ホームズ・パロディ
黄色いガーネット
※注 この作品には、反社会的行為ではないものの、読者に不快感を与えかねないと思われるような描写が出てきます。お読みの際は注意されることをお勧めします。
私とホームズの住むベーカー街にやってきた、そのマーカー伯爵夫人の使者と名乗る男は、この寒いのに汗をぬぐう手を止めなかった。
「新聞はお読みでしょう? ホームズさん」
「もちろんですよ。タナーさん。あなたが僕の事務所に来たということは、ひとつの原因しか考えられませんね」
私にも想像はついた。それほどに重要な問題だったのだ、マーカー伯爵夫人と、彼女の「黄色いガーネット」の話は。
ホームズは、新聞記事がいいように書きたてていることを繰り返した。
「ホテル・インペリアルの、謎の宝石泥棒。何者かがマーカー伯爵夫人の宝石箱から、黄色いガーネットとして知られる高価な宝石を盗み出した。犯人とみられる男は窓から逃げようとしたときに頭の上に降ってきた植木鉢により即死。警察の必死の捜査にもかかわらず、黄色いガーネットは行方不明のままである……」
タナーは汗をぬぐった。
「ホームズさんには、なんとしても、その黄色いガーネットを見つけ出していただきたいのです。実は、マーカー伯爵は破産の危機に瀕しており、その『黄色いガーネット』を担保にその危機を乗り切ろうとしていたのです。ホテルでの会食も、そのための話し合いでした。伯爵夫妻は、あまりお好きでないインド料理などをお召し上がりになりながらも……」
「インド料理?」
ホームズの目が、きらりと輝いた。
「それは、ぼくの耳に入っていなかった情報だ。なるほど、なるほど。それだけの明瞭な手掛かりが目の前にぶら下がっていたというのに、警察ときたら目隠し鬼でもやっているのかねえ! タナーさん、ご安心ください。この僕が、必ずや『黄色いガーネット』を伯爵夫妻の御前にお持ちいたします」
タナーの顔色は、ぱっと明るくなった。
「それでは、引き受けていただけるのですね、ホームズさん!」
「もちろんですとも。さて、ワトスン君、身支度を整えたまえ。タナーさんがお帰りになり次第、捜索開始だ」
私は喜んで身支度を整えた。
しかし、それが、あのような悲劇の始まりになろうとは……。
ホテル・インペリアルに向かう道すがら、ホームズは私に話しかけてきた。
「ワトスン君、君は、宝石はどこに行ったと思うかな」
「わからんね。君が、インド料理にこだわるのに、何か手がかりがあるのだろうが……」
ホームズは、やれやれとばかりに首を振った。
「君も、あの間抜けな警察と同じということかね、ワトスン君。インド料理でまず思いつくものはなんだ?」
「カレーだが……まさか、ホームズ!」
ホームズは笑った。
「そういうことだよ、ワトスン君。針を隠すなら針山の中、という言葉もあるが、その、今は地獄の釜の中にいる我らが犯人くんは、食事のカレーの中にその『黄色いガーネット』を隠したのさ。カレーの色が保護色になり、レストレードの配下の巡査がちらっと見たくらいでは、宝石がそこにあることなどわからないというわけだ。まず最初に僕たちがやらねばならんのは、その残飯がどこへ行ったかを探ることだ」
ホームズの考えが当たっているかどうかは、これからの捜査にかかってくるのであるが、私は悪い予感をぬぐえずにいた。
「残飯は、ひとつにまとめて郊外の畜舎に、豚のえさとして送られたことがわかった。この事件は、すぐにけりがつくぞ」
「ホームズ、豚のえさだぞ。豚が食ってしまうということは、無数の豚の中から、宝石を食った豚をえり分けなければならない、ということだぞ」
「君は、ぼくが養豚について書いた本を知らないのかい? まあ、無理もないね。そこでは、ありとあらゆる豚の病気についての詳細な分類をしてあるんだ。もちろん、異物を食べた時の症状もね」
私たちを乗せた馬車は、その農園についた。
「ホームズ」
「なんだい」
「本当にここから探すのかい?」
養豚家は、どうやら仕事で大成功をおさめたようだった。広大な、どこまでも続く巨大な豚舎の前で、漏れてくる悪臭に、わたしはハンカチで鼻を押さえた。
「君が躊躇するのはわかる。だがしかし、伯爵夫人のためにも、やらなければいけないよ」
「人を集めないとなあ……」
