「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
紅蓮の街・外伝「彼らなりの詩(うた)」(掌編シリーズ・完結)
紅蓮の街・外伝/八番目の男
八番目の男
青年は、空を見ていた。どこまでも高い、青い空を見ていた。
対して、その背に負われていた少女は、大地を見ていた。吐瀉物、ゴミ、そして誰のものとも知れぬ血の染み付いた、汚れきった大地を見ていた。
長い長い人の列だった。この街に入ろうとするものの列だった。それもそうだ。この街は『帝国』、いや『大陸』でも屈指の貿易港で、ひと山当ててやろうともくろむ人間たちが群がるようにやってくるのだ。
青年も、そのひとりだった。
「いいか、アシャ、兄ちゃんは、この街で運をつかむぞ。運をつかんで、金と家と毎日の食事をつかんで、ひとかどの男といわれるようになるまでのし上がってやるぞ!」
アシャと呼ばれた、この青年の妹らしい少女は、何も答えなかった。
青年は歌うように続けた。
「父さんも、母さんも、村のもの全部が、悪疫で死んじまった。だけど、おれたちは、生き残ったんだ。神々の王、ザース様は、おれたちに告げたんだ。……生きろと!」
アシャはどこを見るでもなく視線をさまよわせているようだった。
ふところこそ空っぽに近かったものの、青年の心は希望にあふれていた。なぜなら、青年の腰には、ひと振りの剣があったからだ。若い心と力と剣さえあれば、世の中に不可能はないように青年は思えたのだ。
「聞いた話だと、この街には、ガレーリョスってやつと、イルミールってやつが勢力争いをしているらしい。バルテノーズってのもいるそうだけど、どうも落ち目らしいな。落ち目のところの門を叩いて、雇ってくれたとしても、落ち目なら先はないだろう。雇ってもらうのならば、ガレーリョスかイルミールだな!」
人の波が動き、青年は、この「終末港」と呼ばれる街の門をくぐった。
「ほら、ここが終末港だ。すごい人だ! 先生の話では三十万も人が住んでいるんだそうだ!」
青年は、どこか、人足や旅人が泊まる安宿を探した。
「アシャ、足の痛みはどうだ?」
アシャは、ひと声うめくと、答えた。
「う……うん。だいたい、大丈夫だよ、お兄ちゃん。でも、今はこのままでいたい……」
「よし。まずは宿に着いてからだ。行こう!」
「う……ん」
背中が急に重くなった。青年は背を振り返った。
「アシャ?」
アシャは息をしていなかった。
「アシャ!」
青年は、宿屋より先に、墓場を探さなければならなかった。
貧困者向けの、共同墓地をもつ教会を探し当てたが、そこでは、手持ちの金の総額とほぼ等しいような額の献金をさせられた。
「旅のおかた、あなたは運がいい。この街で、これだけの額で葬送の儀式をやれるのは、うちだけといっても過言ではないですからなあ」
「それだけの金もないものは?」
青年は暗い声で尋ねた。
「引き潮に乗せて、海へ流すのですよ。あとは、魚が……」
「もういいです」
青年は僧侶に背を向けた。
今や、青年は空を見上げてはいなかった。
汚れに汚れた、大地を見ていた。
青年は剣の柄を握り締めた。
「アシャ……見ていろ、兄ちゃんは、この街で運をつかみ、ひとかどの男になってやるぞ。そしてお前に……兄ちゃんは……」
青年は涙を流した。妹にしてやれることは、もはやなにもないことに気づいたからだ。
「兄ちゃんは、どんなことをしても、この街でのし上がってやる!」
その日のうちに、青年は、イルミール家の門を叩いた。
ガレーリョス家との抗争で私兵を欲しがっていたイルミール家は、青年を私兵のひとりに加えるのに、なんのためらいも見せなかった。
「どうしてうちに?」
「この家がいちばん金持ちだと聞いたからだ」
面倒くさそうに聞く私兵に、青年もまた面倒くさそうに答えた。
「名前は?」
「ツザ」
青年は答えた。

青年は、空を見ていた。どこまでも高い、青い空を見ていた。
対して、その背に負われていた少女は、大地を見ていた。吐瀉物、ゴミ、そして誰のものとも知れぬ血の染み付いた、汚れきった大地を見ていた。
長い長い人の列だった。この街に入ろうとするものの列だった。それもそうだ。この街は『帝国』、いや『大陸』でも屈指の貿易港で、ひと山当ててやろうともくろむ人間たちが群がるようにやってくるのだ。
青年も、そのひとりだった。
「いいか、アシャ、兄ちゃんは、この街で運をつかむぞ。運をつかんで、金と家と毎日の食事をつかんで、ひとかどの男といわれるようになるまでのし上がってやるぞ!」
