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    ささげもの

    20000ヒット記念三題噺「またもう」

     ←犯人は二人(?) →五つのナポレオン
     ええ、落語、特に新作落語に登場するスパイ、いわゆる秘密諜報員というやつは、たいていがマヌケなやつと相場が決まっておりますな。

     日本の政府機関の建物から秘密書類を奪うために潜入し、ビニールで厳重に梱包された分厚い書類を盗み出して、いざ中を見てみたら、肌もあらわな女性たちが姸を競う、一般に十八歳未満が買ってはいけない本で、思わず鼻血を出してしまったりするようなバカばかりです。

     これで、三題噺のお題である「落語」「スパイ」「鼻血」のすべてはクリアしてしまったわけですから、ここでやめてもいいのですが、マクラだけで終わってしまってはさすがにお客様に失礼ですので、わたしも本腰を入れて噺をさせていただきたいと思います。



     ええ、不況だ地震だ外交上孤立だなんだといわれているわりにはけっこうしぶとい現代日本、その一角にある三畳一間の小さな下宿に、正太というひとりの大学生が住んでおりました。

    正太「てんかく、ちがんっ、いっこく、ろくとうっ、にしょう、はちごう、ごしゃくっ、なんだおまえ、そのごしゃくっていうのはっ、それはおまけだっ、えーと……なんだっけ? ああ、また、『牛ほめ』間違えちまったなあ、三日後の発表会までにこれ全部覚えないといけないのになあ、なんでおれは落語研究会なんかに入っちまったのかなあ。ここで『牛ほめ』を覚えないと、先輩たちに『死よりも恐ろしい罰ゲーム』を食らわされてしまうからなあ。伸一のやつなんか、先月、おれたちみんなが見ている前で、田舎の実家に、『母ちゃん、おれ、食べるものがなくて、けさ、トイレで、つい、自分の出したものを……』なんて電話をかけさせられていたからなあ。あんな目には遭いたくないよなあ……気が重いなあ」

     正太は、がたぴしっ、とガラス窓を開けると、空を見上げました。

    正太「空は広いなあ。落語も、勉強も、すべて捨てて、どこかへ逃げたいもんだなあ……」

     しかし、そのとき、宇宙の彼方から、ひとつの邪悪な意思が地球へ接近していたのでございます。

     そして、それは、正太を直撃したのでした。

    正太「痛ーっ! 鼻が痛ーいっ! 鼻血は……出てないな。なにが起こったんだろう。ストレス性鼻炎ってやつかな。まあいいや。落語に戻ろう。『天角、地眼、一黒、鹿頭、耳小、歯違う……』なんだ、すらすら出てくるぞ。そして、こうしてこうして、『ここにお札を貼っておけば、屁の用心にもならあ』で終わり、と。簡単じゃないか。これで発表会もばっちりだ。おれ、隠された才能が開花したのかなあ。しかし、『牛ほめ』って、馬っ鹿馬鹿しいだけの噺だなあ。ようし、ついでに、『芝浜』を覚えてやるぞ。今度の発表会では、先輩の顔を立てて『牛ほめ』をやるけれど、一ヶ月後の学園祭では『芝浜』でトリを取ってやるぞ。そのくらいのことはできそうな気がするぞ」

     いきなり体中に満ちてきたやる気と才能には、わけがありました。遠い宇宙の彼方から、地球をスパイするためにやってきた、ミクロサイズの宇宙人を乗せた1ミリほどの長さのシャープペンシルの芯にそっくりな超光速宇宙船が、こともあろうに、正太の鼻の中で、超空間から実体化したのです。そして、鼻の神経と原子融合してしまい、神経に与えられたその衝撃で、正太は天才になってしまったのでありました。