「なにをいっているんだ、ワトスン君。これは、僕たちふたりだけでやるべき仕事だ。変に人を集めたりしたら、宝石に目がくらむ不届きものがあるかもしれない。そうしたら、また捜査のやり直しだ」
「それも道理だ、ええい、早いところやってしまおう、ホームズ」
私とホームズは、豚の群れの中に、ブレニムの戦いにおけるマールバラ公の騎兵のごとく突進していった。
「……いない」
ホームズは、愕然としていた。愕然としたいのは、私も同じだった。
「どういうことだい、ホームズ。君の推理に、間違いがあったのかい」
「推理は完璧なはずだ。だが、何かを見落として……」
ホームズは、豚の排泄物にまみれた服装で頭を抱えた。私にはわかっていた。これは、ホームズがその頭脳を徹底的に使っている表れなのだ。
「そうか……わかってみれば、なんという初歩的なことだったんだ」
「どういうことだい、ホームズ?」
「簡単だ。豚は宝石を飲み込み……排泄したのだ。それだけのことだよ、ワトスン君」
「ということは?」
「そうだ。この豚の排泄物を、徹底的に調べるぞ」
「……………………」
私の悪い予感は的中した。
結局、マーカー伯爵夫妻は再び『黄色いガーネット』と対面することができた。
その宝石が、本当に『黄色いガーネット』だったことは、私とホームズの間だけの秘密である。
私とホームズの住むベーカー街にやってきた、そのマーカー伯爵夫人の使者と名乗る男は、この寒いのに汗をぬぐう手を止めなかった。
「新聞はお読みでしょう? ホームズさん」
「もちろんですよ。タナーさん。あなたが僕の事務所に来たということは、ひとつの原因しか考えられませんね」
私にも想像はついた。それほどに重要な問題だったのだ、マーカー伯爵夫人と、彼女の「黄色いガーネット」の話は。
ホームズは、新聞記事がいいように書きたてていることを繰り返した。
「ホテル・インペリアルの、謎の宝石泥棒。何者かがマーカー伯爵夫人の宝石箱から、黄色いガーネットとして知られる高価な宝石を盗み出した。犯人とみられる男は窓から逃げようとしたときに頭の上に降ってきた植木鉢により即死。警察の必死の捜査にもかかわらず、黄色いガーネットは行方不明のままである……」
タナーは汗をぬぐった。
「ホームズさんには、なんとしても、その黄色いガーネットを見つけ出していただきたいのです。実は、マーカー伯爵は破産の危機に瀕しており、その『黄色いガーネット』を担保にその危機を乗り切ろうとしていたのです。ホテルでの会食も、そのための話し合いでした。伯爵夫妻は、あまりお好きでないインド料理などをお召し上がりになりながらも……」
「インド料理?」
ホームズの目が、きらりと輝いた。
「それは、ぼくの耳に入っていなかった情報だ。なるほど、なるほど。それだけの明瞭な手掛かりが目の前にぶら下がっていたというのに、警察ときたら目隠し鬼でもやっているのかねえ! タナーさん、ご安心ください。この僕が、必ずや『黄色いガーネット』を伯爵夫妻の御前にお持ちいたします」
タナーの顔色は、ぱっと明るくなった。
「それでは、引き受けていただけるのですね、ホームズさん!」
「もちろんですとも。さて、ワトスン君、身支度を整えたまえ。タナーさんがお帰りになり次第、捜索開始だ」
私は喜んで身支度を整えた。
しかし、それが、あのような悲劇の始まりになろうとは……。
ホテル・インペリアルに向かう道すがら、ホームズは私に話しかけてきた。
「ワトスン君、君は、宝石はどこに行ったと思うかな」
「わからんね。君が、インド料理にこだわるのに、何か手がかりがあるのだろうが……」
ホームズは、やれやれとばかりに首を振った。
「君も、あの間抜けな警察と同じということかね、ワトスン君。インド料理でまず思いつくものはなんだ?」
「カレーだが……まさか、ホームズ!」
ホームズは笑った。
「そういうことだよ、ワトスン君。針を隠すなら針山の中、という言葉もあるが、その、今は地獄の釜の中にいる我らが犯人くんは、食事のカレーの中にその『黄色いガーネット』を隠したのさ。カレーの色が保護色になり、レストレードの配下の巡査がちらっと見たくらいでは、宝石がそこにあることなどわからないというわけだ。まず最初に僕たちがやらねばならんのは、その残飯がどこへ行ったかを探ることだ」
ホームズの考えが当たっているかどうかは、これからの捜査にかかってくるのであるが、私は悪い予感をぬぐえずにいた。
