・範子と文子の三十分的日常)
範子と文子の三十分的日常/七月・ウーロン茶がまずかった日
「暑いなあ……」
文子は冷蔵庫の扉を開けた。
「あ、文子、そこにあるウーロン茶、飲まないほうがいいぞ」
運動のあとでシャワーを浴びてきたらしく、軽装のうえにスポーツタオルを首にかけ、ショートの髪の毛に水滴をつけている駒子が、文子の後ろに来ていった。
「飲んだの、駒子ちゃん?」
「ああ。眠れなくてゆうべ飲んだんだけど、もうまずいのなんのって。それには手を出さないほうが無難だな。誰だよこんなの買ってきたの」
「それなんだけどさ」
文子はペットボトルの横に書いてある、「名前」を指さした。
そこには、しっかりした字で、「しの」と書いてあった。
「げーっ! あの拳法娘のか! うわあ……これは、『やっちゃった』かなあ……」
「『やっちゃった』みたいだよ、駒子ちゃん」
文子は震える指で駒子の背後を指差した。
「え?」
駒子が振り向くと、ジョン・スミス大佐の人形を抱きしめた宇奈月忍子が、身体をわななかせながら立っていた。
忍子は英語でなにかいった。駒子には聞き取れなかった。
「文子、通訳して」
文子も顔を蒼白にさせていた。
「駒子ちゃん、それ、ウーロン茶じゃないみたいだよ。なんでも、拳法の修行のために飲んでいる、怪しげな漢方薬みたい。ある程度修行を積んだ人間には、筋肉増強に効果があるけれど、特殊な修行を積んでいないと、どんな副作用があるかわからないって……」
「よくできたね、文子!」
忍子は、はっきりした日本語でそういった。
「なんだよ、日本語できるのかよ、忍子ちゃん」
駒子がぶつぶついった。
「でも、文子が通訳したこと、ほんとうだよ。薬草から煎じた、禁止薬物がかなり入ってる。武術にはドーピング検査なんてものはないけど、日本や世界のスポーツ大会では、完全にひっかかるよ」
「駒子ちゃん、次の体育大学の試験、いつだっけ。実技試験があるんでしょう?」
駒子の顔がさっと蒼ざめた。
「あさって……すべり止めに、肩慣らしと思って受けるつもりだけど、もしそこでドーピングなんてことになったら……」
「体育大学どころじゃなくなるかも」
「忍子ちゃん、なんとかその薬物をあさってまでに抜く方法はないの?」
「わたしが知ってるのは、武術の修行をすることで新陳代謝をよくして排出する方法だけだけど……」
「教えて!」
「わかった。じゃ、駒子、わたしと同じように歩いて」
「へ? 歩く?」
忍子はうなずいた。
「立ち、座り、歩くことが修行の第一段階だよ。正確にわたしと同じやりかたで立って座って歩くことが、修行だよ」
「よくわからないけど……文子ぉ」
「つきあうよ、つきあうよ、駒子ちゃん!」
かくして、二人は、忍子の指導のもと、「修行」を開始した。ひたすら、歩く。何の目的もなく、ただ歩く。ほんとうにこんなのが武術の修行なのか? むしろ、日本舞踊とかそっちの修行じゃないのか? 疑念に思う二人だった。
何時間も何時間も、日の暮れるまで歩いて歩いて歩いて、いいかげん、もう嫌、という状況になったとき……。
段ボール箱を抱えた範子が帰ってきた。
「ただいま。ところで、みんな、なにをやってるの?」
「毒抜きのための武術の修行……」
神経を使って歩いていたため、歩きつかれたのか、息も絶え絶えな声で答えた文子は、範子が抱えた段ボール箱に書かれている商品名を見た。
それは、昨日、駒子が飲んだといっていたウーロン茶と同じだった。
「範ちゃん、それ、なに?」
どさっと段ボール箱を下ろした範子は、なんでもないようにいった。
「うちの会社の食品営業部が作った、ウーロン茶の新商品よ。わたしはちっともおいしくないと思うんだけど、しのが飲んだら病みつきになっちゃったみたいでねえ」
駒子がへたり込んだのはいうまでもない。
それから一ヵ月後のことになるが、文子は自分を弟子にしてくれるよう忍子を追い掛け回している駒子を見ることになる。
なんでも、実技試験とは剣道の試験だったらしく、駒子は「足の運び」を評価され、もし入学してくれたら特待生待遇で迎える、といわれたらしいのだ。
人生万事塞翁が馬。
「暑いなあ……」
文子は冷蔵庫の扉を開けた。
「あ、文子、そこにあるウーロン茶、飲まないほうがいいぞ」
運動のあとでシャワーを浴びてきたらしく、軽装のうえにスポーツタオルを首にかけ、ショートの髪の毛に水滴をつけている駒子が、文子の後ろに来ていった。
「飲んだの、駒子ちゃん?」
「ああ。眠れなくてゆうべ飲んだんだけど、もうまずいのなんのって。それには手を出さないほうが無難だな。誰だよこんなの買ってきたの」
