「ほら吹き大探偵の冒険(児童文学)」
作戦Dを暴け(完結)
作戦Dを暴け 1-1
1
我輩はよい気持ちでメディテーション、すなわち瞑想をしておった。無念無想の境地に立てば、誰であれ心からよい気分になれる。考えてもみたまえ、陽だまりに腰を下ろし、ぼんやりと視線をさまよわせる、そのなにひとつとして物を「考える」ということをしない一瞬、それ以上の幸福感は……
しゃっ!
我輩は手刀を、お盆の上に載ったコーヒーカップすれすれのところでぴたりと止めた。
「なんだ、ベイカーくんではないか」
「所長、コーヒーをお持ちしました」
この間片づけた事件がきっかけで、学問の道を捨てて我輩の事務所に押し掛け助手として居ついたシャーリー・ベイカー嬢は、我輩の前に黒色の美しい液体が注がれた小さなカップを差し出した。我輩は受け取って机に置くと、スプーンで砂糖を二杯ほど入れ、しばらくその香りを楽しむと、飲んだ。
甘くて濃厚な、この味を一度覚えてしまうと、どうして日本人がコーヒーを薄いお湯のようにしてしまうアメリカンなる飲み方をしているのか皆目見当がつかぬ。
まあ、日本文化の茶道にも、濃茶と薄茶があるがごとく、日本人はなんでも薄めてしまうのが好き、ということであろうか。料理をとってみても、口から出るのは決まって「薄味」という言葉であるように。
コーヒーを飲み干し、底にたまった砂糖をスプーンですくって口に運び、エスプレッソの最後の滋味を味わっていると、事務所のブザーが鳴った。
我輩はこの幸福な時間を邪魔されたことに顔をしかめながら砂糖を食べ終えた。
「ベイカーくん、カメラを確認してくれたまえ」
「はい、所長。えーと、中年婦人が写っています。武装している様子はありません。やせ形の人ですね」
「ふむ」
我輩はインターホンのボタンを押した。
「なにか御用ですかな?」
『お願いいたします。どうか、諮問探偵のザレゴット・ダイスキー殿下にお会いしたいのです』
我輩は二秒間考えた。この手のいかにも善良そうな中年婦人が、どうしてもお会いしたいといってきたことがある。我輩がこの事務所に入れたところ、中年婦人はバッグからキリスト教を変な風に解釈したカルト教団の冊子を取り出し、こともあろうに我輩を救う救うと力説した挙げ句、我輩の信じる、ごく平凡なローマン・カトリックを邪教と断言し、わいわい騒いでおとなしく引き取ってもらうのにえらい迷惑をした覚えがあるのだ。我輩が錯乱寺拳法免許皆伝の腕をふるってあのカルト信者を黙らせれば、教団の弁護士がやってきて、我輩に法廷闘争を挑むという寸法であろうと思われた。
我輩の名誉と引き換えに、貴重な薬用菌類であるサガリスク茸の利権をよこせ、などといわれでもしたら、我輩は情けなくて故郷のハイダラケ王国へと帰ることができぬ。我が弟である国王のマットーへ頭を下げる屈辱は耐え忍べるが、王妃のマリーに頭を下げる屈辱を選ぶくらいだったら死を選ぶ。言葉もあろうに我輩のことを「時代遅れのカイゼル髭」だなどと罵ったあの馬鹿女に……。
二秒間はあっという間に過ぎた。
我輩はインターホンのマイクを切った。
「ベイカーくん、扉を開けてくれ」
シャーリー嬢は我輩に一礼すると、ドアを開けるボタンを押した。カルト宗教を恐れていて諮問探偵などできるわけがないと、我が尊敬する元祖諮問探偵のシャーロック・ホームズ師ならば言下にそういうだろうからだ。
我輩はよい気持ちでメディテーション、すなわち瞑想をしておった。無念無想の境地に立てば、誰であれ心からよい気分になれる。考えてもみたまえ、陽だまりに腰を下ろし、ぼんやりと視線をさまよわせる、そのなにひとつとして物を「考える」ということをしない一瞬、それ以上の幸福感は……
しゃっ!
