「ショートショート」
    ミステリ

    取調室の食事

     ←エドさんと緑の森の家・1月8日 →カップの中の平和
     仲間と組んで銀行強盗をやったはいいものの、ささいなドジから警察に捕まってしまった。

     ということでおれは取調室に連れてこられたというわけだ。仲間が逃げ切るまで、しらを切りつづけなくてはならない。仁義もなにもないとはいえ、ぺらぺらとしゃべってしまうような人間は、雑居房でも娑婆でも、まともに相手になどしてもらえないものだ。

     おれはふてくされた面をして刑事の前にいた。睨み合って一時間。訊問はしつこかったが、おれにとってはただ退屈なだけだった。

     目の前にいた刑事が、ばん、と机を叩いて立ち上がった。

    「ふてぶてしいやつだ。ふん、しかたない、こんなやつのためになんだが、『山さん』を呼ぼう」

    「『山さん』だかなんだか知らないが、誰でも連れてくるがいいや」

     おれは鼻くそをほじくった。

    「強がっていられるのも今のうちだぞ」

     刑事はすごい顔でおれをにらんだ。

    「『山さん』は、おれなんかとは比べ物にならんほどおそろしいやつだからな」

    「けっ」

    「いいか、しゃべる気になったら、いつでもしゃべっていいんだぞ。最後の忠告だ」

     刑事は、見張りの制服警官一人を残して、取調室を出て行った。

     『山さん』が現れたのは、しばらくしてからだった。黒いよれよれの服を着た、さえない男だ。

     こいつが、恐ろしいやつだって? おれは、鼻で笑った。

     『山さん』はどっかりと腰を下ろした。

    「お前、腹は減ってないか」

     なんだ。泣き落としタイプか。とはいえ、腹が減っているのも事実だ。

    「ふん。サツに恵んでもらう飯なんてないが、そっちもちなら、カツ丼だろうがなんだろうが喜んで食うぜ」

    「殊勝だな」

     『山さん』はにやりと笑った。

    「栗田くん。なにか彼に見繕ってくれ」

     制服警官が立ち上がり、部屋を出て行った。

    「なにを食わせるんだか知らないが、人間の食えるものであることを願うね」

     おれの吐いた言葉にも、『山さん』はにやにやしているだけだった。

     扉が開いた。

    「エスカルゴ、ブルゴーニュ風をお持ちしました、部長」

    「エスカ……」

     おれは息を飲んだ。生まれてからこのかた、エスカルゴなんて食ったことはおろか見たこともない。

    「出してやってくれ」

     おれの目の前に、いくつもの巻貝の貝殻が並べられた。おれの喉がごくりと鳴った。

    「食わんのか? 食わんならおれが食べるぞ」

    「食うよ」

     おれは、武器にもならないようなごく小さなフォークでこのカタツムリの身をほじくり出しては口に入れた。サザエなんかよりもよっぽど洗練されていてうまい。

     次から次へと、ひょいぱくひょいぱくとおれは食った。

    「どうだ、吐く気になったか?」

    「ふん。おれは……」

    「栗田くん。あれを」

     警官は取調室の外へ出ると、なにか湯気の立つものを持ってきた。

    「栗のクリームスープ、スパイス風味です」

    「ひっ」

     おれは目の前の『山さん』と、湯気を立てているスープの間で視線を往復させた。

     これはどういうことだ? ここまで優遇されたとなれば、いざ雑居房へ移った時に、仲間を売ったと思われることを見越しての精神的揺さぶりか?

     動揺するな。おれには黙秘権があるんだ。

    「しゃべらせようと思っても無駄だぜ」

    「まあ食いな」

     食うつもりはなかったが、こんなうまそうなスープ、今を逃したらいつ飲めるかもわからない。ひとさじくらいならいいか……スプーンを突っ込んで口に入れたおれは、あまりのうまさにのけぞった。栗でありながら、あの甘ったるい栗ではない。じゃがいも……いや、栗なのだ。栗とスパイスが絶妙……。

     気がついたらおれはスープを飲みほしていた。

    「なにを考えてるんだか知らないが……」

    「サラダだぜ」

     ホワイトアスパラのサラダ!

     おれは足ががくがくいってくるのを覚えた。

     なんだ。なにが起こっているんだ。頭の中はパニックに陥っていた。

     震える手でフォークを取り、アスパラガスを口に運ぶ。うまい。うまいが怖い。このソースはなんだろう? マヨネーズなんかより数倍うまいが……。

    「オランデーズソースだ」

     『山さん』は、おれの心を読んだようにいった。

    「卵黄とバター、それにレモンで作る。うまいぞ」

     うまいが怖い。怖いがうまい。

    「おれはお前らの目論見なんか……」

    「部長。魚介のブイヤベース持ってきました」

    「栗田。お前、給仕してやれ」

     もう味なんかわからない。いったい、裏でなにがあったっていうんだ。もしかしたら、仲間は全員パクられたのか。それとも、このまま釈放して、兄貴たちにぶっ殺されろ、という腹なのか。これは死刑囚の最後に許されるという食事なのか。

