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    趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/名犯人談戯(その3)

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    「確認しておきたいんですけど、この『名犯人』というのは、いわゆる謎解きタイプのミステリに登場する犯人、に限定されるんですか?」

     舞ちゃんがツイスト博士に尋ねた。

    「最初の例が『赤毛のレドメイン家』だったから、謎解きものでいいと思うよ。いきなりここで、『長いお別れ』の犯人、などといったら、よけいに混乱してしまう」

    「『長いお別れ』って、なんだっけ」

     井森がぼくに小声でいった。ぼくも小声で答えた。

    「レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説だ。フィリップ・マーロウが出てくる」

    「ああ、あの、『タフでなくては生きていけない』っていう」

     ぼくは複雑な表情で井森を見た。

    「大筋では合ってる」

     馬庭さんが、ぼくたちの会話を聞いて、苦笑いした。

    「ついでだ、海外作家に限定することにしよう。そうでないと、こっちも選びにくいからな。それで、舞ちゃん、きみが選ぶのは?」

    「海外だったら……あれですね。エラリー・クイーンの『Yの悲劇』の犯人」

    「あっ! それ、おれ、聞いたことある!」

     井森が身を乗り出した。

     ぼくは冷たくいった。

    「読んだことは?」

    「……ない」

     馬庭さんが手を挙げた。

    「舞ちゃん、サントリーでもニッカでも、舌を噛みそうな名前の海外の名品でもいいから、ウイスキーを一杯くれないか。氷も水もいらないから」

     いつもオレンジジュースの馬庭さんがウイスキーとは珍しい。驚いた顔の舞ちゃんが厨房に引っ込んだのを見て、馬庭さんは井森にいった。

    「井森くん、『Yの悲劇』は面白い小説だ。だが……君は気に入るかな?」

    「どういうことです?」

    「雰囲気が陰鬱なんだ。文体も重厚だし。そのうえ厚い」

     ぼくが補足説明をした。

    「バーナビー・ロス名義のクイーンのミステリでは、どちらかといえば、『Xの悲劇』のほうが読みやすいと思うんだが……あっちもそうとう分厚いからなあ」

     舞ちゃんが、ウイスキーとチェイサーの載ったグラスを持って、帰ってきた。

    「『X』もいいですけどね、『Y』は特別な作品です。その犯人造形で、クイーンはある『閾値』を飛び越えたんだと、わたしは思います」

     馬庭さんの前に、舞ちゃんはグラスを置いた。

    「すみません、馬庭さん、やっぱり水も持ってきてしまいました」

    「それより、きみの『Y』擁護の話の続きが聴きたいね。この井森くんに、あの小説を読んでもらうためにも」

    「そうですね……確かに、最初に読むには『X』かもしれません。しかし、『X』の犯人が、ミステリとしては凡庸なパターンに属するのに対し、『Y』の犯人のそれは、その堅固なロジックもさることながら、読者にひとつの『悲劇』を見せてくれるのです。それは人間の闇であり、無限の奥深さを持っています。これは、ロス名義のクイーン作品で、随一だといっていいでしょう」

    「それはそうかもしれないけど、ぼくは『X』のほうが好きだな」

     舞ちゃんはうなずいた。

    「そのような考えかたも納得できます。エンターテインメント性では、『X』のほうが上回っているでしょう。しかし、文学としてみれば……『Y』は真の悲劇です」

    「『Zの悲劇』って本もあるのか?」

    「ある。あるが……ぼくは、あの本を、『Zの喜劇』だといい切ってしまったやつを知っている。趣向はわかるし、ぼくはそういう趣向は大好きだが、無人島へ持って行くかというと……ううん、だな」

    「ほかにはなんか書いてないのか? そのシリーズ」

    「『レーン最後の事件』は、たしかに連作の最後を飾るのにはふさわしい小説でしたが、やはり『X』『Y』『Z』を読んでないかたにはちょっとおすすめしかねるというか。あれを最初に読んでしまうとすべてぶちこわしですからね」

