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    「ショートショート」
    恋愛

    眠れる森の誰か

     ←逢魔が時 →まじめで大事なこと
    「……こうして、王子様と王女様は、末永く幸せに暮らしました」

     ぼくが本を読み終わると、図書館に来ていた園児たちは、予想通りの反応をした。

     わいわい騒ぎだしたのだ。

    「ぼくのとうちゃんとかあちゃんはまいにちけんかしてるぞー」

    「ひゃくねんねむるなんて、うんこどうすんだー、うんこー」

    「あたしだったら、ぜーったい、まーぶるすぱいらるはりけーんで、そんなまほうなんかやっつけちゃうんだー」

     ぼくは、そうした園児たちが、コントロール不能になる前に収拾をつけようと、ガキを世話して二十五年、といった面のベテラン保母さんといっしょになって奮闘した。

    「すみませんね、司書さんに、こんなことまでしていただいて」

    「いや、いいんですよ、子供たちに図書館と本に親しみをもってもらうことも、図書館司書の務めのひとつです」

     とはいったものの、複雑な家庭環境で、シモネタが大好きで、しかもテレビアニメばかり見ているようなお子様たちが、本に興味を持ってもらえるかどうかを考えると、悲観的な未来しか思い浮かばなかった。なんだよマーブルスパイラルハリケーンって。

    「でも、うちの子たち、無心に聞き入っていましたよ、その、『眠れる森の美女』」

    「……はあ」

     ぼくは頭をかいた。あれで無心に聞き入っていたというのならば、無心に聞き入っていないときはどれだけ騒がしいのか、尋ねる気は起こらなかった。

    「『眠れる森の美女』か……」

     近くにある幼稚園の一団がご退散されるのを見送ってから、ぼくは手元の本を見た。グリム童話のさらに子供向けリライトの絵本だった。

     ぼくはため息をついた。



     閉館時間が来て、本の整理の番になると、公立図書館司書というのはその文学的な響きに似合わず、肉体労働の公務員だということを実感させられる。本だの書類だのというものは、いざ運ぶとなると、実に重いものなのだ。

    「ご苦労様でした」

     ぼくは挨拶すると、どうしてだかはわからないが、なんとなく借りたくなってしまった「眠れる森の美女」の絵本をバッグに入れ、荷台にくくりつけて、自転車のペダルを漕ぎ出した。

     夜道を、ライトをつけて進むのは、あまり楽しい行程ではなかった。

     途中、スーパーに立ち寄って、今晩の食事を買うことにした。七十パーセント引きで、つまり定価の三割で、キムチ鍋のセットが売っていた。一人分にしてはどう考えても食いすぎな量だったが、定価の三割には勝てなかった。ぼくは籠に入れると、運よく売れ残っていた白飯のパックを手にし、そして……特売の棚から缶チューハイを二缶買った。

     寒い。

     戦利品を入れたエコバッグを、借りた本が濡れないように荷台にくくりつけ、ぼくは、自分のアパートとは正反対の方向に自転車を漕ぎ出した。



     冬丘麗。

     三年前、大学卒業の際に引っ越しを手伝わさせられた記憶が正しければ、あの女は今もこのアパートに住んでいるはずだった。

     頭のいい女だった。大学在学中、ぼくとバックギャモンの勝負を続け、ぼくから累計でバイト半年分の金をむしりとれたのだから、その頭の良さと勝負度胸のよさは素晴らしいのひとことに尽きる。ちなみに、麗にむしりとられたぶんは、ぼくが他の同級生や後輩からむしり取った。食物連鎖というやつである。

     大学四年の夏、勇気を出してぼくがいった、プロポーズの言葉に、「……ごめん。わたし、今は学問に生きたいの」と答えて、そのまま史学科の大学院に進んでしまったときから、ぼくは麗の顔を見るのを避けていた。

     同じ町に住んでいる以上、会おうと思えばいつでも会えるはずだったが、ぼくも、麗も、それを望んでいないものだと思っていたらしく、連絡はそれっきり絶えたままだった。

     三年だ。そろそろ、博士課程単位取得満期退学のころだろう、あいつの頭ならな、と思うと、ぼくはどうしても、麗に遭いたくなってきた。

     バカな話だということはわかっている。麗だって大人の女だ、誰か男のひとりくらい作っているだろう。アパートからも去っているかもしれない。それでも、この機会を逃したら、一生会えないと、勘は告げていた。

