「ショートショート」
SF
カップの中の平和
その宇宙人の一行が地球に降り立ったとき、世界中が狂乱のるつぼと化した。
宇宙人は、一見、ゴキブリかなにかとしか思えないキチン質の顔と体つきをしていた。だが、身にまとっているものは、かつて人間が目にしたこともないような、艶と輝きを帯びた美しい布地の衣服だった。
当然のことながら、地球人類は、贅を尽くした饗応で彼らを迎えることにした。
食事について、人類側の代表が、いったい主食はなにかと尋ねた。
「ええ、われわれは、こういうものを食べております」
翻訳機越しにそういった宇宙人が取り出したのは、先細りになった円筒形のものだった。
「あの……これって、失礼ですが、インスタント食品ですか?」
代表づきの、修行が足りない書記官が、思わず声に出した。
宇宙人は肯定の身振りをした。
「ええ。カップ平和といいます」
「か……カップ平和?」
目をぱちぱちさせる代表団の一行の前で、宇宙人はその「カップ平和」とやらの蓋を開けた。
「こうやって蓋を開けて、お湯を注いで……」
「は……はあ……」
宇宙人はなにかのノズルを取り出してお湯を注ぎ、蓋を閉めた。
「三分待てば、あっという間に『平和』が出来上がります」
「…………」
三分後、言葉もない代表団の前で、宇宙人は蓋を開いた。
代表団は、その容器の中から、『親しみ』と『ありがたさ』と『落ち着き』の絶妙に混じり合ったものを感じた。
宇宙人は、カップラーメンをすするように、中から麺のようなものを、箸のようなものでつまんですすった。
「うまいですよ。われわれの世界では、どこでも簡単に手に入ります。さて、交流の話し合いですが……」
「それなのですが」
代表団のリーダー役を務めていた外交官上がりの政治家が、厳しい顔でいった。
「あなたがたは、『平和』を主食としているのですか?」
「そうですが……」
「どこの星からいらしたかは知りませんが、どうかお帰りください」
「えっ!」
「代表! なにいってるんですか!」
慌てた随行員たちの前で、代表は皆に語りかけるようにいった。
「このかたは、『平和』を主食としている、といったんだ。『平和』を食べた後には、なにが残る。荒廃と戦乱と災厄だけではないか。そもそも、こんな、カップラーメンのような、大量消費を具現したかのような形で平和を食べるような存在と、われわれ人類は接触するべきではない」
「しかし、あのように簡単に、『平和』が手に入るのなら……」
「『平和』がそんなに簡単に手に入ってたまるものか。『平和』とは、人類が知恵を傾けて、長い間の話し合いの末に、手に入るかどうかもわからないものだ。断じて、むさぼるだけむさぼるものではない。そうではないか、諸君?」
「すばらしい!」
宇宙人は声を上げた。
「え?」
代表団は、あっけにとられた。
「これが『平和』だなどというのは、嘘ですよ。あなたがたの食事を模して作ったこの麺に、食べてみせるときにちょっとガス状の向精神薬を部屋に撒いただけの話です」
「すると?」
「テストみたいなものですよ。平和は、わたしたちの世界でもそんなに簡単に手に入るものではありません。それどころか、現状を維持していくだけでもたいへんなことなのです」
宇宙人は言葉を切った。
「『簡単に手に入る平和』を前にして、あなたがたは自制心を示された。安易に与えられる解答に、首を横に振って答えられた。あなたがたは真の平和を知らない。同様に、わたしたちも知りません。だが、真の平和を求めるためにともに考えることができる、素晴らしい仲間になれるのではと思います」
「ありがとう、友よ」
代表はうなずいた。
「『コップの中の嵐』ならぬ『カップの中の平和』ではありますが、われわれはそこを出発点にすることにしましょう。そしていつかは……」
「そしていつかは」
宇宙人はいった。
人類が、今よりもいくらかましな知恵を有するようになる、はるか未来のできごとである……。
宇宙人は、一見、ゴキブリかなにかとしか思えないキチン質の顔と体つきをしていた。だが、身にまとっているものは、かつて人間が目にしたこともないような、艶と輝きを帯びた美しい布地の衣服だった。
当然のことながら、地球人類は、贅を尽くした饗応で彼らを迎えることにした。
食事について、人類側の代表が、いったい主食はなにかと尋ねた。
「ええ、われわれは、こういうものを食べております」
翻訳機越しにそういった宇宙人が取り出したのは、先細りになった円筒形のものだった。
「あの……これって、失礼ですが、インスタント食品ですか?」