    「で、フィルポッツの『悪の哲学』を取るか、クイーンの『悲劇』を取るか、どちらが名犯人にふさわしいですか、ツイスト博士? 審判をやってもらいましょう」

    「すまない、学生さん。どちらがより『名犯人』かということでは、『Yの悲劇』の犯人像のほうが勝っているとわたしは思う」

    「『Yの悲劇』の犯人に負けるんだったらそりゃ本望ですけどね」

     ぼくは、羽が生えて去ってしまったキャビアを思ってぼやいた。

    「次に出される犯人が、あれと勝負できるだけの名犯人であることを期待しますよ。で、次はどっち?」

     捻原さんだった。

    (この項・続く)
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    ~ Comment ~

    Re: limeさん

    ひとり相撲だったということですね。

    我ながら取るに足らないことでうじうじ悩むタイプで……(^^;)

    明日紹介のミステリは、「神学的」にいきましょう(^^)

    ん??

    えええ??
    いったいポールさんが、どのコメに悩んでたのかが、全くわからない・・・。
    ミステリより謎なことを言うポールさん。
    はて・・・どれだ???

    いいかげん、私が怒らない人間だと言う事に気づいてください^^

    で、次回は「Y」に匹敵する作品?
    どれでしょ。
    でも、私はエラリーしか読んでないからなぁ~~、本格海外ミステリー。
    最近は、トリックよりも人間的なミステリーに魅かれてしまって。
    だめですねえ。これじゃミステリ、書けないかな。

    Re: limeさん

    もしかしたらわたしの心ないコメントでお気持ちを傷つけてしまったのではないかと思い、ひとり鬱々としておりました。愛想をつかされず、こうしてコメントを書き込んでもらえたわたしは幸せ者であります(^^)

    さて、「Y」ですが、ミステリファンを、特に謎解きもののミステリのファンを自認する中で、「Y」を読んでなかったらもぐりです。

    個人的には、「Y」の素晴らしさはもちろん認めますが、寝っころがって読んでも疲れない「X」もわたしは大好きです(^^) 

    「Z」は……趣向はおおっと思ったけれど、あれはなあ……「X」「Y」ときてあれを読んだら、よほど心が広くないとなあ。

    明日の更新では、犯人の持つ悲劇性について、「Y」とドラマ的にじゅうぶん張り合うとわたしが思っている、フェイバリットな短編が出てきますよ。短いので、図書館などで見かけたら、ぜひ一度読んでみてくださいね~。さあ勝つのはどっちだ!(^^) キャビアを食べられるのは、はたして誰だ!


    ……よくよく考えてみると、ミステリファン以外には面白くもなんともない話だな、「趣喜堂」のミステリ紹介回って……(汗)

    やった~~!
    エラリー登場!やっぱりポールさん読んでたんですね。

    やはり私は断然「Y」です。ポールさんならきっとその理由が分かると思いますが。
    あれは中学2年の授業の中休み。
    「Yの悲劇」のラストページを読んで、「ええええええ!」と声をあげてしまいました。
    それほど衝撃的でした。
    これがミステリなのか!と
    実は「X」「Z」の方は印象に薄く、内容を忘れてしまったんですが。
    『レーン最後の事件』・・・これは別の意味で衝撃でした。でも、悲しかったなあ。
    あんな終わり方はやめて~~と思いましたもん。

    ああ、懐かしいなあ。わたしのミステリ初体験^^

    Re: 西幻響子さん

    話の成り行き次第では懐が痛まずに通人の御用達のキャビアが食えるかもしれん、となれば、普通の人はコーフンします(笑)

    馬庭さんも人の子……(^^)

    井森くんの姿が、どうしても自分と重なるんですが… ^^;

    馬庭さん、どうしたんでしょう。急にお酒?コーフンしちゃったのかしら(笑)
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