「ショートショート」
    恋愛

    ブルーベリーパイ

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    「へへっ、もーらいっ」

    「あっ!」

     ぼくは伸ばした手で空をつかんだ。忌々しげに見つめた先には……。

    「このっ! 智代っ! またかっ、お前っ!」

     ショートカットがトレードマークの、自他ともに認めるわが高校随一のテニスプレーヤー、三枝智代は、ぼくの目の前で、おばちゃんに百円玉を渡しているところだった。

    「お前なあ、そ、そのブルーベリーパイは……この売店に一日一個しか入ってこないものなんだぞっ!」

     ぼくは智代に指を突き付けて叫んだ。

    「だから買ったんじゃない」

     智代は、流れるような動きで、男子生徒でごった返す人ごみを抜け、パンの袋を破って、中のパイをかじりながら視界から消えた。

    「ほら、そこのきみ! 買うの、買わないの?」

     気がついたときには、押しくらまんじゅうをしていた生徒たちはすべて姿を消し、売店のパンはあらかたなくなっていた。

    「えーと……そこの、なにも味のついてないコッペパンください。ジャムかなにかありませんか?」

     おばちゃんはにやりと笑うと、ポケットからイチゴジャムの小袋を取り出した。

    「コッペパン九十円、ジャム十円。計百円。毎度あり」

     ぼくはパンとジャムを受け取り、百円を払った。

    「ブルーベリーパイ入荷以来、現在二十三連敗。がんばれ少年!」

    「はは……今度はブルーベリージャムを持ってきていただけませんか?」

    「検討しておくよ。だけど、まあ、男が好き嫌いいうもんじゃないね」

     ぼくはとぼとぼと昼休みの校舎を、教室に向けて歩いて行った。



     ぼくがどうしてここまでブルーベリーが大好きになったのかを一言で語るのは難しい。パンだったかヨーグルトだったかアイスだったかクレープだったか。とにかく、幼少時に口にした、その最初のひと口に、電撃的ともいえるショックを受けたのは確かだ。

     だから、この学校の売店にブルーベリーパイが入ってきたときには狂喜して手を伸ばしたものだ。それをさっと横からかっさらっていったのが、三枝智代だった。

     智代は長野だかどこだったかからの転入生で、迷わずにテニス部に入部した。テニスに対するその才能は、二年になってからめくるめくように開花した。すなわち、もとから超高校級プレイヤーだったのが、「ウィンブルドンも夢じゃない」プレイヤーになった、ということで……。

     相手が超高校級だろうが、譲れない事実というものがある。それは、このブルーベリーパイが、ぼくも初めて見るメーカーのもので、この高校の売店以外で見かけたことがないという事実だ。どこのメーカーのものかもわからない。なぜなら智代が袋をどこかに処分してしまうからだ。まさかゴミ箱漁りをするわけにもいかないし。

     とにかく、いちおうは卓球部で主将を務めているぼくとしては、ブルーベリーパイを食べるという意味でも、反射神経と俊敏さで女子に負けるという屈辱を晴らすという意味でも、いつかは正々堂々と智代に勝たなければならない、というわけだった。ただでさえ学校中で笑いものになっているというのに、この噂が県大会で広まったら……。

     全卓球部員と卓球部の威信のためにもぼくは勝たなければならない。そのためならば、ぼくは……。

     かくしてぼくは、毎日苦しい、しかしスポーツ医学にのっとった訓練メニューに基づいてトレーニングを積んだ。訓練メニューは、スポーツドクターをやっている智代の父親に作ってもらった。

