「ショートショート」
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逢魔が時
学校からの帰り道、ぼくは路地裏で、おんぼろなジュースの自販機に百円玉を入れた。
がしゃり、と音を立てて、レモンスカッシュの缶が取り出し口に下りてきた。あまりメジャーな会社のものではないが、百円で買えるのはありがたい。
ぼくはプルタブを開けると、よく冷えたそれをひと口飲んだ。冷たさと、わざとらしいレモンの風味と、そしてうちの高校の方針で、古文だの英語だの数学だのをみっちりと詰めこまれ、へとへとに疲れ果てた脳細胞には何よりうれしい、甘さと酸っぱさとさわやかな炭酸が舌の上を駆け抜けて喉の奥へと落ちていった。
なんとはなしに空を見上げた。青い空だったが、太陽の力は弱かった。無理もない。今は十二月。ぽかぽかしているようでも、あの夏の暑さはない。
ふと……青い空が、かげったような気がした。
雲が出てきたせいだ。
ぼくはレモンスカッシュをもう一口飲もうとした。
風が出てきたような気がした。重くぬるい風。
ぼくは路地の先を見た。
誰かが潜んでいるような気がした。ぼくの……なんといったらいいかわからないが、なにか重要なものを変えてしまう誰かが。
ぼくの視界は、薄紫のフィルターがかかったようになっていた。なんとなく薄暗く、空気がねっとりとからみついてくるのだ。
そちらに歩いていけば、なにかが変わる。ぼくは一歩を踏み出そうとし……。
肩をつかまれた。
「ちょっと、返事くらいしなさいよ。ぼーっとしちゃって」
はっとそちらを見ると、クラスメートの絵里の、苛立ったような顔があった。
「あ……いや、その」
「いや、そのって、なにかあったの?」
ぼくは空と路地を見た。明るい、いつもの、なんの変哲もない、午後の風景だった。
自分がレモンスカッシュの缶を握ったままだということに気づいたぼくは、ぐいっとあおると、ポケットから百円玉を取り出した。
「おごるよ。なんか飲む?」
絵里は、にこっと笑った。
「どうしたのよ、いきなり。変な人。そりゃ、おごってくれるならもらうけど。あたし梅ソーダがいいな」
ぼくは百円玉を自販機に入れ、ボタンを押した。
ぼくと絵里は二人で黙ってジュースを飲んだ。
「なあ、絵里。なにか奇妙なことが起こる瞬間、時間、ええと……そうだ、逢魔が時って、信じるか?」
「なによ、それ。きょうのあなた、変よ」
「信じるかどうかを聞かせてくれよ」
「まあ、信じないことはないわね。運命の人との出会いくらいには」
ぼくは、先ほどふらふらと誘い込まれそうになった路地を見た。
運命の人か……。
もしかしたら、あの先には、ぼくの運命を変えてしまうような、そうした女性との出会いが待っていたのではないだろうか? 逢魔が時とは、そういう状態をいうのではないか?
「どうしたの?」
絵里が心配そうな顔でぼくを見た。
ぼくも絵里を見、そしてその手を握った。
「きゃっ」
絵里は驚いたようだが、それでもぼくの手を握り返してきた。
「どうしたのよ、ほんと、今日はどこかおかしいわよ」
「おかしいんだ、今日のぼくは」
ぼくはそういって、苦笑いした。
そうだ。あれは逢魔が時だったかもしれないが、ぼくにはそこからこの世界に引き留めてくれる誰かがいたのだ。
そしてぼくはその誰かを選ぶのだ。
「絵里。前から思っていたんだけど、ぼくは……」
ぼくは絵里の手を強く強く握った。
がしゃり、と音を立てて、レモンスカッシュの缶が取り出し口に下りてきた。あまりメジャーな会社のものではないが、百円で買えるのはありがたい。
ぼくはプルタブを開けると、よく冷えたそれをひと口飲んだ。冷たさと、わざとらしいレモンの風味と、そしてうちの高校の方針で、古文だの英語だの数学だのをみっちりと詰めこまれ、へとへとに疲れ果てた脳細胞には何よりうれしい、甘さと酸っぱさとさわやかな炭酸が舌の上を駆け抜けて喉の奥へと落ちていった。
なんとはなしに空を見上げた。青い空だったが、太陽の力は弱かった。無理もない。今は十二月。ぽかぽかしているようでも、あの夏の暑さはない。
ふと……青い空が、かげったような気がした。
雲が出てきたせいだ。
ぼくはレモンスカッシュをもう一口飲もうとした。
風が出てきたような気がした。重くぬるい風。
ぼくは路地の先を見た。
誰かが潜んでいるような気がした。ぼくの……なんといったらいいかわからないが、なにか重要なものを変えてしまう誰かが。
ぼくの視界は、薄紫のフィルターがかかったようになっていた。なんとなく薄暗く、空気がねっとりとからみついてくるのだ。
