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    「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
    紅蓮の街・外伝「彼らなりの詩(うた)」(掌編シリーズ・完結)

    紅蓮の街・外伝/十三番目の男

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    十三番目の男



     天才的な数学者、ガウマン教授は、スランプに陥っていた。

     長年の研究テーマだった奇妙な方程式に関して、自分よりはるかに劣ると思っていた論敵に先を越され、それだけならまだしも、自分の取っていたアプローチが、方向性からしてまったくの間違いか、そうでなくとも先行きの見通しが暗いということを如実に示されてしまったのだ。

     ガウマン教授は、もちろんこの研究がなくとも、それまでの実績だけで、数学史上に名を残すだけの天才であったし、学界も、本人もそれを理解していた。

     とはいえ、生涯最後の研究にしようと思っていたテーマについて、無様な失敗を見せた、となったら、画龍に点睛を欠くというか、まあ、あまり名誉あることではない。

     特に、かねてより「駿馬も老いれば駑馬にも劣る」という言葉に対して嫌悪感を抱いていた教授としては、「駿馬は老いても駿馬である」ということを証明したくてたまらなかった。

     教授は不愉快であった。ひたすらに不愉快であった。

     そんなときに教授が行うこと、それは、教授が数学以外に情熱を燃やす対象である唯一の対象、すなわち古物商のもとで古文書の出物をあさることであった。

     その天才的な頭脳は、古代の言葉にも精通していた。そうでもなければ、古文書の贋物をつかまされかねない。

     なじみの骨董屋に入ると、主人がもみ手をしながら待っていた。

    「教授じゃないですか。実は、いい出物があるんですよ。なんと! 今を去ること八百年前のもの!」

    「八百年前? そんなものが、残っているわけはないじゃろう!」

    「それがですね、これが終末港の建物から出てきたそうなんですわ」

    「あの遺跡だらけの街の?」

    「そうそう。その地下室から出てきたんだそうですよ。どうやら囚人の手記らしいですが、字から見るに、あまり身分は高くなかったようで……」

    「闇で流れてきたのか」

    「そういうの好きでしょ?」

    「ま、まあ、嫌いではないが。現物を見ないことには」

    「これなんですがね」

     店主は、怪しげな箱を取り出して、その中からうやうやしく、ぼろぼろの紙の束を取り出した。

     教授はそのタイトルを一瞥した。

    「賭博必勝法……?」

     店主は、げらげらと大笑いした。

    「ははは、そんな方法があるのだったら、誰も苦労はしませんや! こんな価値のない落書き、それこそ……」

    「いくらだ」

     教授は、なめるようにその一ページを読んでいた。

    「へ?」

    「いくらだ、と聞いている」

     店主が述べた、いささか暴利とも思える値段に対し、教授は、その場で小切手を書いた。逡巡はいささかもなかった。



    「賭博で勝つにはひとつしかない……カード賭博の場合は、出されたカードを全て暗記し、その上で自分が勝てる勝負であるかどうかを冷静に考量にかけ、運がそれ以上であることを祈るだけである。さいころ賭博であれば、自分が賭けている目の勝利による割合が、よいものであればそれに乗り、悪ければ避けることである。そして、勝っているうちにその場を離れねばならぬ。運がいくらあろうとも、長い期間の勝負のうちに、分配される金の量は、ある線で決まってくる……裏を返せば、分配される金の期待額が、手持ちより鉄貨一枚でも多くなるような勝負であれば、進んで勝負に乗るべきであり、期待額が損になるような勝負であれば、それは絶対に避けねばならぬ、ということである。この割合は、適切かつ簡単な算術により表すことが可能であり、それを余は死ぬ前にここに書き残すのである……」



     教授が、「確率論」と呼ばれる数学の分野を切り開いて世間をあっといわせたのは、古文書を手に入れて間もなくのことだった。

     最初は、「ガウマンの確率論」と呼ばれていたが、後に、ガウマン教授は理論を整理し、数式を明確化しただけで、その基礎となるアイデアのほとんどは八百年前の人間の手による古文書によるものであるということが誰の口からともなく広まって、古文書の作者は、その不敗ぶりが未だに畏敬をもって語られる、悲劇的な最期を遂げた伝説の賭博者、『いかさま賽のトイス』であるということにいつの間にかなってしまい、理論の名前も「ガウマン=トイスの確率論」から、最終的には「トイスの確率論」へと変わっていってしまった。

     その四十頁足らずの古文書の作者が誰であるかは今もって謎のままである。



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    ~ Comment ~

    Re: ぴゆうさん

    ピラミッドにでかでかと彫り付けたものがきれいに消え去ってしまうこともあるし、なにげなく書いたパピルスの紙切れが、二千年後にエジプトの高度な数学の存在を示す証拠になったりすることもあるし、いやー歴史とか運命とかいうものはわからんもんですよ。

    恥ずかしいのは、「自分ひとりのことしか見えなく」なって、ともに落ちた6人と、それ以上に無念な思いをした75人に対し非常に無礼な台詞を吐いてしまったことですね。
    なにが「やけ」だ、と(^^;)

    ちくしょう今に見ていろと思ったのもほんとうですが。

    NoTitle

    トイス。
    居たねぇ~~
    何気に懐かしい気もする。
    書き記しておくって、やっぱいいことなんだな。
    今は紙なんかボロボロになりそうだね。
    将来に残るものなんてあるのだろうか。

    大賞の選考に残って競ったと云うのはいい経験だし、励みになるよね。
    これからもがんばってな。
    わたしもがんばろう。

    Re: 矢端想さん

    なにせ大航海時代さえ千年経っても来ない世界ですから。

    確率論をまとまった形で研究したのはパスカルが最初ですからねえ。

    賭博がまともな数学の対象になるということを認識しただけでも大発見でしょうな。

    ちょっと教授気の毒(笑)

    NoTitle

    「紅蓮の街」の人々は「確率論」ってまだ知らなかったのね・・・。

    最初からなんとなく「ミステリ臭」を感じていらん警戒をして読んでましたが、なんだ、こういう話であったか!

    死して後の世までも煙に巻く正体不明のいかさま賽。「トイス編」をこういう形にするとは、さすが職人芸(褒め言葉です)と言わざるを得ない。
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