趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/赤江瀑耽溺週間(その1)

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     ぼくの住んでいるこの町でも、冬は寒い。本当に寒い。なんであれだけ夏が暑いのに冬がこんなに寒いのか。

     ぼくはセーターとコートと襟巻と帽子ですっかり着ぶくれた身体で、『趣喜堂』のドアを開けた。がらんがらんがらん、という、いつもの音が出迎えてくれた。

     ぼくに気づいた舞ちゃんと、この店のオーナーであるツイスト博士こと捻原さんが頭を下げた。

    「いらっしゃいませ。新年おめでとうございます」

    「新年おめでとう。なにか暖かいのくれない? とりあえず、いつもの」

     ぼくは暖房の利いた部屋で、舞ちゃんが、濃いめのコーヒーと熱い牛乳を等量使ったカフェオレを入れてくれるのを待った。

    「ツイスト博士、ここはいろんな本があるけれど、境界作品はある? ミステリと普通小説の境界作品」

    「ものにもいろいろございますが……とりあえず、なにをお探しですか?」

    「いやね……」

     ぼくはポケットから、メモ紙を一枚取り出して、ツイスト博士に見せた。

    「ほう……赤江瀑ですか」

     ツイスト博士がそういったとたん、厨房でがちゃん、という音がした。

    「あかえばくせんせいっ!」

     目を厨房に戻すと、舞ちゃんは、きらきらした目でぼくたちを見ていた。

    「あの……舞ちゃん、ぼくのカフェオレ……その……」

    「あっ、今、替えをお作りしますので」

    「いや、カフェオレはできてるよ舞ちゃん、ただ、ぼくは砂糖はいらないってことで……。そう。で、赤江瀑先生なんだけど、もしかして、舞ちゃん、ファンなの?」

     ツイスト博士が苦笑いした。

    「ファンというより、信者ですね。日本でも指折りのカルト作家ですから」

    「はあ」

     ぼくはよくわからなかったものの、とりあえずうなずいた。

    「それで、この小説家の作品を、一週間の間に読めるだけ読んでおかなくてはならなくなって……」

    「一週間?」

    「今度の土曜日です。それまでに、どんな作家なのかを頭に叩き込んでおきたくて」

    「ふうむ」

     捻原さんはあごをなでた。

    「うらやましいですな。最近の大学では、文学の時間に赤江瀑をやるんですか」

    「ええ……まあ。で、本屋で本を探したんですが、ほとんど品切れ中で……古本屋にも行ったけれど見つからなくて。アマゾンは届くまでに何日かかるかわからないし。それならば、博士の講釈が聞けるぶん、この店で読んだほうが頭に入るかと」

    「なるほど。まあ、いくら舞が信者といっても、残念ながら全巻は揃っていません。でもまあ、十冊くらいはあると思いますので、どうぞ読んでいってください。学生さんなら、一日一冊くらいの割合で読めるでしょう」

    「ありがとうございます。まず、なにから読んだらいいでしょう?」

     舞ちゃんが叫んだ。

    「『獣林寺妖変』っ! ……じゃなかった、『ニジンスキーの手』!」

    「どっちがいいんですか、博士?」

    「どちらも同じ本ですよ。文庫化の際に、タイトルが変わったんです。ちょっと失礼。たしか、ハルキ文庫版の『ニジンスキーの手』がありますので」

     書庫に入ったツイスト博士は、すぐに一冊の文庫本を持ってきた。

    「どうぞ」

     ぼくは、カフェオレを飲みながら、ページを繰った。

     次第に、ぼくは作品に引き込まれていった。

     巻頭の短編、「ニジンスキーの手」を読み終えたときには、カフェオレはカップから姿を消していた。興奮しながら飲み干してしまったらしい。

    「どうでした、感想は?」

     舞ちゃんが厨房から身を乗り出すように尋ねてきた。

    「なんというか……すごい文章だ。艶と色気がしたたってくるような感触がある。触れてはいけないものに触れているようでありながら、それでいて不思議といやらしさは感じない……こんな文章が書ける人はそうそういないな」

    「ストーリーは?」

    「ストーリー自体も、『触れてはいけない世界』の内面を、ちらりとのぞき見た感じがするなあ。この小説で取り上げられているのは、『芸術』と、その魔性の魅力に取り憑かれた男たちの話だけれど、その『取り憑かれたくなる』ような魔性が、実によく伝わってくるストーリーだ。バレエなんて、とくに男子バレエダンサーなんて興味なかったけれど、これを読むと、それが魅力的に見えてくるんだからなあ」

