「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
探偵エドさん(童話掌編シリーズ・完結)
エドさん探偵物語:29 パズル
パズル
エドさんは難しい顔で、目の前の、複雑に絡み合った組み木を見つめていました。
遊んでいるわけではありません。これを解いてくれ、というのが依頼なのです。
どうしてそんなことを探偵なんかに、と思うエドさんでしたが、まあ、依頼人はみんな風変わりだし、私立探偵を便利屋みたいに思っている人も少なくはないということでしょう。それに、エドさんも、骨董品や、昔の道具などが大好きです。実をいえば、エドさんは、この年代と風格を感じさせる組み木が、すっかり気に入っていたのでした。
しかし、難しい組み木でした。どこをどうすれば解けるのか、まったくわかりません。一時間、汗みずくで格闘して、一箇所、ほんのわずかに外せそうな隙間ができた、と思ったら、ただの気のせいだったりするのです。
謎めいた依頼人はいいました。
「これを外すか、外せる人を探してもらいたいのです。成功したら、多額の報酬を払いましょう」
三日三晩の格闘の末、ついにエドさんは自分で解くのをあきらめ、人を探すことにしました。
まず、エドさんは、今は大学で教授をやっている、高校時代の友人を訪ねました。専門はトポロジー、位相幾何学だそうです。
旧友との再会を喜んだその教授は、エドさんが持ち出した組み木を面白そうにいじっていましたが、やがて厳しい顔になりました。
「エド、君、これをどこで手に入れたんだ」
「いや、これは依頼人からの預かりものだよ。わたしのものじゃない」
「その依頼人はただの依頼人じゃないな。この組み木、ただの組み木じゃない。木が、クライン的に捻じ曲がってつながっている」
「なんだい、そのクラインって」
「紙のテープを、ねじってから端をくっつけ、輪にすると、裏も表もない平面ができるのは知ってるだろ。メビウスの輪というやつだ。それの三次元版が、クラインの壺だ。この組み木には、表も裏も、というか、外部も内部もない。ぼくの手に負える代物じゃない。こんなものは、地球上の技術で作れるわけがないものなんだ。ぼくはもう、今晩は眠れそうにない。君がそれを持って帰ってくれないと、ぼくは君を襲ってその組み木を奪い取りたい、という気分になってくるんだ!」
真顔で語る友人の迫力に負け、エドさんは、組み木を抱えて大学を後にしました。
「どうしよう」
エドさんは悩み、これはひとつ、教会へ持っていって、アドバイスをもらうことにしました。エドさん自身はあまりぱっとしない宗派の、それほど熱心でもない信徒でしたが、苦しいときの神頼みという言葉もあります。
教会では、たまたま、中央の教会から、大司教が儀式を行うために訪れていました。
そんなことも露知らず、のこのことエドさんが教会に入っていくと、大司教の顔色がさっと変わり、そのままエドさんに向かって平伏しました。
「え? ……あの、その」
混乱するエドさんや周りのものたちに聞こえるように、大司教はいいました。
「おお、善なるか悪なるかはわかりませんが、偉大なる力を感じます。拙僧はその力あるものにこうして出会えたことを感謝します」
教会にいたみんながひれ伏したので、エドさんは泡を食って逃げ出しました。
公園のベンチまで走ってくると、エドさんは息を切らせて座りこみました。
「いったいこれはなんなんだ!」
エドさんが頭を抱えていると、泣きじゃくっている赤ん坊を抱いた若い女性が、エドさんの隣に来ました。
「横、いいですか?」
「ええ、いいですよ」
それにしてもよく泣く赤ん坊です。エドさんはたまりかね、組み木を渡しました。
「これで泣きやむといいんですがね」
赤ん坊は、きゃっきゃっといいながら組み木をいじっていました。すると組み木は、ばらりとほどけ、無数の木切れになりました。
「解き手をよく見つけてくださいました!」
エドさんの後方から、あの謎めいた依頼人が姿を現しました。
「解き手……」
「エドさん、報酬をお支払いしましょう。この子こそ、『力ある解き手』なのですから」
エドさんは、大金が書かれた小切手を渡されて呆然とするだけでした。
事件が終わった今、エドさんは、なんとなくどきどきするものを感じています。あの子が成長したとき、その力で、いったいなにをするつもりなのでしょうか。世界はどうなるのでしょうか。そしてその変化は、もうすでに始まっているかもしれないのです……。
エドさんは難しい顔で、目の前の、複雑に絡み合った組み木を見つめていました。