我輩は手刀を、お盆の上に載ったコーヒーカップすれすれのところでぴたりと止めた。
「なんだ、ベイカーくんではないか」
「所長、コーヒーをお持ちしました」
この間片づけた事件がきっかけで、学問の道を捨てて我輩の事務所に押し掛け助手として居ついたシャーリー・ベイカー嬢は、我輩の前に黒色の美しい液体が注がれた小さなカップを差し出した。我輩は受け取って机に置くと、スプーンで砂糖を二杯ほど入れ、しばらくその香りを楽しむと、飲んだ。
甘くて濃厚な、この味を一度覚えてしまうと、どうして日本人がコーヒーを薄いお湯のようにしてしまうアメリカンなる飲み方をしているのか皆目見当がつかぬ。
まあ、日本文化の茶道にも、濃茶と薄茶があるがごとく、日本人はなんでも薄めてしまうのが好き、ということであろうか。料理をとってみても、口から出るのは決まって「薄味」という言葉であるように。
コーヒーを飲み干し、底にたまった砂糖をスプーンですくって口に運び、エスプレッソの最後の滋味を味わっていると、事務所のブザーが鳴った。
我輩はこの幸福な時間を邪魔されたことに顔をしかめながら砂糖を食べ終えた。
「ベイカーくん、カメラを確認してくれたまえ」
「はい、所長。えーと、中年婦人が写っています。武装している様子はありません。やせ形の人ですね」
「ふむ」
我輩はインターホンのボタンを押した。
「なにか御用ですかな?」
『お願いいたします。どうか、諮問探偵のザレゴット・ダイスキー殿下にお会いしたいのです』
我輩は二秒間考えた。この手のいかにも善良そうな中年婦人が、どうしてもお会いしたいといってきたことがある。我輩がこの事務所に入れたところ、中年婦人はバッグからキリスト教を変な風に解釈したカルト教団の冊子を取り出し、こともあろうに我輩を救う救うと力説した挙げ句、我輩の信じる、ごく平凡なローマン・カトリックを邪教と断言し、わいわい騒いでおとなしく引き取ってもらうのにえらい迷惑をした覚えがあるのだ。我輩が錯乱寺拳法免許皆伝の腕をふるってあのカルト信者を黙らせれば、教団の弁護士がやってきて、我輩に法廷闘争を挑むという寸法であろうと思われた。
我輩の名誉と引き換えに、貴重な薬用菌類であるサガリスク茸の利権をよこせ、などといわれでもしたら、我輩は情けなくて故郷のハイダラケ王国へと帰ることができぬ。我が弟である国王のマットーへ頭を下げる屈辱は耐え忍べるが、王妃のマリーに頭を下げる屈辱を選ぶくらいだったら死を選ぶ。言葉もあろうに我輩のことを「時代遅れのカイゼル髭」だなどと罵ったあの馬鹿女に……。
二秒間はあっという間に過ぎた。
我輩はインターホンのマイクを切った。
「ベイカーくん、扉を開けてくれ」
シャーリー嬢は我輩に一礼すると、ドアを開けるボタンを押した。カルト宗教を恐れていて諮問探偵などできるわけがないと、我が尊敬する元祖諮問探偵のシャーロック・ホームズ師ならば言下にそういうだろうからだ。
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~ Comment ~
ポールさん、少しご無沙汰しておりました|ω・`)
何はなくとも、まずは「メディテーション」という単語に吹きました(笑)
ザレゴット・ダイスキー殿下、前に一度お見かけしたことがあるのですが、今回は長いお話になりそうですね♪
楽しみに追いかけさせてもらいます(*´ω`*人)
何はなくとも、まずは「メディテーション」という単語に吹きました(笑)
ザレゴット・ダイスキー殿下、前に一度お見かけしたことがあるのですが、今回は長いお話になりそうですね♪
楽しみに追いかけさせてもらいます(*´ω`*人)
Re: ぴゆうさん
わからなくなったら即座に検索(^^)
昔はチックという植物性の油で固めていたそうですね。ああそうか、だからポアロがアルコールランプで髭をあたっていたのか。ひとつ勉強になりました(^^)
シリーズキャラクターをばんばん出してしまったので、その収拾に追われる毎日です(^^;)
昔はチックという植物性の油で固めていたそうですね。ああそうか、だからポアロがアルコールランプで髭をあたっていたのか。ひとつ勉強になりました(^^)
シリーズキャラクターをばんばん出してしまったので、その収拾に追われる毎日です(^^;)
ザレゴット・ダイスキー殿下。
久しぶりの登場だよね。
カイゼル髭ってなんで流行ったのかな。
不思議。
あのピンとしているのは卵白かなんかで固めたのかな。
GとHaeが寄ってきそう。
久しぶりの登場だよね。
カイゼル髭ってなんで流行ったのかな。
不思議。
あのピンとしているのは卵白かなんかで固めたのかな。
GとHaeが寄ってきそう。
- #7108 ぴゆう
- URL
- 2012.02/10 21:13
- ▲EntryTop
Re: limeさん
いえいえ、「カルトな人」は、「ギャグ」ですから(^^)
この探偵のことだから、ごくまっとうな事件……になるわけがない!(笑)
この探偵のことだから、ごくまっとうな事件……になるわけがない!(笑)
さっそくメディテーション使うし~(笑
これは、続きものなんですね。
訪問者の正体はいかに。
カルトなひとなら、面倒ですねえ。
これは、続きものなんですね。
訪問者の正体はいかに。
カルトなひとなら、面倒ですねえ。
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Re: 土屋マルさん
長くなって当社比1.33倍というところです(^^;)
前シリーズでは日に3枚書けばよかったところを日に4枚書かなくてはいけないからつらくてつらくて(^^;)
それでもどうかごひいきに。