「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと緑の森の家(童話掌編シリーズ・完結)
エドさんと緑の森の家・3月25日
「個展? きみの奥さんが?」
村の分校で校長を勤めるカランさんは、白のビショップの駒を取り落としそうになりました。驚くのも無理はないな、そうエドさんは思いました。
「妻は売り出し中の画家でして」
「それは知っていたけれど、ううん、個展とはねえ。いや、すごいな。あの若さで。で、これでどうだ。ルークとクイーンの両取りだ。少なくとも、ルークはいただきだな」
「いいですよ。チェックです」
エドさんはナイトを動かして王手をかけました。カランさんは、盤面を穴が開くほど眺めていましたが、やがて肩をがっくりと落としました。
「しまった。その手があったか。どこをどうやっても、あと三手で詰みだな。いや、すごいな。わたしもチェスには自信があったんだが、きみみたいに強い人は初めてだ。どうして、きみみたいな冴えている人が、便利屋をやっているんだね」
「人の秘密を暴いてまわる、探偵という職業が嫌になりまして、というか、向いていないことに気づきましてね。妻とめぐり会ったのを機に、足を洗おうと思いまして」
「惜しいな」
「なにがですか?」
「きみが、その知性を生かそうとしていないことがだ」
「そうおっしゃいますけれどね、便利屋は便利屋で、けっこう頭を使うものですよ。で、わたしを呼んだのはなぜですか? チェスの勝負でお金をもらえるのなら、それに越したことはないのですが」
「それなんだがね」
カランさんは身を乗り出しました。
「パートタイムの代用教員として、子供たちに、チェスを教えてやってくれないか」
「わたしがですか?」
エドさんは目をぱちぱちしました。
「この村でいちばんチェスが強いのは、エドくん、きみだからだ。なにせ、不敗のディフェンディングチャンピオンであるわたしを負かしたんだからな、黒で。週に一度、課外活動の時間を設けるから、そのときに頼みたいのだ。たしかきみは、『なんでもやります』の看板を掲げていたな。だったらやってくれなければ嘘だろう」
「まあいいですけど、わたしに教師なんかできますかねえ」
「できないはずがない。あのシャーロットを、大の数学好きにしたそうじゃないか。村でもさんざん、噂になったぞ」
「あれはわたしのせいでは」
「謙遜はしなくていい。帰りに書類を渡すから、よく読んでサインをしてくれ。できれば、来週からでも来て欲しいな。それはそうと、きみの奥さんの個展についても聞きたいのだが」
「来週だっていってました。本人は当日まで秘密にしておきたかったらしいですが、ストークス卿のかけてきた電話をわたしがうっかり取ってしまいまして」
「ストークス卿? ということは、パトロンというか、スポンサーが?」
「ストークス卿の新聞社、それと、ちょっとかかわりになった会社の社長が」
エドさんが企業名を挙げると、カランさんは何度もうなずきました。
「ああ、その話なら雑誌で読んだよ。そうか、あれにかかわっていたのはきみたちだったのか。それなら、話もわかる」
「でもですね……妻はまだ絵と格闘中でして。個展までの時間は迫るし気は焦るしというわけで、ちょっとナーバス気味になってましてね。それに、わたしのほうも……」
「きみがどうしたんだい?」
エドさんは大きくため息をつきました。
「来週の今日が個展の初日ですよ。カラン校長、なにか思い当たりませんか?」
カランさんはしばらく考えていましたが、ふいに、ぷっと吹き出しました。
「なんだと思ったら……きみ、そんなことで悩んでいたのか!」
「笑い事じゃありませんよ」
エドさんはむくれました。
「来週の今日といったら、四月一日ですよ! エイプリルフールですよ! 妻の個展といい、わたしの代用教員話といい、こんなうまい具合に話が転がっていくなんて、朝起きたら、なにもかもが夢になっている気がして、怖くて怖くて……」
と、いったとき、エドさんは、自分たちのベッドではっと目が覚めました。夢の話か、うつつの話か? まあ、完成して梱包を待つだけの絵と、テーブルの上にある、サインされた書類、それに隣ですやすや眠るクロエさんを見れば、夢かどうかなんてすぐに……。
村の分校で校長を勤めるカランさんは、白のビショップの駒を取り落としそうになりました。驚くのも無理はないな、そうエドさんは思いました。
「妻は売り出し中の画家でして」
「それは知っていたけれど、ううん、個展とはねえ。いや、すごいな。あの若さで。で、これでどうだ。ルークとクイーンの両取りだ。少なくとも、ルークはいただきだな」
「いいですよ。チェックです」
エドさんはナイトを動かして王手をかけました。カランさんは、盤面を穴が開くほど眺めていましたが、やがて肩をがっくりと落としました。
「しまった。その手があったか。どこをどうやっても、あと三手で詰みだな。いや、すごいな。わたしもチェスには自信があったんだが、きみみたいに強い人は初めてだ。どうして、きみみたいな冴えている人が、便利屋をやっているんだね」
「人の秘密を暴いてまわる、探偵という職業が嫌になりまして、というか、向いていないことに気づきましてね。妻とめぐり会ったのを機に、足を洗おうと思いまして」
「惜しいな」
「なにがですか?」
「きみが、その知性を生かそうとしていないことがだ」
「そうおっしゃいますけれどね、便利屋は便利屋で、けっこう頭を使うものですよ。で、わたしを呼んだのはなぜですか? チェスの勝負でお金をもらえるのなら、それに越したことはないのですが」
「それなんだがね」
カランさんは身を乗り出しました。
「パートタイムの代用教員として、子供たちに、チェスを教えてやってくれないか」
「わたしがですか?」
エドさんは目をぱちぱちしました。