遊んでいるわけではありません。これを解いてくれ、というのが依頼なのです。
どうしてそんなことを探偵なんかに、と思うエドさんでしたが、まあ、依頼人はみんな風変わりだし、私立探偵を便利屋みたいに思っている人も少なくはないということでしょう。それに、エドさんも、骨董品や、昔の道具などが大好きです。実をいえば、エドさんは、この年代と風格を感じさせる組み木が、すっかり気に入っていたのでした。
しかし、難しい組み木でした。どこをどうすれば解けるのか、まったくわかりません。一時間、汗みずくで格闘して、一箇所、ほんのわずかに外せそうな隙間ができた、と思ったら、ただの気のせいだったりするのです。
謎めいた依頼人はいいました。
「これを外すか、外せる人を探してもらいたいのです。成功したら、多額の報酬を払いましょう」
三日三晩の格闘の末、ついにエドさんは自分で解くのをあきらめ、人を探すことにしました。
まず、エドさんは、今は大学で教授をやっている、高校時代の友人を訪ねました。専門はトポロジー、位相幾何学だそうです。
旧友との再会を喜んだその教授は、エドさんが持ち出した組み木を面白そうにいじっていましたが、やがて厳しい顔になりました。
「エド、君、これをどこで手に入れたんだ」
「いや、これは依頼人からの預かりものだよ。わたしのものじゃない」
「その依頼人はただの依頼人じゃないな。この組み木、ただの組み木じゃない。木が、クライン的に捻じ曲がってつながっている」
「なんだい、そのクラインって」
「紙のテープを、ねじってから端をくっつけ、輪にすると、裏も表もない平面ができるのは知ってるだろ。メビウスの輪というやつだ。それの三次元版が、クラインの壺だ。この組み木には、表も裏も、というか、外部も内部もない。ぼくの手に負える代物じゃない。こんなものは、地球上の技術で作れるわけがないものなんだ。ぼくはもう、今晩は眠れそうにない。君がそれを持って帰ってくれないと、ぼくは君を襲ってその組み木を奪い取りたい、という気分になってくるんだ!」
真顔で語る友人の迫力に負け、エドさんは、組み木を抱えて大学を後にしました。
「どうしよう」
エドさんは悩み、これはひとつ、教会へ持っていって、アドバイスをもらうことにしました。エドさん自身はあまりぱっとしない宗派の、それほど熱心でもない信徒でしたが、苦しいときの神頼みという言葉もあります。
教会では、たまたま、中央の教会から、大司教が儀式を行うために訪れていました。
そんなことも露知らず、のこのことエドさんが教会に入っていくと、大司教の顔色がさっと変わり、そのままエドさんに向かって平伏しました。
「え? ……あの、その」
混乱するエドさんや周りのものたちに聞こえるように、大司教はいいました。
「おお、善なるか悪なるかはわかりませんが、偉大なる力を感じます。拙僧はその力あるものにこうして出会えたことを感謝します」
教会にいたみんながひれ伏したので、エドさんは泡を食って逃げ出しました。
公園のベンチまで走ってくると、エドさんは息を切らせて座りこみました。
「いったいこれはなんなんだ!」
エドさんが頭を抱えていると、泣きじゃくっている赤ん坊を抱いた若い女性が、エドさんの隣に来ました。
「横、いいですか?」
「ええ、いいですよ」
それにしてもよく泣く赤ん坊です。エドさんはたまりかね、組み木を渡しました。
「これで泣きやむといいんですがね」
赤ん坊は、きゃっきゃっといいながら組み木をいじっていました。すると組み木は、ばらりとほどけ、無数の木切れになりました。
「解き手をよく見つけてくださいました!」
エドさんの後方から、あの謎めいた依頼人が姿を現しました。
「解き手……」
「エドさん、報酬をお支払いしましょう。この子こそ、『力ある解き手』なのですから」
エドさんは、大金が書かれた小切手を渡されて呆然とするだけでした。
事件が終わった今、エドさんは、なんとなくどきどきするものを感じています。あの子が成長したとき、その力で、いったいなにをするつもりなのでしょうか。世界はどうなるのでしょうか。そしてその変化は、もうすでに始まっているかもしれないのです……。
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シミュレーションゲームファン
↑なるほど~
は、良いとして。
エドさんがマトモに報酬をもらうシーンを初めて目にしたきがするのですが、気のせいでしょうか。
良かったっすね、大金が手に入って!!!
