「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
紅蓮の街・外伝「彼らなりの詩(うた)」(掌編シリーズ・完結)
紅蓮の街・外伝/最初の男
最初の男
「へったくそですね、この木彫り」
部屋に入ってきた若者は、棚に置かれた馬の小品を手にすると、呆れたような声を出した。
「どこでこんなものがコレクションに混ざったんですか? まったく、みっともないったらありゃしない。捨てときましょうか?」
ベッドに半身を起こしたその老人は、なにかをいいかけて咳き込んだ。
若者は木彫りを放り出すと、慌てて老人に駆け寄った。
「す、すみません」
老人は手を振った。
「いいのだ、それよりも、あの木彫りを元に戻してくれんか。いや……こっちへ持ってきてくれ」
老人は手もとに置いた木彫りをなんともいえぬ慈愛の籠もった目で眺めた。それが若者には不思議でならなかった。
「いったい、なにが面白くて、そんな下手な木彫りを眺めているんですか? わたしには、さっぱりわかりませんが……」
老人は笑った。
「さもあろうなあ。お主に、これはちょっと早すぎるかもしれんのう」
「早いも遅いもないですよ。芸術は芸術、そこにあるのは、うまいかへたかの二択だけです」
「それ、そこが若い……」
老人は、若者を手招きした。
「たしかに、技量は拙劣、構図も悪い。しかし、こう、見てみい。なんとなく、『親しみ』というものが湧いてこんか?」
若者は、にらめっこでもするかのように、その小品を見た。
「『親しみ』なんてものがあったとしても、それは子供の作品のそれですよ。洗練さとは、程遠い」
「やれやれ。お主ならもしかしたらわかるかと思ったが、時代がやはり早すぎたのかもしれんなあ」
老人は、若者に、この彫像を元の位置に戻すようにいった。若者は不承不承それに従った。
「一見、拙劣とは見えるが、その奥から感じられる『柔らかみ』と『温かさ』は、他のものにはない、この作者独特のもの、いわば天賦の才じゃな。今は確かに誰も見向きもしないかもしれんが、この『味』と『安心感』は、そうさなあ……時代が変われば、わかるものも出てくるのではないかのう」
「千年たってもわかるものなどいませんよ」
若者は、苦々しげにいった。
「お身体の調子が悪いのではないですか、ボルール師」
「わしはぼけたわけではないがのう。この作家の大作を、終末港にいるうちに注文しとくんじゃったわい」
「したらいいじゃないですか。早馬を飛ばせばなんとか」
「ならんな。なにせ航海に明け暮れている男じゃと聞いておるからなあ。わしが仕事を頼んだりしたら、かえって迷惑に思うじゃろうなあ」
ボルール師は目を閉じた。
「でも、目にしたいものじゃのう……」
「ボルール師、ボルール師!」
ボルール師は寝息を立てて眠っていた。若者は拳で自分の額の汗をぬぐった。
こんなところでパトロンに死なれては困るんだがな、と、若者は思った。しかし、批評眼がここまで衰えているとなると、もう見切りどきかもしれない。別のパトロンを探したほうがいいだろうか……。
かつて皇帝勅使まで勤めた高僧、ボルール師はその後しばらくして息を引き取った。集めた豪華絢爛極まるコレクションは全て教会に寄贈し、本人はありふれた生活用具に囲まれたまま、経歴とは不似合いな、質素な部屋で最期を遂げたという。
若者はボルール師の亡き後に新たなパトロンを見つけ、当代最高の画家としての名をほしいままにした。しかし死して二十年としないうちに、その名は完全に忘れられ、過去のものとなった。
ボルール師の持っていたその拙劣な馬の彫刻は、帝国を襲い、最終的には滅ぼした幾多の戦乱の間も奇跡的に破壊を免れ、五百年後に作者不明の名品として、高値で取り引きされることになる。
そしてその、ボルール師がひと目見ることをこいねがった名もなき作者の大作は、さらにそれから五百年を経てこの『大陸』に流れ着くのだが、その時代の住人たちが、その彫像を見てどう思ったかはわからない。
だいたい、彫像自体、半分壊れていたことでもあるし……。

「へったくそですね、この木彫り」
部屋に入ってきた若者は、棚に置かれた馬の小品を手にすると、呆れたような声を出した。
「どこでこんなものがコレクションに混ざったんですか? まったく、みっともないったらありゃしない。捨てときましょうか?」
ベッドに半身を起こしたその老人は、なにかをいいかけて咳き込んだ。
若者は木彫りを放り出すと、慌てて老人に駆け寄った。
「す、すみません」
老人は手を振った。
「いいのだ、それよりも、あの木彫りを元に戻してくれんか。いや……こっちへ持ってきてくれ」
老人は手もとに置いた木彫りをなんともいえぬ慈愛の籠もった目で眺めた。それが若者には不思議でならなかった。
「いったい、なにが面白くて、そんな下手な木彫りを眺めているんですか? わたしには、さっぱりわかりませんが……」
老人は笑った。
「さもあろうなあ。お主に、これはちょっと早すぎるかもしれんのう」
「早いも遅いもないですよ。芸術は芸術、そこにあるのは、うまいかへたかの二択だけです」
「それ、そこが若い……」
老人は、若者を手招きした。
「たしかに、技量は拙劣、構図も悪い。しかし、こう、見てみい。なんとなく、『親しみ』というものが湧いてこんか?」
若者は、にらめっこでもするかのように、その小品を見た。
「『親しみ』なんてものがあったとしても、それは子供の作品のそれですよ。洗練さとは、程遠い」
「やれやれ。お主ならもしかしたらわかるかと思ったが、時代がやはり早すぎたのかもしれんなあ」