    宇宙人「困った……困ったなあ、えらいところに突っ込んでしもた。これ、この星の原住生物の身体の中やないか。しかも、パワープラントが完全に原子融合しとるわ。これじゃあ、脱出どころか、非常用を除いて、すべての装置がわややないか。あかん。これじゃ、スパイどころの話とちゃうわ。とにかくパワープラントを直さんと、このまま、わい、ここで永遠に寄生生物になってまうわ……」

     そんな宇宙人の悩みなど、正太にわかるわけがありません。正太は翌日、諸先輩の前で『牛ほめ』と『芝浜』を演じて見せ、学園祭でのトリはお前しかいない、といわせてのけたのであります。

     そして時の蝿は矢を好み、ではなくて光陰が矢のごとく過ぎ、一ヶ月後の学園祭と相成りました。

    宇宙人「なんや、騒々しくなってきよったなあ。なにか良くないことでも起こっとるんやろか。原住生物の鳴き声を解析しようにも、コンピュータ、わややからなあ。でも、あとちょっとでパワープラントも最低出力を出せるくらいにはなるな。とにかく、今は故郷に帰ることだけを考えるんや。やるで、わいはやるで」

     宇宙人のそんな考えなど知る由もなく、正太は『芝浜』を始めました。

    正太「ええ、この噺は、本来なら今の季節に演じる噺ではありませんが、学生には今くらいしか演じる機会がないので、今演じさせていただきます……」

     それからの高座、これがすごかった。いまだにこの大学の落語研究会の伝説として残るような大名演。ふと見に来ていた本物の真打の落語家さえが、目を高座から背けることができません。飲んだくれの亭主と、その女房のドラマを、泣かせ、笑わせ、聴かせる。会場は興奮状態です。

    宇宙人「よっしゃ! パワープラントが直ったで。これで、この惑星からもおさらばや。パワープラント始動、エンジン出力上げ」

     鼻の中で、宇宙船が動き始めました。それによって、正太は鼻に痛みを覚えました。傷ついた鼻の奥から、赤い血が、たらたらっと垂れてきました。

     しかし、せっかくのトリ、ここで噺をやめてしまったら、落語研究会の看板に泥を塗ることになってしまいます。

     正太は鼻血をそのままに、痛みをこらえて噺を続けました。

    宇宙人「超空間ドライブ始動まで、六、五、四、三、二、一、ゼロ!」

     宇宙人は、正太の鼻の奥の肉の一部とともに、超空間に消えました。

     正太が、鼻から大量の血を流して、座布団の上でくずおれたのは、その直後でした。

    正太「また、ゆめになっちゃいけねえ……」

     その言葉を残して。鼻血を出しながらの執念の芸に言葉もない観客を残し、学園祭における落語研究会の発表会は終わりました。



     正太は、もとのぱっとしない大学生に、ぱっとしない落語研究会の会員に戻りました。

    先輩「正太、お前、全然だめだなあ。あのときの学園祭でのうまさは、どこへ行ったんだよ」

    正太「すみません、アニさん」

    先輩「まあ、でも、三ヶ月前よりは、よっぽどうまくなってるぞ。日頃、隠れて練習しているな、お前」

    正太「アニさんにかかっちゃかなわないです。たしかに、おれ、練習してます。あのときの高座での気持ちよさをもう一度味わいたいんです。そしておれの芸がそこまでたどりつけたら、離さないようにがっちり抱え込みますよ。今度は、もう、ゆめになんかしたくねえんで……」
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    ~ Comment ~

    Re: たかのゆき先生

    落語はあまり聞きませんが、本は読みます。コミケで売っている立川流の同人誌、「本家立川流」なんか大好きです(^^)

    これまでもショートショートに落語ネタを使っていますし、「ささげもの」欄には創作落語まで書いている、という……(^^)