    「智代は、昔から、負けるということを知らん」

     三枝医師は、そういって笑った。

    「だから君のような人間が、あれの鼻っ柱をへし折ってくれれば、親のわたしとしても嬉しいというものなのだよ」

     ほんとうかどうかは知らないが、ぼくの知っている中でいちばん科学的なメニューであることも確かだ。

     信じるしかない。



    「ぼくになんの恨みがあるのか知らないが……」

     ぼくは目の前でブルーベリーパイをもぐもぐ食べている智代にびしっと指を突き付けた。

    「毎日毎日ぼくの目の前からブルーベリーパイをかっさらっていくのにはもう堪忍袋の緒が切れた。放課後、勝負だ!」

     パイの最後のひと切れを飲み込んでから、智代は面白そうにいった。

    「あたしはテニスプレーヤーよ。そしてあなたは卓球。なにで勝負するの?」

    「お互いに得意なもので勝負しようじゃないか」

     ぼくはごくりと息を呑んでいる周囲のギャラリーの前で宣言した。

    「得意なもの?」

    「反復横跳び三分間」

     ギャラリーから、「だせー」だの「バカか」だのの声が飛んだが、ぼくは無視した。これしか、ぼくと智代がフェアに戦える競技が思いつかなかったのだ。

    「騎士道精神は買うわ」

     智代はぼくに背を向けた。

    「それじゃ放課後」

     去っていく智代の足取りは、勝利を確信しているのか、どこかスキップを踏んでいるように思えた。イヤミな女である。



     戦いすんで日は暮れた。

     トレーニングの成果も上がり、気力も充溢、必勝の態勢で臨んだはずのぼくは、見事……智代に負けてしまった。

     なんというか……虚脱感のみが残った。

     なにもやる気が起きなかった。ぼくは誰もいなくなった体育館脇のベンチで、ひとりぼんやりとしていた。

     背中から、影がぼくの身体をよぎった。

    「負け犬ごっこ?」

    「よせよ」

     ぼくは、図々しくも隣に腰を下ろしてきた智代に、ぶっきらぼうに答えた。

    「ブルーベリーパイ、そんなに好きなのか?」

    「嫌いよ」

     智代の答えは、ぼくには意外だった。

    「じゃあ、なぜ毎日毎日」

    「この写真を見ればわかるわ」

     智代は、パスケースから、はさんであった一枚の黄ばみかけた写真を取り出した。泣いている女の子が写っていた。

    「よくわからないけど」

    「江戸の仇は長崎で討つっていうでしょ」

     そういわれて、まじまじと写真を見つめなおした。女の子の後ろには、リュックをしょった男の子の姿があった。そのリュックには見覚えがあった。

    「……ぼく?」

    「その顔は忘れたことなどなかったわ。わたしの目の前から残り一個になったパンをひょいとつかんでレジに行った男の子の顔」

    「執念深いなあ……」

    「精神力といってよ。そのくらいの精神力がないと、お互い、長丁場の試合なんてやってられないでしょ?」

    「それはそうだけど……じゃ、ぼくは、どうやって借りを返せばいいんだい。このリュックをぼくがしょっていたのは、幼稚園生のころだから、今から十年以上前だぜ」

    「それは、あなたが考えることよ」

     智代はくるりと身をひねって立ち上がると、ぼくの額を人差し指で押さえた。

    「あたしを満足させる考えが頭に浮かぶまで、許してなんかあげない」

     その顔には微笑みが浮かんでいた。

     智代が去った後も、ぼくはその場にぼんやりと座り込んでいた。



     次の日。堂々とブルーベリーパイを買っていった智代の横で、ぼくはカレーパンを買った。

    「三枝!」

     パイの袋を破ろうとしていた智代に、ぼくは頭を下げた。

    「昔のことは謝る! 許してくれないか! だからそのパイを……一回だけでいい、譲ってくれないか!」

    「甘いわね」

     智代は、鼻で笑った。

    「誠意が足りないわ」

    「じゃあなんていえばいいんだよ! ふたりで仲良く半分ずつ食べよう、とでもいえばいいのかよ!」

     智代はにこっと笑うと、ぼくの腕を取った。

     売店のおばちゃんを含む、その場にいたみんなが、驚愕の目でぼくと智代を見ていた。

     ぼくは、満場のギャラリーのど真ん中で自分がなにをいったのかを悟り、頭がぐるんぐるんしはじめた。

    「あのときもブルーベリーパイだった」

     智代は、ぼくと並んで歩きながらいった。

    「ようやく、わたしもブルーベリーパイが好きになりそうよ」



     智代は今もテニスを続けている。ぼくも卓球を続けている。

     けれど将来の目的地はひとつなんじゃないかと、ぼくは日々感じている……。
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    ~ Comment ~

