「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
紅蓮の街・外伝「彼らなりの詩(うた)」(掌編シリーズ・完結)
紅蓮の街・外伝/十番目の男
十番目の男
「ゲゼ」
父の呼ぶ声に、また、説教が始まるのか、と、少年は思った。
鷹ノ目の村。人々が畏敬の念を込めてそうつぶやく村には、古くから弓の名人がそろっていた。その引く長弓に狙われて、命のある者はいなかった。
少年も、的に当てることについてはかなりの腕前だった。しかし、ひとつ、この村の人間にとっては致命的な弱点を持っていたのである。
目が悪いのだ。いや、そういいきってしまっては語弊があるかもしれない。常人よりはかなり優れているのだが、この村の人間からしてみれば、近眼も同然だったのである。
長弓の有効射程距離ぎりぎりにある的に命中させるだけの視力のよさがなくては、この村では一人前とは認められなかったのだ。
ゲゼ少年は、先祖伝来の訓練法で、遥か遠くを見たり、目にいいという果物を採りに山奥に分け入ったりと努力はしたのだが、それでも、目は頑固すぎるほど頑固で、少年の視力は大人たちのそれにはなかなか届かなかった。
村ではひとり、少年と同い年の娘であるロイノだけが、少年の努力を笑わずに見守っていてくれた。そして、たまに少年が漏らす愚痴に対して、叱咤激励してくれるのもこの少女だけだった。
ゲゼは両頬をばしりと叩いて頭をすっきりさせると、父のもとへ向かった。
「なにごとですか、父上」
父親は無表情だった。
「めでたいことだ」
父親の顔を見ても、めでたいとはまったく思えないのだが。少年は、内心、首をひねった。
「めでたいこと、と申されますと?」
「ロイノが祝言を挙げることとなった」
父親は無表情を崩さなかった。
少年は、身体の血が、冷え切っていくのを感じていた。
自分は、村では半人前だ。ということは、祝言の相手は、自分ではない。自分であるはずがない。
「相手はどなたですか」
少年は、自分の声も固くなっていることに気づいた。気づいたもののどうしようもない。ぐっと腹に力を込め、耐えるしかなかった。
「コネゼだ。あれは優秀な射手だ。お前などとは比べ物にならぬ。ロイノも、いい婿を得て幸せであろう」
「そうでございます、父上」
少年は、この胸の怒りをどうしたものかわからなかった。
わかる前に、次の強烈な一撃が来た。
「祝言の前に、お前には村を出てもらう」
少年は耳を疑った。
「父上、今、なんと……?」
「いったとおりだ。お前とは、今ここで親子の縁を切る。この村は貧しい。いつまでも半人前を養っておくだけの余裕などない」
父親は、それだけいうと、硬直したゲゼを残して、部屋を出て行った。
「…………!」
ふらふらと歩き出した少年は、激しく壁を叩いた。叩いたところでどうなるわけでもない。だが、少年は、壁を叩き、壁を叩き、壁を叩き……。
父親も母親も、家族はなにもいわなかった。
三年の月日が流れた。
ゲゼのことを思い出すものは、もうほとんどいなくなっていた。
祭りの日だった。
今や村の長としての修行にいそしむコネゼは、村の宝である、どんな矢をも通さないといわれる、軽い鉄と鎖の胸当てをつけ、病気の長のかわりに祭壇で儀式を行うため、壇上に上がっていた。
なにかが飛んだ。
胸当ての鎖の部分を貫き、まがまがしさを覚える太い黒い棒のようなものが突き立っていた。
倒れたコネゼを取り囲み、村人たちは、なんだ、どうしたと叫び声を上げた。
コネゼは息絶えていた。
ひとりが、コネゼの胸からその黒く太い棒を引き抜いた。かなりの重さのある鉄の矢だった。
「太矢だ……石弓に使われるものだ……」
「誰だ! そんな穢れた卑怯千万な武器を使うやつは!」
誰にも聞こえないような小さな声で、まだ歩くこともできない赤ん坊を抱いた女がつぶやいた。
「ゲゼ……」
標的に音もなく近寄り、一撃で射殺す、石弓の達人の噂が、遠く離れた終末港でささやかれるようになるには、それほど時間はかからなかった……。

「ゲゼ」
父の呼ぶ声に、また、説教が始まるのか、と、少年は思った。
鷹ノ目の村。人々が畏敬の念を込めてそうつぶやく村には、古くから弓の名人がそろっていた。その引く長弓に狙われて、命のある者はいなかった。
少年も、的に当てることについてはかなりの腕前だった。しかし、ひとつ、この村の人間にとっては致命的な弱点を持っていたのである。
目が悪いのだ。いや、そういいきってしまっては語弊があるかもしれない。常人よりはかなり優れているのだが、この村の人間からしてみれば、近眼も同然だったのである。
長弓の有効射程距離ぎりぎりにある的に命中させるだけの視力のよさがなくては、この村では一人前とは認められなかったのだ。
ゲゼ少年は、先祖伝来の訓練法で、遥か遠くを見たり、目にいいという果物を採りに山奥に分け入ったりと努力はしたのだが、それでも、目は頑固すぎるほど頑固で、少年の視力は大人たちのそれにはなかなか届かなかった。
村ではひとり、少年と同い年の娘であるロイノだけが、少年の努力を笑わずに見守っていてくれた。そして、たまに少年が漏らす愚痴に対して、叱咤激励してくれるのもこの少女だけだった。
ゲゼは両頬をばしりと叩いて頭をすっきりさせると、父のもとへ向かった。
「なにごとですか、父上」
父親は無表情だった。
「めでたいことだ」
父親の顔を見ても、めでたいとはまったく思えないのだが。少年は、内心、首をひねった。
「めでたいこと、と申されますと?」
