「紅蓮の街(長編ファンタジー・完結)」
紅蓮の街・外伝「彼らなりの詩(うた)」(掌編シリーズ・完結)
紅蓮の街・外伝/二十六番目の男
二十六番目の男
これ以上なにを話せというのじゃ……。
お前たちによって歯を一本残らず抜かれ、しゃべることもままならんわしに……。
なぜ、エリカ・バルテノーズを裏切ったのか?
金? 違うな。教会の財産は莫大なものじゃったし、この街の大司教であることだけで、使いきれんほどの金が入ってくる。
権力? 確かにガレーリョス家と組むことにより、世俗権力は増えるじゃろうが、そうでなくともわしは宗教の面ではこの街の最大の権力者じゃ。
エリカを裏切ったのは、金のせいでも権力のせいでもない。
わからんのか。
わしが、あの小娘の力とその弱点を知っておったからよ。その事実が、わしを叛逆に向かわせたのよ。
エリカの力の源泉は、話をすることではなく、あの小娘を見ることだということを、わしは早くから気づいておった。なにせ、あの娘をしつけられるのは、わしと、そして同様に目の見えぬ女中だけじゃったからな。
あの女中は、愚かにもエリカを溺愛していたから、気づくことがなかったのじゃろうが、わしは違った。すぐに思い至ったものよ。じゃから、わしはエリカのしつけにはほとんど口を挟まず、バター飴で飼いならしたのじゃ。
もし、先代の公爵夫妻に子が産まれなければ、あの娘が後を継ぐことになるのだからな。言動には細心の注意を払ったわい。
ところで、お前たち、カード賭博をしたことがあるかな。
わしは生まれつき目が見えぬので、将棋くらいしかできぬが、妙手を思いついたら、それを試さずにはいられんもんじゃ。
お前らもそうであろう?
カード賭博で、その場をひっくり返すような、強力なカードが、誰にも気づかれずに手札にあったとき、素直に二位で、そこそこ儲けて賭博を終えるだけの自制心があるかな?
そういうカードは、ここぞ、というときに使いたくなるのではないかな?
それと同じよ。
わしは、エリカを憎んでいたわけではない。これ以上の富や権力を求めていたわけでもない。ましてやヴァリアーナに好意を抱いていたわけではまったくない。
ただ、わしのもとに来た『切り札』を、ここぞとばかりに使ってみせたかったのじゃ。これ以上老いてなにもできなくなる前にな。
結局、痛み分けということだったのかのう。
『死よりも苦しい罰』を与えよ、と、いまわのきわにあの娘はいったそうじゃが、なに、わしゃ、悔いとりはせんよ。わしが神々のように長命であろうと、あと十年もすれば、死ぬことができるのじゃからな。そうすれば、わしの肉体的な苦しみも終わるというわけじゃ。
死後の地獄? お前ら、そんなものを信じていたのかね?
破戒僧ガムロスの、最期の言葉の速記録より抜粋。

これ以上なにを話せというのじゃ……。
お前たちによって歯を一本残らず抜かれ、しゃべることもままならんわしに……。
なぜ、エリカ・バルテノーズを裏切ったのか?
金? 違うな。教会の財産は莫大なものじゃったし、この街の大司教であることだけで、使いきれんほどの金が入ってくる。
権力? 確かにガレーリョス家と組むことにより、世俗権力は増えるじゃろうが、そうでなくともわしは宗教の面ではこの街の最大の権力者じゃ。
エリカを裏切ったのは、金のせいでも権力のせいでもない。
わからんのか。
わしが、あの小娘の力とその弱点を知っておったからよ。その事実が、わしを叛逆に向かわせたのよ。
エリカの力の源泉は、話をすることではなく、あの小娘を見ることだということを、わしは早くから気づいておった。なにせ、あの娘をしつけられるのは、わしと、そして同様に目の見えぬ女中だけじゃったからな。
あの女中は、愚かにもエリカを溺愛していたから、気づくことがなかったのじゃろうが、わしは違った。すぐに思い至ったものよ。じゃから、わしはエリカのしつけにはほとんど口を挟まず、バター飴で飼いならしたのじゃ。
もし、先代の公爵夫妻に子が産まれなければ、あの娘が後を継ぐことになるのだからな。言動には細心の注意を払ったわい。
ところで、お前たち、カード賭博をしたことがあるかな。
わしは生まれつき目が見えぬので、将棋くらいしかできぬが、妙手を思いついたら、それを試さずにはいられんもんじゃ。
お前らもそうであろう?
カード賭博で、その場をひっくり返すような、強力なカードが、誰にも気づかれずに手札にあったとき、素直に二位で、そこそこ儲けて賭博を終えるだけの自制心があるかな?
そういうカードは、ここぞ、というときに使いたくなるのではないかな?
それと同じよ。
わしは、エリカを憎んでいたわけではない。これ以上の富や権力を求めていたわけでもない。ましてやヴァリアーナに好意を抱いていたわけではまったくない。
ただ、わしのもとに来た『切り札』を、ここぞとばかりに使ってみせたかったのじゃ。これ以上老いてなにもできなくなる前にな。
結局、痛み分けということだったのかのう。
『死よりも苦しい罰』を与えよ、と、いまわのきわにあの娘はいったそうじゃが、なに、わしゃ、悔いとりはせんよ。わしが神々のように長命であろうと、あと十年もすれば、死ぬことができるのじゃからな。そうすれば、わしの肉体的な苦しみも終わるというわけじゃ。
死後の地獄? お前ら、そんなものを信じていたのかね?
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いいですねえ。
このひねくれ具合。いや、正直すぎるんですね、自分に。
方法を知っていたから、やった。
なんか、ちょっと美学すら感じます。
(ぜったい良い子のみんなはやっちゃダメだぞ)
最後はほくそ笑みながら死んでいったことでしょう。
あの世でも閻魔さま相手に大博打でもやってるかと。
あ、閻魔さまって宗教がちがうか。
このひねくれ具合。いや、正直すぎるんですね、自分に。
方法を知っていたから、やった。
なんか、ちょっと美学すら感じます。
(ぜったい良い子のみんなはやっちゃダメだぞ)
最後はほくそ笑みながら死んでいったことでしょう。
あの世でも閻魔さま相手に大博打でもやってるかと。
あ、閻魔さまって宗教がちがうか。
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Re: limeさん
勝負の決め手を自分が持っているとなれば、どうしても使いたくなる、という。
ヴェルク二世もサシェル・イルミールもそれで破滅したんですけれど、わたしはそういう人間たちの心がわかるような気がするのです(^^;)
だって配牌で一九字牌が7枚あったら国士狙うでしょう、国士!(マージャンの話なんかしてどうするのだ(笑))