老人は、若者に、この彫像を元の位置に戻すようにいった。若者は不承不承それに従った。
「一見、拙劣とは見えるが、その奥から感じられる『柔らかみ』と『温かさ』は、他のものにはない、この作者独特のもの、いわば天賦の才じゃな。今は確かに誰も見向きもしないかもしれんが、この『味』と『安心感』は、そうさなあ……時代が変われば、わかるものも出てくるのではないかのう」
「千年たってもわかるものなどいませんよ」
若者は、苦々しげにいった。
「お身体の調子が悪いのではないですか、ボルール師」
「わしはぼけたわけではないがのう。この作家の大作を、終末港にいるうちに注文しとくんじゃったわい」
「したらいいじゃないですか。早馬を飛ばせばなんとか」
「ならんな。なにせ航海に明け暮れている男じゃと聞いておるからなあ。わしが仕事を頼んだりしたら、かえって迷惑に思うじゃろうなあ」
ボルール師は目を閉じた。
「でも、目にしたいものじゃのう……」
「ボルール師、ボルール師!」
ボルール師は寝息を立てて眠っていた。若者は拳で自分の額の汗をぬぐった。
こんなところでパトロンに死なれては困るんだがな、と、若者は思った。しかし、批評眼がここまで衰えているとなると、もう見切りどきかもしれない。別のパトロンを探したほうがいいだろうか……。
かつて皇帝勅使まで勤めた高僧、ボルール師はその後しばらくして息を引き取った。集めた豪華絢爛極まるコレクションは全て教会に寄贈し、本人はありふれた生活用具に囲まれたまま、経歴とは不似合いな、質素な部屋で最期を遂げたという。
若者はボルール師の亡き後に新たなパトロンを見つけ、当代最高の画家としての名をほしいままにした。しかし死して二十年としないうちに、その名は完全に忘れられ、過去のものとなった。
ボルール師の持っていたその拙劣な馬の彫刻は、帝国を襲い、最終的には滅ぼした幾多の戦乱の間も奇跡的に破壊を免れ、五百年後に作者不明の名品として、高値で取り引きされることになる。
そしてその、ボルール師がひと目見ることをこいねがった名もなき作者の大作は、さらにそれから五百年を経てこの『大陸』に流れ着くのだが、その時代の住人たちが、その彫像を見てどう思ったかはわからない。
だいたい、彫像自体、半分壊れていたことでもあるし……。
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Re: 蘭さん
ありがとうございます。当方よろず小説サークルなため、あちこちのジャンルを転々と……(汗)
どこか「約束の地」はないものかなあ(^^;)
どこか「約束の地」はないものかなあ(^^;)
NoTitle
ポールさん、ファンタジーにもエントリーしたんですね。
早速投票してきました♪
いや~~、ファンタジー大賞は、すごい戦いになりそうですね。エントリー数もすごい。
でも、頑張ってくださいね!
なるほど、今月は「紅蓮の街強化月間」なんですね。
この後、外伝がたくさん出てくるんでしょうか。楽しみにしています。
それにしても、ガスの彫刻、本当は上手いのか、そうじゃないのか・・・。作者のみぞ知る?
早速投票してきました♪
いや~~、ファンタジー大賞は、すごい戦いになりそうですね。エントリー数もすごい。
でも、頑張ってくださいね!
なるほど、今月は「紅蓮の街強化月間」なんですね。
この後、外伝がたくさん出てくるんでしょうか。楽しみにしています。
それにしても、ガスの彫刻、本当は上手いのか、そうじゃないのか・・・。作者のみぞ知る?
こんばんは^^
良かった! ジャンル変更だったんですね~~!!
6時からしか反映しないのか~~・・・覚えておこう^^;
早速アルファ、投票して来ましたからね~。
頑張って下さい
6時からしか反映しないのか~~・・・覚えておこう^^;
早速アルファ、投票して来ましたからね~。
頑張って下さい

Re: ミズマ。さん
9月はアルファポリスのファンタジー小説のコンテストもあることですし、「紅蓮の街強化月間」であります。
ひと月つぶして中篇を書こうとしたものの、アイデアがまとまらず、掌編集にした次第。
ちなみに、この掌編を書くきっかけとなったのは、「へうげもの」。あれ面白いマンガですねえ(^^)
ひと月つぶして中篇を書こうとしたものの、アイデアがまとまらず、掌編集にした次第。
ちなみに、この掌編を書くきっかけとなったのは、「へうげもの」。あれ面白いマンガですねえ(^^)
9月最初に『紅蓮』をもってきますか、ポールさん!
ガスくん(と断定するのは不粋かなぁ。でもしちゃう)の木彫り、本人が全く想像もしなかっただろう高評価ですね。
こういう、彼らの足跡を辿るような話、好きです。
次は誰ですかねー?←
ガスくん(と断定するのは不粋かなぁ。でもしちゃう)の木彫り、本人が全く想像もしなかっただろう高評価ですね。
こういう、彼らの足跡を辿るような話、好きです。
次は誰ですかねー?←
- #5031 ミズマ。
- URL
- 2011.09/01 07:44
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Re: limeさん
おれも出たいおれも出たいという人ばかりで順番待ちです(^^;)
ガスくんの彫刻の魅力を語るには、「わび」とか「さび」とか、「素朴派」とか、それに類する言葉を使わないといけないのですが、あの世界、あの時代にはそういう「概念」がないもので書きようがない(笑)。
柳宗悦先生なら、もっとわかりやすく語ってくれると思いますが。(笑)
ひとことでいえばヘタウマ?(^^;)