「ロイノが祝言を挙げることとなった」
父親は無表情を崩さなかった。
少年は、身体の血が、冷え切っていくのを感じていた。
自分は、村では半人前だ。ということは、祝言の相手は、自分ではない。自分であるはずがない。
「相手はどなたですか」
少年は、自分の声も固くなっていることに気づいた。気づいたもののどうしようもない。ぐっと腹に力を込め、耐えるしかなかった。
「コネゼだ。あれは優秀な射手だ。お前などとは比べ物にならぬ。ロイノも、いい婿を得て幸せであろう」
「そうでございます、父上」
少年は、この胸の怒りをどうしたものかわからなかった。
わかる前に、次の強烈な一撃が来た。
「祝言の前に、お前には村を出てもらう」
少年は耳を疑った。
「父上、今、なんと……?」
「いったとおりだ。お前とは、今ここで親子の縁を切る。この村は貧しい。いつまでも半人前を養っておくだけの余裕などない」
父親は、それだけいうと、硬直したゲゼを残して、部屋を出て行った。
「…………!」
ふらふらと歩き出した少年は、激しく壁を叩いた。叩いたところでどうなるわけでもない。だが、少年は、壁を叩き、壁を叩き、壁を叩き……。
父親も母親も、家族はなにもいわなかった。
三年の月日が流れた。
ゲゼのことを思い出すものは、もうほとんどいなくなっていた。
祭りの日だった。
今や村の長としての修行にいそしむコネゼは、村の宝である、どんな矢をも通さないといわれる、軽い鉄と鎖の胸当てをつけ、病気の長のかわりに祭壇で儀式を行うため、壇上に上がっていた。
なにかが飛んだ。
胸当ての鎖の部分を貫き、まがまがしさを覚える太い黒い棒のようなものが突き立っていた。
倒れたコネゼを取り囲み、村人たちは、なんだ、どうしたと叫び声を上げた。
コネゼは息絶えていた。
ひとりが、コネゼの胸からその黒く太い棒を引き抜いた。かなりの重さのある鉄の矢だった。
「太矢だ……石弓に使われるものだ……」
「誰だ! そんな穢れた卑怯千万な武器を使うやつは!」
誰にも聞こえないような小さな声で、まだ歩くこともできない赤ん坊を抱いた女がつぶやいた。
「ゲゼ……」
標的に音もなく近寄り、一撃で射殺す、石弓の達人の噂が、遠く離れた終末港でささやかれるようになるには、それほど時間はかからなかった……。
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NoTitle
なんとも、皆不幸になっているのがやりきれんなぁ。
ゲセの行為を云々言っても仕方ないけど、
歪んでいるなぁ。
石弓使いが石で殺されたのも因縁かね。
ゲセの行為を云々言っても仕方ないけど、
歪んでいるなぁ。
石弓使いが石で殺されたのも因縁かね。
- #5117 ぴゆう
- URL
- 2011.09/13 08:38
- ▲EntryTop
Re: 秋沙さん
こういう作品がぽんぽん書ければいいんですけどねえ。
根が行き当たりばったりなのか、最近ショートショートしか書けなくなっている自分に気づく。
というか、長編のアイデアが湧いたら投稿してます(^^;)
世の中うまくいかん(笑)
根が行き当たりばったりなのか、最近ショートショートしか書けなくなっている自分に気づく。
というか、長編のアイデアが湧いたら投稿してます(^^;)
世の中うまくいかん(笑)
NoTitle
おおお、こんな人もいましたな。
すいません、コメントサボってる間にこんな面白い企画が始まっていたとは。
う~む、どんな些細な登場人物にも、それぞれの人生があるってもんで・・・。
スピンオフを書くことを主としている私としては、かなり楽しい企画です。
「紅蓮・・・」はかなり私の好みのツボな小説だったんだなぁと改めて思いますよ~。
情景とかセリフとか、いちいちツボ。
またぜひとも、こういう大作をポールさんには書いてもらいたい(^^)
すいません、コメントサボってる間にこんな面白い企画が始まっていたとは。
う~む、どんな些細な登場人物にも、それぞれの人生があるってもんで・・・。
スピンオフを書くことを主としている私としては、かなり楽しい企画です。
「紅蓮・・・」はかなり私の好みのツボな小説だったんだなぁと改めて思いますよ~。
情景とかセリフとか、いちいちツボ。
またぜひとも、こういう大作をポールさんには書いてもらいたい(^^)
Re: ねみさん
だからガレーリョス家に射手として仕えて、イルミール家との交渉時にナミの投石紐で頭をかち割られて死んだあの人だってば。
……覚えてないよなあ台詞もないチョイ役だもんなあ。
……覚えてないよなあ台詞もないチョイ役だもんなあ。
Re: 西幻響子さん
まず誰も覚えていないだろう、出てきたと思ったらナミに投石紐で石をぶつけられて即死した、台詞すらない気の毒な登場人物です(^^;)
何も書いていないも同然だったから、それなりに空想を広げられた部分もあります。
なにせ本編は設定すらろくにやっていないもので……(汗)
何も書いていないも同然だったから、それなりに空想を広げられた部分もあります。
なにせ本編は設定すらろくにやっていないもので……(汗)
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Re: ぴゆうさん
とはいえ、みんなハッピーだったら、終末港なんかで汚れ仕事なんかしないもんなあ。
小説中に登場した中で、それまでの人生で「まっとうな」生き方をしてきたのは半分くらいだもんなあ。
うむむ……。