「この村でいちばんチェスが強いのは、エドくん、きみだからだ。なにせ、不敗のディフェンディングチャンピオンであるわたしを負かしたんだからな、黒で。週に一度、課外活動の時間を設けるから、そのときに頼みたいのだ。たしかきみは、『なんでもやります』の看板を掲げていたな。だったらやってくれなければ嘘だろう」
「まあいいですけど、わたしに教師なんかできますかねえ」
「できないはずがない。あのシャーロットを、大の数学好きにしたそうじゃないか。村でもさんざん、噂になったぞ」
「あれはわたしのせいでは」
「謙遜はしなくていい。帰りに書類を渡すから、よく読んでサインをしてくれ。できれば、来週からでも来て欲しいな。それはそうと、きみの奥さんの個展についても聞きたいのだが」
「来週だっていってました。本人は当日まで秘密にしておきたかったらしいですが、ストークス卿のかけてきた電話をわたしがうっかり取ってしまいまして」
「ストークス卿? ということは、パトロンというか、スポンサーが?」
「ストークス卿の新聞社、それと、ちょっとかかわりになった会社の社長が」
エドさんが企業名を挙げると、カランさんは何度もうなずきました。
「ああ、その話なら雑誌で読んだよ。そうか、あれにかかわっていたのはきみたちだったのか。それなら、話もわかる」
「でもですね……妻はまだ絵と格闘中でして。個展までの時間は迫るし気は焦るしというわけで、ちょっとナーバス気味になってましてね。それに、わたしのほうも……」
「きみがどうしたんだい?」
エドさんは大きくため息をつきました。
「来週の今日が個展の初日ですよ。カラン校長、なにか思い当たりませんか?」
カランさんはしばらく考えていましたが、ふいに、ぷっと吹き出しました。
「なんだと思ったら……きみ、そんなことで悩んでいたのか!」
「笑い事じゃありませんよ」
エドさんはむくれました。
「来週の今日といったら、四月一日ですよ! エイプリルフールですよ! 妻の個展といい、わたしの代用教員話といい、こんなうまい具合に話が転がっていくなんて、朝起きたら、なにもかもが夢になっている気がして、怖くて怖くて……」
と、いったとき、エドさんは、自分たちのベッドではっと目が覚めました。夢の話か、うつつの話か? まあ、完成して梱包を待つだけの絵と、テーブルの上にある、サインされた書類、それに隣ですやすや眠るクロエさんを見れば、夢かどうかなんてすぐに……。
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~ Comment ~
Re: ミズマ。さん
さてどうなるか、明日が楽しみですね。ふっふっふっ。
まあ動物園のマントヒヒを題材に五時間もスケッチして、矢端想さんに「天才だ」といわれたクロエさんのことですからねえ……(^^)
まあ動物園のマントヒヒを題材に五時間もスケッチして、矢端想さんに「天才だ」といわれたクロエさんのことですからねえ……(^^)
クロエさんの個展、楽しみですね。
けれどもエイプリルフール、そして書き手はポールさん……一筋縄でいきますかどうか^^;
けれどもエイプリルフール、そして書き手はポールさん……一筋縄でいきますかどうか^^;
- #7535 ミズマ。
- URL
- 2012.03/26 07:48
- ▲EntryTop
ご来訪、ありがとうございます。
無許可でリンクを貼ったので、恐縮して、一旦解除しましたが、また貼らせていただきました。
ときどき勝手に覗いて足跡を残しますが、どうぞ、よしなに。
無許可でリンクを貼ったので、恐縮して、一旦解除しましたが、また貼らせていただきました。
ときどき勝手に覗いて足跡を残しますが、どうぞ、よしなに。
Re: 矢端想さん
「ペンは剣より」事件のストークス卿や、「画聖最後の名画」の神がかりの一流企業会長などと知り合いですからねえ。金持ちと知り合いになっておくと得だよなあ(^^;)
しかも「恋する針金細工」事件で、公衆の面前で高名な芸術家に作品を激賞されているもんなあ。
これで企画展が開けなければウソだ(^^)
待てよ。来週は四月一日……。
しかも「恋する針金細工」事件で、公衆の面前で高名な芸術家に作品を激賞されているもんなあ。
これで企画展が開けなければウソだ(^^)
待てよ。来週は四月一日……。
単に「個展」だけなら、場所さえ選ばなければ貸画廊で一週間十万円も出せば(最近は不景気でもっと安い?)内容がアレでも誰でもできますが、どうやらクロエさんの場合はパトロン付きの立派な企画展ですね。
すごいぞ!
すごいぞ!
まさかの夢オチか・・・とおもったら、単純にそれだけではないようですね。
少なくとも、クロエさんの個展は行われそうですね。
しかし、次回もこの続き?
あ、次の日曜は・・・。
少なくとも、クロエさんの個展は行われそうですね。
しかし、次回もこの続き?
あ、次の日曜は・・・。
Re: YUKAさん
それについては来週をお楽しみに(^^)
来月はこのネタだけで埋めることができる……わけがないよな、どう考えても(^^;)
来月はこのネタだけで埋めることができる……わけがないよな、どう考えても(^^;)
おはようございます^^
一瞬「あ!」とか思いましたが、今日はまだ3月でした~^^
大丈夫。夢じゃないですね^^
大丈夫。夢じゃないですね^^
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Re: ぴゆうさん
美術にはうといので徹底的に適当なことを書くことにしました。
それがリアリティを持って感じられればわたしの勝ち、ということで(笑)
ひとり暮らしについてはまだ慣れない所がありますが、とりあえず、アパートにいるときは飯は自分で作る、というところから始めております。詳しくは後で。