FC2ブログ

    「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
    紅蓮の街・外伝「彼らなりの詩(うた)」(掌編シリーズ・完結)

    紅蓮の街・外伝/五番目の女

     ←紅蓮の街・外伝/四番目の男 →紅蓮の街・外伝/六番目の女
    五番目の女



     わたくしはこれまで、あのかたたちよりも哀しいご夫妻を見たことはございません。

     あのかたたちというのは、わたくしがお仕えしておりました、サシェル・イルミール様とその最初の奥方であるクレア様にございます。

     サシェル様は、思えば生まれるべきではない家に生まれたのが、身のご不幸の始まりでございました。

     平凡な家に生まれていたら、どこかのお屋敷に奉公に出て、その優れた算術の能力を駆使して、それなりの役について、地味ではあるものの満ち足りた生を送ったのではないかと思います。

     しかし、サシェル様の父君であられるハシャク男爵閣下は、あまりにも立派なおかたでありました。そう、平凡な息子には乗り越えることすらできないような高い壁だったのです。

     父親が教育と称して押し付けてくる課題、いや試練を、算勘のこと以外、自分はなにひとつ満足にこなせないという事実。それは、自分が男爵家を継ぐということに対しての深い無力感を抱かせるには充分すぎるほどに充分だったことでしょう。

     サシェル様の興味が、政治や家の維持といったことから外れて、ひたすら金銭と芸術に対する愛欲へとずれていったのも、むしろ当然のことかとわたくしは思います。

     家中の誰もが、サシェル様を、「不肖の二代目」と思っていることは、その事実を自覚しているサシェル様本人にとって、どれだけ自尊心を傷つけることであったことかは、想像するに難くありません。

     それでも、サシェル様が、自分の能力を知った上で、自分にできること、つまり、イルミール家の財産と権力の保全、いいかえれば完全なる保守の道を歩んでいれば、あそこまでひどい結果にはならなかっただろうと思います。

     そんな若きサシェル様のところに嫁がれたのが、わたくしがお仕えしていたクレア様でした。

     クレア様がサシェル様を愛していらしたことは疑う余地もありません。そして、サシェル様もクレア様を愛しておられたのです。

     それが、あのような悲惨を招くことになろうとは、わたくしはいかに運命神を呪ったことでございましょう。

     サシェル様は、クレア様のためにも、自分の力で、父親を超えようと考えられたのです。まずそれは、芸術品の収集と、利殖に、まるで守銭奴のように打ち込むことで始まりました。

     そして、二十三歳を迎えて間もなくの春、それは起こったのです。

     お父上のハシャク男爵閣下と、ご意見番のような地位にいらした家令のラウが、前後して世を去ってしまわれたのでした。

     サシェル様にとって、それがなにを意味していたかは申し上げるまでもございません。世人の中で口の悪いものは、『頭を押さえていた重石が取れた』と表現することでしょうが、サシェル様のご心中はもう少し複雑であったでしょう。

     自分が親を超えたことを見せ、思い知らせる相手がいなくなってしまったのです。それはサシェル様にとって目標の喪失であり、これからの長い人生を、どこにどう向かっていけばいいのかわからなくなってしまったということを意味しておりました。

     サシェル様のご乱行は、このあたりから、目を覆うほどひどくなっていきました。わたくしは医師でも僧侶でもありませんからよくはわかりませんが、心、いや、魂のどこかが、壊れてしまわれたのでありましょう。

     それでもクレア様は、そんなサシェル様を愛しておられました! 愛しておられたのです! もし嫌悪し、離縁なされて修道院にでもお入りになられていれば、かようなこともなかったでしょうに!

     クレア様は、サシェル様の求めに応じ、いかなることでもなさいました。その中には、わたくしが口にするのをはばかるようなものもありました。いや、ほとんどが、口にするのをはばかることだったといっても過言ではございません。

     そして行き着いた先が、クレア様を縛り上げ、左手に針を執拗に突き刺すというものでした。そうしていれば、サシェル様は落ち着きを取り戻し、公務や商業に精力を振るうことができるのです。そんな行為のなにが面白いのか、わたくしにはさっぱりわかりません。しかし、サシェル様も、クレア様も、その間はたいへんお幸せそうでございました。わたくしは、はらはらしながら見守っておりました。一介の女中に、ほかのなにができたというのでございましょう。

     やがて、クレア様はお子様を身ごもりました。おふたかたとも、その喜びようといったらありませんでした。サシェル様はクレア様の左手に針を突き立て、クレア様はそれに応えました。

