「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
紅蓮の街・外伝「彼らなりの詩(うた)」(掌編シリーズ・完結)
紅蓮の街・外伝/二十番目の男
二十番目の男
舌さえあれば、生きていける。
それが男の座右の銘だった。
男の名はジェス。ヴェルク・ガレーリョス三世のいちばんの寵臣。
しかしそれも……。
「昨日までのことだったぜ」
ジェスは、焼け跡の街を歩きながら、ひとりごちた。
それにしてもひどい火災だった。ひどい火災でも、自分に関係なければいいのだが、雇い主のヴェルク三世その人が、どうも母親ともども焼け死んでしまったらしいのだ。
これではどうにもならない。ヴェルク三世とその母親がいなければ、残るガレーリョス家の有力者は、家令のバルと、衛兵隊長のゴグだろう。やつらが動き出す前に、こっちで跡継ぎのアルビヌスとかいうガキを押さえちまえ、と思ったが、ゴグのほうがひと足早くアルビヌスの後ろについていた。
あの頭の単純なバカにどうしてこんな素早い動きができたのだろうか。
「ちくしょう、誰か入れ知恵したやつがいるんだな」
腹を立ててみても後の祭りだった。バルにもゴグにも自分が嫌われていることを悟っていたジェスは、夜陰にまぎれてさっさとガレーリョス邸を後にすることにしたのである。あの、単純そのもののゴグの指揮下で終末港を再建するための労働力として駆り出されるのなど、ジェスにとってはごめんこうむることだった。
むろん、ただ単に逃げてくるようなジェスではない。
ふところには、台座から外された小さな宝石が詰まった袋が納まっていた。いずれも、ガレーリョス家に仕えていたときから、隙を見てポケットに入れておいたものである。
「とにもかくにも、このいかれた街から逃げなくちゃな……」
ジェスは、まっすぐ、終末港の門に向かっていた。
火事で焼け、倒れた壁を迂回したときだった。
ジェスの目の前で火花が散った。
気がついたとき、ジェスは焼け跡の路地裏に引っ張り込まれていた。
「よう、ジェスの旦那、久しぶりだねえ」
目を開けるとそこには、貪欲な目を光らせた三人の男が、ジェスがふところに抱いていた宝石の袋を片手で弄びながら、にたにたといやらしい顔で笑っていた。手にはたいまつを握っている。
「てめえ、ガーグ。どういう了見だ!」
ジェスはつかみかかろうとしたが、身体が焼け残った木の柱に縛りつけられていることに気づいただけだった。
「なにも。ちょいと頭を働かせただけさ。雇い主が死んだら、ジェスの旦那はどう動くか、ってね。見張っていたら、おれたちの思うとおりに動くじゃないか。小躍りしたね、まったく」
「てめえには情報の謝礼として、これまでにさんざんいい目を見せてきただろうが!」
「さんざんいい目? 聞いて呆れるとはこのことだ。あんたがどれだけの額をふところに入れて、おれたちには小遣い銭程度しかわけていなかったか、それをおれたちが気づかないとでも?」
ガーグは腰からナイフを抜いた。
「ジェスの旦那、旦那の口車はたしかにすごい。どんな身分のかたをたらしこんで、おれたちを追わんともかぎらねえ。だから用心のために、おれたちはしておくことをしておかなきゃならねえのさ。おめえらも手伝え」
近寄ってくる三人を見て、ジェスは蒼白になった。
「な、やめろ、やめろ! あぐあ、ぐあ、ぐあーっ!」
ジェスにとって、全てが終わった。
ガーグたち三人は、ジェスを縛めから解く前に、ナイフで舌を切り落とすと、たいまつでじゅうぶんに熱した鉄でもって、その傷口を焼いてしまったのである。
しゃべるどころか、ふた目と見られぬ顔になってしまったジェスは、泣くよりも、怒るよりも先に、茫然自失して虚脱状態になってしまったのだった。
いつの間にか雨が降り出してきた。
ジェスには自死を選ぶことすら許されなかった。もともとそのような度胸がある男ではなかったし、それに今となっては舌を噛むこともできなかったのである。
