「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと緑の森の家(童話掌編シリーズ・完結)
エドさんと緑の森の家・3月11日
「うーん」
エドさんは、なにか苦いものを食べたときのような顔をして自転車をこいでいました。奥さんであるクロエさんと、つまらないことで大喧嘩をしてしまったのです。
「どうしよう」
エドさんは、アトリエがわりの一室に閉じこもって鍵をかけてしまったクロエさんを残して、頼まれていたミルさんの家の屋根裏部屋の雨漏りと電気コードの修繕に出かけたのですが、頭に浮かぶのは、怒りよりも、どうしてこんなことになってしまったのか、という後悔の念ばかりでした。
もやもやした頭でミルさんの家に着いたエドさんは、仕事用具一式を抱えて屋根裏部屋に上がりました。なぜエドさんが屋根の修理のコツややりかたを知っているのかというと……まあ、もと探偵というのはいろいろと人にいえない知識を持っているものなのです。
半分、物置のようになっている屋根裏部屋で作業を始めたエドさんは、ふと、一冊の古びた革装の本が埃をかぶっているのに気がつきました。なんだろう、と本を見ると、表紙には「迷った時に開くべし」と書いてありました。
エドさんには、ああ、と思い当たることがありました。お祈りをするときに、目をつぶって聖書をめくり、そのページに書かれたことを神託として受け取る、というやりかたがあるのです。たぶん、この本も、昔の誰かが同じように使うために書いたのでしょう。
好奇心も手伝って、ほめられたことではないと知りつつも、エドさんは目をつぶって、えい、とページを開き、ぱっと目を開けてちらりと見ると、またぱたんと閉じました。
「なにを示そうとしているんだろう……」
エドさんは自分が見た文を繰り返しぶつぶつと呟きながら、屋根と電気コードの修理をしました。
『ラティマー牧場の幸運のチーズ』
修理を終え、ミルさんからお金をもらったエドさんは、とりあえず、この神託にすがってみることにしました。隣村にあるラティマー牧場は、無理をすればなんとか自転車で行って帰ってこられる距離です。
春にしてはまだ寒い、細い裏道を通って、エドさんはペダルをこぎにこぎました。牧場に着いた時には、やや日が傾いていました。牧場主のラティマーさんにわけを話すと、いぶかしげな顔をされました。
「幸運のチーズ……?」
首を捻っていたラティマーさんでしたが、やがてぽんと手を叩きました。
「そういやあ、倉庫にあったような……ちょっと待っていてください」
エドさんは、椅子に座って、ひたすら待ちました。じりじりして、じりじりして、じりじりしたころにラティマーさんは大きなチーズのかたまりを抱えて戻ってきました。
「これが……?」
エドさんは何か神々しいものを目にするかのようにそのチーズを見ました。
「死んだ祖父が、昔、ことあるごとに作っていたチーズなんですよ。『幸運』って書いたスタンプを押してね。いやあ、懐かしいなあ。まだ覚えていてくれた人がいたんだ」
「譲っていただけませんか」
「いいですけど、ちょっと値は張りますよ」
エドさんは、今日の稼ぎを全部吐き出してチーズを買いました。
また、延々とペダルをこいで自分の家に戻ってきたエドさんは、門のところで、これまた外から帰ってきたらしい、パンを山ほど抱えたクロエさんと鉢合わせしました。
「どうしたんだい、そのパン」
「どうしたの? そのチーズ」
顔を見合わせた二人は、どちらからともなく笑い始めました。
「今晩の食事は決まりね」
「チーズ・フォンデュなら任せてくれないか。これでも……」
「あれって、けっこう繊細な料理なのよ。それに、そんな高価そうなチーズなら、芸術家が調理するべきね。飛び切りおいしいものをこしらえてあげるわ」
ふたりは仲良く家に入っていきました。
数日後、ミルさんに会ったエドさんは、この間の非礼を詫び、それにしてもあの本のお告げは役に立った、といいました。
怪訝な顔のミルさんに、こういう本だとエドさんが説明すると、大笑いされました。
「それって、この辺りの村を紹介した、いわば昔のガイドブックですよ。宿屋とか、特産品とか。だから、チーズのことも載っているし、『迷った時に開くべし』なんですよ」
それでもエドさんは思うのです。やはりあれは、神託だったんじゃないかと……。
エドさんは、なにか苦いものを食べたときのような顔をして自転車をこいでいました。奥さんであるクロエさんと、つまらないことで大喧嘩をしてしまったのです。
「どうしよう」
エドさんは、アトリエがわりの一室に閉じこもって鍵をかけてしまったクロエさんを残して、頼まれていたミルさんの家の屋根裏部屋の雨漏りと電気コードの修繕に出かけたのですが、頭に浮かぶのは、怒りよりも、どうしてこんなことになってしまったのか、という後悔の念ばかりでした。
もやもやした頭でミルさんの家に着いたエドさんは、仕事用具一式を抱えて屋根裏部屋に上がりました。なぜエドさんが屋根の修理のコツややりかたを知っているのかというと……まあ、もと探偵というのはいろいろと人にいえない知識を持っているものなのです。
半分、物置のようになっている屋根裏部屋で作業を始めたエドさんは、ふと、一冊の古びた革装の本が埃をかぶっているのに気がつきました。なんだろう、と本を見ると、表紙には「迷った時に開くべし」と書いてありました。
エドさんには、ああ、と思い当たることがありました。お祈りをするときに、目をつぶって聖書をめくり、そのページに書かれたことを神託として受け取る、というやりかたがあるのです。たぶん、この本も、昔の誰かが同じように使うために書いたのでしょう。
好奇心も手伝って、ほめられたことではないと知りつつも、エドさんは目をつぶって、えい、とページを開き、ぱっと目を開けてちらりと見ると、またぱたんと閉じました。
「なにを示そうとしているんだろう……」
エドさんは自分が見た文を繰り返しぶつぶつと呟きながら、屋根と電気コードの修理をしました。
『ラティマー牧場の幸運のチーズ』
修理を終え、ミルさんからお金をもらったエドさんは、とりあえず、この神託にすがってみることにしました。隣村にあるラティマー牧場は、無理をすればなんとか自転車で行って帰ってこられる距離です。
春にしてはまだ寒い、細い裏道を通って、エドさんはペダルをこぎにこぎました。牧場に着いた時には、やや日が傾いていました。牧場主のラティマーさんにわけを話すと、いぶかしげな顔をされました。
「幸運のチーズ……?」
首を捻っていたラティマーさんでしたが、やがてぽんと手を叩きました。
「そういやあ、倉庫にあったような……ちょっと待っていてください」
エドさんは、椅子に座って、ひたすら待ちました。じりじりして、じりじりして、じりじりしたころにラティマーさんは大きなチーズのかたまりを抱えて戻ってきました。
「これが……?」
エドさんは何か神々しいものを目にするかのようにそのチーズを見ました。
「死んだ祖父が、昔、ことあるごとに作っていたチーズなんですよ。『幸運』って書いたスタンプを押してね。いやあ、懐かしいなあ。まだ覚えていてくれた人がいたんだ」
「譲っていただけませんか」
「いいですけど、ちょっと値は張りますよ」
エドさんは、今日の稼ぎを全部吐き出してチーズを買いました。
また、延々とペダルをこいで自分の家に戻ってきたエドさんは、門のところで、これまた外から帰ってきたらしい、パンを山ほど抱えたクロエさんと鉢合わせしました。
「どうしたんだい、そのパン」
「どうしたの? そのチーズ」
顔を見合わせた二人は、どちらからともなく笑い始めました。
「今晩の食事は決まりね」
「チーズ・フォンデュなら任せてくれないか。これでも……」
「あれって、けっこう繊細な料理なのよ。それに、そんな高価そうなチーズなら、芸術家が調理するべきね。飛び切りおいしいものをこしらえてあげるわ」
ふたりは仲良く家に入っていきました。
数日後、ミルさんに会ったエドさんは、この間の非礼を詫び、それにしてもあの本のお告げは役に立った、といいました。
怪訝な顔のミルさんに、こういう本だとエドさんが説明すると、大笑いされました。
「それって、この辺りの村を紹介した、いわば昔のガイドブックですよ。宿屋とか、特産品とか。だから、チーズのことも載っているし、『迷った時に開くべし』なんですよ」
それでもエドさんは思うのです。やはりあれは、神託だったんじゃないかと……。
- 関連記事
-
- エドさんと緑の森の家・3月18日
- エドさんと緑の森の家・3月11日
- エドさんと緑の森の家・3月4日
スポンサーサイト
もくじ
風渡涼一退魔行

