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    ささげもの

    黄輪さん大長編小説読了記念短編・その2

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     その日の『趣喜堂』で、ぼくは井森といっしょに、目の前でその貴重な液体の瓶が運ばれるのを指をくわえて見ていた。

    「ヴィンテージもののアイスヴァインって、あれか?」

    「ツイスト博士の話だと、そうらしい」

    「いったいいくらするんだよ。まるで金塊を運ぶみたいだぜ」

    「ぼくに聞くなよ。ひと口で、一か月分のバイト代が吹っ飛んじまうくらいじゃないかな、わからないけれど。あの手の貴腐ワインになると、ものによっては値段が天井知らずということもあるそうだからな」

     『趣喜堂』は、決して酒場ではない。漫画喫茶である。しかし、店主の捻原さん(僕たちはポール・アルテの書いたミステリに出てくる名探偵にあやかり、ツイスト博士と呼んでいるが)とその愛娘の舞ちゃんとの恐るべきマニアックなこだわりにより、今も刊行中のメジャーな作品にとどまらず、絶版漫画から始まって、絶版ミステリ、絶版SF、絶版ファンタジーなどといった小説類や、入手困難なテーブルゲームなどが山と積まれた、好きな人にはたまらない空間を作り出していた。ある意味、漫画喫茶を超えた漫画喫茶である。だから、店主の趣味によって、時として聞いたこともないような酒が運び込まれてくることもあるのだ。たぶん博士が道楽で買い、自分で飲むのだろう。

    「うう……なにか飲むか?」

    「そうだな。舞ちゃん、ノンアルコールカクテルで、なにかすっきりとしたやつ」

    「おれもそれ」

     ぼくたち貧乏大学生は、顔を見合わせてため息をついた。

     舞ちゃんは、グレープフルーツとガラス製のジューサーを取り出し、グレープフルーツを二つに割って絞り始めた。店で売られているのはレモンを絞るサイズのが多いが、ここで舞ちゃんが取り出したのは、もちろんグレープフルーツがぴったりはまる大きさのものだ。

     舞ちゃんの手が目まぐるしく動き、ぼくたちの前にはふたつのタンブラーが置かれていた。

    「グレープフルーツジュースのトニックウォーター割りです」

     ぼくたちは黙って口をつけた。ほろ苦い味がした。

    「庶民はこれで満足しろ、ということなのか」

    「そういうことらしい」

     井森はぼくの答えに、ぐいっとそのほろ苦い液体を飲み干した。

    「サラミかなんかない? スライスしなくていいから。それと、グレープフルーツジュースのトニックウォーター割り、おかわり。ダブルで」

    「井森、お前もサラミ党になったか」

    「目の前であんなにワイルドに食われてみろ。バラモン僧だって転向するさ」

    「あの虎娘か。あれはたしかにワイルドだった。あれはいったいなんだったんだ。ぼくたちは集団幻覚に見舞われたのか」

    「おれが知るわけないだろ。ツイスト博士が酒を持ち出すようなこんな日には、あんなことがもう一度……」

     がらんがらんがらん、と、ドアの鐘が鳴った。井森の言葉に影響されたわけではないが、ぼくは反射的にそちらを見た。

    「いらっしゃ……」

     ツイスト博士こと、捻原さんが絶句した。舞ちゃんのカクテルをステアする手が止まった。ぼくも、自分のあごの骨が外れるかと思った。

     井森がぼくを見て笑った。

    「なんだよ、みんなそんな顔して。虎娘が復讐にやってきたのか」

    「いや……」

     ぼくは口をぱくぱくさせた。

    「今度は援軍つきだ。狐がそばにいる。これがほんとの、『虎の威を借るなんとやら』だ」

     三角帽にぼろぼろのマント姿という、どこから見ても虎娘より怪しい狐女は、ぼくたちのわからない言葉をしゃべった。

    「またこれだ……」

    「おい哲学科、ソシュール、ソシュール」

    「だからソシュールを読んでいても無理だと……」

     そのとき、狐女が聞いたこともない外国語でしゃべった。そして、その外国語は、唖然としたことに、ぼくたちにも理解することができたのだ。

    「おじゃましていいかね?」

    「どうぞ。奥のお席が空いております」

     ツイスト博士は答えた。動じない人である。
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