「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
紅蓮の街・外伝「彼らなりの詩(うた)」(掌編シリーズ・完結)
紅蓮の街・外伝/二十三番目の男
二十三番目の男
余が武術を学ぶにおいて、かの師を得たのはまたとない幸運であった。
余は罪人である。
二十年前になるか、余がかつて五歳であったころ、余は忌まわしくも、口にするのもはばかられる物を食した。
これは取り消しようのない事実である。
その重さに気がついたのは、うかつにも師に武術を学び始めて三年後、余が八歳のときであった。
余は弓術の鍛錬をしていたとき、八歳には不向きな強弓を無理やり引かんとして、手を滑らせたのである。
矢はあらぬかたへ飛び、たまたま屋根を直していた職人に当たってしまった。
職人は屋根から落ちた。
余と師が駆け寄ったとき、職人はうめき苦しんでいた。
「どうすればいい、ゴグ」
余は師に尋ねた。
師は医者が来るまでに職人の体から矢が抜けて、余計な出血をするのを嫌い、刺さった矢を折った。そして、余の手から強弓を奪うと、折れている足に皮ひもで巻きつけた。
「伯爵閣下、こいつは頭も腹もそれほど打ってないようだけど、きちんと手当てをしないと危ないね」
「……………………」
余は震えていることしかできなかった。
そんな余に、ゴグはいった。
「伯爵閣下、覚えておいたほうがいいや。これが、武術で『人を打つ』ということでさあ」
余はうめき苦しむ職人を見、てきぱきと応急処置をする師を見、ついに叫んだ。武をもってするガレーリョス家の当主としてはあるまじき言葉だったが。
「ゴグ! 余はなにをすればいい! このものの命を救うため、余はなにをすればいい!」
振り向いたゴグの目に、余を責める色はまったくなかった。それが、なによりも余を恥じ入らせた。
「そうだなあ、伯爵閣下。さっき衛兵が、医者を呼びに駆けていったから、おっつけくるだろうから、医者の手伝いをすることくらいしか、やることはないなあ」
余の手は震えていた。
「余はなんということを……」
「伯爵閣下、そう思う気持ちが大事なんでさあ。さもないと、先代の伯爵閣下のように、人の命をなんとも思わぬ人間になっちまう。まあ、おれもそういう人間になりかけでしたがね」
その言葉を聞いたとき、余はあの冬の日に自分がなにを食したのかを悟ったのだ。
やがて医者が、戸板をかついでやってきた。師と医者と余は、その傷ついた職人を横たわらせた戸板をかつぎ、余はその後、余にできる範囲のことすべてで、医者の手伝いをした。
翌日、師にあった余は、武術をやめてその時間をさらなる学問に割こうと思う、と告げた。
師は頭をぼりぼりかきながらいった。
「それはあまり利口な考えじゃないと思うなあ、伯爵閣下」
「なぜだ!」
「閣下はまだ、『人を打つ』ことの三分の一しか学んでないからでさあ。その三つをすべて学ぶまで、武術の鍛錬は続けたほうがいいと思うなあ、おれは」
その三つ……?
余はそれを知りたさに、師の勧めどおり武術の鍛錬を再び行なうことにした。
それから二十年。
余は、残りのふたつも知った。
ひとつは、打つべきでない者を打って殺してしまった経験。
そしてもうひとつは、愛するもののために自ら人を打って殺した経験。
その重さを知ったことだけでも、余、オルロス伯爵アルビヌス・ガレーリョスは、よき師にめぐり会えたことを宝と思うのである。

余が武術を学ぶにおいて、かの師を得たのはまたとない幸運であった。
余は罪人である。
二十年前になるか、余がかつて五歳であったころ、余は忌まわしくも、口にするのもはばかられる物を食した。
これは取り消しようのない事実である。
その重さに気がついたのは、うかつにも師に武術を学び始めて三年後、余が八歳のときであった。
余は弓術の鍛錬をしていたとき、八歳には不向きな強弓を無理やり引かんとして、手を滑らせたのである。
矢はあらぬかたへ飛び、たまたま屋根を直していた職人に当たってしまった。
職人は屋根から落ちた。
余と師が駆け寄ったとき、職人はうめき苦しんでいた。
「どうすればいい、ゴグ」
余は師に尋ねた。
師は医者が来るまでに職人の体から矢が抜けて、余計な出血をするのを嫌い、刺さった矢を折った。そして、余の手から強弓を奪うと、折れている足に皮ひもで巻きつけた。
「伯爵閣下、こいつは頭も腹もそれほど打ってないようだけど、きちんと手当てをしないと危ないね」
「……………………」
余は震えていることしかできなかった。
そんな余に、ゴグはいった。