もくじ
はじめにお読みください

もくじ
ゲーマー!(長編小説・連載中)

もくじ
5 死霊術師の瞳(連載中)

もくじ
鋼鉄少女伝説

もくじ
ホームズ・パロディ

もくじ
ミステリ・パロディ

もくじ
昔話シリーズ(掌編)

もくじ
カミラ&ヒース緊急治療院

もくじ
未分類

もくじ
リンク先紹介

もくじ
いただきもの

もくじ
ささげもの

もくじ
その他いろいろ

もくじ
自炊日記(ノンフィクション)

もくじ
SF狂歌

もくじ
ウォーゲーム歴史秘話

もくじ
ノイズ(連作ショートショート)

もくじ
不快(壊れた文章)

もくじ
映画の感想

もくじ
旅路より(掌編シリーズ)

もくじ
エンペドクレスかく語りき

もくじ
家(

もくじ
家(長編ホラー小説・不定期連載)

もくじ
懇願

もくじ
私家版 悪魔の手帖

もくじ
紅恵美と語るおすすめの本

もくじ
TRPG奮戦記

もくじ
焼肉屋ジョニィ

もくじ
睡眠時無呼吸日記

もくじ
ご意見など

もくじ
おすすめ小説

もくじ
X氏の日常

もくじ
読書日記

- ジャンル:[小説・文学]
- テーマ:[児童文学・童話・絵本]
~ Comment ~
Re: 矢端想さん
さて、どうでしょうねえ。ふふふふ(イヤらしい笑い)
ブログ巡回終わったら続きに取り掛かります。とはいっても今月分はすでにできてますが(^^;)
ブログ巡回終わったら続きに取り掛かります。とはいっても今月分はすでにできてますが(^^;)
Re: YUKAさん
しかし残酷無比な作者はこの愛し合う二人の前に恐るべき試練を……別に用意してません(笑)
Re: limeさん
そのうちどうしてクロエさんがここまで情緒不安定になっているかについても書きます。
たぶん……。
たぶん……。
おはようございます^^
いい話しだ~~
でも愛し合っている素敵な2人には、
神託がなくても幸せなのかもしれませんね^^
でも愛し合っている素敵な2人には、
神託がなくても幸せなのかもしれませんね^^
いいお話でした^^
確かにこれは信託ですね。
気のきいた神様です。
もう、ケンカしないでね、エドさん。
確かにこれは信託ですね。
気のきいた神様です。
もう、ケンカしないでね、エドさん。
~ Trackback ~
卜ラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
Re: るるさん
ちなみにわたしはコンピュータRPGに夢中になりすぎて睡眠バランスを崩してひどい目にあったことがあります。あれはつらい……。