     ぼくは考え、考え、言葉を選び、選びいった。

    「でも、この小説、読むのに体力が必要な気がするな。作者の情念につきあっているうちに、体力を根こそぎ持って行かれるような迫力があるね。とにかく、華麗で美しく、素晴らしい……小説現代新人賞受賞もわかるよ。いや、すごかった。ひとことでいえば……カルトというより、『濃い』作家と呼んだほうが適切な気がする。こんな作品を量産できたら、カルトというより、化け物だ」

     ぼくは言葉を切った。

    「舞ちゃん、何か軽くてカロリーがあるやつ。ええと、スパゲティペペロンチーノ。ニンニクと唐辛子多めで」

    「かしこまりました!」

     鼻歌を歌いながらスパゲッティをゆで始めた舞ちゃんから、ぼくは視線を本に戻した。

    「ニジンスキーの手」が、この作者にしては抑えた筆致で書かれた、いわば「赤江瀑入門編」とでもいうべき軽いジャブのようなものだったということに気づいたのは、次の短編『獣林寺妖変』を読んでからである。

    (この項つづく)
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    ~ Comment ~

    Re: ONLY++NOTEさん

    澁澤龍彦先生のそれを読むときと同じくらいの背徳感がありますね。渋好みというか、通好みというか。だからカルトといわれるんでしょうけれど。

    聞いたことある?・・・オンリー

    渋いですねーー.赤江氏?聞いたことあるけど・・・文庫でてた?チェックだね。

    Re: limeさん

    けっこう漫画化もされていたりするようです。

    耽美系の……(^^;)

    というか、この人の小説、わかる人にはわかるけれどわからない人にはなにをいってもわからないんではないだろうか(^^;)

    そういえば、根強いファン(信者)を沢山抱えながら、あまり知名度は高くないような。
    「オイディプスの刃」というタイトルは聞いたことがありますが。

    しかし、男性信者が多いのに驚きです。
    不思議だけど、なんだか嬉しいです。

    布教もしたいけど・・・自分だけの秘密にしたい気持ちにもなります。(←これがカルト?)

    Re: semicolon?さん

    最近読み始めてハマりまくっています。今がハマりの第一次段階です。第一次段階でこういうものを書いていいものかどうか迷いましたが、布教したくなるんですよこの作家(^^)

    おー!瀑!以前ハマりました。
    取りつかれたように読んで妖艶なイメージだけ残ってます。また読もうかな。

    Re: limeさん

    やっぱりlimeさんハマると思ったんだ、『獣林寺妖変』(笑)

    未読の人に悪いので、ストーリーを書けないのがつらくてつらくて(笑)

    やっぱりカルトですよ。だって40年にわたってあれだけ書いているのに、普通の人、存在自体知らないもん(笑) そのうえ、読んだら『布教』したくなる(爆笑)

    しかし舞ちゃん、何冊本を読んでいるんだこの若さで。しかもこんな妖しげな本まで(笑)

    強化週間だから土曜日まで、こういう話が続きますのでよろしく。いやもっと語りたいんですが、読書のスピードがついていけなくて(^^;)

    ついに、赤江先生強化週間。(強化月間でもいいのに)

    趣喜堂で、初めて知ってる作品がでましたよ。
    いいもんですね、知ってるって。

    思えば、『ニジンスキーの手』は初めて読んだので、まだ世界観が掴めていなかったかもしれません。もう一度最初から、ニジンスキーを読みます。

    そうかあ、舞ちゃんは信者だったか。
    なるよねえ^^

    私は『獣林寺妖変』で、すっかりやられてしまいましたから。
    私の為に、ありがとう・・・と(信者に怒られるw)

    とにかく、日本語が、あんなに怪しく美しいものだと再認識しましたね。
    でも、私の中には、カルトというイメージは無いんですが。
    カルトなのかな?

    赤江先生、下関出身でしょ?(同郷なのです) で、京都が舞台の作品が多い。
    なんか、そんなところにも、魅かれてしまいます。
    知ってる場所がいっぱい。
    禽獣の門のT島なんて・・・。あ、これはまた次回に^^

    次回も、楽しみにしてますよ~。
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