    Re: ダメ子さん

    そういうことは経験者のかたにお聞きになってください。

    (T_T)

    ファーストキスもブルーベリーの味ですか?
    そうですか?

    Re: YUKAさん

    「恋愛もの」がお好きなら、いろいろなところに「隠れ恋愛もの」が潜んでいたりするのでチェックしてみてください。

    わたしも暗くて救いのない話ばかり書いているわけではないので(笑)

    こんにちは^^

    わぁ~~~ブルベリージャムを買って帰りそうな気分です(笑)

    別に意味はないですけど^^;;

    甘酸っぱくていい話でした^^

    恋愛カテ終わりました~~♪さて、次は何にしようかなぁ^^

    Re: ぴゆうさん

    いや、これはきっとあれです。

    売店のおばさん、ギャラリーとしてこのふたりの取り合いを楽しんでます絶対(笑)

    ちょっと根性悪な人ですね(笑)

    昨日はブルーベリーのケーキを食べた。
    タイムリーー
    甘酸っぱくていいのぉ~
    しかし売店のおばさん、二個ぐらい入れろよと言いたいが、それではツマランもんね。
    朝からラブリーで気分良かーー

    Re: 矢端想さん

    それもそうですね。人間が人間らしく生きるとそうもなりますな(^^)

    > 勝気な相手は選ばないほうがいい

    勝気でない女になど会ったことがないのだが・・・。

    Re: limeさん

    そういや、結婚したわたしの友人がいってました。

    「勝気な相手は選ばないほうがいい」

    ……まあわたしには縁のない話でしたが(^^;)

    それにしても、わたしの書く女性、みんな能動的なやつばかりだなあ。ナミしかりエリカしかり紅恵美しかり……。

    テニスつながりですが錦織選手ベスト8おめでとうございます。さーて「ウィンブルドン」読もうか。

    ラブリーカテが、またひとつ増えましたね^^

    なんとも甘酸っぱい。

    今回の女の子も、勝気で運動神経も、頭もよく、口も達者。
    アスカか。最終話のレイか。
    男の子は、やっぱりひかれちゃうのかな。

    私も、そんな女の子描くの好きです。
    ああでも、実際のそんな子は苦手だったかな・・・。
    ファンタジーっていうの、なんか、分かります。

    そうそう、昨日は失礼しました。
    なんか、気が緩んでて。(なんでだ)

    Re: 土屋マルさん

    こういう体験はまったくないのですべて空想の産物です。

    くやしいのうくやしいのうあんちゃんギギギ(^^;)

    Re: kyoroさん

    なんどもいいますけどこのカテゴリの小説群は純然たるファンタジーですから(T_T)

    わたしだってないですよこんな体験!(T_T)

    甘酸っぱいなあ(*´Д`*)ハァハァ
    半分ずっこかあ。

    初々しい恋心っていいですねえ。

    こんにちは

    ブルーベリーパイ、甘酸っぱいですのぉ
    ワタシにもこんなかわいらしい時代が・・・なかったな・・・

    Re: 矢端想さん

    「もてない歴=実年齢」のわたしがどういう顔でこんな話を書いているとお思いに(^^;)

    もう血涙流しまくり。アミバかよ(^^;)

    やっぱり地球や人類がドッカンといったほうが精神衛生にはいいですよねえ(そうか?(^^;))

    またもや良い話だなあ。ニヤニヤ。
    でも読んでて気恥ずかしいなあ。

    なんのかんの言って結局・・・僕は恋愛ものは苦手だ・・・。
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