     きつい坂道をえんやこらと上がり、汗だくになって、麗の住んでいたアパートの前にたどりついたときには、すでに時刻は十時を回っていた。

     キムチ鍋のセットと、白飯と、チューハイの缶を持ったぼくは、新聞受けに「冬丘」の名を確認し、二階に上がって、ドアブザーを押した。

    「だあれ?」

     疲れきった声が返ってきた。勉学で疲れたものの声ではなかった。酒で疲れたものの声だった。

    「ぼくだ。飯でも食わないか? 持ってきたんだが」

    「開いてるわよ……」

     めんどくさそうな声だった。ぼくは、最悪の展開を覚悟した。

     ドアを開けたぼくが目にしたのは、抱いていた最悪の予想をなおも超えるものだった。

     部屋中がゴミの山だった。資料や紙のゴミではない。酒の空き缶、コンビニの弁当のパック、割り箸、生ゴミ、その他その他……顔をしかめながら入っていくと、どんよりとした目をした、ぼさぼさの頭の、化粧ひとつしていない女が、ジャージ姿でごろんとコタツに転がっていた。

    「麗……」

    「おひさ。司書さん、だったよね?」

    「どうしたんだ、これは」

    「ああ、これ?」

     麗は顔を歪めるようにして笑った。

    「要するに、戦う前に、人生に負けたのよ。学問の魅力から離れられないにも関わらず、学問のセンスがなにもない自分に、修士論文を書く際に無惨なほど気づかされたのね。そして、修士論文は不合格。田舎へ帰ることもできず、かといって進むこともできず、日がな一日、飲んじゃ眠り……」

     ぼくは、食糧を放り出すと、麗の身体を抱きしめ、その乾いた唇に、長く長くキスをした。

    「な……」

     顔を離したぼくは、麗にいった。

    「目は覚めたかい」

    「め……目ですって?」

     まだ動転している顔の麗のほほを手で押さえて、ぼくはひとことひとこと語りかけた。

    「知っているかい? 眠れる森の美女。茨が生い茂り、他人の入ることを許さぬ城で、ひとりこんこんと眠り続けた王女様は、すべての困難をはねのけてやってきた王子様の口づけで、永い眠りから覚めるんだ……」

    「あんたが、王子様?」

     麗が笑い飛ばそうとするのを、ぼくは許さなかった。

    「王子様にしちゃ、しがない図書館司書だけどね。でも、三年前のあの懇願だけは、いまだに生きている。ぼくと一緒になってくれないか?」

    「だって、わたし、こんな、アル中一歩手前の、人生の敗残者よ?」

    「百年眠りつづけた王女様を、人生の敗残者というやつなんて、いないだろう? そういうことだ。さて、ぼくは王子様として、やらねばならないことをやるぞ!」

    「な、なに?」

     ぼくはにやりと笑った。

    「この茨だらけ……もとい、ゴミだらけの城を、なんとか人間が住めるような状態に持っていくことさ。さ、手伝ってもらいますよ、姫様。それが終わったら、キムチ鍋と雑炊で一杯やろうじゃないか」

     沈黙が落ち、そして、ぼくと麗は、どちらからともなく笑い出した。笑いは夜の十時にしては迷惑じゃないか、というくらいに大きくなった。



     そして?

     麗がどうしたかって?

     麗はあの部屋を出ていったさ。まともな判断力を取り戻した麗の頭は、あのゴミだらけに陥った部屋に住むことを潔しとしなかったらしい。大学院をやめて、教授か誰かのつてをたどって、小さな出版社に勤めることになったそうだ。

     ぼく? ぼくも、このアパートを引き払うことにしたよ。二人で住めて余裕もある物件に住み替えることにしたわけさ。当然の話だろ?

     そろそろ、ぼくの部屋にも、引っ越し社からトラックがやってくるはずだ。まあ、価値のある荷物なんか、ほとんどないも同然なんだが、いつか生まれるだろう子供のために、「眠れる森の美女」の絵本は、今のうちから用意しておかなくちゃね。
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    ~ Comment ~

    Re: ダメ子さん

    なんか自分がものすごく罪深いことをしてしまったような気がしてきました。

    フィクションです! この小説はフィクションですから! 作者本人は純粋な「もてない歴=年齢」ですから!