雨は容赦なくジェスの身体に、頭に降り注いだ。
頭が冷えてくると、逆に、ジェスの心にはふてぶてしさが戻ってきた。
『……生きている。おれはまだ、生きているじゃないか! 舌がなくなっても、おれはまだ、生きている!』
ジェスは立ち上がった。
『醜くなろうが、言葉をしゃべれなかろうが、それがどうした! 見てろよ、人をたらしこむ手立ては、いくらでもあるんだ! おれは……おれは、ジェス様だ!』
言葉にならないうめき声で、ジェスは笑った。大声で笑った。
ジェスはふらふらと歩き始めた……。どこへともなく。

舌さえあれば、生きていける。
それが男の座右の銘だった。
男の名はジェス。ヴェルク・ガレーリョス三世のいちばんの寵臣。
しかしそれも……。
「昨日までのことだったぜ」
ジェスは、焼け跡の街を歩きながら、ひとりごちた。
それにしてもひどい火災だった。ひどい火災でも、自分に関係なければいいのだが、雇い主のヴェルク三世その人が、どうも母親ともども焼け死んでしまったらしいのだ。
これではどうにもならない。ヴェルク三世とその母親がいなければ、残るガレーリョス家の有力者は、家令のバルと、衛兵隊長のゴグだろう。やつらが動き出す前に、こっちで跡継ぎのアルビヌスとかいうガキを押さえちまえ、と思ったが、ゴグのほうがひと足早くアルビヌスの後ろについていた。
あの頭の単純なバカにどうしてこんな素早い動きができたのだろうか。
「ちくしょう、誰か入れ知恵したやつがいるんだな」
腹を立ててみても後の祭りだった。バルにもゴグにも自分が嫌われていることを悟っていたジェスは、夜陰にまぎれてさっさとガレーリョス邸を後にすることにしたのである。あの、単純そのもののゴグの指揮下で終末港を再建するための労働力として駆り出されるのなど、ジェスにとってはごめんこうむることだった。
むろん、ただ単に逃げてくるようなジェスではない。
ふところには、台座から外された小さな宝石が詰まった袋が納まっていた。いずれも、ガレーリョス家に仕えていたときから、隙を見てポケットに入れておいたものである。
「とにもかくにも、このいかれた街から逃げなくちゃな……」
ジェスは、まっすぐ、終末港の門に向かっていた。
火事で焼け、倒れた壁を迂回したときだった。
ジェスの目の前で火花が散った。
気がついたとき、ジェスは焼け跡の路地裏に引っ張り込まれていた。
「よう、ジェスの旦那、久しぶりだねえ」
目を開けるとそこには、貪欲な目を光らせた三人の男が、ジェスがふところに抱いていた宝石の袋を片手で弄びながら、にたにたといやらしい顔で笑っていた。手にはたいまつを握っている。
「てめえ、ガーグ。どういう了見だ!」
ジェスはつかみかかろうとしたが、身体が焼け残った木の柱に縛りつけられていることに気づいただけだった。
「なにも。ちょいと頭を働かせただけさ。雇い主が死んだら、ジェスの旦那はどう動くか、ってね。見張っていたら、おれたちの思うとおりに動くじゃないか。小躍りしたね、まったく」
「てめえには情報の謝礼として、これまでにさんざんいい目を見せてきただろうが!」
「さんざんいい目? 聞いて呆れるとはこのことだ。あんたがどれだけの額をふところに入れて、おれたちには小遣い銭程度しかわけていなかったか、それをおれたちが気づかないとでも?」
ガーグは腰からナイフを抜いた。
「ジェスの旦那、旦那の口車はたしかにすごい。どんな身分のかたをたらしこんで、おれたちを追わんともかぎらねえ。だから用心のために、おれたちはしておくことをしておかなきゃならねえのさ。おめえらも手伝え」
近寄ってくる三人を見て、ジェスは蒼白になった。
「な、やめろ、やめろ! あぐあ、ぐあ、ぐあーっ!」
ジェスにとって、全てが終わった。
ガーグたち三人は、ジェスを縛めから解く前に、ナイフで舌を切り落とすと、たいまつでじゅうぶんに熱した鉄でもって、その傷口を焼いてしまったのである。
