ホームズ・パロディ
瀕死の探偵
私、医学博士ジョン・H・ワトスンが、わが最大の友人である名探偵シャーロック・ホームズと、ベーカー街の住み慣れた下宿とから離れ、郊外の小さな診療所で、妻との落ち着いた暮らしをしていたときのことである。
私が朝の新聞を読んでいると、妻が来客を告げた。
「誰だと思う?」
妻に対し、私は首を振った。
「わからんね」
「ホームズさんの下宿の大家さん、ハドスン夫人よ。すごく慌てていたわ」
「それを早くいうんだ!」
私は大急ぎで、その「慌てている」とかいうハドスン夫人を出迎えに行った。
見てみると、ハドスン夫人は、顔色を真っ青にして、卒倒直前、というところだった。私は妻に、気つけのためのブランディーを持ってくるようにいい、ハドスン夫人に問いかけた。
「なにがあったんです、ハドスン夫人? ただごとじゃなさそうですが……」
そこまでいったとき、はっと私は思い当たった。
「ホームズ! ホームズですね! ホームズになにか……よからぬことが起こったんですね!」
わたしはハドスン夫人の肩を捕まえ、激しく揺さぶった。ハドスン夫人は、私の問いには答えなかった。
「あなた、ブランディー……」
妻が、ブランディーの入ったグラスと壜を持ってきた。
私は、ハドスン夫人の肩から手を離すと、ぜいぜいいっているハドスン夫人の口元に、グラスを持っていった。
ひと口、その燃えるような液体を飲んだハドスン夫人は、呼吸を整えると、私に恐ろしいことを告げた。
「ワトスン先生、すぐにベーカー街にいらしてください。ホームズさんが、ホームズさんが、たいへんなんです。なにか恐ろしい熱病に冒されたらしくて、ベッドに臥せったまま、食事も摂らずに、かすれた声で、あなたをお呼びしろと繰り返すんです」
「なんということだ。ハドスン夫人、遠路はるばる伝えていただいてありがとうございます。こうしちゃいられない!」
私は旅装を調えると、一時間としないうちに、あのロンドンへ、あの懐かしいベーカー街の下宿へと向かう列車に身をゆだねていた。
われらが天才、シャーロック・ホームズのような優秀な頭脳を失うのは、大英帝国ばかりではなく、全人類に対しての不幸であり災厄である。
私は、ひたすら、列車が早く着くことを祈った。
列車がロンドンに着くと、私は転がるように飛び出し、ベーカー街への辻馬車を拾った。
「早くしてくれ。金貨ははずむ」
御者は私の真剣なことを認めてくれたのか、単に一ポンド金貨がほしかったのか、猛烈な速度で馬車を飛ばしてくれた。
私は金を御者に投げると、大急ぎで、あの下宿への階段を突っ走った。
私は扉を開けた。
「ホームズ!」
慌てていたせいで、常人にはない馬鹿力が出てしまったらしい。私は、ドアの錠前を壊してしまっていた。
それは後で鍵屋を呼んで直してもらうことにして、私はホームズの寝室につながる扉を開けた。
そこで私が目にしたものは……。
ああ、我が最高の友人が、なんという無残な姿になっていたことか!
ホームズは、やせ衰えた身体で私を見ると、弱々しい声で「ワト……」といった。
「しっかりしろホームズ!」
私は臥している友人の肩を捕まえると、正気づかせるために、ホームズの顔に三十発の往復の張り手をかました。
「どうしてこんなことに!」
私はホームズの頭をがっしりとつかみ、めちゃくちゃに振り回した。
そこまでしても、ホームズは意味あることはなにもしゃべらなかった。
私は、絶望にかられ、友人の胸板に、やるせない拳を何度も何度も振り下ろした。
「ホームズ! ホームズ!」
「あの……」
背後から、ハドスン夫人が私に呼びかけた。
「ワトスン先生、ホームズさんの診察を……」
私は我に返った。
「ああ、そうだった」
たしかに、ホームズの身体はひどいことになっていた。私は友の身体を思って嘆いた。
「極端な栄養失調、それに重度の打撲、脳震盪。肋骨も二、三本折れているようだ。そのまま死んでいてもおかしくない。まったく、誰がこんなことを」
ベーカー街にやってきたレストレードが、私をスコットランド・ヤードまで連行したのはその直後のことだった。
いったい私がなにをしたというのだ。
私が朝の新聞を読んでいると、妻が来客を告げた。
「誰だと思う?」
妻に対し、私は首を振った。
「わからんね」
「ホームズさんの下宿の大家さん、ハドスン夫人よ。すごく慌てていたわ」
「それを早くいうんだ!」
私は大急ぎで、その「慌てている」とかいうハドスン夫人を出迎えに行った。
見てみると、ハドスン夫人は、顔色を真っ青にして、卒倒直前、というところだった。私は妻に、気つけのためのブランディーを持ってくるようにいい、ハドスン夫人に問いかけた。