「それなんだけどさ」
文子はペットボトルの横に書いてある、「名前」を指さした。
そこには、しっかりした字で、「しの」と書いてあった。
「げーっ! あの拳法娘のか! うわあ……これは、『やっちゃった』かなあ……」
「『やっちゃった』みたいだよ、駒子ちゃん」
文子は震える指で駒子の背後を指差した。
「え?」
駒子が振り向くと、ジョン・スミス大佐の人形を抱きしめた宇奈月忍子が、身体をわななかせながら立っていた。
忍子は英語でなにかいった。駒子には聞き取れなかった。
「文子、通訳して」
文子も顔を蒼白にさせていた。
「駒子ちゃん、それ、ウーロン茶じゃないみたいだよ。なんでも、拳法の修行のために飲んでいる、怪しげな漢方薬みたい。ある程度修行を積んだ人間には、筋肉増強に効果があるけれど、特殊な修行を積んでいないと、どんな副作用があるかわからないって……」
「よくできたね、文子!」
忍子は、はっきりした日本語でそういった。
「なんだよ、日本語できるのかよ、忍子ちゃん」
駒子がぶつぶついった。
「でも、文子が通訳したこと、ほんとうだよ。薬草から煎じた、禁止薬物がかなり入ってる。武術にはドーピング検査なんてものはないけど、日本や世界のスポーツ大会では、完全にひっかかるよ」
「駒子ちゃん、次の体育大学の試験、いつだっけ。実技試験があるんでしょう?」
駒子の顔がさっと蒼ざめた。
「あさって……すべり止めに、肩慣らしと思って受けるつもりだけど、もしそこでドーピングなんてことになったら……」
「体育大学どころじゃなくなるかも」
「忍子ちゃん、なんとかその薬物をあさってまでに抜く方法はないの?」
「わたしが知ってるのは、武術の修行をすることで新陳代謝をよくして排出する方法だけだけど……」
「教えて!」
「わかった。じゃ、駒子、わたしと同じように歩いて」
「へ? 歩く?」
忍子はうなずいた。
「立ち、座り、歩くことが修行の第一段階だよ。正確にわたしと同じやりかたで立って座って歩くことが、修行だよ」
「よくわからないけど……文子ぉ」
「つきあうよ、つきあうよ、駒子ちゃん!」
かくして、二人は、忍子の指導のもと、「修行」を開始した。ひたすら、歩く。何の目的もなく、ただ歩く。ほんとうにこんなのが武術の修行なのか? むしろ、日本舞踊とかそっちの修行じゃないのか? 疑念に思う二人だった。
何時間も何時間も、日の暮れるまで歩いて歩いて歩いて、いいかげん、もう嫌、という状況になったとき……。
段ボール箱を抱えた範子が帰ってきた。
「ただいま。ところで、みんな、なにをやってるの?」
「毒抜きのための武術の修行……」
神経を使って歩いていたため、歩きつかれたのか、息も絶え絶えな声で答えた文子は、範子が抱えた段ボール箱に書かれている商品名を見た。
それは、昨日、駒子が飲んだといっていたウーロン茶と同じだった。
「範ちゃん、それ、なに?」
どさっと段ボール箱を下ろした範子は、なんでもないようにいった。
「うちの会社の食品営業部が作った、ウーロン茶の新商品よ。わたしはちっともおいしくないと思うんだけど、しのが飲んだら病みつきになっちゃったみたいでねえ」
駒子がへたり込んだのはいうまでもない。
それから一ヵ月後のことになるが、文子は自分を弟子にしてくれるよう忍子を追い掛け回している駒子を見ることになる。
なんでも、実技試験とは剣道の試験だったらしく、駒子は「足の運び」を評価され、もし入学してくれたら特待生待遇で迎える、といわれたらしいのだ。
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やっぱりラストは「範文」であったか!
全部単発ストーリーだと勝手に思い込んでたけど紅恵美さんが出てきたので、もしやと思いました。「範子文子・七月編」ギリギリブチ込みましたね。
とりあえず1000記事突破の「微妙な」お祝いをお送りすることにいたします。
全部単発ストーリーだと勝手に思い込んでたけど紅恵美さんが出てきたので、もしやと思いました。「範子文子・七月編」ギリギリブチ込みましたね。
とりあえず1000記事突破の「微妙な」お祝いをお送りすることにいたします。
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Re: 矢端想さん
少なくとも、月一度こいつらを出すと決めた以上、話が終わるまでは毎月一度は出てもらいます。
わたしはある意味登場人物使いが荒いのだ。わははは。
「微妙な」お祝いって、なんだろう……??