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    「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
    紅蓮の街・外伝「彼らなりの詩(うた)」(掌編シリーズ・完結)

    紅蓮の街・外伝/二十一番目の男

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    二十一番目の男



     今宵の終末港の空はよく晴れている。星々がとてもきれいだ。

     こんな星空を見ていると、明日のだいたいの天気もわかる。今は晴れていても、明け方までには雨が降り出し、止むのは陽が落ちるころだろう。

     また仕事をしてしまった。おれは頭を振った。

     「あいつは責任感の強い男だ」と、みんなはおれのことをいっていたものだったっけ。

     それを見込まれたのか、先々代の伯爵閣下から、バルテノーズ家の空見衆として、数ある家士の中から選ばれたときには、身の震えるような思いをしたものだった。

     もとから空を見て天候を予測することには自信があった。空見衆の仕事は、おれにとって天職のようなものだった。

     それが。

     おれは手もとの短剣に、もう一度視線を落とした。

     刃は、黒くくすんでいた。あの大火の中でさんざん動き回ったからな。おれは自分でも不思議な笑いをこらえきれなかった。耳には、それはおれの声ではなく、誰かほかのやつが虚ろに笑っているように聞こえた。

     それにしても。

     今となってははるか昔のことにも思えるあの秋の日。

     ……おれは、雪が降ってくることを見抜くことができなかった!

     おれは短剣を逆手に握った。

     人は、たかがそんなこと、ということだろう。あのデイルとかいうやつは、すでに起こり、もう終わり、全ての処分がついたことに対し、責任を感じて自死を選んだ大馬鹿者だ、と、節をつけて歌うに違いない。

     しかし、おれは、いいわけのできないことをしてしまった。

     亡くなられたエリカ公爵閣下に叱言を受けてしまったのだったから。

     あれからおれは、空見衆として来る日も来る日も、毎日屋根に登り、空を見上げた。なんとか空の変化を把握し、後世に伝えるためもあったが、おれの気持ちとしては、雪に埋もれて死ぬことが目的のひとつでもあったのだ。

     だが、神々の王ザースは冷酷だった。おれを生かしておいて、代わりにエリカ様のお命を奪ったのだから。

     あの大火の日、エリカ様の逝去を聞いたおれは、街を飲み込むかのように荒れ狂う炎の中に飛び込んで、ひたすら火消しに励んだ。そうすれば、炎に巻かれて死ねるかもしれないと思ったからだ。

     駄目だった。おれは生き残り、人々から賞賛を受けた。おれの身の危険を顧みぬ行為により、何人もの人間が助かった、と。

     おれは虚ろに笑ってそれに答えるしかなかった。

     短剣の刃が黒ずんだのも、炎を浴びてすすけてしまったからだった。研ぎなおして脂を塗れば、もとの鈍く光る刃に戻ることはわかっているが、黒ずんでいたところで、おれの目的には関係はない。

     この、焼け崩れてから誰も使っていない物見櫓の二階にいれば、おれは静かに死ぬことができる。

     さようなら、おれが愛していたこの街よ、おれが愛していたこの空よ、おれが愛していたバルテノーズ家よ。

     短剣を胸に突き立てようとしたそのとき、おれの耳に、なにかが聞こえてきた。どこかで聞いたような覚えがする音だが、なんだかはわからない。

     おれは、短剣を腰の鞘に挿しなおすと、物見櫓の崩れかけた階段を降りた。このどこか胸をえぐるような音を聞きながらでは、死ぬ気になれない。

     物見櫓の戸口を開けたおれは、はっと息をのんだ。

     なんでおれはこの音に気がつかなかったのだ。

     そこには、まだ乳しか飲めぬような赤子が、籠に入れられて、今にもとぎれそうな、か弱い声で泣いていたのだ。捨て子だろう。

     おれは、思わず籠から赤子を取り上げた。春とはいえ、ついこの間までは雪が降っていたような街なのだ。まだ、この夜気は冷たすぎて、赤子には毒だ。思ったとおり、赤子の身体は冷え始めており、すぐにでも温めなくては命も危険だ。

     おれは短剣を抜くのももどかしく、自分の服を切り裂くと、その赤子を自分の身体に押し当てた。これでいくらか、この子を温める役には立つだろう。

     いったいどんなやつがこの子を……。

     空を見上げたおれは、はっとした。

     エリカ様だ。エリカ様が、死ぬほどの覚悟があるなら、死ぬ代わりに生きてこの赤子を育てよといっているのだ。

     繰り返すが、おれは責任感の強い男だ、と皆からいわれている。

     おれは公爵の邸に帰ることにした。誰が馬鹿にしようと、笑おうと、おれはこの、名も知らぬ赤子を育ててみせる。

     育ててみせるのだ。



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    ~ Comment ~

    Re: 椿さん

    なにせ「当主の命令は絶対」のバルテノーズ家で、当主があのエリカちゃんでしたからねえ。

    ……部下も感化されますな。(^_^)

    NoTitle

    すごく良かったです。
    朝から感動してしまいました。

    この人、スゴイいい人だ……。
    きっと立派に子供を育て上げ、皆から尊敬される人として生きるのだろうなあ。
    でも本人は後悔を抱えながら。
    チョイ役の方に、こんなエピソードが付くなんてスゴイと思いました。

    Re: ぴゆうさん

    この人も本編では三行くらいしか台詞がないチョイ役ですが、後日譚を考えてみると、けっこう深い話になってしまいました。

    そしてけっこういい話に(^^)

    こういうのを書いていると、長編で「後日譚」を書きたくなりますが、そこはぐっとガマンして別なのを書く(^^;)

    とはいえ何も決まってませんけど(^^;)

    NoTitle

    なんかいいではないの。
    藤平の気分だわ。
    捨て子をきっと立派に育ててくれそうだね。
    いい話だ。
    悔悟だけで終わるのではなく、未来を感じた。
    いい。
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