ホームズ・パロディ
金縁の花眼鏡
ホームズがにらんだ通り、あの殺人事件の犯人は、この眼鏡の持ち主だった。
「さすがは名探偵だけのことはあります、ホームズさん」
犯人の女性は後ろを向いてしゃべった。
あまりといえばあまりのことに、私はつい口を出した。
「こちらを見てしゃべられたらどうですか」
女性は、私とは斜め四十五度の角度に視線を向けて頭を下げた。
「ご無礼お許しください、ワトスン先生。なにぶん目が悪いので」
私は目をぱちぱちさせるしかなかった。
「どういうことなんだい、ホームズ」
「この女性の眼鏡をよく観察しなかったようだね」
「観察したよ。ただの鼻眼鏡じゃないか」
「ただの鼻眼鏡じゃないさ。中国語でいう花眼鏡、すなわち老眼鏡だよ。しかも、遠近両用だ。この女性の言葉に嘘はない。ほんとうに目がひどく悪いのだ」
女性はついと私のほうを向くと、手を差し出した。
「ありがとうございます、ホームズさん。わたくしの苦労をわかっていただいて」
「しかし、どうして殺人などを……」
「わたくしにもさっぱりわかりません。ナイフを故人に渡そうとしたら、手に衝撃を感じるのと同時にものすごい悲鳴が聞こえて……」
「故意じゃないのか、ホームズ」
「いや、故意ではない。このご婦人は、長いこと苦労をされてきて、手の感覚が鈍くなっている。ナイフの刃を持って手渡すつもりが、柄を持って突き出してしまったのだ。だからこれは、殺人事件ではなく、不幸な事故なのだ」
「ホームズさんならおわかりいただけると思いました。わたくし、警察に捕まったら、殺人事件の犯人にされてしまうのではないかと……」
女性は顔を押さえて、二、三歩よろよろと歩いた。
「椅子はそこじゃない!」
私が叫んだ時には、女性はなにもないところにしりもちをついていた。
「とりあえず、早くこの眼鏡をかけてください。このままじゃ話もできない」
ホームズが眼鏡を差し出すと、女性は私のほうに手を差し出した。
「眼鏡はあっちです」
私は女性の手を取って誘導し、眼鏡をさわらせた。
「ありがとうございます」
女性は眼鏡をかけた。
「安心したら、ついふらふらとなってしまいました。気つけの薬がありますので、薬棚の上から三番目の段から四角い瓶を取っていただけませんか。できればその中の丸薬を一粒……」
「これですか」
私は瓶の中から錠剤を手に振り出した。
「ホームズさん、あなたはほんとうに紳士でいらっしゃいますね」
「ホームズはあっちです。私はワトスンです」
私は女性に錠剤と、水差しからコップに注いだ水を手渡した。
女性は薬を飲み……猛烈に苦しみだすと、私がなにもできないでいる間にこと切れてしまった。
「どういうことだい、ホームズ!」
「しまった……」
ホームズは顔をしかめた。
「ワトスン君、君がきちんとこの女性に瓶を手渡していたら、こういうことにはならなかったのだ。この女性は、目が本当に悪いせいで、棚の三段目と四段目の区別が、眼鏡をかけていてもよくわからなかったのだ。見たまえ、あのてっぺんの一段目は、非常に手が届きにくく作ってある。この女性が間違えて覚えていたのもわかるというものだ」
「ど、どうしよう、ホームズ」
「警察がどう思うかは考えるまでもないことさ。だが、この場には幸い、僕と君しかいない。君、持ち前の文章力を生かして、この状況を説明する面白い話を作るんだ。細部については、ぼくが助言しよう。タイトルは……『金縁の鼻眼鏡』でどうかね」
「や、やってみよう」
こうして、私は短編を一本ものにした。芸術には常に尊い犠牲がつきものなのである。
「さすがは名探偵だけのことはあります、ホームズさん」
犯人の女性は後ろを向いてしゃべった。
あまりといえばあまりのことに、私はつい口を出した。
「こちらを見てしゃべられたらどうですか」
女性は、私とは斜め四十五度の角度に視線を向けて頭を下げた。
「ご無礼お許しください、ワトスン先生。なにぶん目が悪いので」
私は目をぱちぱちさせるしかなかった。
「どういうことなんだい、ホームズ」
「この女性の眼鏡をよく観察しなかったようだね」
「観察したよ。ただの鼻眼鏡じゃないか」
「ただの鼻眼鏡じゃないさ。中国語でいう花眼鏡、すなわち老眼鏡だよ。しかも、遠近両用だ。この女性の言葉に嘘はない。ほんとうに目がひどく悪いのだ」
女性はついと私のほうを向くと、手を差し出した。
「ありがとうございます、ホームズさん。わたくしの苦労をわかっていただいて」
「しかし、どうして殺人などを……」
「わたくしにもさっぱりわかりません。ナイフを故人に渡そうとしたら、手に衝撃を感じるのと同時にものすごい悲鳴が聞こえて……」
「故意じゃないのか、ホームズ」
「いや、故意ではない。このご婦人は、長いこと苦労をされてきて、手の感覚が鈍くなっている。ナイフの刃を持って手渡すつもりが、柄を持って突き出してしまったのだ。だからこれは、殺人事件ではなく、不幸な事故なのだ」
「ホームズさんならおわかりいただけると思いました。わたくし、警察に捕まったら、殺人事件の犯人にされてしまうのではないかと……」