    私もそろそろダメージに耐えられなくなってきたので
    これから寝ることにします

    Re: YUKAさん

    あのふたりの甘々アツアツぶりには勝てません(笑)

    「とっかかり」は妄想でなんとかなるけど、「そこからどう発展させるか」となると想像力の埒外で……(^^;)

    おはようございます^^

    わぁ!良かったです~~~^^
    こういう感じ、好きだな私。

    ポール・ブリッツさんの恋愛小説、いいですね!!
    目線が違うから、新たな発見もあったりして~~
    実はけっこう、読んで勉強してたりします^^

    Re: LandMさん

    魔王を慕うミルフィールさんかわいかったですよ(^^)

    まあ、リレーのことですが、お気に召したらでいいですので……。お題小説とか、リレー小説とかって、上限400字詰め原稿用紙6枚まででもけっこう悩んだりしますからねえ(^^)

    そういえばといわなくてもラブロマンスを書き続けていない才条 蓮です。・・・まあ、純愛ものが苦手なので仕方ないのですが・・・。真面目に書けば書けるのでしょうけど・・・。書きたいなあ。まあ、詩とかでも書けばいいのかもしれませんけどね。
    ・・・久々に外で書くのも面白いですね。
    即興でリレーに参加してみてもいいですね。
    ・・・と思い始めてみる。

    Re: limeさん

    やっぱりシニカルでブラックなほうがいいですか? そっちが本領のつもりなんですが(笑)

    おおお、そうか!
    出て行った・・・と言うところで、そっちがオチだと早合点してしまいました。
    いやはや、読みとり不足でした。ごめんなさい~~。

    なんだ、すっかり甘いラブストーリーじゃないですか。
    (何を怒ってるんだ^^;)
    以後、先入観を捨てて、しっかり読みとります(>_<)

    ポールさんは甘いのも書く、ポールさんは、甘いのも書く、ポールさんは・・・。(刷りこみ)

    Re: limeさん

    本人はもうムチャクチャに甘い話を書いたつもりだったのですが……結末がわかりにくかったかな(^^;)

    どうしてこの語り手が二人で住める物件を探して移ったのか、というところのとらえ方でしょうかねえ(^^;)

    おおお。

    甘すぎもせず、かといって、苦すぎもせず、程よい落胆と、少々の楽観。

    何気ない人生も、こんなふうに楽しんでしまいたいですよね。(この人は、楽しくなかったのかな^^;)

    眠れる森の美女かあ・・・。やっぱり、矛盾が多すぎますよねえ、あの手のお姫様系の童話・・・。
    子供の頃読んでも、なんかピンときませんでしたね。

    Re: 秋沙さん

    大丈夫だ!

    作者のわたしにだって別世界だ!

    ……とほほほ(血涙)

    ふっ・・・ふふふふふ。
    なんかいいですねぇやっぱり。ポールさんの書く男性目線の恋愛小説。

    ただ、なんか、とっても高尚で、あたくしみたいな下賎な女には別世界みたいに思えるお話が多いのが気に食わない(褒め言葉です)(^^)

    Re: 黄輪さん

    とおっしゃられるとほんとうに甘々な小説が書きたくなる罠(笑) もしくはハードな話が書きたくなる罠(爆) とことんひねくれ者に生まれているらしい(^^;)

    「BOYS BE」でも読もうかな。(^^;)


    リレーの続き、期待してますよ~♪

    ポールさんの書く恋愛小説は、出てくる登場人物の心境が機知に富んで描かれていて、甘い雰囲気になりがちな中で、程よくビターさを感じます。
    単に好き好き言うより何倍も、キャラクタの心情と愛情が伝わってきますね。
    今回も読んでてニヤニヤしました。

    と、業務連絡をば。
    件のリレー小説、第二話を12月15日に、弊ブログにて掲載します。
    よろしくお願いします。

    Re: 土屋マルさん

    しまった。学生時代に、前衛的なものを狙わず、こういった甘々ラブロマンスを書いていたら、わたしの今もこんなに淋しくはなかったのかもしれん。

    まあいいや。「ラブやん」読も。

    これ、好きだな~。
    何か、途中から、読みながらニヤニヤが止まりませんでしたw
    上手く説明できないのだけど、何かが、すごく、嬉しくて。
    ずっとニヤニヤしておりました^^;

    素敵なお話です。
    めっちゃよかったです!

    Re: 矢端想さん

    わたしが大学のときからずっと変わらない芸風で同人活動をやっていることを知っている学友たちが、こちらの系統の小説を読んだら、たぶんのた打ち回って笑うことだろうと思います。

    なんだろうと書けるいい意味での厚顔無恥さが手に入るなら矜持だろうとなんだろうと捨てます(笑)

    それでも真面目なR18は無理だけど(^^;)

    良かった。「逢魔が時」も良かったし、「そしてぼくの指は」も良かった。こんなことはあり得る。あり得るけど…こういう甘々なウマすぎる話を素直に受け入れられないほど夢を見られなくなってしまった自分が悲しい。…読んでてとっても恥ずかしいし。
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