ささげもの
黄輪さん大長編小説読了記念短編・その3
「なんや。言葉、話せるんかいな。話せるんやったら、うちの……」
まくしたてる虎娘に、捻原さんが答えた。
「お忘れになった金貨ですね? 保管しておいてあります。一枚は、代金としていただいておきましたが……」
「あちゃー、四万円も取るんかいな。けっこうぼるなあ、この店」
虎女がぼやくのに、井森がぼやきで返した。
「店にあった酒と肴をほとんど腹に収めておいてよくいうなあ、この人。普通だったら四万円ではすまないぞ」
「シリン、君が悪いね。ああ、申し遅れたけれど、私ら、ここに酒飲みに来たわけではないね。別な世界から、開いた穴を修繕に来たね」
「別な世界から来たことくらい、誰だってわかるよ。どう見ても、マンガの世界を除いて、地球上にはいそうもない生物だからなあ……」
「マンガってなんなん?」
「物語を字と絵で表現した本ですよ。そもそもここは、マンガを読ませる喫茶店で、酒場ではないのですが……」
ツイスト博士が律儀に説明する。
「なんや、つまらんなあ。でも、あの肉のかたまりはけっこううまかったから、あれ一本くれへん?」
「シリン。異世界のものを食べるときには注意するね。どんな悪影響があるかわからないね」
でも、ぼくは興奮していた。
「これは地球の歴史にとって、前代未聞のファースト……いや、セカンド・コンタクトか。無駄にするのは惜しいよ。それに、シリンさんだっけ? そこのお姐さんがぴんぴんしているということは、生物学的にもそっくりな構造だということだし。……でも、どうして言葉が通じるんだろう? こないだは、まったく意思疎通ができなかったのに」
「私のかけた魔術のせいね。話された言葉を訳するではなく、話そうとする内容を読み取って、それを直接理解する効果があるね。だから、文字は読めないね」
「テレパシーだ! そうか、だからさっき、シリンさんがぼくたちの世界の単位を使えたのか!」
「どういうことだよ」
「だから、シリンさんは生まれ故郷の単位でしゃべったのさ。それを、ぼくたちの精神が、意図するところを勝手に翻訳してくれたというわけだよ」
「超能力? 魔術? それも実際に効果がある魔術なの! すごい! ぜひともひとつ教えてほしいんですけど。人が心の底でわたしを……」
「舞」
目をきらきらさせた舞ちゃんを諭すようにツイスト博士がいった。
「狐さん、こちらの世界に来て、魔術を使うのになにか支障はありませんでしたか?」
「あったね」
狐女は、かぶりを振った。
「私の魔力、いつもの十分の一にもならないね。この部屋にかけるのが精一杯ね。やはり世界が違うからね」
「人間原理ですね」
「人間原理? おい哲学科」
「山本弘先生の『MM9』は読んで……ないよな。説明すると長くなるんだが、こういうことだ」
ぼくは井森にも、ふたりの獣人(ほかになんといえばいいのだ)にもわかるように噛み砕いて説明した。要するに、観測者の数や意思によって物理法則は変化するという考え方だ。だから、ぼくらの宇宙に限っても、観測不能な地点でぼくらの宇宙と矛盾するような物理法則が働いていても、否定することはできないというやつで……詳しくはウィキペディアを。山本先生もよくこんなインチ……いや、都合のいい説を掘り出してきたな、と思ったが、目の前にこんな、生きた証拠を見せられてしまうとねえ……。
「モールはん、うち、おなかぺこぺこや。やっぱり食べちゃあかんの?」
「だから食べちゃいけ……それなにね」
ツイスト博士がテーブルの上に置きっぱなしにしていた瓶を、狐女はじっと見ていた。
「あ、これ、お酒ですけど」
ツイスト博士はしまおうとしたが、狐女は鋭く声をかけた。
「私、うまいものにはカンが働くね。それを一杯飲ませてほしいね」
「瓶ごと買ってもらうことになりますが……この一本で二十万円ですよ」
狐女は猫なで声、いや、虎なで声を出した。
「シリン……?」
「やっぱりモールはん、話のわかるお人やわあ」
かくて商談成立。舞ちゃんはふさわしいつまみを作り始めた。
ぼくと井森は……。
「いくら持ってる?」
「三千四百円。お前は?」
「ぼくは三千八百円。えーと、あの瓶が七百五十ミリリットル入りとして、三千円で……七・五ミリリットルは飲めるかな?」
「おちょこに一杯あるか、ないかか」
ぼくたちはため息をついた。
「なんや、辛気臭い顔しとるなあ。大丈夫、店の人全員にうちがおごっちゃるわ。ええやろ、モールはん? うちの金やし」
シリンさんはその後で声を潜めた。
「ところで、さっき話に出た、『マンガ』ってなんやねん。うちにも読める?」
「任せてください。字が読めなくてもわかる、とっときのがあります」
俄然、元気を取り戻したぼくは、ツイスト博士に尋ねた。
「『ゴン』あります? モーニングだったかアフタヌーンだかに載ってた、恐竜が主人公のあれ」
