「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと緑の森の家(童話掌編シリーズ・完結)
エドさんと緑の森の家・2月5日
「煙突をそうじするんですか」
そう聞いたエドさんは胸を叩きました。
「任せてください。これでも、煙突そうじには年季が入っています」
このお屋敷の執事を勤めるバーナビイ老人はエドさんを頼もしげに見上げました。
「そういわれるとこっちも安心だ。なにしろ、このインフルエンザときたら、わたしを除く屋敷じゅうのものを寝込ませてしまったのだからな。本来ならば、毎年の習慣としてわたしがこの栄誉ある仕事をするところなのだが、持病の神経痛か腰があいたたた」
「横になっていてください。きちんとそうじはしておきます」
「ところで君は、どこで煙突そうじを?」
「探偵の仕事で、煙突からサンタのように……い、いえ、まあ、わたしもいろいろなことを経験しましたから。だいじょうぶです。あなたのところの煙突を、ひとつ残らずぴかぴかに磨いておきましょう」
エドさんは、さっそく仕事に取り掛かりました。それにしても、煙突そうじなんて久しぶりです。しかも、後ろ暗いところのない煙突そうじなんて。エドさんは、分厚いマスクの下で、鼻歌を歌いながら煙突を磨いていきました。たまりにたまったすすで、エドさんの作業着はたちまちのうちに真っ黒になってしまいました。
しばらく、鼻歌を歌っていたエドさんですが、ふと、目をしばたたきました。
エドさんは、眉間にしわを寄せながらすすを払っていきました。眉間にしわを寄せるのは、エドさんが深く考え込んでいるしるしでした。そう、あたかも、探偵のように……。
エドさんは、むっつりと黙りながらすべての煙突そうじを終えました。
「わたしに煙突そうじをさせた理由をお話し願えませんか」
エドさんは、すすで真っ黒になった手紙の束を取り出しました。
「読んではいません」
エドさんがそういうと、バーナビイ老人は目を丸くしました。
「読まなかったって?」
「その通り。これは煙突から出てきた手紙です。火の粉をかぶらないようにうまく隠されていましたが、ちょっとでも真面目に煙突をそうじすれば、誰にでも見つけられるところに置いてあった。これまで煙突そうじを続けてきたバーナビイさん、あなたが気づかないはずはない。あなたはこの手紙の存在を知っていたんだ。存在を知りつつなにもしなかったということは、あなたはこの手紙を書いた人間のことも知っていると見ていいでしょう。その場合、書いた人間の第一容疑者は、ほかならぬあなたということになります」
「頼んだ相手を間違えたみたいだな。本来なら、うちの使用人の誰かにやらせれば、すぐにでも村中の噂になると思ったんだが」
「やっぱり、わたしは、この手紙を読むためだけに雇われたんですね。できれば、その理由もお話し願えませんか。わけもなく人の秘密を吹聴して歩く男ではありません」
バーナビイ老人はふっと笑いました。
「四十年、いや、五十年前になるか……ひとりのぱっとしない若者と、お世辞にも美人とはいえないような、不器量な乙女がいたと思ってくれ。若者は乙女のことを愛していた。容姿ではなく、その精神と知性を愛していたのだ。だが、若者は屋敷の使用人だったから、思いを打ち明けることはできなかった。そのうち、乙女に恋人ができた。結婚を誓い合ったということだった。若者は仕事に没頭することにした。乙女あてに書いたものの出すことができなかった手紙を、煙突に隠して」
バーナビイ老人は、目を閉じました。
「その男が結婚詐欺師だとわかったときには遅かった。物心両面ともに手ひどく裏切られた乙女は、こころを病んでしまったのだ。それ以来、ずっと病院にいる。いや、いた」
エドさんは言葉もありませんでした。
「亡くなったと聞いたのが三日前だ。今は老いた若者は、あの乙女のことを覚えている誰もに、あの乙女をこころの底から愛していた人間がひとりはいた、ということを伝えたかったのだ。年寄りの身勝手ではあるがな」
「だったら、どうしてもっと前に……」
「乙女のこころは、すでに人を信じることができなくなってしまっていたのだ。そんなときに若者がなにをいおうと、乙女を傷つける以外の結果にはならなかっただろう。エドくん、わたしはどうすればよかったのかね?」
「天上のその乙女に、許しを請う手紙を書くことですね。きちんと宛名を書いて、切手を貼って、ポストに入れることです」
エドさんは窓の外に目をやりました。
「……五十年前にやるべきだったことを」
