ホームズ・パロディ
○○ごの事件
ライヘンバッハの滝。
その、峻厳なことではスイスでも指折りの断崖絶壁にて、ふたりの男が格闘を繰り広げてていた。
ひとりは、長身痩躯の、知性と行動力を感じさせる男であり、もう一人は、老いのせいで肉体的にはいくらか劣るものの、全身にみなぎった殺気が、そのハンディを補って余りある、ぎらぎらした目の男だった。
そして、ふたりとも、相手をこの轟々と流れ落ちる滝の底へ突き落とそうと、死力を振り絞っていたのである。
痩躯の男は、どうやらなにかの格闘術の訓練を受けたことがあるようだった。だが、それは相手の男も同じだった。いや、技は、その、肉体的にいくらか劣ると思われる年長の男のほうが、紙一重の差で上だと思われた。
年長の男の手刀が一閃した。
二人の男の身体は、くるりとその占めている位置を変えた。いまや、滝壺を真下に見下ろす崖っぷちに追い込まれているのは、痩躯の男のほうだった。
「君はわしの生涯で最大の敵だったよ、ホームズ君」
年長の男がぼそりと告げたそのとき。
その老躯が一瞬硬直し、バランスを崩してたたらを踏み、あっと思うまもなくライヘンバッハの底なしの滝壺へと落ちていった。
ホームズと呼ばれた男は、即座に、自分が今おかれている事態を判断したらしく、さっと身をひるがえすと、周囲から死角になるような場所に素早く走った。
音もなく飛んだ第二の銃弾が、つい先ほどまでふたりがいた地点に当たり、小石を跳ね飛ばした……。
……………………
ロンドンのディオゲネス・クラブの来客室で、そのビヤ樽のように太った男は、同僚である政府の男からの報告をうなずきながら聞いていた。
「なるほど、モラン大佐まであの場には伏せられていたわけか。さすがはモリアーティー、私の考えの上を行く男だ」
「だが、弟さんは生きているんだろう、マイクロフト?」
「無事だよ。手紙が届いた。誰かがモリアーティーを狙撃してくれて助かったが、どうしてあんな余計な根回しなんかをしてくれたんだ、などと書いてよこしたがな」
政府の男は苦笑いした。
「弟さんの生命と脳髄には、二十万ドルの価値がある、と断言したのは君だぜ、マイクロフト。こっちがどれだけ秘密裏に費用を捻出するのに骨を折ったと思ってるんだ」
「私の考えは違わないよ、弟の頭脳にはそれだけの価値がある。あの東洋人を使うだけのね」
「それにしてもだ……」
政府の男は、首をひねった。
「あの東洋人、どうしてポンドじゃなくてドルなんかを欲しがったんだ? そもそも、あいつ、どこで生まれた人間で、今いったいいくつなんだ?」
「知らんよ。カードは、使えればそれに越したことはないのさ」
モラン大佐がライヘンバッハでシャーロック・ホームズを狙撃しようとする直前に、さらに遠距離からモリアーティー教授を狙撃した、謎の東洋人について、語る資料はほとんどない……。
『ごるごの事件』 了
その、峻厳なことではスイスでも指折りの断崖絶壁にて、ふたりの男が格闘を繰り広げてていた。
ひとりは、長身痩躯の、知性と行動力を感じさせる男であり、もう一人は、老いのせいで肉体的にはいくらか劣るものの、全身にみなぎった殺気が、そのハンディを補って余りある、ぎらぎらした目の男だった。
そして、ふたりとも、相手をこの轟々と流れ落ちる滝の底へ突き落とそうと、死力を振り絞っていたのである。
痩躯の男は、どうやらなにかの格闘術の訓練を受けたことがあるようだった。だが、それは相手の男も同じだった。いや、技は、その、肉体的にいくらか劣ると思われる年長の男のほうが、紙一重の差で上だと思われた。
年長の男の手刀が一閃した。
二人の男の身体は、くるりとその占めている位置を変えた。いまや、滝壺を真下に見下ろす崖っぷちに追い込まれているのは、痩躯の男のほうだった。
「君はわしの生涯で最大の敵だったよ、ホームズ君」
年長の男がぼそりと告げたそのとき。
その老躯が一瞬硬直し、バランスを崩してたたらを踏み、あっと思うまもなくライヘンバッハの底なしの滝壺へと落ちていった。
ホームズと呼ばれた男は、即座に、自分が今おかれている事態を判断したらしく、さっと身をひるがえすと、周囲から死角になるような場所に素早く走った。
音もなく飛んだ第二の銃弾が、つい先ほどまでふたりがいた地点に当たり、小石を跳ね飛ばした……。
……………………
ロンドンのディオゲネス・クラブの来客室で、そのビヤ樽のように太った男は、同僚である政府の男からの報告をうなずきながら聞いていた。
「なるほど、モラン大佐まであの場には伏せられていたわけか。さすがはモリアーティー、私の考えの上を行く男だ」
「だが、弟さんは生きているんだろう、マイクロフト?」
「無事だよ。手紙が届いた。誰かがモリアーティーを狙撃してくれて助かったが、どうしてあんな余計な根回しなんかをしてくれたんだ、などと書いてよこしたがな」
政府の男は苦笑いした。
「弟さんの生命と脳髄には、二十万ドルの価値がある、と断言したのは君だぜ、マイクロフト。こっちがどれだけ秘密裏に費用を捻出するのに骨を折ったと思ってるんだ」
「私の考えは違わないよ、弟の頭脳にはそれだけの価値がある。あの東洋人を使うだけのね」
「それにしてもだ……」
政府の男は、首をひねった。
「あの東洋人、どうしてポンドじゃなくてドルなんかを欲しがったんだ? そもそも、あいつ、どこで生まれた人間で、今いったいいくつなんだ?」
「知らんよ。カードは、使えればそれに越したことはないのさ」
モラン大佐がライヘンバッハでシャーロック・ホームズを狙撃しようとする直前に、さらに遠距離からモリアーティー教授を狙撃した、謎の東洋人について、語る資料はほとんどない……。
『ごるごの事件』 了
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Re: 秋沙さん
思うんですがいったいあいついくつでどこで生まれたんだ。現れてからもう40年は経つのに全然変化がないぞ(笑)。磯野波平をはじめとする磯野家の人間よりも謎だぞあいつ。(笑笑)
Re: limeさん
えー、そんなにマニアックかなあ。
だったらものすごくマニアックな小説を……(←こら)
だったらものすごくマニアックな小説を……(←こら)
ああ、よかった!オチがわかった。
それが一番うれしい・・・変な私^^
(だって、時々マニアックだから)
それが一番うれしい・・・変な私^^
(だって、時々マニアックだから)
Re: ミズマ。さん
毎度バカバカしいお笑いを……。
でもわたしなど、いしいひさいち先生の域にはまだほど遠いであります(汗)
でもわたしなど、いしいひさいち先生の域にはまだほど遠いであります(汗)
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Re: ダメ子さん
とにかくあいつに深入りするのはモリアーティ以上に危険なのであります(笑)