そちらに歩いていけば、なにかが変わる。ぼくは一歩を踏み出そうとし……。
肩をつかまれた。
「ちょっと、返事くらいしなさいよ。ぼーっとしちゃって」
はっとそちらを見ると、クラスメートの絵里の、苛立ったような顔があった。
「あ……いや、その」
「いや、そのって、なにかあったの?」
ぼくは空と路地を見た。明るい、いつもの、なんの変哲もない、午後の風景だった。
自分がレモンスカッシュの缶を握ったままだということに気づいたぼくは、ぐいっとあおると、ポケットから百円玉を取り出した。
「おごるよ。なんか飲む?」
絵里は、にこっと笑った。
「どうしたのよ、いきなり。変な人。そりゃ、おごってくれるならもらうけど。あたし梅ソーダがいいな」
ぼくは百円玉を自販機に入れ、ボタンを押した。
ぼくと絵里は二人で黙ってジュースを飲んだ。
「なあ、絵里。なにか奇妙なことが起こる瞬間、時間、ええと……そうだ、逢魔が時って、信じるか?」
「なによ、それ。きょうのあなた、変よ」
「信じるかどうかを聞かせてくれよ」
「まあ、信じないことはないわね。運命の人との出会いくらいには」
ぼくは、先ほどふらふらと誘い込まれそうになった路地を見た。
運命の人か……。
もしかしたら、あの先には、ぼくの運命を変えてしまうような、そうした女性との出会いが待っていたのではないだろうか? 逢魔が時とは、そういう状態をいうのではないか?
「どうしたの?」
絵里が心配そうな顔でぼくを見た。
ぼくも絵里を見、そしてその手を握った。
「きゃっ」
絵里は驚いたようだが、それでもぼくの手を握り返してきた。
「どうしたのよ、ほんと、今日はどこかおかしいわよ」
「おかしいんだ、今日のぼくは」
ぼくはそういって、苦笑いした。
そうだ。あれは逢魔が時だったかもしれないが、ぼくにはそこからこの世界に引き留めてくれる誰かがいたのだ。
そしてぼくはその誰かを選ぶのだ。
「絵里。前から思っていたんだけど、ぼくは……」
ぼくは絵里の手を強く強く握った。
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~ Comment ~
おはようございます^^
おお!
キッカケをくれたっ!!
いい話だ~~~^^
最近短編を書いていたんですが、私のは短編なのかなんなのか(泣)
どうしてこう、才能が無いのか(号泣)
あらためて、ポール・ブリッツさんの凄さを噛み締めているであります(TwT。)
キッカケをくれたっ!!
いい話だ~~~^^
最近短編を書いていたんですが、私のは短編なのかなんなのか(泣)
どうしてこう、才能が無いのか(号泣)
あらためて、ポール・ブリッツさんの凄さを噛み締めているであります(TwT。)
Re: ぴゆうさん
こういうの書いていると、
「どうしておれはこんなリア充の話なんか書いているんだろう」
と思うことがあります。
その思いが妙な具合にわたしの脳細胞を刺激し、このところのこういう話のラッシュになって現れるという(^^;)
プルサーマルですな(爆)
「どうしておれはこんなリア充の話なんか書いているんだろう」
と思うことがあります。
その思いが妙な具合にわたしの脳細胞を刺激し、このところのこういう話のラッシュになって現れるという(^^;)
プルサーマルですな(爆)
恋が始まるまでの初々しさもあっていいのぉーー
彼女の驚きが何も書いていないけど書いてあるような。
想像MAXだわ。
ポールはこういうのがうまいねぇ~
彼女の驚きが何も書いていないけど書いてあるような。
想像MAXだわ。
ポールはこういうのがうまいねぇ~
- #6233 ぴゆう
- URL
- 2011.12/13 14:00
- ▲EntryTop
Re: limeさん
真面目なR18は無理です(爆)。
このブログのカラーにも合わんしな。
逢魔が時に関しては、超自然的な意味ではなしに、あると思います。空間や時間の問題ではなくて、あくまでもわれわれの心理的なものとして。
われわれが、一時的な精神の迷いか何かで、なんとなく、ものが普通でなく見えるとき、心の抑制がきかなくなってしまう一瞬、そんなとき、人間は端から見ていると、どうしても損としか思えないことをやってしまうものです。
そういうのを古人は「逢魔が時」なりなんなりといったのではないでしょうか。
こうした意味では、自分の人生で「逢魔が時」に一度も出くわさなかった人間のほうが、完璧すぎてどこか欠落があるのではないかと思います(^^)