「なにがあったんです、ハドスン夫人? ただごとじゃなさそうですが……」
そこまでいったとき、はっと私は思い当たった。
「ホームズ! ホームズですね! ホームズになにか……よからぬことが起こったんですね!」
わたしはハドスン夫人の肩を捕まえ、激しく揺さぶった。ハドスン夫人は、私の問いには答えなかった。
「あなた、ブランディー……」
妻が、ブランディーの入ったグラスと壜を持ってきた。
私は、ハドスン夫人の肩から手を離すと、ぜいぜいいっているハドスン夫人の口元に、グラスを持っていった。
ひと口、その燃えるような液体を飲んだハドスン夫人は、呼吸を整えると、私に恐ろしいことを告げた。
「ワトスン先生、すぐにベーカー街にいらしてください。ホームズさんが、ホームズさんが、たいへんなんです。なにか恐ろしい熱病に冒されたらしくて、ベッドに臥せったまま、食事も摂らずに、かすれた声で、あなたをお呼びしろと繰り返すんです」
「なんということだ。ハドスン夫人、遠路はるばる伝えていただいてありがとうございます。こうしちゃいられない!」
私は旅装を調えると、一時間としないうちに、あのロンドンへ、あの懐かしいベーカー街の下宿へと向かう列車に身をゆだねていた。
われらが天才、シャーロック・ホームズのような優秀な頭脳を失うのは、大英帝国ばかりではなく、全人類に対しての不幸であり災厄である。
私は、ひたすら、列車が早く着くことを祈った。
列車がロンドンに着くと、私は転がるように飛び出し、ベーカー街への辻馬車を拾った。
「早くしてくれ。金貨ははずむ」
御者は私の真剣なことを認めてくれたのか、単に一ポンド金貨がほしかったのか、猛烈な速度で馬車を飛ばしてくれた。
私は金を御者に投げると、大急ぎで、あの下宿への階段を突っ走った。
私は扉を開けた。
「ホームズ!」
慌てていたせいで、常人にはない馬鹿力が出てしまったらしい。私は、ドアの錠前を壊してしまっていた。
それは後で鍵屋を呼んで直してもらうことにして、私はホームズの寝室につながる扉を開けた。
そこで私が目にしたものは……。
ああ、我が最高の友人が、なんという無残な姿になっていたことか!
ホームズは、やせ衰えた身体で私を見ると、弱々しい声で「ワト……」といった。
「しっかりしろホームズ!」
私は臥している友人の肩を捕まえると、正気づかせるために、ホームズの顔に三十発の往復の張り手をかました。
「どうしてこんなことに!」
私はホームズの頭をがっしりとつかみ、めちゃくちゃに振り回した。
そこまでしても、ホームズは意味あることはなにもしゃべらなかった。
私は、絶望にかられ、友人の胸板に、やるせない拳を何度も何度も振り下ろした。
「ホームズ! ホームズ!」
「あの……」
背後から、ハドスン夫人が私に呼びかけた。
「ワトスン先生、ホームズさんの診察を……」
私は我に返った。
「ああ、そうだった」
たしかに、ホームズの身体はひどいことになっていた。私は友の身体を思って嘆いた。
「極端な栄養失調、それに重度の打撲、脳震盪。肋骨も二、三本折れているようだ。そのまま死んでいてもおかしくない。まったく、誰がこんなことを」
ベーカー街にやってきたレストレードが、私をスコットランド・ヤードまで連行したのはその直後のことだった。
いったい私がなにをしたというのだ。
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Re: limeさん
ネット知人の話では、わたしのホームズ・パロディを読んでいると、いしいひさいち先生のマンガの登場人物が浮かんでくるそうです。
うーん、わたしとしては、ジェレミー・ブレットのつもりで……(←自重しろわたし(笑))
うーん、わたしとしては、ジェレミー・ブレットのつもりで……(←自重しろわたし(笑))
いいなあ、このコンビ!
可愛そすぎるホームズが、なんとも可愛いww
ワトソンくん、いつか親友を失くすね^^;
可愛そすぎるホームズが、なんとも可愛いww
ワトソンくん、いつか親友を失くすね^^;
Re: レルバルさん
いいのかわたしこんな小説書いて(笑)
しかし新潮文庫版を読み返すと、ホームズってむちゃくちゃ面白いなあ。主人公コンビの勝利だよなあ。
しかし新潮文庫版を読み返すと、ホームズってむちゃくちゃ面白いなあ。主人公コンビの勝利だよなあ。
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Re: 秋沙さん