ホームズ・パロディ
犯人は二人(?)
モリアーティー教授を除けば、あの恐喝王と呼ばれていたミルヴァートンほど、わが友人シャーロック・ホームズを危地に陥れた者はいないだろう。なぜなら、あの男は、すんでのところでホームズと私を本物の犯罪者にしてしまうところだったのだから。まあ、大半の責任は私にあるのだが……。
思い出したくもない冒険の一夜の後で、レストレード警部がベーカー街を訪ねてきた。
「ハムステッドのアップルドア・タワーズをご存知ですか。先日、そこで恐ろしい殺人事件が起こったのです」
ホームズは、パイプの煙をふっと吐き出した。
「殺人ね!」
レストレードは肩をすくめた。
「そうです。殺されたやつは、ミルヴァートンというゆすり屋ですが、悪知恵の働くやつで、警察も目をつけていたものの手も足も出なかったのです。それが、犯罪者たちに、拳銃で、何発も、何発も撃たれて……まあ、悪党には似合いの結末ですね」
「複数犯なのかね?」
ホームズは興味深そうに身を乗り出した。
「二人組ですよ。もう一歩で現行犯で捕まえられたんですがね。足跡と、人相もいくらかわかっています。すばしっこいほうはさっさと逃げてしまいましたが、庭師が二人目のやつと殴り合いをしましてね」
「人相か。それは面白い。どんなやつだったんだね?」
「ええ。庭師の話では、まず足が三本ありました」
「足が三本?」
私は悲鳴のような声を上げた。
レストレードはうなずいた。
「目にはマスクをしていたそうですが、その頭はぶよぶよと膨れたゼリー状になっていて、耳や鼻にあたるところにはなにもなく、口は星形に裂けて、そこから燐光を放つガスのようなものを噴き出していたというのです」
「ほう……髪の毛は?」
「驚いたことに、頭のてっぺんにはうねうねと動く無数の触手があったそうですよ。こんなやつ、ロンドンに潜んでいたら、ホームズさんの助けがなくても我々だけですぐに捕まえることができるでしょう。できなかったら、すでに国外逃亡していたと見ていいでしょうな」
私は呼吸困難になっていた。
「支離滅裂だな」
ホームズはいった。
「そんなことを信じるよりも、ここにいるワトスン君がやった、というほうがまだ信じられるぞ」
レストレードはまじめな顔になった。
「ええ。私もそう思います」
私は心臓が止まるかと思った。
「でも、警察というものは、推理だけでは動けないもので。証言がある以上、それを優先させねばなりません。それが一番いいことだとは思いませんか?」
レストレード警部は立ち上がった。
「まったく、宮仕えは辛いものがありますな。もっとも、犯人どもも、変な凶器を使ったものですよ。婦人ものの拳銃で弾丸を何発も浴びせたんですからな! 私だったらあんな豆鉄砲を持っては行きませんね。あんなのを持っていくのは、ご婦人がたしかいないと思うのですが、なにぶん証言があるので」
私は口もきけなかった。
「じゃ、ワトスン博士、ホームズさん、私はこれで失礼いたします。大至急、捜査にかからなければなりませんから」
レストレードは部屋を出て行った。
「ほほう、ワトスン君、僕がいなくなった後でも、わが英帝国の治安は安泰なようだね。そうは思わないかね?」
私はよろよろと立ちあがり、賛意を示した。
「そ、そうだね、ホームズ。み、水を一杯くれないか」
ホームズは私にきついウイスキーを注いでくれた。おお神よ!