「伯爵閣下、覚えておいたほうがいいや。これが、武術で『人を打つ』ということでさあ」
余はうめき苦しむ職人を見、てきぱきと応急処置をする師を見、ついに叫んだ。武をもってするガレーリョス家の当主としてはあるまじき言葉だったが。
「ゴグ! 余はなにをすればいい! このものの命を救うため、余はなにをすればいい!」
振り向いたゴグの目に、余を責める色はまったくなかった。それが、なによりも余を恥じ入らせた。
「そうだなあ、伯爵閣下。さっき衛兵が、医者を呼びに駆けていったから、おっつけくるだろうから、医者の手伝いをすることくらいしか、やることはないなあ」
余の手は震えていた。
「余はなんということを……」
「伯爵閣下、そう思う気持ちが大事なんでさあ。さもないと、先代の伯爵閣下のように、人の命をなんとも思わぬ人間になっちまう。まあ、おれもそういう人間になりかけでしたがね」
その言葉を聞いたとき、余はあの冬の日に自分がなにを食したのかを悟ったのだ。
やがて医者が、戸板をかついでやってきた。師と医者と余は、その傷ついた職人を横たわらせた戸板をかつぎ、余はその後、余にできる範囲のことすべてで、医者の手伝いをした。
翌日、師にあった余は、武術をやめてその時間をさらなる学問に割こうと思う、と告げた。
師は頭をぼりぼりかきながらいった。
「それはあまり利口な考えじゃないと思うなあ、伯爵閣下」
「なぜだ!」
「閣下はまだ、『人を打つ』ことの三分の一しか学んでないからでさあ。その三つをすべて学ぶまで、武術の鍛錬は続けたほうがいいと思うなあ、おれは」
その三つ……?
余はそれを知りたさに、師の勧めどおり武術の鍛錬を再び行なうことにした。
それから二十年。
余は、残りのふたつも知った。
ひとつは、打つべきでない者を打って殺してしまった経験。
そしてもうひとつは、愛するもののために自ら人を打って殺した経験。
その重さを知ったことだけでも、余、オルロス伯爵アルビヌス・ガレーリョスは、よき師にめぐり会えたことを宝と思うのである。
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~ Comment ~
NoTitle
立派に育って(ToT)
彼は自分の出生の秘密とか知ってるのかなー。
でも、知ったとしてもちゃんと前を向いて進める強い人になっていそうだな。ゴグ、主人を立派に育て上げましたね。
彼は自分の出生の秘密とか知ってるのかなー。
でも、知ったとしてもちゃんと前を向いて進める強い人になっていそうだな。ゴグ、主人を立派に育て上げましたね。
外伝23に対するコメ返
>ぴゆうさん
ガレーリョス家が滅びなかったことは、「紅蓮の街」の「エピローグ」に書いた通りです。あの冬から三十年、五歳だったアルビヌスくんは三十五歳の凛々しい伯爵家当主になって人々の尊敬を集めています。教育係がある意味単純素朴なゴグだったので、ヴェルク三世ほどエキセントリックではないものの、それだけ安定した人格を持っているのであります。
アルビヌスくんを教え導くゴグはなにかの形で書きたいと思っていました。本腰を入れて書くとロバート・B・パーカーの「初秋」みたいな長編を書かなければならなくなるので無理ですが……。
ガレーリョス家が滅びなかったことは、「紅蓮の街」の「エピローグ」に書いた通りです。あの冬から三十年、五歳だったアルビヌスくんは三十五歳の凛々しい伯爵家当主になって人々の尊敬を集めています。教育係がある意味単純素朴なゴグだったので、ヴェルク三世ほどエキセントリックではないものの、それだけ安定した人格を持っているのであります。
アルビヌスくんを教え導くゴグはなにかの形で書きたいと思っていました。本腰を入れて書くとロバート・B・パーカーの「初秋」みたいな長編を書かなければならなくなるので無理ですが……。
NoTitle
ざいにんと読むより、つみびとと読むべきなんだね。
しかしいろんな人が出てくるなぁ~
ガレーリョス家は滅びなかったのね。
深い話になっている。
タイトルがとってもいいし、相応しい。
しかしいろんな人が出てくるなぁ~
ガレーリョス家は滅びなかったのね。
深い話になっている。
タイトルがとってもいいし、相応しい。
- #5223 ぴゆう
- URL
- 2011.09/30 14:47
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Re: 椿さん
ガレーリョス家が今も続いているのはゴグくんが死ななかったおかげです。
人の命を簡単に奪ってはいけないというよい見本(そうか?(^^;))