子どもなんて育て方次第っすよ。
そのお母さんがマトモに育ててくれれば、救世主が誕生するかもね~~
(無責任!(--;)
は、良いとして。
エドさんがマトモに報酬をもらうシーンを初めて目にしたきがするのですが、気のせいでしょうか。
良かったっすね、大金が手に入って!!!
子どもなんて育て方次第っすよ。
そのお母さんがマトモに育ててくれれば、救世主が誕生するかもね~~
(無責任!(--;)
Re: YUKAさん
これはちょっと結末を投げてしまいました(^^;)
でも本式に続きを書くとしたら、単行本10冊くらいの大長編になるだろうからなあ。
クラインの壺の出てくる小説で忘れられないのが、筒井康隆先生の「便はどこへいった」……あはは(^^;)
でも本式に続きを書くとしたら、単行本10冊くらいの大長編になるだろうからなあ。
クラインの壺の出てくる小説で忘れられないのが、筒井康隆先生の「便はどこへいった」……あはは(^^;)
こんばんは♪
クラインの壺――おもしろい^^
神か悪魔か。
余韻と謎を残したままの終わり方、私は好きです^^
続きが読みたい衝動にも駆られますが
謎は謎のままがいいのでしょうね^^
神か悪魔か。
余韻と謎を残したままの終わり方、私は好きです^^
続きが読みたい衝動にも駆られますが
謎は謎のままがいいのでしょうね^^
Re: 有村司さん
別に救世主と決まったわけでも(^^;)
神か悪魔かわからんじゃないですかこの子。
単に力を持っているだけで(^^;)
それに、力が発動するのも、五分後か三日後か百万年後か……(笑)
神か悪魔かわからんじゃないですかこの子。
単に力を持っているだけで(^^;)
それに、力が発動するのも、五分後か三日後か百万年後か……(笑)
おおう…!
こういうの…というと失礼ですが、「救世主降臨序章」のようなお話って、よく見受けますよね(お前の読むものが偏っているとは言わないで下さい(苦笑))で、大概どう見ても挫折するか、完結しても小っちゃく纏まってる…。
それを考えると、このお話は大成功しているように思えるのですが?苦し紛れ?イヤイヤ、そんな風には見えません…!
それを考えると、このお話は大成功しているように思えるのですが?苦し紛れ?イヤイヤ、そんな風には見えません…!
- #5760 有村司
- URL
- 2011.11/16 13:05
- ▲EntryTop
Re: 矢端想さん
もうネタがなくなって苦しまぎれに書いているだけです。
ある意味、「世界の激動に関与できない人間」を主人公にしたセカイ系というやつ?(笑)
ちなみにアイデアのもとは筒井康隆先生の「熊の木本線」と、アレキサンダー大王の「ゴルディアスの結び目」の伝説。
ある意味、「世界の激動に関与できない人間」を主人公にしたセカイ系というやつ?(笑)
ちなみにアイデアのもとは筒井康隆先生の「熊の木本線」と、アレキサンダー大王の「ゴルディアスの結び目」の伝説。
NoTitle
謎をまき散らしたまま終わってしまったこのお話は一体なんだ・・・?
もしかしてとてつもない物語のプロローグ?
もしかしてとてつもない物語のプロローグ?
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Re: fateさん
その子供は、神の使者か悪魔のしもべか……それとも二十歳過ぎればタダの人か(笑)