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    趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/名犯人談戯(その6)

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    「思うんですけどね」

     井森は、考え、考え、話しているようだった。

    「名犯人の一番重要な点は、馬庭さんがいわれたこともそうですが、それよりもっと重要なことがあると思うんです」

    「ほう? なにかね、聞こう」

    「それは、『誰でもその名を知っている』ということです。日本に限らず、世界中どこの国でも」

    「ふむ」

     捻原さんがあごを撫でた。

    「これまで、舞ちゃんたちが挙げてくれた犯人は、おれ、どれもまったく知りません。だから、もっと、なんというか……犯罪者といえばこの人、という存在がふさわしいんじゃないかと」

    「それできみは、なんだね? アルセーヌ・ルパンとでもいいたいのかね? あれは日本とフランス以外ではほとんど無名だぞ」

     馬庭さんが、自分の地盤がわずかに揺らいだとでも感じたのか、ややいらだった声で井森にいった。そりゃそうだ。キャビアがかかっているのだから。

    「いや、そうじゃなくて……」

     井森は、おそるおそる、という調子で、その名前を語った。

    「おれが思うに、最高の名犯人は、コナン・ドイルの、『最後の事件』の犯人じゃないかと……」

     ぼくたちはそろって息を飲んだ。

     なんという直球。なんというストレート。

     一瞬後、われに返ったぼくたちは、いっせいに笑い出した。

    「これはやられた!」

     爆笑の中、最初にそう叫んだのは、捻原さんだった。

    「完全に盲点だったなこりゃ。枝葉にこだわるミステリファンの悪癖が出たようだ」

     馬庭さんも苦笑いして腕を組んだ。

    「知名度と実績からしても、人間的魅力からしても、あの犯人には勝てないわ」

     舞ちゃんも笑いを押さえきれないようだった。。

    「あれですね」

     ぼくは笑いすぎて呼吸困難に陥りながら、うろ覚えの引用をした。

    「チェスタトンによる、『大きすぎて目立たない凶器、すなわち地球』という逆説を地で行った感がありますね」

    「馬庭さん、判定を」

    「悔しいが、これは一本取られた。今回の勝負のチャンピオンは、井森くんだ」

    「やったな井森。ツイスト博士の秘蔵のキャビアだ、そんなものが食べられるのは長い人生でもこの機会しかないぞ」

     ぼくは内心、悔し涙を流しながら、井森の肩を叩いた。くそっ、そっちで攻めていさえすれば、ぼくもキャビアを。同様のことを、たぶん馬庭さんも考えていることだろうことは察しがついた。

    「きみは哲学をやってるんだって?」

     馬庭さんがぼくに話しかけてきた。

    「はい」

    「ウィトゲンシュタインは知っているね?」

    「名前くらいは」

    「それじゃ、おれがいいたいこともわかるな」

    「なんとなく。言語ゲームをしたいんですか?」

     ぼくは、テーブルに視線を戻した。

     馬庭さんもテーブルに視線を向けた。

    「言語ゲームというよりも……」



     かくして、ぼくは……。

     井森が、舞ちゃんの給仕でキャビアをどっさり乗せたクラッカーを食べながら、こんなうまいもの食ったことがないです、などと騒いでいるのを横で聞きつつ、ぼくは馬庭さんとの、「ハルマ」での知的決闘にただひたすら神経を集中させていた。

     井森の食べているキャビアの払いを賭けてのデスマッチだった。

     ぼくは負け越して下宿に帰った。



    (この項・終わり)
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    ~ Comment ~

    Re: limeさん

    隠しても仕方がないのでいってしまいますが、ルルさんのいった通りのかたであります。

    この人以上に知名度のあるミステリの犯人はいない、という結論に達したもので(^^;)

    ハンニバル・レクター博士なんてこの人に比べたらひよっこも同然だもんなあ(笑)

    く~、けっきょくどれも読んでない私は、
    井森くんの勝因を100%味わえなかった・・。無念。

    でも、こればっかりはポールさんに、「どんな犯人?」と聞くことも出来ず^^;

    コナン・ドイルを読まないで、ミステリファンなどとは、口が裂けても言えませんね。
    考えてみれば私、本格ミステリーは、エラリー以外、読んだことないんだなあ・・・・。しみじみ。

    他のは、何ミステリーって言うんでしょう。ミステリーの定義も難しいですよね。

    Re: るるさん

    「ははは見ろ、おれの小説がゴミのようだ!」

    ……ってネタはいつかやったな(^^;)

    ああ映画行きたい。スイ(以下略)

    モリアーティ教授も悪ですよね……。

    ムスカとかもw

    Re: LandMさん

    「ドラマ性を保ったままでいかにしてトリッキーで仰天するような作品を作るか」で、松本清張先生のように社会派にいくか、または昔はやった「新本格」のように徹底的な「つくりもの」の世界をこしらえるか、様々な実験がされてきましたが、ミステリは未だに道の途上にあります。

    終着点はほんとうにあるのかなあ。

    確かに犯人の名前はインパクトがないと駄目ですね。
    ・・・・誰?って思われるとその時点でアウトですからね。その辺は何が主題になっているかにもよりますけど。最近は犯人よりドラマ性が高い作品の方が多いですからね。。。
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