     しかし、これを人の道から外れる行いとみなしたのか、神々の王であらせられるザース様は、ある意味、天罰とも呼べるものを下しました。

     クレア様は、左手の傷がもととなった破傷風により、お腹のお子様ともどもお亡くなりになってしまったのです。

     そのときのサシェル様のお気持ちは想像するだけで余りあります。そしてそのとき、お心の奥に固く縛られていた悪魔が、ついに縛めを破って飛び出してきたのです。

     後は、皆様の知るとおりでございます。サシェル様は亡きクレア様の面影を追うかのように次から次へと婚姻と奇行を繰り返されました。その間に子供を三人ばかりもうけられましたが、それもあの冬、イルミール家がなにもかも失うまででございました。

     今や、田舎の小さな邸にて、サシェル様のご遺児の面倒を見るのは、このすでに老いさばらえたわたくしめひとりのみにございます……。



    関連記事
    スポンサーサイト






     関連もくじ一覧 ▼ 
    総もくじ 3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ 3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ 3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ 3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    総もくじ 3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 風渡涼一退魔行
    もくじ  3kaku_s_L.png 鋼鉄少女伝説
    総もくじ  3kaku_s_L.png ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 夢逐人(オリジナル長編小説)
    総もくじ  3kaku_s_L.png 残念な男(二次創作シリーズ)
    総もくじ  3kaku_s_L.png ショートショート
    総もくじ  3kaku_s_L.png 紅探偵事務所事件ファイル
    総もくじ  3kaku_s_L.png 銀河農耕伝説(リレー小説)
    もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
    もくじ  3kaku_s_L.png リンク先紹介
    もくじ  3kaku_s_L.png いただきもの
    もくじ  3kaku_s_L.png ささげもの
    もくじ  3kaku_s_L.png その他いろいろ
    もくじ  3kaku_s_L.png SF狂歌
    総もくじ  3kaku_s_L.png 剣と魔法の国の伝説
    もくじ  3kaku_s_L.png 映画の感想
    もくじ  3kaku_s_L.png 家(
    もくじ  3kaku_s_L.png 懇願
    もくじ  3kaku_s_L.png TRPG奮戦記
    もくじ  3kaku_s_L.png 焼肉屋ジョニィ
    もくじ  3kaku_s_L.png ご意見など
    もくじ  3kaku_s_L.png おすすめ小説
    もくじ  3kaku_s_L.png X氏の日常
    もくじ  3kaku_s_L.png 読書日記
    【紅蓮の街・外伝/四番目の男】へ  【紅蓮の街・外伝/六番目の女】へ

    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    こいつが好みって、もしかして椿さんって共依存タイプ?(^^;)

    旦那さんが優しくまじめな人であることを祈るばかりです。(^^;)

    まあそれは冗談としても、

    わたしにはこいつの気持ち、よくわかるような気がするんだよなあ。ダメ人間の証みたいなもので(笑)

    NoTitle

    サシェルさん、そんな過去があったんですね。
    ヤバい、私好みかもしれない……(*^。^*)
    いや、左手に針を突き刺されるのは厭ですが。

    Re: ぴゆうさん

    とにかく、胸のうちにある、どろどろしたものは、書ける限り書いてやろう、というのが根本にありましたので。

    この「外伝」は、作者が自ら書く二次創作みたいなものですが、登場人物の「過去」を設定しなおすことで、新たな「意味」が見えてくるのにスリリングなものを覚えております。

    最後の29人目が終わったときには、もしかしたら様相は一変しているかもしれません。

    NoTitle

    何番目にコメをしたのかと迷ってしまった。
    へへ

    骸骨の過去・・・
    やっぱりキモイわ。
    ハンニバルに出て来る気持ち悪い金持ちを思い出してしまう。
    しかしなぁ。
    夫婦はSとMだったのね。
    思い出して気持ち悪くなった・・・
    考えるとすごい物語だわ、今頃になってどしんと来る。

    Re: limeさん

    どうしてあんなガスも尊敬するような立派な親の息子がああなんだろう、と考えたら、このようなドラマが生まれました。

    そもそも主役の娘ふたりがああですし、単純な勧善懲悪劇にしたら登場してくれた人物たちに悪いかなあ、と……。

    そう考え出したらまた、いろいろと「おれの不満も聞け」「出番を作れ」というやつがぞろぞろ出てきて順番待ちがあと二十人……(^^;)

    NoTitle

    あの、腹立たしい骸骨サシェルにも、可哀想な過去があったんですね。
    ううん。あの奇妙な癖(?)に付き合ってくれる奥方がいたとは。
    その人が生きていたら、もしかしたらいろいろ変わってきたかもしれませんね。
    でも、サシェルには、勧善懲悪でいてほしいという願望も・・・。
    管理者のみ表示。 | 非公開コメン卜投稿可能です。

    ~ Trackback ~

    卜ラックバックURL


    この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

    • 【紅蓮の街・外伝/四番目の男】へ
    • 【紅蓮の街・外伝/六番目の女】へ