女性は顔を押さえて、二、三歩よろよろと歩いた。
「椅子はそこじゃない!」
私が叫んだ時には、女性はなにもないところにしりもちをついていた。
「とりあえず、早くこの眼鏡をかけてください。このままじゃ話もできない」
ホームズが眼鏡を差し出すと、女性は私のほうに手を差し出した。
「眼鏡はあっちです」
私は女性の手を取って誘導し、眼鏡をさわらせた。
「ありがとうございます」
女性は眼鏡をかけた。
「安心したら、ついふらふらとなってしまいました。気つけの薬がありますので、薬棚の上から三番目の段から四角い瓶を取っていただけませんか。できればその中の丸薬を一粒……」
「これですか」
私は瓶の中から錠剤を手に振り出した。
「ホームズさん、あなたはほんとうに紳士でいらっしゃいますね」
「ホームズはあっちです。私はワトスンです」
私は女性に錠剤と、水差しからコップに注いだ水を手渡した。
女性は薬を飲み……猛烈に苦しみだすと、私がなにもできないでいる間にこと切れてしまった。
「どういうことだい、ホームズ!」
「しまった……」
ホームズは顔をしかめた。
「ワトスン君、君がきちんとこの女性に瓶を手渡していたら、こういうことにはならなかったのだ。この女性は、目が本当に悪いせいで、棚の三段目と四段目の区別が、眼鏡をかけていてもよくわからなかったのだ。見たまえ、あのてっぺんの一段目は、非常に手が届きにくく作ってある。この女性が間違えて覚えていたのもわかるというものだ」
「ど、どうしよう、ホームズ」
「警察がどう思うかは考えるまでもないことさ。だが、この場には幸い、僕と君しかいない。君、持ち前の文章力を生かして、この状況を説明する面白い話を作るんだ。細部については、ぼくが助言しよう。タイトルは……『金縁の鼻眼鏡』でどうかね」
「や、やってみよう」
こうして、私は短編を一本ものにした。芸術には常に尊い犠牲がつきものなのである。
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う~ん、酷い・笑
このあとワトスンがどんな名作を書いたのかが気になるんですがw
ああ、読んだことない(>_<)
このあとワトスンがどんな名作を書いたのかが気になるんですがw
ああ、読んだことない(>_<)
Re: ぴゆうさん
いやわたしも好きですよ。特に「八つ墓村」とか「獄門島」とか大好きです。
一般に、防御率がいい悪いというのは、探偵が出てきて捜査にかかってから何人死人が出るか、ということで、これだと話の結末にいきなり現れて謎解きだけして帰っていく探偵がいちばん優秀だという結論になるわけですが、推理小説の面白さとか探偵の魅力っていうのは無論そんなところにはないのでありまして……(^^)
一般に、防御率がいい悪いというのは、探偵が出てきて捜査にかかってから何人死人が出るか、ということで、これだと話の結末にいきなり現れて謎解きだけして帰っていく探偵がいちばん優秀だという結論になるわけですが、推理小説の面白さとか探偵の魅力っていうのは無論そんなところにはないのでありまして……(^^)
金田一耕助と書くとこだった。
散々な言われようで、不憫じゃ。
なんだかものすごく好きなんだなぁ。
あの雰囲気が好き。
昭和初期の感覚。
女の人は皆、髪を結って着物を着ていた時代。
私のお祖母ちゃん達は着物だった。
話が全然違う方向に行ってしまった。
へへ
散々な言われようで、不憫じゃ。
なんだかものすごく好きなんだなぁ。
あの雰囲気が好き。
昭和初期の感覚。
女の人は皆、髪を結って着物を着ていた時代。
私のお祖母ちゃん達は着物だった。
話が全然違う方向に行ってしまった。
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- #5328 ぴゆう
- URL
- 2011.10/13 14:26
- ▲EntryTop
Re: 矢端想さん
そういう「お約束」なコントを書こうとしたら、どこをどう間違ったものかこんなブラックなオチに。
金田一さんの防御率が悪いのは、あの人は「ミステリ」の登場人物ではなく、「ホラー」の登場人物だからであります。少なくとも角川書店はそのつもりのようです。最近市内の図書館の横溝棚の角川文庫版を借りに行って気づき、愕然としましたとほほほほ。
ちなみにわたしがいちばん好きな横溝正史先生の作品は「怪盗X・Y・Z」というジュブナイルです。普通の人は誰も知らない作品ですが、ある意味少年探偵団より面白いよ~♪
金田一さんの防御率が悪いのは、あの人は「ミステリ」の登場人物ではなく、「ホラー」の登場人物だからであります。少なくとも角川書店はそのつもりのようです。最近市内の図書館の横溝棚の角川文庫版を借りに行って気づき、愕然としましたとほほほほ。
ちなみにわたしがいちばん好きな横溝正史先生の作品は「怪盗X・Y・Z」というジュブナイルです。普通の人は誰も知らない作品ですが、ある意味少年探偵団より面白いよ~♪
夜になって来てみたら・・・すっ、すごい反響だ!
