「範子と文子の驚異の高校生活(ギャグ掌編小説シリーズ・完結)」
範子と文子の三十分的日常(ギャグ掌編小説・完結)
範子と文子の三十分的日常/十二月・クリスマス
「今日は、クリスマスだね、範ちゃん」
「そうね」
テーブルを挟んでノートとテキストを開いていたふたりは、互いの顔を、深刻な表情で眺め、そして互いに笑った。
「範ちゃん、どうしたの?」
「文子こそどうしたのよ」
「うん……わたしはね、範ちゃん、範ちゃんとこうして、向き合って勉強できる今、このときを持てて、幸せだ、と思ったら、笑い出したくなっちゃったんだ」
しばらくの沈黙。
「……範ちゃんは?」
「わたし? わたしは……もしかしたら、これが、文子との最後のクリスマスかな、って、ちらっと思って、そんなことないって、ね……」
「範ちゃん……」
文子はうつむき、テキストに戻った。
それを見た範子も、うつむいてテキストに戻った。
沈黙。ただ沈黙。
範子は顔を上げた。
「ねえ、文子、わたし思うんだけど……」
その言葉を遮るように、大きな声がした。
「おーい、ふたりとも、ちょっとこっち来て、荷物運び手伝って!」
駒子の声だった。
「飯を食えんでもいいのか」
忍子のぼそっとした、それでいて意外によく通る声が続く。
範子と文子は、顔を向け合って苦笑いすると、戸口に向けて歩いて行った。
「サンタさんが来たの?」
範子の問いに、駒子は笑った。
「サンタさんよりも、もっとこういう場では頼りになる人だよ。大上先生だ!」
どさっ、と、食材の入った段ボールを置いた駒子の後ろから、どんなときにもタフな元女教師の、大上淳子先生が入ってきた。
「ふたりとも、受験勉強は続けていますか?」
「はい」
範子と文子は、声をそろえて答えた。
「それじゃ、しばらくその手を休めて、いっしょにごちそうを作りましょう。ほんとうならば、一週間前に帰ってきているはずだったのですが、向こうでは向こうで、どうしても仕事が……。さ、今晩は飛び切りのバターと生クリームを使った、すばらしくおいしい料理が待っていますよ! それから、駒子さんと、しのちゃんも、手伝ってくださいね」
「はあい」
「はい」
「その後で、勉強のプランを……」
「それなんですが先生」
文子は勇気をもって切り出した。
「わたしと、範ちゃんには、マンツーマン式の勉強のほうがあっていると思うんです」
範子は、顔に、わずかに怯えの色を見せて、文子を見た。
「文子……」
「大上先生は、範ちゃんをお願いします。わたしは、しのちゃんに勉強を習います」
「文子、それって」
「いいでしょう」
大上先生はうなずいた。
「下川さん、あなたにも考えていることがあるのですね。わかりました。わたしは、あなたの専属を離れます」
「すみません、先生、こうするしかなかったんです」
「文子! わたしを……わたしを……」
「宇奈月範子さん」
半狂乱になりかけた範子に、大上先生はぴしりとひとこと、鞭で打つかのような声をかけた。
「は、はい、先生」
「下川さんの決意は固いのです。あなたは、それをわからなければなりません」
「わたし……わたしは」
「ごめん、範ちゃん」
文子は悲しげに笑うと、段ボール箱を駒子と一緒に持って、台所へと向かった。
「いいの、文子。あなたと範子は」
「よして。考えた末のことなんだから」
その日の夕食は、クリスマスというよりは、どこか葬儀を思わせた。
「そうね」
テーブルを挟んでノートとテキストを開いていたふたりは、互いの顔を、深刻な表情で眺め、そして互いに笑った。
「範ちゃん、どうしたの?」
「文子こそどうしたのよ」
「うん……わたしはね、範ちゃん、範ちゃんとこうして、向き合って勉強できる今、このときを持てて、幸せだ、と思ったら、笑い出したくなっちゃったんだ」
しばらくの沈黙。
「……範ちゃんは?」
「わたし? わたしは……もしかしたら、これが、文子との最後のクリスマスかな、って、ちらっと思って、そんなことないって、ね……」
「範ちゃん……」
文子はうつむき、テキストに戻った。
それを見た範子も、うつむいてテキストに戻った。
沈黙。ただ沈黙。
範子は顔を上げた。
「ねえ、文子、わたし思うんだけど……」
その言葉を遮るように、大きな声がした。
「おーい、ふたりとも、ちょっとこっち来て、荷物運び手伝って!」
駒子の声だった。
「飯を食えんでもいいのか」
忍子のぼそっとした、それでいて意外によく通る声が続く。
範子と文子は、顔を向け合って苦笑いすると、戸口に向けて歩いて行った。
「サンタさんが来たの?」
範子の問いに、駒子は笑った。
「サンタさんよりも、もっとこういう場では頼りになる人だよ。大上先生だ!」
どさっ、と、食材の入った段ボールを置いた駒子の後ろから、どんなときにもタフな元女教師の、大上淳子先生が入ってきた。
「ふたりとも、受験勉強は続けていますか?」
「はい」
範子と文子は、声をそろえて答えた。
「それじゃ、しばらくその手を休めて、いっしょにごちそうを作りましょう。ほんとうならば、一週間前に帰ってきているはずだったのですが、向こうでは向こうで、どうしても仕事が……。さ、今晩は飛び切りのバターと生クリームを使った、すばらしくおいしい料理が待っていますよ! それから、駒子さんと、しのちゃんも、手伝ってくださいね」
「はあい」
「はい」
「その後で、勉強のプランを……」
「それなんですが先生」
文子は勇気をもって切り出した。
「わたしと、範ちゃんには、マンツーマン式の勉強のほうがあっていると思うんです」
範子は、顔に、わずかに怯えの色を見せて、文子を見た。
「文子……」
「大上先生は、範ちゃんをお願いします。わたしは、しのちゃんに勉強を習います」
「文子、それって」
「いいでしょう」
大上先生はうなずいた。
「下川さん、あなたにも考えていることがあるのですね。わかりました。わたしは、あなたの専属を離れます」
「すみません、先生、こうするしかなかったんです」
「文子! わたしを……わたしを……」
「宇奈月範子さん」
半狂乱になりかけた範子に、大上先生はぴしりとひとこと、鞭で打つかのような声をかけた。
「は、はい、先生」
「下川さんの決意は固いのです。あなたは、それをわからなければなりません」
「わたし……わたしは」
「ごめん、範ちゃん」
文子は悲しげに笑うと、段ボール箱を駒子と一緒に持って、台所へと向かった。
「いいの、文子。あなたと範子は」
「よして。考えた末のことなんだから」
その日の夕食は、クリスマスというよりは、どこか葬儀を思わせた。
- 関連記事
-
- 範子と文子の三十分的日常/一月・試験直前
- 範子と文子の三十分的日常/十二月・クリスマス
- 範子と文子の三十分的日常/十一月・そろそろ試験も近くなってきた日
スポンサーサイト
もくじ
風渡涼一退魔行

