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    趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/名犯人談戯(その4)

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    「わたしの番か。そうだな……」

     捻原さんは、ちょっと上を見上げた。

    「わたしの読んできた本の中には、数多くの名犯人が出てきたが、ベストを決めるこのゲームにおいて、あえてフェイバリットを選ぶことにしよう。こう、分厚い長編ばかり続くと、井森くんも読むのがたいへんだから、わたしは短編にする」

    「短編ですか」

     ぼくはちょっとどきどきするものを感じた。捻原さんの、いちばんのお気に入りの短編が聞けるのだ。

    「わたしが好きなのは、チェスタトンの『ブラウン神父の秘密』に収録されている、『マーン城の喪主』の犯人だな」

     あれか!

    「たしかに、あれは劇的な作品でしたね。でも、あの事件の主役は、むしろ探偵役のブラウン神父でしょう」

    「それはそうだが、ブラウン神父はあの事件では、珍しいことに推理する側ではなく、金田一耕助のような、『事件の説明役』に回っている。すなわち、それだけ、犯人の背負った罪が大きいということだ。馬庭さん、この作品については、犯人もトリックも、ちょっと考えればわかることだ、などというのは野暮ですよ」

    「わかっていますよ、ツイスト博士。でも、ブラウン神父ものの犯人で、あのフランボウは除いて、おれが一番気に入っているのは、『神の鉄槌』の犯人ですがね」

    「あれもいいですね。ぼくが一番好きなブラウン神父譚は、『グラス氏の失踪』です。あのバカバカしいやつ」

    「でもチェスタトンのシリーズ作品では、ブラウン神父譚よりはむしろ『詩人と狂人たち』の」

    「初期の『奇商クラブ』が」

    「晩年の作ですが、『ポンド氏の逆説』も好きです、わたし」

    「こないだ出た、『知りすぎた男』はどう思います?」

    「面白いとは思ったけれど、どこか暗いな。個人的には、『木曜の男』のあのブラックすれすれの上品なユーモアが」

    「あのお、すみませんけど、名犯人を決めるんじゃなかったんですか?」

     井森が、おろおろした声でいった。チェスタトン談義に夢中になっていたぼくたちはやっとわれに返った。

    「じゃ、学生さん、哲学科の君としては、『Yの悲劇』の犯人と、『マーン城の喪主』とはどちらがより名犯人だと思う?」

    「舞ちゃんは気を悪くするかもしれないけれど」

     ぼくは熟考の末にいった。

    「犯人の悲劇性と、ドラマの重厚さは二つとも甲乙つけがたいな。それを考えると、『Yの悲劇』と同レベルのことを、短編でやってしまった『マーン城の喪主』のほうが、名犯人としての素質を備えていると思う。ブラウン神父の吐く言葉も、宗教者としての威厳に満ちたものだ。神父からこの言葉を引き出せただけでも、『マーン城の喪主』の犯人の大きさがわかる。モラリストとしてのチェスタトンの面目躍如たるものがあるだろう。しかも逆説も効果的に使われているし」

    「『Yの悲劇』が負けちゃうなんて……」

     舞ちゃんはがっかりしたようだった。

    「そうだぞ、哲学科。舞ちゃんが……」

    「恨みっこなし、と最初に決めたはずだな、井森くん」

     そういって馬庭さんはぼくたちみんなを見渡した。

    「次はおれのようだな」

     馬庭さんは、唇を湿すかのように、ウイスキーをきゅっと飲み干した。

    「推理小説史上最高の名犯人は、名前を挙げてもいいと思う。なにせ、本のタイトルにまでなっているからな」

    「それって……?」

     ぼくは首をひねった。馬庭さんは誰を選ぶんだ……?

    「断っておくが、アルセーヌ・ルパンじゃないぞ」

    「誰もそんなこといってません!」

    (この項・続く)
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    ~ Comment ~

    Re: しのぶもじずりさん

    ブラウン神父はいいですよね~(^-^)

    あれは永遠に語り継ぐべき名作であります。

     ガブリエル・ゲイル譚も、中学のとき読んだきりなのでもう一度読み返したいなあ。
    • #8097 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2012.05/23 05:33 
    •  ▲EntryTop 

    ギョッギョッ! パクリ

    白状します。

    ユキアが、ブラウン神父と同じようなセリフを吐いています。
    好きなんですよ。
    「恋ですか? 本で読んだことがあります」

    他の人には内緒にしてください。

    Re: ぴゆうさん

    読書はすばらしいけれど、あれはあれで体力使いますから、こう齢を取ってくると年々きつくなってきますなあふがふが(←じじい(^^;))

    よく考えたら、この「趣喜堂」って、ただの年寄りの過去話ではないかっ! うむむ(笑)

    でも書いているのは楽しいのでまだ続けますが。さあキャビアを食えるのは誰だ!

    たまーに知っている名前が出てくるかなぁ~くらいだもんね。
    しかしすごいなぁ~
    読書ってやっぱ素晴らしいのねぇ。
    なんか久しぶりにミステリーを読みたくなる。

    Re: るるさん

    だから「ルパン三世」じゃないっ!(^^)

    ルパンきたー……?

    来てない……?
    がふっ。

    Re: limeさん

    日本ではぜんぜん有名ではありません(^^;)

    知る人ぞ知る、といった本であります。

    まだ入手はたぶん可能ではないかと思いますが、うーむ(^^;)

    とりあえず明日の更新を。



    「Yの悲劇」はいい作品ですが、わたしにとってのマイフェイバリット短編なんですよ「マーン城の喪主」は。

    ブラウン神父譚では、ベスト作品の一つだと思います。

    わたしにとってのチェスタトンは、諧謔味と逆説が魅力の作家です。あんな作品が書ければいいんですがねえ。



    ちなみに、わたしは、読んだ小説の筋をよく忘れます。「面白かった」ことは覚えているがどういう話だったっけ、ということは多数です(^^)

    だからもしかしたら無意識のうちにパクリとかやってるかもしれないなあ、と、ちょっとどきどき……(^^;)

    本のタイトルに、犯人の名が?
    なんだろ。
    有名なやつでしょうか。

    しかし、出てくるわ出てくるわ。
    ポールさんのストックって尽きることがないんですか。

    私は昔読んだミステリーって、内容も犯人も忘れ果てているんですが、ポールさんはそんなことないですか?
    まあ、忘れると、再読も楽しいですけど。

    Yの悲劇、負けちゃったかぁ~。
    でも、短編で惹きつける方が、やっぱり上かなあ。
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