代表づきの、修行が足りない書記官が、思わず声に出した。
宇宙人は肯定の身振りをした。
「ええ。カップ平和といいます」
「か……カップ平和?」
目をぱちぱちさせる代表団の一行の前で、宇宙人はその「カップ平和」とやらの蓋を開けた。
「こうやって蓋を開けて、お湯を注いで……」
「は……はあ……」
宇宙人はなにかのノズルを取り出してお湯を注ぎ、蓋を閉めた。
「三分待てば、あっという間に『平和』が出来上がります」
「…………」
三分後、言葉もない代表団の前で、宇宙人は蓋を開いた。
代表団は、その容器の中から、『親しみ』と『ありがたさ』と『落ち着き』の絶妙に混じり合ったものを感じた。
宇宙人は、カップラーメンをすするように、中から麺のようなものを、箸のようなものでつまんですすった。
「うまいですよ。われわれの世界では、どこでも簡単に手に入ります。さて、交流の話し合いですが……」
「それなのですが」
代表団のリーダー役を務めていた外交官上がりの政治家が、厳しい顔でいった。
「あなたがたは、『平和』を主食としているのですか?」
「そうですが……」
「どこの星からいらしたかは知りませんが、どうかお帰りください」
「えっ!」
「代表! なにいってるんですか!」
慌てた随行員たちの前で、代表は皆に語りかけるようにいった。
「このかたは、『平和』を主食としている、といったんだ。『平和』を食べた後には、なにが残る。荒廃と戦乱と災厄だけではないか。そもそも、こんな、カップラーメンのような、大量消費を具現したかのような形で平和を食べるような存在と、われわれ人類は接触するべきではない」
「しかし、あのように簡単に、『平和』が手に入るのなら……」
「『平和』がそんなに簡単に手に入ってたまるものか。『平和』とは、人類が知恵を傾けて、長い間の話し合いの末に、手に入るかどうかもわからないものだ。断じて、むさぼるだけむさぼるものではない。そうではないか、諸君?」
「すばらしい!」
宇宙人は声を上げた。
「え?」
代表団は、あっけにとられた。
「これが『平和』だなどというのは、嘘ですよ。あなたがたの食事を模して作ったこの麺に、食べてみせるときにちょっとガス状の向精神薬を部屋に撒いただけの話です」
「すると?」
「テストみたいなものですよ。平和は、わたしたちの世界でもそんなに簡単に手に入るものではありません。それどころか、現状を維持していくだけでもたいへんなことなのです」
宇宙人は言葉を切った。
「『簡単に手に入る平和』を前にして、あなたがたは自制心を示された。安易に与えられる解答に、首を横に振って答えられた。あなたがたは真の平和を知らない。同様に、わたしたちも知りません。だが、真の平和を求めるためにともに考えることができる、素晴らしい仲間になれるのではと思います」
「ありがとう、友よ」
代表はうなずいた。
「『コップの中の嵐』ならぬ『カップの中の平和』ではありますが、われわれはそこを出発点にすることにしましょう。そしていつかは……」
「そしていつかは」
宇宙人はいった。
人類が、今よりもいくらかましな知恵を有するようになる、はるか未来のできごとである……。
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- 終わり
- カップの中の平和
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おはようございます^^
希望がある!!
そして、この代表――
人類の代表として、この人でよかった(笑)
でなければ、違う結末だったことでしょう^^
そして、この代表――
人類の代表として、この人でよかった(笑)
でなければ、違う結末だったことでしょう^^
Re: ぴゆうさん
宇宙人は外見だけで判断しちゃいかん、ということで。
平和が牧歌的であったことはありません。ナイフの刃の上でダンスするみたいなもんですからねえ……。
平和が牧歌的であったことはありません。ナイフの刃の上でダンスするみたいなもんですからねえ……。
Re: 面白半分さん
ひどい目にあう話のほうが書いていて楽といえば楽ですね。今回も、ひどい目にあう話になってきてから軌道を修正するのがたいへんでした(^^;)
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Re: YUKAさん
とはいえ、バカが応対していたら今ごろ戦争の真っ最中でしょうな。そういう意味では救われましたね(^^)