そう聞いたエドさんは胸を叩きました。
「任せてください。これでも、煙突そうじには年季が入っています」
このお屋敷の執事を勤めるバーナビイ老人はエドさんを頼もしげに見上げました。
「そういわれるとこっちも安心だ。なにしろ、このインフルエンザときたら、わたしを除く屋敷じゅうのものを寝込ませてしまったのだからな。本来ならば、毎年の習慣としてわたしがこの栄誉ある仕事をするところなのだが、持病の神経痛か腰があいたたた」
「横になっていてください。きちんとそうじはしておきます」
「ところで君は、どこで煙突そうじを?」
「探偵の仕事で、煙突からサンタのように……い、いえ、まあ、わたしもいろいろなことを経験しましたから。だいじょうぶです。あなたのところの煙突を、ひとつ残らずぴかぴかに磨いておきましょう」
エドさんは、さっそく仕事に取り掛かりました。それにしても、煙突そうじなんて久しぶりです。しかも、後ろ暗いところのない煙突そうじなんて。エドさんは、分厚いマスクの下で、鼻歌を歌いながら煙突を磨いていきました。たまりにたまったすすで、エドさんの作業着はたちまちのうちに真っ黒になってしまいました。
しばらく、鼻歌を歌っていたエドさんですが、ふと、目をしばたたきました。
エドさんは、眉間にしわを寄せながらすすを払っていきました。眉間にしわを寄せるのは、エドさんが深く考え込んでいるしるしでした。そう、あたかも、探偵のように……。
エドさんは、むっつりと黙りながらすべての煙突そうじを終えました。
「わたしに煙突そうじをさせた理由をお話し願えませんか」
エドさんは、すすで真っ黒になった手紙の束を取り出しました。
「読んではいません」
エドさんがそういうと、バーナビイ老人は目を丸くしました。
「読まなかったって?」
「その通り。これは煙突から出てきた手紙です。火の粉をかぶらないようにうまく隠されていましたが、ちょっとでも真面目に煙突をそうじすれば、誰にでも見つけられるところに置いてあった。これまで煙突そうじを続けてきたバーナビイさん、あなたが気づかないはずはない。あなたはこの手紙の存在を知っていたんだ。存在を知りつつなにもしなかったということは、あなたはこの手紙を書いた人間のことも知っていると見ていいでしょう。その場合、書いた人間の第一容疑者は、ほかならぬあなたということになります」
「頼んだ相手を間違えたみたいだな。本来なら、うちの使用人の誰かにやらせれば、すぐにでも村中の噂になると思ったんだが」
「やっぱり、わたしは、この手紙を読むためだけに雇われたんですね。できれば、その理由もお話し願えませんか。わけもなく人の秘密を吹聴して歩く男ではありません」
バーナビイ老人はふっと笑いました。
「四十年、いや、五十年前になるか……ひとりのぱっとしない若者と、お世辞にも美人とはいえないような、不器量な乙女がいたと思ってくれ。若者は乙女のことを愛していた。容姿ではなく、その精神と知性を愛していたのだ。だが、若者は屋敷の使用人だったから、思いを打ち明けることはできなかった。そのうち、乙女に恋人ができた。結婚を誓い合ったということだった。若者は仕事に没頭することにした。乙女あてに書いたものの出すことができなかった手紙を、煙突に隠して」
バーナビイ老人は、目を閉じました。
「その男が結婚詐欺師だとわかったときには遅かった。物心両面ともに手ひどく裏切られた乙女は、こころを病んでしまったのだ。それ以来、ずっと病院にいる。いや、いた」
エドさんは言葉もありませんでした。
「亡くなったと聞いたのが三日前だ。今は老いた若者は、あの乙女のことを覚えている誰もに、あの乙女をこころの底から愛していた人間がひとりはいた、ということを伝えたかったのだ。年寄りの身勝手ではあるがな」
「だったら、どうしてもっと前に……」
「乙女のこころは、すでに人を信じることができなくなってしまっていたのだ。そんなときに若者がなにをいおうと、乙女を傷つける以外の結果にはならなかっただろう。エドくん、わたしはどうすればよかったのかね?」
「天上のその乙女に、許しを請う手紙を書くことですね。きちんと宛名を書いて、切手を貼って、ポストに入れることです」
エドさんは窓の外に目をやりました。
「……五十年前にやるべきだったことを」
- 関連記事
-
- エドさんと緑の森の家・2月12日
- エドさんと緑の森の家・2月5日
- エドさんと緑の森の家・1月29日
スポンサーサイト
もくじ
風渡涼一退魔行

