「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
探偵エドさん(童話掌編シリーズ・完結)
エドさん探偵物語:35 画聖最後の名画
画聖最後の名画
「絵を見つけてほしい?」
小さな町で私立探偵を営むエドさんは、目の前の気弱そうな青年が差し出した名刺を受け取り、ためつすがめつしました。そこには、超一流企業の名前が書いてあるのでした。
「こういっちゃなんですけど、それは、わたしみたいな零細の私立探偵より、もっと大手の探偵社に頼んだほうが……」
青年は、力なく笑いました。
「うちの会長が、神がかりで……教会に籠もって九十九日、啓示を受けてこれこれここの探偵に頼めば絵は見つかる、と」
「あなたもたいへんですねえ……」
エドさんは、この、どう考えても雑用を押しつけられた青年に同情しました。
「それで、その絵というのは?」
「画聖と呼ばれた、アルモンテ・アルモンテ二世が最後に遺したといわれる作品です。本人が書いた目録には確かに載っているのですが、誰も見たものがいない、という……」
「そんなものをどうやって探すんですか!」
「それはわたくしが聞きたいですよ。でも、会長の命令は絶対なんです」
「で、会長はほかになんと?」
「見つけたところで手には入らない、と啓示は伝えていたそうですが、会長は、いざとなったら、金ならいくらでも出すと……」
「あなたもたいへんですねえ」
「いえ。あなたこそ。もしこの依頼を断ったりしたら、たぶんあなたは、とんでもない目に遭いますよ。わたくし以上に」
ふたりは、ため息をつきました。
とりあえず、エドさんは、画聖が最後に過ごしていた山頂近くのアトリエの近くから調べることにしました。アトリエは当時そのままに博物館になっていました。幻の絵を探すとあって、エドさんよりも同行の、栗色の髪の女性芸術家のほうがはしゃいでいました。
「どこで聞いたんだい」
エドさんはぼやきました。
「会長、ぺらぺらとあちこちにしゃべっているみたいよ。神の啓示を受け、天が遣わした私立探偵が画聖の遺した名画を見つけるであろう、って」
「それだからわたくしも困って困って」
青年は頭を抱えました。
「会長がおかしくなった、などと噂が流れて株価が急落……このままではうちの会社は」
暗くなった場を明るくするように、女性芸術家はいいました。
「で、どこから探すの?」
「アトリエかなあ。みんな探しつくしただろうけどね……」
その通りでした。エドさんたちは、会社が用意したX線だとか超音波だとか、わけのわからない装置をわけのわからないままに駆使してアトリエを調査しましたが、なにもわかりませんでした。
「人間、できることとできないことが……」
夕暮れになり、疲れきったエドさんが、ぼんやりと窓から外を見たときです。
「ちょっと! このアトリエは、誰が設計したんです!」
「画聖本人ですよ」
「ねえ、なにが見えたの?」
二人はぞろぞろとエドさんの立ち尽くす窓に近づいてきました。
「見てくれ、ここの風景と、このアトリエの影が作り出す形を……今日のこの時間しか、浮かび上がらない形なんだろうが、これは……わたしは見たことがない……」
「女性のシルエットね! 過去に描かれたどんなビーナスよりも、大胆にしてかつ洗練されてるわ! こんなもの初めてよ……」
「か、カメラ! カメラ!」
青年社員が、急いで鞄からカメラを取り出して、シャッターを切ろうとしたとき……。
「それで、画聖最後の名画は幻になってしまったというわけか」
車椅子に座った老会長は、ベッドに横たわる、包帯とギプス姿も痛々しい三人に、悲痛な声でいいました。
「いくらあのアトリエが頑丈でも、地すべりには勝てませんよ。地形が変わるほどだったんですから。救助隊に、その程度の怪我で済んだだけで奇跡だっていわれましたよ」
「うちの病院で療養してほしい。入院費は全額わたしが持とう。ところで、そこのきみ」
「はい?」
女性芸術家がびっくりした声を上げました。
「あのシルエットを見たんだろう? それをもとに絵を描いてくれないか。謝礼は……」
「転んでもただでは起きない人なんだね」
「だから会社を興せたんです」
エドさんと青年は顔を見合わせ、苦い笑みを浮かべるのでした。
「絵を見つけてほしい?」
小さな町で私立探偵を営むエドさんは、目の前の気弱そうな青年が差し出した名刺を受け取り、ためつすがめつしました。そこには、超一流企業の名前が書いてあるのでした。
「こういっちゃなんですけど、それは、わたしみたいな零細の私立探偵より、もっと大手の探偵社に頼んだほうが……」
青年は、力なく笑いました。
「うちの会長が、神がかりで……教会に籠もって九十九日、啓示を受けてこれこれここの探偵に頼めば絵は見つかる、と」
「あなたもたいへんですねえ……」
エドさんは、この、どう考えても雑用を押しつけられた青年に同情しました。
「それで、その絵というのは?」
「画聖と呼ばれた、アルモンテ・アルモンテ二世が最後に遺したといわれる作品です。本人が書いた目録には確かに載っているのですが、誰も見たものがいない、という……」
「そんなものをどうやって探すんですか!」
「それはわたくしが聞きたいですよ。でも、会長の命令は絶対なんです」
「で、会長はほかになんと?」
「見つけたところで手には入らない、と啓示は伝えていたそうですが、会長は、いざとなったら、金ならいくらでも出すと……」
「あなたもたいへんですねえ」
「いえ。あなたこそ。もしこの依頼を断ったりしたら、たぶんあなたは、とんでもない目に遭いますよ。わたくし以上に」
ふたりは、ため息をつきました。
とりあえず、エドさんは、画聖が最後に過ごしていた山頂近くのアトリエの近くから調べることにしました。アトリエは当時そのままに博物館になっていました。幻の絵を探すとあって、エドさんよりも同行の、栗色の髪の女性芸術家のほうがはしゃいでいました。