だって今回のは面白いです。めちゃくちゃ面白いです。「お約束」なコントっぽい「目の悪い」描写がwww
私の兄が最近講釈してくれたところによると、金田一さんは賢いので、最初の段階から犯人がわかっているのだそうです。でも賢すぎるのと優しすぎるのとで犯人にも同情してしまい、戸惑っているうちに第二第三の殺人が起こってしまう。だから事後にいつも「私がもっとしっかりしていれば・・・」と自分を責めるのだと。
罪な探偵だなあ。
だって今回のは面白いです。めちゃくちゃ面白いです。「お約束」なコントっぽい「目の悪い」描写がwww
私の兄が最近講釈してくれたところによると、金田一さんは賢いので、最初の段階から犯人がわかっているのだそうです。でも賢すぎるのと優しすぎるのとで犯人にも同情してしまい、戸惑っているうちに第二第三の殺人が起こってしまう。だから事後にいつも「私がもっとしっかりしていれば・・・」と自分を責めるのだと。
罪な探偵だなあ。
Re: ぴゆうさん
日本の金田一なんとやらだとさらに延々と殺人事件が続くのでありますが。
いわゆる名探偵の中で最悪の防御率とかいわれてますなあの人。
いわゆる名探偵の中で最悪の防御率とかいわれてますなあの人。
Re: 秋沙さん
『あなた神様ですか!』
『とんでもねえ、あたしゃ神様だよ』
みたいな爆笑コントを書くつもりがこんな陰惨な話に(汗)
やっぱりわたし修行不足のようです(^^;)
『とんでもねえ、あたしゃ神様だよ』
みたいな爆笑コントを書くつもりがこんな陰惨な話に(汗)
やっぱりわたし修行不足のようです(^^;)
Re: ミズマ。さん
シャーロッキアンに挑戦状をたたきつけているわけではないんだー!!
ただ単に教えを乞いたいだけなんだー!!
いやほんとですよ。五里霧中状態なんですから。
読んで面白がっていただければ嬉しいんですがねえ、今は怒られないことを祈るばかりです。
ミステリの賞に応募するためにこれまで書いたものよりもっとバカなパロディのアイデアを考え中いえなんでもありません。
ただ単に教えを乞いたいだけなんだー!!
いやほんとですよ。五里霧中状態なんですから。
読んで面白がっていただければ嬉しいんですがねえ、今は怒られないことを祈るばかりです。
今月のポールさんはシャーロキアンに挑戦状を叩きつけてますね。
「ホームズパロディをどこまで耐えられるか」という……。
いやぁ、頑張ってほしいですね!(笑)
しかし、劇薬を棚に置いておく彼女も彼女だわー^^;
「ホームズパロディをどこまで耐えられるか」という……。
いやぁ、頑張ってほしいですね!(笑)
しかし、劇薬を棚に置いておく彼女も彼女だわー^^;
- #5319 ミズマ。
- URL
- 2011.10/12 07:46
- ▲EntryTop
Re: 黄輪さん
うちのホームズとワトスンが黒いのは、ひとえに作者の性格によるものです(^^;)
このままではシャーロッキアンから石をぶつけられて当然……(汗)
このままではシャーロッキアンから石をぶつけられて当然……(汗)
ポールさんとこのホームズとワトソンは、異様にスレてますね……。
特にホームズ、現場を斜に、他人事のように眺め見ている様子が、たまらなく黒い。
今回なんて、自分も巻き込まれているのに。
むしろ、こういう性格と思考だから名推理ができるのか……?
特にホームズ、現場を斜に、他人事のように眺め見ている様子が、たまらなく黒い。
今回なんて、自分も巻き込まれているのに。
むしろ、こういう性格と思考だから名推理ができるのか……?
そんなんでいいのかーっΣ(゚д゚ lll)
え、お前ら人殺しじゃ……。
いや、、でもこの場合は・・・。
難しいです。
え、お前ら人殺しじゃ……。
いや、、でもこの場合は・・・。
難しいです。
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Re: limeさん