「残飯は、ひとつにまとめて郊外の畜舎に、豚のえさとして送られたことがわかった。この事件は、すぐにけりがつくぞ」
「ホームズ、豚のえさだぞ。豚が食ってしまうということは、無数の豚の中から、宝石を食った豚をえり分けなければならない、ということだぞ」
「君は、ぼくが養豚について書いた本を知らないのかい? まあ、無理もないね。そこでは、ありとあらゆる豚の病気についての詳細な分類をしてあるんだ。もちろん、異物を食べた時の症状もね」
私たちを乗せた馬車は、その農園についた。
「ホームズ」
「なんだい」
「本当にここから探すのかい?」
養豚家は、どうやら仕事で大成功をおさめたようだった。広大な、どこまでも続く巨大な豚舎の前で、漏れてくる悪臭に、わたしはハンカチで鼻を押さえた。
「君が躊躇するのはわかる。だがしかし、伯爵夫人のためにも、やらなければいけないよ」
「人を集めないとなあ……」
「なにをいっているんだ、ワトスン君。これは、僕たちふたりだけでやるべき仕事だ。変に人を集めたりしたら、宝石に目がくらむ不届きものがあるかもしれない。そうしたら、また捜査のやり直しだ」
「それも道理だ、ええい、早いところやってしまおう、ホームズ」
私とホームズは、豚の群れの中に、ブレニムの戦いにおけるマールバラ公の騎兵のごとく突進していった。
「……いない」
ホームズは、愕然としていた。愕然としたいのは、私も同じだった。
「どういうことだい、ホームズ。君の推理に、間違いがあったのかい」
「推理は完璧なはずだ。だが、何かを見落として……」
ホームズは、豚の排泄物にまみれた服装で頭を抱えた。私にはわかっていた。これは、ホームズがその頭脳を徹底的に使っている表れなのだ。
「そうか……わかってみれば、なんという初歩的なことだったんだ」
「どういうことだい、ホームズ?」
「簡単だ。豚は宝石を飲み込み……排泄したのだ。それだけのことだよ、ワトスン君」
「ということは?」
「そうだ。この豚の排泄物を、徹底的に調べるぞ」
「……………………」
私の悪い予感は的中した。
結局、マーカー伯爵夫妻は再び『黄色いガーネット』と対面することができた。
その宝石が、本当に『黄色いガーネット』だったことは、私とホームズの間だけの秘密である。
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~ Comment ~
う・・・。
冒頭に注意書きがあったので、社会問題系かと身構えて読んだ自分が・・・。
でも、ホームズ、がんばった!w
でも、ホームズ、がんばった!w
Re: 面白半分さん
その歌は知りませんでしたが、日本全国に散らばる、いわゆる姓名のどちらかが「み」で始まる少年少女たちのことを考えると気の毒で気の毒で……。(^^;)
Re: ぴゆうさん
あの名作をこんなバカバカしいショートショートにしてしまい、いつどこからシャーロッキアンの怒りのナイフが飛んでくるかと……(^^;)
Re: そのちーさん
赤のかわりに間違って白さえ買わなければなんとか許容されると思います(そうか?)
黄色のガーネット。
本当に美しく輝いて、いいよねぇ。
ダイヤではよくありがちだけど、黄色のガーネットとはね。
感想は一言。
臭そうじゃ
本当に美しく輝いて、いいよねぇ。
ダイヤではよくありがちだけど、黄色のガーネットとはね。
感想は一言。
臭そうじゃ
- #5292 ぴゆう
- URL
- 2011.10/10 13:47
- ▲EntryTop
そういえば、母の日によく送られるカーネーション。
黄色のカーネーションの花言葉は軽蔑、だそうな。(いやガーネットなんすけどというツッコミは無しで←
黄色のカーネーションの花言葉は軽蔑、だそうな。(いやガーネットなんすけどというツッコミは無しで←
- #5291 そのちー
- URL
- 2011.10/10 13:23
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Re: 矢端想さん
み、ミステリ作家が過去の自分の作品のトリックを応用することは、よ、よくあることさっ(汗)
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Re: ダメ子さん
ああ何という道徳的なブログ(笑)