「どこで聞いたんだい」
エドさんはぼやきました。
「会長、ぺらぺらとあちこちにしゃべっているみたいよ。神の啓示を受け、天が遣わした私立探偵が画聖の遺した名画を見つけるであろう、って」
「それだからわたくしも困って困って」
青年は頭を抱えました。
「会長がおかしくなった、などと噂が流れて株価が急落……このままではうちの会社は」
暗くなった場を明るくするように、女性芸術家はいいました。
「で、どこから探すの?」
「アトリエかなあ。みんな探しつくしただろうけどね……」
その通りでした。エドさんたちは、会社が用意したX線だとか超音波だとか、わけのわからない装置をわけのわからないままに駆使してアトリエを調査しましたが、なにもわかりませんでした。
「人間、できることとできないことが……」
夕暮れになり、疲れきったエドさんが、ぼんやりと窓から外を見たときです。
「ちょっと! このアトリエは、誰が設計したんです!」
「画聖本人ですよ」
「ねえ、なにが見えたの?」
二人はぞろぞろとエドさんの立ち尽くす窓に近づいてきました。
「見てくれ、ここの風景と、このアトリエの影が作り出す形を……今日のこの時間しか、浮かび上がらない形なんだろうが、これは……わたしは見たことがない……」
「女性のシルエットね! 過去に描かれたどんなビーナスよりも、大胆にしてかつ洗練されてるわ! こんなもの初めてよ……」
「か、カメラ! カメラ!」
青年社員が、急いで鞄からカメラを取り出して、シャッターを切ろうとしたとき……。
「それで、画聖最後の名画は幻になってしまったというわけか」
車椅子に座った老会長は、ベッドに横たわる、包帯とギプス姿も痛々しい三人に、悲痛な声でいいました。
「いくらあのアトリエが頑丈でも、地すべりには勝てませんよ。地形が変わるほどだったんですから。救助隊に、その程度の怪我で済んだだけで奇跡だっていわれましたよ」
「うちの病院で療養してほしい。入院費は全額わたしが持とう。ところで、そこのきみ」
「はい?」
女性芸術家がびっくりした声を上げました。
「あのシルエットを見たんだろう? それをもとに絵を描いてくれないか。謝礼は……」
「転んでもただでは起きない人なんだね」
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エドさんと青年は顔を見合わせ、苦い笑みを浮かべるのでした。
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~ Comment ~
こんばんは♪
どんな姿の女性だったのか、気になるところですね^^
即物的な社長さんが、この絵を手に入れたがっているから
地滑りが起きたんじゃないの~~と思ってしまいました^^
即物的な社長さんが、この絵を手に入れたがっているから
地滑りが起きたんじゃないの~~と思ってしまいました^^
Re: 有村司さん
あと五秒カメラを取り出すのが早かったら……(^^)
世の中うまくいかんもんであります(^^)
世の中うまくいかんもんであります(^^)
おはようございますー。
チベットの砂絵以上に「諸行無常」ですね…。
大けがをするような目に遭っても「見られたことこそ神の福音」?
なんだか雲を掴むようなお話でした。
大けがをするような目に遭っても「見られたことこそ神の福音」?
なんだか雲を掴むようなお話でした。
- #5802 有村司
- URL
- 2011.11/18 09:52
- ▲EntryTop
Re: √†そのちー†Σさん
だまし絵とかがわたし大好きで、こういうものがほんとにあったらいいなあ、と思って書きました。いわゆる「借景」の極端な形ですね(^^)
NoTitle
骨董好きとか絵画好きとかアンティーク好きなどこぞの会社の社長とか会長っていますよね~w
日曜のお昼の番組「なんでも鑑定団」って番組があって、それをよく見るんですが、ほんと、この手の趣味の人の執着ってすごいですよねwwww
自然と人工物が作り出す一瞬の名画、いいですね~!!!
記憶があいまいなんですが、日の光の入射角とかの関係で、海の水面と全反射して海が一瞬エメラルドに輝くという現象がどこかで見れたと思います!!!
パイレーツ・オブ・カリビアンのネタにもなってます!!
それと同じような魅力を感じますね!
日曜のお昼の番組「なんでも鑑定団」って番組があって、それをよく見るんですが、ほんと、この手の趣味の人の執着ってすごいですよねwwww
自然と人工物が作り出す一瞬の名画、いいですね~!!!
記憶があいまいなんですが、日の光の入射角とかの関係で、海の水面と全反射して海が一瞬エメラルドに輝くという現象がどこかで見れたと思います!!!
パイレーツ・オブ・カリビアンのネタにもなってます!!
それと同じような魅力を感じますね!
- #4873 √†そのちー†Σ
- URL
- 2011.08/13 21:51
- ▲EntryTop
Re: ぴゆうさん
あまり健康にいい環境でないことはたしかですね。
自然と人工物が作り出す一瞬の名画を思いつつ今日は寝ますぐーぐー。
自然と人工物が作り出す一瞬の名画を思いつつ今日は寝ますぐーぐー。
NoTitle
無事にコミケから戻って来たのかな?
明日が本番なんでしょ。
本当に熱中症になったら、笑えないからね。
予防は怠りなくだよ。
想像力をかきたたてられたなぁ。
どんな女性像だったのだろう。
明日が本番なんでしょ。
本当に熱中症になったら、笑えないからね。
予防は怠りなくだよ。
想像力をかきたたてられたなぁ。
どんな女性像だったのだろう。
- #4871 ぴゆう
- URL
- 2011.08/13 18:52
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Re: YUKAさん
ちょっとこれはそういう意味では物悲しい話ですね(^^)