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    趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/赤江瀑耽溺週間(その4)

     ←趣喜堂茶事奇譚/赤江瀑耽溺週間(その3) →お知らせ
     光文社版「禽獣の門」のページを開き、目次を見た。

    「禽獣の門 雪華葬刺し シーボルトの洋燈 熱帯雨林の客 ライオンの中庭 ジュラ紀の波 蜥蜴殺しのヴィナス 象の夜 卯月恋殺し 空華の森、か……どれもこれもすごそうなタイトルだなあ」

    「タイトルだけでは、どれがお好みです?」

     ツイスト博士がチェスの駒を磨き上げ、丁寧にチェスボードの上に並べた。

    「インパクトでは、『蜥蜴殺しのヴィナス』ですね。『蜥蜴』と『殺し』と『ヴィナス』、これを取り合わせただけなのに、現代詩みたいに見える」

     ぼくはチェスボードのほうに目をやった。

    「ひとりでやるんですか?」

    「いえ。実は今日、暮地さんがいらっしゃるんですよ」

    「ポーカーで堅実な手を打っていた学者風の人ですね。あの人、チェスをやるんですか」

    「相当な腕です。わたしの好敵手ですね。飲めば飲むほど強くなるタイプのかたです。もっとも、飲まれるのは、セブンアップですけれど」

    「こないだのポーカーのときはセブンアップなんて飲んでなかったじゃないですか」

    「たまたま切らしていたんです。飲んでいたらたいへんでしたよ、学生さん。あなたも馬庭さんも、財布がからっぽになっていたでしょうな」

    「へえ……」

     どこまで話がほんとうなのかわからない。

    「あっ、そうそう。暮地さんも赤江瀑のファンですから、お話しされてみてはいかがですか。読み終わったらの話ですが」

     それは面白いことになりそうだ。

    「ぜひぜひお願いします」

     ぼくは博士に頭を下げ、本に戻った。

     禽獣の門、これもすごい話なんだよなあ……。



     本を閉じてはっと気がつくと、外は真っ暗になっていた。ぼくのそばのマグカップには、カフェオレが半分ほど注がれていた。飲み残してしまったのだろうか。

     ぼくは苦笑いして口をつけた。

    「あちっ」

    「それで三杯目ですよ」

     舞ちゃんが笑った。

    「長居客 三杯目には そっと出し、ですか。そういや、博士は?」

     ぼくはゲームテーブルを見た。そこでは、ツイスト博士が、品のいい背広を着た紳士とチェスを戦わせている最中だった。

    「暮地さん」

     暮地さんは振り向いた。

    「やあ、哲学科の学生さんだったね。君みたいにポーカーをやれる人間には、ぜひうちのゼミに出てもらいたいものだ」

    「もしかして、同じ大学の?」

    「ははは、わたしは経済学部だから、全く別の棟だよ。今、アダム・スミスを読み返す授業をやっているが、来るかね?」

    「ぜひ一度うかがわせていただきます」

     ぼくは頭を下げた。こういうところできちんきちんと礼儀を守ることが、円満な卒業につながるのだ。

     ちらりと盤面を見た。序盤戦から中盤戦というところだった。

    「暮地先生、ニムゾ・インディアン・ディフェンスなんて、もうすたれてしまったものだと思っていましたが」

     ぼくがそういうと、暮地さんはにやりと笑った。

    「おっ、わかるか。たしかに流行じゃないね。だから試す価値があるんだよ。ツイスト博士は次の手を悩んでいるようだから、その間に本の感想を聞こうじゃないか。赤江瀑を読み始めたそうだね?」

    「ええ。すごい作家です。読まないできた自分がバカに見えます」

    「バカってことはないさ。人間には、同じ本でも出会う時と場所がある。そこを外すと、いくら名著でも琴線には響かない」

     暮地さんは盤面に視線を戻した。

    「それで、その中ではどの話がいちばん面白かった?」

    「悩みますけれど、『ライオンの中庭』ですね。あれほど凄絶な愛憎の世界、ぼくはこれまで読んだことがありません」

    「あれか。あれはすごい話だったな。わたしも初読時のショックをいまだに覚えているよ」

    「しかし、そこで、『人間の心』にだけ目を止めるのはちょっとぼくには、片手落ちに思えるんですが」

    「ほう?」

     暮地さんは面白いものを見つけたような声を漏らした。

    「どういうことかね?」

    「つまり……『人間の心』の問題は、ミステリ的な謎をタマネギのいちばん外側の皮とすると、その二番目の皮にすぎないのではないか。ここで赤江瀑が描こうとしているのは、二番目の皮のさらにその奥の芯である、『芸』であり『芸術』の魔性なのではないか、と……」

    「ふむ」

    「『芸術』とか『芸』の魔性が語られていない状態で赤江瀑作品を捉えると、そこにあるのはただ、人間が目先の愛欲に右往左往する姿でしかありません。それじゃ、どこにでもある恋愛小説です。ぼくが感じたなにかは、芯である『芸』の……」

    「Bだな」

    「B?」

    「うちの学部だったら、Bプラスを与えるところだが、君は文学部哲学科だから、Bというところだ。もうちょっと奥が読めないかな」

    「それって、どういう……」

    「明日もここへきて赤江作品を読むんだろう? だったらひと晩、考えてみたらいいんじゃないかな。ツイスト博士とは三番勝負を約束しているし」

    「でも、どうやって……」

    「暮地さん。あなたの番です」

     ツイスト博士が無情にもいって、チェスクロックを押した。

    「まあそういうことだ。ふむ、ビショップがそう来たか。こっちがこうすると、ふむ……やるな、博士」

     ふたりはチェスの勝負に戻った。

     ううん、考えろっていっても、ねえ?

     ぼくはぶつぶつつぶやきながら舞ちゃんの作ってくれたカレーライスを食べた。

     ちょっと辛かった。

    (この項つづく)
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    ~ Comment ~

    Re: limeさん

    とりあえず、自分の中で一定の結論は出しました。

    後はどうやってあと2日間で説明するか……うああああっ(^^;)

    ミステリーに隠された、人間の憎愛。
    しかし、その奥に描かれる「芸術」の奥深さこそ、真髄・・。

    え?まだ、その奥に?

    深くておもしろいですね~~。
    一言では語れなかった赤江先生の魅力が、紐解かれていくようで。
    ああ、ゆっくり語りたいけど、時間が・・・。
    また来ます。
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