     おれは涙を流していた。

     次の『山さん』のひとことでおれの理性は完全に崩壊した。

    「次の牛ヒレ肉とフォアグラのソテーは絶品だぞ」

    「しゃべります。なにもかも、しゃべりますう!」

     おれは自動機械のようにぺらぺらとしゃべり出した。

     すべてが終わった後で、『山さん』は退室し、さっきの刑事がやってきた。

    「恐ろしい男だっただろ? あいつの訊問で、デザートまでたどり着けたやつはこれまでいないんだ。しかも、暴力を振るっているわけではないから弁護士に突っ込まれるいわれもないからな」

     おれは虚脱状態で、刑事の話を聞いていた。これなら、飯にコロッケ一個の官弁のほうが、まだ安心して食べられる……。

     刑事はにやりと笑った。

    「どうだ。安全な、カツ丼でも食べるか?」

     おれは卒倒した。
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    ~ Comment ~

    Re: ダメ子さん

    警察で取り調べの時に出されるという食事は自腹だそうです(笑)
    • #7937 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2012.05/06 17:42 
    •  ▲EntryTop 

    エスカルゴ食べたい!
    実は私この間赤信号を無視したんです
    逮捕してください

    って先に自白しちゃダメか…
    エスカルゴへの道は険しい

    Re: ぴゆうさん

    腰が痛かったらベルトよりコルセットのほうかと。

    整形外科行けばどこでもつくってくれます。

    保険もききます。

    ここんとこ腰が痛いよ。
    パソの前に座ったまんまだからかな。
    ベルトでもするしかない。
    ぶら下がり健康器にでもぶら下がってくるよ。
    あーー痛。

    どーでも良い報告。
    へへ

    Re: ぴゆうさん

    頭の上に剣が吊るされている状態でごちそうを食ってもうまくもなんともないですが、安心できるところで食べるものは、たとえ一杯のカップラーメンでもうまいものです。安心安全が最高の美味(^^)

    美味しそう~
    何も考えずに食べる食事が一番だねぇ。

    コロンボでエスカルゴを食べているチェスの名人を思い出したなぁ。
    あの挟む道具はほんとうに良く出来ている。

    Re: YUKAさん

    まったくモデルとなったあの人も新聞社でなく警察に勤めれば出世が(笑)

    「うーん、まったりとしていて、それでいてくせがない(笑)」

    ちなみにお父上は怒らせると危険なので関わり合いになるのはやめておきましょう(笑)

    こんばんは^^

    やましいから勘ぐってしまうんですよね(笑)

    犯罪者心理に通じていらっしゃる
    山さんって策士だわ~~^^

    なんで山さんって名前は、刑事が似合うんだろう。。。
    しかも落としの山さん。。。

    Re: ミズマ。さん

    で、署長の名前は大原(笑)。

    面白かったです!

    ライバル刑事に「海さん」がいるんですね(笑)
    で、事あるごとに料理対決を(笑)

    Re: limeさん

    このショートショートはギャグとして考えたのですが、うーんちとブラックだったか(^^)

    ギャグと恐怖は紙一重といいますが、そういう意味ではもしかしたら今年一番の傑作になったかもしれん(笑)

    「山さん」の正体については……ではまた一週間後に(笑)

    Re: 黄輪さん

    これもドリフのキャストでコントにしたいです。「刑事」をいかりや長介、「山さん」を志村けん、「栗田巡査」を仲本工事、「犯人」を加藤茶でやったら爆笑ものになるのではないかと(^^)

    もう笑いの基礎がドリフだということで齢がばれますね(^^)

    なんか、笑わずにいられないのに、恐ろしくてたまらない。

    もう、何が恐ろしいのかがわからないのに、やたら恐ろしいこの感覚。
    自分のコメすら、よくわからなくなってくる恐ろしさ。

    見事です。

    そして、山さんって、・・・あの・・・?w

    このフルコースは恐ろしい。
    取り調べられた彼が今後、まともにうまい飯が食えるのか……。
    声を出して笑ってしまいました。

    Re: 土屋マルさん

    昔読んだ冒険もので、拷問のスペシャリストが相手を吐かせるところで、「おれの拷問のフルコースでデザートまでたどりつけたやつはいないんだぜ」というシーンが妙に心に残ったので、もしこれでほんとにフルコースが出てきたら笑えるなあと思って書きました(^^)

    山さんの本名は、『海……いえなんでもありません(笑)。

    山さん、すごい策士ですね(笑)

    嘘つきに向かって、ふとした瞬間に沈黙を続けると、勝手に考えて勝手にドツボにはまって、勝手にボロを出す‥‥と言いますが、まさにそんな感じ。
    取調室でのフルコース、イレギュラーにもほどがあります(笑)

    デザートまで辿りつけたやつはいなんだ、に妙に恐ろしい気分を味わってしまいました^^;
    怖い、怖いよ~(((( ;゚д゚)))アワワ
    今日も拍手!
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