もくじ
はじめにお読みください

もくじ
ゲーマー!(長編小説・連載中)

もくじ
5 死霊術師の瞳(連載中)

もくじ
鋼鉄少女伝説

もくじ
ホームズ・パロディ

もくじ
ミステリ・パロディ

もくじ
昔話シリーズ(掌編)

もくじ
カミラ&ヒース緊急治療院

もくじ
未分類

もくじ
リンク先紹介

もくじ
いただきもの

もくじ
ささげもの

もくじ
その他いろいろ

もくじ
自炊日記(ノンフィクション)

もくじ
SF狂歌

もくじ
ウォーゲーム歴史秘話

もくじ
ノイズ(連作ショートショート)

もくじ
不快(壊れた文章)

もくじ
映画の感想

もくじ
旅路より(掌編シリーズ)

もくじ
エンペドクレスかく語りき

もくじ
家(

もくじ
家(長編ホラー小説・不定期連載)

もくじ
懇願

もくじ
私家版 悪魔の手帖

もくじ
紅恵美と語るおすすめの本

もくじ
TRPG奮戦記

もくじ
焼肉屋ジョニィ

もくじ
睡眠時無呼吸日記

もくじ
ご意見など

もくじ
おすすめ小説

もくじ
X氏の日常

もくじ
読書日記

- ジャンル:[小説・文学]
- テーマ:[児童文学・童話・絵本]
~ Comment ~
Re: 土屋マルさん
探偵だった時のエドさんだったら中身を読んでいたでしょう。
しかし、エドさんは探偵を廃業したのです。
読まなかったのにはそういうエドさんなりの理由があるのです。
しかし、エドさんは探偵を廃業したのです。
読まなかったのにはそういうエドさんなりの理由があるのです。
こういう、ちょっと切ないお話、私は好きです!
エドさんってやっぱり素敵♪
もしも私なら‥‥絶対、誘惑に負けて手紙を開けてしまいそう(汗)
エドさんってやっぱり素敵♪
もしも私なら‥‥絶対、誘惑に負けて手紙を開けてしまいそう(汗)
- #7052 土屋マル
- URL
- 2012.02/06 11:23
- ▲EntryTop
Re: 有村司さん
タイバニのタイトルだけは知っているが、生来のヒネクレ者のせいかタイバニもまどマギもけいおん!もエヴァもとんと見たことがない(^^;)
いやあプリキュアは楽しいなあ(爆)
いやあプリキュアは楽しいなあ(爆)
はいな、はいはい
「タイガー&バニー」という去年一世を風靡して、今年劇場版から舞台化までする大人気アニメです^^;
その主人公の相方が「バーナビー・ブルックスJr」と言います。
ついでに公式サイトはココ↓
http://www.tigerandbunny.net/
ポールブリッツさまがご存じないとは…意外でした…!
その主人公の相方が「バーナビー・ブルックスJr」と言います。
ついでに公式サイトはココ↓
http://www.tigerandbunny.net/
ポールブリッツさまがご存じないとは…意外でした…!
- #7042 有村司
- URL
- 2012.02/05 15:26
- ▲EntryTop
Re: 有村司さん
すすまみれの作業着で、あまりカッコよくはないですけどね。
しかし便利屋としても有能ですなエドさん(^^)
ところで、バーナビイという登場人物が出てくる最近のアニメって、なに?(?_?) なにせプリキュアしか見ていないもので……(^^;)
しかし便利屋としても有能ですなエドさん(^^)
ところで、バーナビイという登場人物が出てくる最近のアニメって、なに?(?_?) なにせプリキュアしか見ていないもので……(^^;)
Re: YUKAさん
登場人物にとっては、ただ単に苦くてつらいだけの話のように思えます(^^;)
なにせ誰ひとりとして救われていない話ですから……。
なにせ誰ひとりとして救われていない話ですから……。
Re: semicolon?さん
泣かせる話よりは笑わせる話を書きたいものですが、ちょっとこれを書いた時にはバイオリズムが落ち込んでいまして(^^;)
どうして老人がこんなことを? と考えたら、こうなってしまったのであります。
うむむむ来週はどうしよう……。
どうして老人がこんなことを? と考えたら、こうなってしまったのであります。
うむむむ来週はどうしよう……。
探偵エドさんが戻ってきた!!
エドさーん!!あなたカッコいいです!!
やっぱりエドさんはいい!!
最後のセリフもびしっと決まったし。
しかし老人の名前が最近大流行のアニメの主人公と同じなのは偶然??
エドさーん!!あなたカッコいいです!!
やっぱりエドさんはいい!!
最後のセリフもびしっと決まったし。
しかし老人の名前が最近大流行のアニメの主人公と同じなのは偶然??
- #7029 有村司
- URL
- 2012.02/05 09:55
- ▲EntryTop
私はクリスタルの断章迷子。。。^^;;;
素敵なお話だ。。。。
「……五十年前にやるべきだったことを」
エドさん、カッコ良過ぎです><
「……五十年前にやるべきだったことを」
エドさん、カッコ良過ぎです><
~ Trackback ~
卜ラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
Re: 鍵コメさん
老人の当初のプランが頭にあったので思いつかなかった(汗)
今日はヤケウーロン茶飲んで早めに寝ます。くそうわたしのバカバカバカ(T_T)