しゃべるどころか、ふた目と見られぬ顔になってしまったジェスは、泣くよりも、怒るよりも先に、茫然自失して虚脱状態になってしまったのだった。
いつの間にか雨が降り出してきた。
ジェスには自死を選ぶことすら許されなかった。もともとそのような度胸がある男ではなかったし、それに今となっては舌を噛むこともできなかったのである。
雨は容赦なくジェスの身体に、頭に降り注いだ。
頭が冷えてくると、逆に、ジェスの心にはふてぶてしさが戻ってきた。
『……生きている。おれはまだ、生きているじゃないか! 舌がなくなっても、おれはまだ、生きている!』
ジェスは立ち上がった。
『醜くなろうが、言葉をしゃべれなかろうが、それがどうした! 見てろよ、人をたらしこむ手立ては、いくらでもあるんだ! おれは……おれは、ジェス様だ!』
言葉にならないうめき声で、ジェスは笑った。大声で笑った。
ジェスはふらふらと歩き始めた……。どこへともなく。
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Re: ぴゆうさん
これも暴力と暗黒の街、終末港の一面でありますのですみません。
平和な猫国とは違い、観光旅行にはとてもお勧めできない街ですなあ……。
平和な猫国とは違い、観光旅行にはとてもお勧めできない街ですなあ……。
NoTitle
僕は22歳の自損事故で顔面90針縫う大ケガをしたとき、下顎はザクロ、下唇は一部貫通し、舌にも歯による長さ1cmほどの亀裂ができたわけですが、あまり激痛という記憶はないなあ。しびれたような感覚で、血があふれ続け崩れそうな顎を押さえつつひたすら救急車を待ってただけで。
したたか飲んでたせいかな。
やはり苦痛を忘れさせ、最後に人間を救うのはドラッグなのだなあ・・・と、今日も感謝の酒を飲む。(←誰か何とか言ってやれ)
したたか飲んでたせいかな。
やはり苦痛を忘れさせ、最後に人間を救うのはドラッグなのだなあ・・・と、今日も感謝の酒を飲む。(←誰か何とか言ってやれ)
NoTitle
いたいいたい・・・。
想像するだけで痛い(>_<)
ジェスという男も、結構腹黒くしたたかなようですね。
こんな悲惨な目のあっても、きっとこういう男はどこかで生きていくんでしょう。
ポールさん的には、この男にエールを送りたいですか?
それとも、忌むべき存在ですか?
それにしても、やはり舌というのは、一番痛い部位ですよね。
「それ以上近づくと、舌を噛んで死にますよ!」
という泣ける台詞をよく聞きますが(どこで)、
実際そんなことは生命保持本能が働いて、不可能なんじゃないでしょうか。
舌を噛み切るなら、切腹の方がまだマシなような・・・・。
あれは出血で、というより、痛みに心臓が持ちこたえられずに、死に至るんじゃないかと・・・思うのですが、どうでしょう。
想像するだけで痛い(>_<)
ジェスという男も、結構腹黒くしたたかなようですね。
こんな悲惨な目のあっても、きっとこういう男はどこかで生きていくんでしょう。
ポールさん的には、この男にエールを送りたいですか?
それとも、忌むべき存在ですか?
それにしても、やはり舌というのは、一番痛い部位ですよね。
「それ以上近づくと、舌を噛んで死にますよ!」
という泣ける台詞をよく聞きますが(どこで)、
実際そんなことは生命保持本能が働いて、不可能なんじゃないでしょうか。
舌を噛み切るなら、切腹の方がまだマシなような・・・・。
あれは出血で、というより、痛みに心臓が持ちこたえられずに、死に至るんじゃないかと・・・思うのですが、どうでしょう。
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Re: 椿さん
案外とこいつ、パントマイム覚えて道化師になって、地方の領主の奥方あたりたぶらかして楽しく長生きするかもしれません(^_^)