もくじ
はじめにお読みください

もくじ
ゲーマー!(長編小説・連載中)

もくじ
5 死霊術師の瞳(連載中)

もくじ
鋼鉄少女伝説

もくじ
ホームズ・パロディ

もくじ
ミステリ・パロディ

もくじ
昔話シリーズ(掌編)

もくじ
カミラ&ヒース緊急治療院

もくじ
未分類

もくじ
リンク先紹介

もくじ
いただきもの

もくじ
ささげもの

もくじ
その他いろいろ

もくじ
自炊日記(ノンフィクション)

もくじ
SF狂歌

もくじ
ウォーゲーム歴史秘話

もくじ
ノイズ(連作ショートショート)

もくじ
不快(壊れた文章)

もくじ
映画の感想

もくじ
旅路より(掌編シリーズ)

もくじ
エンペドクレスかく語りき

もくじ
家(

もくじ
家(長編ホラー小説・不定期連載)

もくじ
懇願

もくじ
私家版 悪魔の手帖

もくじ
紅恵美と語るおすすめの本

もくじ
TRPG奮戦記

もくじ
焼肉屋ジョニィ

もくじ
睡眠時無呼吸日記

もくじ
ご意見など

もくじ
おすすめ小説

もくじ
X氏の日常

もくじ
読書日記

~ Comment ~
ええ?最終回があるんですか?永遠に続くのかと・・・。
いや、どんな物語も、いつかはちゃんと終わらせなければいけないとおっしゃったのはポールさんですもんね。
(だから「KEEP OUT」も終わらせるとに・・・ブツブツ)
ってことは、この娘たちも勉強から解放されるんですね?
いや、どんな物語も、いつかはちゃんと終わらせなければいけないとおっしゃったのはポールさんですもんね。
(だから「KEEP OUT」も終わらせるとに・・・ブツブツ)
ってことは、この娘たちも勉強から解放されるんですね?
Re: るるさん
茶番ですか……。
人間、どんなことも、最終的にはひとコマの茶番なのかもしれません……。
……。
人間、どんなことも、最終的にはひとコマの茶番なのかもしれません……。
……。
Re: 矢端想さん
祝祭の時期は終わるものなのです……。
人間、そういうものなのです……。
長かったように思えて二年しかやっていなかった「範子文子」も、あと三話で最終回です……。
人間、そういうものなのです……。
長かったように思えて二年しかやっていなかった「範子文子」も、あと三話で最終回です……。
どうなるふたりの友情!
文子の深遠なる目論みとはっ!?
ますます気になる「範文」! 次回が待ちきれないぞー!!
…結局クリスマスを円満にしないのはポールクオリティ…?
文子の深遠なる目論みとはっ!?
ますます気になる「範文」! 次回が待ちきれないぞー!!
…結局クリスマスを円満にしないのはポールクオリティ…?
~ Trackback ~
卜ラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
Re: limeさん
「成長」させると、いつか話は「終わって」しまいます。
「永遠の高校二年生」にしてしまおうか、と思っていたときにいただいた、「成長させないのはかわいそう」だという誰かのひとことが、わたしの決意を固めさせました。
成長させて、高校を卒業させて、それで終わらせよう、と……。
決断は正しかったのか今でも疑問に思っていますが、もうここから先のストーリーは決まっているので、それを外れることは無理であります……。