思い出したくもない冒険の一夜の後で、レストレード警部がベーカー街を訪ねてきた。
「ハムステッドのアップルドア・タワーズをご存知ですか。先日、そこで恐ろしい殺人事件が起こったのです」
ホームズは、パイプの煙をふっと吐き出した。
「殺人ね!」
レストレードは肩をすくめた。
「そうです。殺されたやつは、ミルヴァートンというゆすり屋ですが、悪知恵の働くやつで、警察も目をつけていたものの手も足も出なかったのです。それが、犯罪者たちに、拳銃で、何発も、何発も撃たれて……まあ、悪党には似合いの結末ですね」
「複数犯なのかね?」
ホームズは興味深そうに身を乗り出した。
「二人組ですよ。もう一歩で現行犯で捕まえられたんですがね。足跡と、人相もいくらかわかっています。すばしっこいほうはさっさと逃げてしまいましたが、庭師が二人目のやつと殴り合いをしましてね」
「人相か。それは面白い。どんなやつだったんだね?」
「ええ。庭師の話では、まず足が三本ありました」
「足が三本?」
私は悲鳴のような声を上げた。
レストレードはうなずいた。
「目にはマスクをしていたそうですが、その頭はぶよぶよと膨れたゼリー状になっていて、耳や鼻にあたるところにはなにもなく、口は星形に裂けて、そこから燐光を放つガスのようなものを噴き出していたというのです」
「ほう……髪の毛は?」
「驚いたことに、頭のてっぺんにはうねうねと動く無数の触手があったそうですよ。こんなやつ、ロンドンに潜んでいたら、ホームズさんの助けがなくても我々だけですぐに捕まえることができるでしょう。できなかったら、すでに国外逃亡していたと見ていいでしょうな」
私は呼吸困難になっていた。
「支離滅裂だな」
ホームズはいった。
「そんなことを信じるよりも、ここにいるワトスン君がやった、というほうがまだ信じられるぞ」
レストレードはまじめな顔になった。
「ええ。私もそう思います」
私は心臓が止まるかと思った。
「でも、警察というものは、推理だけでは動けないもので。証言がある以上、それを優先させねばなりません。それが一番いいことだとは思いませんか?」
レストレード警部は立ち上がった。
「まったく、宮仕えは辛いものがありますな。もっとも、犯人どもも、変な凶器を使ったものですよ。婦人ものの拳銃で弾丸を何発も浴びせたんですからな! 私だったらあんな豆鉄砲を持っては行きませんね。あんなのを持っていくのは、ご婦人がたしかいないと思うのですが、なにぶん証言があるので」
私は口もきけなかった。
「じゃ、ワトスン博士、ホームズさん、私はこれで失礼いたします。大至急、捜査にかからなければなりませんから」
レストレードは部屋を出て行った。
「ほほう、ワトスン君、僕がいなくなった後でも、わが英帝国の治安は安泰なようだね。そうは思わないかね?」
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~ Comment ~
クトゥルフ神話に出てくるみたい。
きもいのぉ~
ブヨブヨしたり、きっと瞼はなかったに違いない。
昨日「ヘルボーイ」を見たんだけど、そっくりなのが出ていたぞ。
やっぱりきもかった。
きもいのぉ~
ブヨブヨしたり、きっと瞼はなかったに違いない。
昨日「ヘルボーイ」を見たんだけど、そっくりなのが出ていたぞ。
やっぱりきもかった。
- #5371 ぴゆう
- URL
- 2011.10/17 09:15
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Re: ぴゆうさん
証言から、「当時現場で庭師と格闘したのはワトスン」ということを見抜いたレストレードが、ワトスンを罪に落ちることから守るためにわざわざデタラメなことをいっているだけですから(^^;)
ミルヴァートンを死に追いやった事件の犯人が、ワトスンとホームズでないことは、使用された凶器が女物の拳銃だったことと、ふたりの性格からすぐに類推できますし、詳しく調べていくとそれこそ英国を揺るがしかねないスキャンダルになるので政治的判断をしただけですから(^^;)
だからこそホームズは、「自分がいなくなった後もレストレードや警察に治安を任せておいて安心」という意味のことをいったわけでありますから(^^;)
ワトスン博士の反応は、こんなありそうもない証言をわざとらしくいうなんて、レストレードは侵入者がワトスンであることを知っており、自分が下手をしたら死刑台送り、という現実を目の前にした人間の反応としては当然かと思います(^^;)
野暮ですが解説でした。すべておわかりのうえで書かれたコメントだとは思いますが、もし伝わっていなかったのなら、うーん不親切だったかな。原作を知ってないと趣向がわからんホームズパロディを連作するのは、読者層を考えれば難しかったかな(^^;)