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    「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
    紅蓮の街・外伝「彼らなりの詩(うた)」(掌編シリーズ・完結)

    紅蓮の街・外伝/四番目の男

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    四番目の男



     イルミール男爵家創始者、ハシャク・イルミール男爵はその謹厳な顔をまったく緩めずに執務室に入ってきた。

     イルミール家をよくいうものは少ない。それは、ハシャク自身がよく知っていた。そのせいもあるのか、執務室は豪商として当然のごとく享受してしかるべき、莫大な富からは想像もつかぬような質素なものであった。

     質素ではあるが、それは使い心地が悪い、ということを意味しはしなかった。必要ならばどんな苦行にも耐えるが、意味もない肉体的苦痛を重んじるような性癖は、この初老の商業貴族には備わっていなかったのである。

     扉にノックの音がした。

    「入れ」

     ハシャクはぶっきらぼうにいった。

     老いてはいるが忠実な家令のラウが、扉を開けて一礼した。手にした盆の上には蜜酒の入った杯が乗っている。

     ハシャクは表情を変えずにいった。

    「誰もそんなものを頼んではおらん」

     ラウは深々と頭を下げた。

    「お背中があまりにも嬉しそうでしたので」

    「それが蜜酒とどういう関係がある」

     ラウは微笑んだ。

    「男爵閣下がいただかなければわたくしめがいただこうと思った次第で」

     ハシャクは、ようやく苦笑を漏らした。

    「お前が道化を演ずるのはいいが、ほどほどにしておけ。道化の仮面は、底抜けの皮肉屋か、底抜けの悪党がかぶるものだ」

     ラウは優雅な足取りでハシャクの机の横に来ると、杯を机に置いた。

    「わたくしめは、どちらだと?」

    「おれとしてはお前には皮肉屋でいてほしいが、悪党だったとしても別にかまわん。その気であれば、このイルミール家を乗っ取ってもかまわぬ」

    「ご冗談を」

     ハシャクは巌のようなごつい手で杯を取り上げると、自分の口に運んだ。

    「おれは、自分の半身のように思っていた妻が、命を捨てて産んだ男児が、あのように成長した時点から、冗談をいうのはやめることにした」

     ハシャクはぐっとひと飲みに蜜酒の杯を干すと、机に置いた。

    「二杯目はいらん。その代わりとして、ラウ、お前には少々おれのつまらん話の相手をすることを命じる。いいか?」

    「はっ」

     ラウは盆を手に立つと、静かにいった。

    「サシェル様のご行跡については、わたくしが固くいっておきますので……」

    「それなんだが」

     ハシャクは口をわずかに歪めた。

    「おれの教育は間違っていたのか?」

    「は……?」

     ラウは、この頭の切れる男にしては珍しいことに、うまい切り返しの文句が思いつかなかったようだった。

    「思ったままのことをいえ。おれは、自分が親父から教えてもらったことを、そのままあれに伝えようとした。それだけでは不安だったので、ラウ、お前にも監督としての協力を求めた。これまで、商売でも政治でも、おれたちふたりはどんな困難に直面しても、解決してきた。……それがどうだ。サシェルのやつときたら、一人前になってもいい歳のはずなのに、やっていることは猥画を集めることと、金を飽きもせず眺めていることくらいだ。おれやお前が生きているうちはいいが、死んだ後のことを考えると恐ろしくなる……」

     ラウは安心させるようにいった。

    「サシェル様は、頭は悪くないかたです。必ずや当家を……」

    「あいつが金勘定の才能があることは認めよう」

     ハシャクはばっさりといった。

    「平時ならば、それもよい。金はあるし、やつにも商売をして金を増やすことくらいならできるだろう。だが、この終末港は、毎日が非常時なのだ。油断をしていると、あっという間に、その辺をうようよしている化け物のような輩に食い殺されてしまう」

    「サシェル様は……」

     ラウは、それがサシェルの弁護になるかのようにいった。

    「サシェル様は、いわば、ご病気なのです。生まれついての……」

    「お前もそう思うか」

    「家令ごときのいうべき言葉ではないことは存じておりますが。差し出がましいようですが、わたくしの考えを述べさせていただければ、サシェル様には、有能な補佐役が必要なのではないかと愚考いたします」

    「有能な補佐役?」

    「……御意。責任感と、強い意志と、この街の表裏の事情によく通じた世間知と、よく回る頭と、そして頑健な肉体の持ち主」

    「要するに、お前がいいたいのは、おれとお前が一緒になったような人間がほしい、ということではないのか?」

    「御意」

    「それだがな」

     ハシャクは声を潜めた。

    「面白そうな男を、ガレーリョスのやつから譲ってもらったのだ」

    「面白そうな男?」

    「そいつのいうところによると、ヴァリアーナをぶち殺そうとして失敗したそうなのだ」

    「ほう」

    「その際に、うちの若いのの力を数人借りたそうだが、まだ二十にもなっていないのにそれだけのことをやってのける胆力、ただものではないと思わんか」

    「うちの若いのは?」

    「全員死んだ、といっていた」

    「そうだとしたら、そいつは償いの意味でも当家で働かせなければ嘘ですな」

    「面を見たが、なかなかの面構えだった。特に、うちの郎党を死に追いやったことについても一切のいいわけをしないところが気に入った。こいつを、おれとお前とで、時間をかけて教育すれば、補佐役として申し分ない人間になるとは思わんか?」

    「それでですか、男爵閣下が嬉しそうな背中を見せていたわけは。しかし、その男、サシェル様を託すのにもっとも必要な素質を持っているでしょうか?」

    「素質?」

     ラウは主人の飲み干した杯を盆に載せた。「幸運、ないしは強運。それを周囲にもたらす能力です」



     ラウの言葉はある意味、正鵠を射ていた。

     一年もしないうちに、ハシャクもラウも世を去ってしまったのである。

     ハシャクが見込んだ若者が、自力でイルミール家の衛兵隊長の地位をつかむまでには、長い時間が必要だった。

     取り返しのつかない時間が……。



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    Re: ぴゆうさん

    本編で、ヴェルク二世とハシャク・イルミールのふたりの悪口をいうやつは許さない、と、ガスくんいってましたもんねえ。

    その息子どもがそろいもそろって……運命の皮肉を感じさせますなあ(←自分で書いておいてなにをいう(笑))

    NoTitle

    へーー骸骨の親父はまともだったのねぇ。
    ふむふむ
    ガスに目を付ける処がすごい。

    直って良かったね。
    ファンタジー大賞、とっくに入れといたのであーーる。
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