あった。
まくしたてる虎娘に、捻原さんが答えた。
「お忘れになった金貨ですね? 保管しておいてあります。一枚は、代金としていただいておきましたが……」
「あちゃー、四万円も取るんかいな。けっこうぼるなあ、この店」
虎女がぼやくのに、井森がぼやきで返した。
「店にあった酒と肴をほとんど腹に収めておいてよくいうなあ、この人。普通だったら四万円ではすまないぞ」
「シリン、君が悪いね。ああ、申し遅れたけれど、私ら、ここに酒飲みに来たわけではないね。別な世界から、開いた穴を修繕に来たね」
「別な世界から来たことくらい、誰だってわかるよ。どう見ても、マンガの世界を除いて、地球上にはいそうもない生物だからなあ……」
「マンガってなんなん?」
「物語を字と絵で表現した本ですよ。そもそもここは、マンガを読ませる喫茶店で、酒場ではないのですが……」
ツイスト博士が律儀に説明する。
「なんや、つまらんなあ。でも、あの肉のかたまりはけっこううまかったから、あれ一本くれへん?」
「シリン。異世界のものを食べるときには注意するね。どんな悪影響があるかわからないね」
でも、ぼくは興奮していた。
「これは地球の歴史にとって、前代未聞のファースト……いや、セカンド・コンタクトか。無駄にするのは惜しいよ。それに、シリンさんだっけ? そこのお姐さんがぴんぴんしているということは、生物学的にもそっくりな構造だということだし。……でも、どうして言葉が通じるんだろう? こないだは、まったく意思疎通ができなかったのに」
「私のかけた魔術のせいね。話された言葉を訳するではなく、話そうとする内容を読み取って、それを直接理解する効果があるね。だから、文字は読めないね」
「テレパシーだ! そうか、だからさっき、シリンさんがぼくたちの世界の単位を使えたのか!」
「どういうことだよ」
「だから、シリンさんは生まれ故郷の単位でしゃべったのさ。それを、ぼくたちの精神が、意図するところを勝手に翻訳してくれたというわけだよ」
「超能力? 魔術? それも実際に効果がある魔術なの! すごい! ぜひともひとつ教えてほしいんですけど。人が心の底でわたしを……」
「舞」
目をきらきらさせた舞ちゃんを諭すようにツイスト博士がいった。
「狐さん、こちらの世界に来て、魔術を使うのになにか支障はありませんでしたか?」
「あったね」
狐女は、かぶりを振った。
「私の魔力、いつもの十分の一にもならないね。この部屋にかけるのが精一杯ね。やはり世界が違うからね」
「人間原理ですね」
「人間原理? おい哲学科」
「山本弘先生の『MM9』は読んで……ないよな。説明すると長くなるんだが、こういうことだ」
ぼくは井森にも、ふたりの獣人(ほかになんといえばいいのだ)にもわかるように噛み砕いて説明した。要するに、観測者の数や意思によって物理法則は変化するという考え方だ。だから、ぼくらの宇宙に限っても、観測不能な地点でぼくらの宇宙と矛盾するような物理法則が働いていても、否定することはできないというやつで……詳しくはウィキペディアを。山本先生もよくこんなインチ……いや、都合のいい説を掘り出してきたな、と思ったが、目の前にこんな、生きた証拠を見せられてしまうとねえ……。
「モールはん、うち、おなかぺこぺこや。やっぱり食べちゃあかんの?」
「だから食べちゃいけ……それなにね」
ツイスト博士がテーブルの上に置きっぱなしにしていた瓶を、狐女はじっと見ていた。
「あ、これ、お酒ですけど」
ツイスト博士はしまおうとしたが、狐女は鋭く声をかけた。
「私、うまいものにはカンが働くね。それを一杯飲ませてほしいね」
「瓶ごと買ってもらうことになりますが……この一本で二十万円ですよ」
狐女は猫なで声、いや、虎なで声を出した。
「シリン……?」
「やっぱりモールはん、話のわかるお人やわあ」
かくて商談成立。舞ちゃんはふさわしいつまみを作り始めた。
ぼくと井森は……。
「いくら持ってる?」
「三千四百円。お前は?」
「ぼくは三千八百円。えーと、あの瓶が七百五十ミリリットル入りとして、三千円で……七・五ミリリットルは飲めるかな?」
「おちょこに一杯あるか、ないかか」
ぼくたちはため息をついた。
「なんや、辛気臭い顔しとるなあ。大丈夫、店の人全員にうちがおごっちゃるわ。ええやろ、モールはん? うちの金やし」
シリンさんはその後で声を潜めた。
「ところで、さっき話に出た、『マンガ』ってなんやねん。うちにも読める?」
「任せてください。字が読めなくてもわかる、とっときのがあります」
俄然、元気を取り戻したぼくは、ツイスト博士に尋ねた。
「『ゴン』あります? モーニングだったかアフタヌーンだかに載ってた、恐竜が主人公のあれ」
あった。
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