    あ~あ、アクセスが便利だったら、寄席とか、落語をやっているライブハウスとかへ行くんだけどなあ……。

    おつかれさまでした。

    てっきり牛ほめで
    現実と絡めてギャグで通すと思ったら
    芝浜でおとすとは・・・・

    落語、ご存知だったんですねぇ~
    意地悪してやろうと思ってたのに・・・
    こちらが勉強不足でしたm(_ _ ")m

    Re: 矢端想さん

    江戸落語といえば、オタクでブラックなネタの新作落語が炸裂するという、「トンデモ落語の会」、コミケで「本家立川流」の同人誌を買うたび行きたいと思えどいまだに行けず……茨城は中途半端に東京に近い。家は中途半端に駅から遠い。とほほ。

    毎度、「鼻血」を出した矢端ですw
    このお題は直感です。何の根拠もなくひらめいたのだからしょうがない。こんなの熟考したってしょうがないですからね。

    枝雀師匠は特にファンでもありませんが、まあ天才でしょうな。

    中学時代にハマったのはむしろ江戸落語です。学校の図書館に落語全集みたいな本がありましてね。
    地元の文化会館に来た落語会を観に行った時も、トリは小さん師匠の「ちりとてちん」でした。
    だから私的にも「落語口調」はあくまで「江戸口調」です。冗談いっちゃいけねえ。

    Re: 矢端想さん

    矢端想さんって関西以西のかたでしたよね。

    上方落語ですか!

    私淑している漫画家の先生から勧められ、「らくごDE枝雀」を読んで、上方落語、すごい……と思ったであります。本物は本で読むよりもっと面白いんだろうなあ。

    それにしても枝雀師匠、あれだけ理知的な人が……。惜しい人をなくしたものです。(T_T)

    Re: 面白半分さん

    「妍を競うような美人がうんぬん」と聞いただけで、頭の中に諸星あたるの思い描くようなハーレムの映像がぱっとひらめく古いやつでありまして。(^^;)

    我ながらァ~もてない男のォ~ひがみ節ィ~♪

    でもいい響きですよね。「妍を競う」(^^)

    Re: limeさん

    「鼻血」ですけど、だってお題にあったんだもんしかたないじゃないすか(笑)

    三つのお題の「順列組合せ」をいかに即興でやってのけるか、が、勘所だと思います。

    最初に思いついた組合せは、「スパイが二代目快楽亭ブラック師匠の落語を聞いて鼻血を出した」というものですが、たぶんこのブログを読んでいるかたで二代目快楽亭ブラック師匠を知っているかたはそう多くないと思うのでボツにしました(^^;)

    でもよくよく考えたらイヤな「アルジャーノンに花束を」だなあ(笑)

    ぱちぱち。お見事でございました。

    中学時代に落語ファンだった私は高校でオチ研に入ろうと思っていたら、すでに前年に廃部になってました。人生誤らなくて良かった・・・。
    ちなみに血の繋がっていない遠い親戚に笑福亭松之助師匠というのがおります。落語きいたことないけどw

    「牛ほめ」も「芝浜」もどんなんだかすっかり忘れてしまったな。
    「また、ゆめになっちゃいけねえ」か・・・ふふ。

    落語調(っていうのかわかりませんが)ってリズムが心地良いですね。

    ”妍”という言葉は初めて知りました。
    字画はアヤシイがいい意味なんですね。

    すごい。
    あの短期間に、よくぞこれほど完成度の高い作品を!

    なにより、「落語」というお題が出た時点で、普通のひとなら頭を抱え込むところ。
    それを、「落語」をベースに、その作品のオチをオチに持ってくるところは、さすがです。
    鼻血も、スパイも、ちゃんと生きてるし^^
    程よくSFチックだし。
    まあ、鼻血のシーンは、美しくなかったけどwww
    お題噺って、追いつめられればアイデアが沸くポールさんには、ぴったりですよね。
    またぜひ!

    覚え書き

    落語家はこれをライブで即興でやっていたのか。

    すごい、ほんとにすごいぜ落語家!

    わたしはアイデアをまとめて文章を書くだけで四時間半もかかってしまったうむむ。
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