このブログのカラーにも合わんしな。
逢魔が時に関しては、超自然的な意味ではなしに、あると思います。空間や時間の問題ではなくて、あくまでもわれわれの心理的なものとして。
われわれが、一時的な精神の迷いか何かで、なんとなく、ものが普通でなく見えるとき、心の抑制がきかなくなってしまう一瞬、そんなとき、人間は端から見ていると、どうしても損としか思えないことをやってしまうものです。
そういうのを古人は「逢魔が時」なりなんなりといったのではないでしょうか。
こうした意味では、自分の人生で「逢魔が時」に一度も出くわさなかった人間のほうが、完璧すぎてどこか欠落があるのではないかと思います(^^)
うん、いいなあ~。
なんか、ポールさんがこんな甘酸っぱい話を書くって言うだけで、いろんな意味で緊張感があって。
でも、もうすでに得意分野になりつつある感じが・・・。
だめですよ。苦手分野は、ちゃんと残しておいてください^^
逢魔が時って、あるんでしょうか。
もしかしたら、自分はどっかで、間違ってここに来ちゃったのかなあ・・・なんて思ったこともありますが。
(もっといい人生があったと思う、自惚れでしょうかねえ^^;)
なんか、ポールさんがこんな甘酸っぱい話を書くって言うだけで、いろんな意味で緊張感があって。
でも、もうすでに得意分野になりつつある感じが・・・。
だめですよ。苦手分野は、ちゃんと残しておいてください^^
逢魔が時って、あるんでしょうか。
もしかしたら、自分はどっかで、間違ってここに来ちゃったのかなあ・・・なんて思ったこともありますが。
(もっといい人生があったと思う、自惚れでしょうかねえ^^;)
Re: 土屋マルさん
つい先日、この手の小説を書いたら、妙にウケてしまって味をしめた(笑)。
味をしめたはいいものの、リアルでこれに類する体験などまったくしたことのない灰色の青春だったため、どう書けば説得力があるのかわからず、パソコンの前で額に青筋立てて、目を血走らせて一文字一文字打ってます(^^;)
こういうシーンを盛り込めれば、「紅蓮の街」ももうちょっと人気が(爆)
味をしめたはいいものの、リアルでこれに類する体験などまったくしたことのない灰色の青春だったため、どう書けば説得力があるのかわからず、パソコンの前で額に青筋立てて、目を血走らせて一文字一文字打ってます(^^;)
こういうシーンを盛り込めれば、「紅蓮の街」ももうちょっと人気が(爆)
甘酸っぱいわぁ(ノ´∀`*)
何かかわいいですね。
ポールさんって、こういうの、結構サラッと書けちゃうんですか?
ジャンルの引き出しの多さが羨ましいです~。
何かかわいいですね。
ポールさんって、こういうの、結構サラッと書けちゃうんですか?
ジャンルの引き出しの多さが羨ましいです~。
Re: waravinoさん
絵里ちゃんは、語り手を「逢魔が時」の呪縛から現実世界に引き戻してくれた娘ですから、安心だと思うであります。
というか、ふらふら惹かれて異界へ入り、そこでまかり間違って「宿命の女」と出会ってしまった時のほうが怖い(笑)
というか、ふらふら惹かれて異界へ入り、そこでまかり間違って「宿命の女」と出会ってしまった時のほうが怖い(笑)
逢魔が時
逢魔が時~
この時間帯。
一日の疲れから集中力が切れるためか。
交通事故が多い時間帯(だったと思います)
かくいうわたくしも。
二度ばかり酷い目にあっています(涙
この言葉自体は好きなんですがねぇ。
「ぼく」も大人になった時。
「しまった!」
と思わなければいいのですが^^;)/
この時間帯。
一日の疲れから集中力が切れるためか。
交通事故が多い時間帯(だったと思います)
かくいうわたくしも。
二度ばかり酷い目にあっています(涙
この言葉自体は好きなんですがねぇ。
「ぼく」も大人になった時。
「しまった!」
と思わなければいいのですが^^;)/
- #6193 waravino
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- 2011.12/11 07:30
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Re: YUKAさん
10枚足らずのショートショートです、これ(^^;)
わたしがショートショートばかり書いているのは、これ以上の分量の作品を書くと、頭がオーバーフローしてしまう、という理由ゆえで……(笑)
YUKAさんの短編期待してますね~(^^)