アシャと呼ばれた、この青年の妹らしい少女は、何も答えなかった。
青年は歌うように続けた。
「父さんも、母さんも、村のもの全部が、悪疫で死んじまった。だけど、おれたちは、生き残ったんだ。神々の王、ザース様は、おれたちに告げたんだ。……生きろと!」
アシャはどこを見るでもなく視線をさまよわせているようだった。
ふところこそ空っぽに近かったものの、青年の心は希望にあふれていた。なぜなら、青年の腰には、ひと振りの剣があったからだ。若い心と力と剣さえあれば、世の中に不可能はないように青年は思えたのだ。
「聞いた話だと、この街には、ガレーリョスってやつと、イルミールってやつが勢力争いをしているらしい。バルテノーズってのもいるそうだけど、どうも落ち目らしいな。落ち目のところの門を叩いて、雇ってくれたとしても、落ち目なら先はないだろう。雇ってもらうのならば、ガレーリョスかイルミールだな!」
人の波が動き、青年は、この「終末港」と呼ばれる街の門をくぐった。
「ほら、ここが終末港だ。すごい人だ! 先生の話では三十万も人が住んでいるんだそうだ!」
青年は、どこか、人足や旅人が泊まる安宿を探した。
「アシャ、足の痛みはどうだ?」
アシャは、ひと声うめくと、答えた。
「う……うん。だいたい、大丈夫だよ、お兄ちゃん。でも、今はこのままでいたい……」
「よし。まずは宿に着いてからだ。行こう!」
「う……ん」
背中が急に重くなった。青年は背を振り返った。
「アシャ?」
アシャは息をしていなかった。
「アシャ!」
青年は、宿屋より先に、墓場を探さなければならなかった。
貧困者向けの、共同墓地をもつ教会を探し当てたが、そこでは、手持ちの金の総額とほぼ等しいような額の献金をさせられた。
「旅のおかた、あなたは運がいい。この街で、これだけの額で葬送の儀式をやれるのは、うちだけといっても過言ではないですからなあ」
「それだけの金もないものは?」
青年は暗い声で尋ねた。
「引き潮に乗せて、海へ流すのですよ。あとは、魚が……」
「もういいです」
青年は僧侶に背を向けた。
今や、青年は空を見上げてはいなかった。
汚れに汚れた、大地を見ていた。
青年は剣の柄を握り締めた。
「アシャ……見ていろ、兄ちゃんは、この街で運をつかみ、ひとかどの男になってやるぞ。そしてお前に……兄ちゃんは……」
青年は涙を流した。妹にしてやれることは、もはやなにもないことに気づいたからだ。
「兄ちゃんは、どんなことをしても、この街でのし上がってやる!」
その日のうちに、青年は、イルミール家の門を叩いた。
ガレーリョス家との抗争で私兵を欲しがっていたイルミール家は、青年を私兵のひとりに加えるのに、なんのためらいも見せなかった。
「どうしてうちに?」
「この家がいちばん金持ちだと聞いたからだ」
面倒くさそうに聞く私兵に、青年もまた面倒くさそうに答えた。
「名前は?」
「ツザ」
青年は答えた。
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NoTitle
ツザにそのような過去がぁ~~
なんていうほど覚えていませんでした。
でも名前は覚えていた。
夫々に意味ある人生だったのよね。
しんみり
なんていうほど覚えていませんでした。
でも名前は覚えていた。
夫々に意味ある人生だったのよね。
しんみり
- #5102 ぴゆう
- URL
- 2011.09/11 20:51
- ▲EntryTop
Re: ねみさん
大航海時代のちょっと前あたりです。
そのくらいしか決めていません(^^;)
設定に凝りすぎると書けなくなるもんで(^^;)
そのくらいしか決めていません(^^;)
設定に凝りすぎると書けなくなるもんで(^^;)
NoTitle
三十万人・・・は昔の規模でいうと大規模なんですね。
江戸が百万人で世界一の都市だったそうですから・・・。
それよりも前となると・・・。
前から疑問だったのですが時代は大体いつぐらいなんでしょうか?
大航海時代らへんですか?(架空世界の
江戸が百万人で世界一の都市だったそうですから・・・。
それよりも前となると・・・。
前から疑問だったのですが時代は大体いつぐらいなんでしょうか?
大航海時代らへんですか?(架空世界の
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Re: ぴゆうさん
これじゃ外伝じゃなくて列伝ですね(^^)