「ショートショート」
その他
記録よりも記憶に残る男
スタジアムの観客席は満員だった。割れんばかりの拍手が続いていた。そして、観客は、みな泣いているのだった。
深々と頭を下げるその男に対して、次々と言葉が浴びせられた。
「やめないでくれえ!」
「嘘だといってくれえ!」
放送席のアナウンサーも涙にむせんでいた。
「この瞬間をなんと申しましょうか、ひとりの偉大なスポーツ選手をわれわれは失おうとしているのであります。たしかに、彼は、記録上は他チームの選手に及ばないところもありました。しかし、その芸術的ともいえる華麗なプレーと、点を取らなければならないところでは確実に点を取り、勝たねばならないところでは必ず勝ったのです。それだけでいいではないでしょうか。彼は、記録には残らないものの、われわれの、いや、このスポーツを愛する者の記憶には永遠に残り続けるでありましょう。彼は、『記録よりも記憶に残る男』なのです!」
観客の号泣と拍手は続いていた。それは永遠に続くかとも思われた。
× × × × ×
同日、同時刻。
その映画スタジオでは、ささやかな慰労パーティーが行われていた。
監督が、深々と、奇妙な容貌をしたその一見ぱっとしない男に頭を下げた。
「すまなかった。映画監督という仕事を四十年やっていて、一度も君が主演の映画を撮ることができなかった」
「いいってこってすよ。監督が、作る映画ごとに、渋くて味のある役をあたしにくれたことで、あたしァ、親譲りのこの妙なご面相にもかかわらず、この齢まで映画に出られたうえ、『いぶし銀の性格俳優』って呼ばれて、三つの子供でも顔を覚えているような俳優にまでしてもらえたんですから。才能にしてみれば、過分のお言葉でさァ」
「ほんとうは、もっと君に出てほしかったのだが……」
「へへ、お心はありがたいですが、なにぶんこの身体がいけねえ。胃袋の全摘はしやしたが、全身に転移したあとでやして。明日から入院生活で」
「すまなかった」
監督は、ふたたび、頭を下げた。
慰労会が終わり、飄々と去って行ったその俳優を見送ってから、監督は、その場に居合わせた新進の俳優たちにいった。
「いいか。賞も何も取っていなくとも、あのような、『記録よりも記憶に残る男』というのが、いい俳優なんだ。わたしは、あのような素晴らしい俳優と仕事ができたことを、誇りに思う」
× × × × ×
同日、同時刻。
その病院から出てきた老若ふたりの新聞記者は、そろって面白くもなさそうな面をしていた。
「とうとう、あのおっさんも逝っちまったか」
「名前はよく聞きますがね。誰も見舞いに来てませんでしたよ」
「人間、落ち目にはなりたくないもんだ」
「ところで、あの人、政治家としての評価はどうだったんですか?」
「そうだねえ」
老いたほうの記者は、ちょっと空を見上げた。
「『記録よりも記憶に残る男』だったねえ。悪い意味で……」
深々と頭を下げるその男に対して、次々と言葉が浴びせられた。
「やめないでくれえ!」
「嘘だといってくれえ!」
放送席のアナウンサーも涙にむせんでいた。
「この瞬間をなんと申しましょうか、ひとりの偉大なスポーツ選手をわれわれは失おうとしているのであります。たしかに、彼は、記録上は他チームの選手に及ばないところもありました。しかし、その芸術的ともいえる華麗なプレーと、点を取らなければならないところでは確実に点を取り、勝たねばならないところでは必ず勝ったのです。それだけでいいではないでしょうか。彼は、記録には残らないものの、われわれの、いや、このスポーツを愛する者の記憶には永遠に残り続けるでありましょう。彼は、『記録よりも記憶に残る男』なのです!」
観客の号泣と拍手は続いていた。それは永遠に続くかとも思われた。
× × × × ×
同日、同時刻。
その映画スタジオでは、ささやかな慰労パーティーが行われていた。
監督が、深々と、奇妙な容貌をしたその一見ぱっとしない男に頭を下げた。
「すまなかった。映画監督という仕事を四十年やっていて、一度も君が主演の映画を撮ることができなかった」
「いいってこってすよ。監督が、作る映画ごとに、渋くて味のある役をあたしにくれたことで、あたしァ、親譲りのこの妙なご面相にもかかわらず、この齢まで映画に出られたうえ、『いぶし銀の性格俳優』って呼ばれて、三つの子供でも顔を覚えているような俳優にまでしてもらえたんですから。才能にしてみれば、過分のお言葉でさァ」
「ほんとうは、もっと君に出てほしかったのだが……」
「へへ、お心はありがたいですが、なにぶんこの身体がいけねえ。胃袋の全摘はしやしたが、全身に転移したあとでやして。明日から入院生活で」
「すまなかった」
監督は、ふたたび、頭を下げた。
慰労会が終わり、飄々と去って行ったその俳優を見送ってから、監督は、その場に居合わせた新進の俳優たちにいった。
「いいか。賞も何も取っていなくとも、あのような、『記録よりも記憶に残る男』というのが、いい俳優なんだ。わたしは、あのような素晴らしい俳優と仕事ができたことを、誇りに思う」
× × × × ×
同日、同時刻。
その病院から出てきた老若ふたりの新聞記者は、そろって面白くもなさそうな面をしていた。
「とうとう、あのおっさんも逝っちまったか」
「名前はよく聞きますがね。誰も見舞いに来てませんでしたよ」
「人間、落ち目にはなりたくないもんだ」
「ところで、あの人、政治家としての評価はどうだったんですか?」
「そうだねえ」
老いたほうの記者は、ちょっと空を見上げた。
「『記録よりも記憶に残る男』だったねえ。悪い意味で……」
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~ Comment ~
こんばんは
うーん、なるほどね、
私も記憶に残る絵を描きたいなと思っていますが、
ポールさんの物語には、いつも元気いただいています。
トップの海の風景も効果的ですね。
うーん、なるほどね、
私も記憶に残る絵を描きたいなと思っていますが、
ポールさんの物語には、いつも元気いただいています。
トップの海の風景も効果的ですね。
- #5928 tokosantan
- URL
- 2011.11/24 22:25
- ▲EntryTop
Re: ぴゆうさん
猫国に一度足を踏み入れた人間が、猫国を忘れられるとは思いません。ぴゆうさんのイメージ力の勝利です(^^)
Re: ゆういちさん
わたしは作家の中西智明氏ですね。ベストセラーになったわけでもなく、本も一冊しか出していないのに、「消失!」という読者の度肝を抜く本格推理の傑作を書いて、いまだに本格ファンの語り草になっているという……。
第二の作品が読みたいであります。
第二の作品が読みたいであります。
こんばんはー
私も記憶に残る人間になりたいなぁ。
元ヤクルトの金森選手を思い出します。
代打ばっかりだったけど、今でもあの雄姿は覚えていますよ。優勝にも結構貢献しました
元ヤクルトの金森選手を思い出します。
代打ばっかりだったけど、今でもあの雄姿は覚えていますよ。優勝にも結構貢献しました

- #5910 ゆういち
- URL
- 2011.11/23 20:25
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Re: tokosantanさん
元気から遠ざかっていくような話もけっこう書いているのでそうおっしゃられると面映いです。
トップが海なのは、「リゾート行きたいよ~、泳いだりパラソルの下でトロピカルドリンクでも飲みながらウダウダしたいよ~」という隠れた願望の表れみたいなもので(笑)