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    「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
    エドさんと緑の森の家(童話掌編シリーズ・完結)

    エドさんと緑の森の家・4月1日

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    「まさか、ほんとうにエイプリルフールじゃないでしょうね」

    「そうでないことを祈るよ」

     正装したクロエさんの横で、これまた正装したエドさんは、この画廊に次から次へと入ってくる人の列を見て、緊張のあまり身体がかちかちにこわばっていました。

    「それもこれも、あなたの人脈のおかげよ。ほら、もっと自然に」

    「人脈っていったって、人脈じゃ個展は開けないよ。きみの才能と作品があるから開けたんだ。気になっていたんだけど、いくつかの絵の横についている札はなんなんだい?」

    「骨董品収集が趣味だったらわかるでしょう。『売約済み』のしるしよ」

     エドさんはうなりました。

    「現代芸術は、さっぱりわからん」

    「でも、見ているうちに楽しくなるかもしれないから、ちょっと、そこらへんを歩いてきたらどうかしら? ここは、わたしひとりでもなんとかなると思うから」

    「そうさせてもらうよ」

     エドさんはぶらぶらとそこらへんを適当に見て歩きました。

     『囚われの自由なるマントヒヒ』なるタイトルの、色とさまざまな線の前でエドさんは立ち止まり、難しい表情になりました。

    『うーん、これ、二人で行った旅先で、立ち寄った動物園にいたマントヒヒを描いたんだろうな。うーん、どこがどうマントヒヒなのか、さっぱりわからん。しかも、これ、「売約済み」になっている。誰が買ったんだろう。やっぱり日本人あたりかなあ』

     いくら見てもわかりません。ちょっと横へ移ろうかと思ったとき、隣にいた老婦人が話しかけてきました。

    「あなたもこの絵がお気に入りに? すばらしい作品ですわね」

    「お恥ずかしいですが、現代芸術はまるでわからなくて。今もこれのどこがマントヒヒなんだろう、と思っていたところですよ」

     といって、エドさんは頭をかきました。

    「正直なかたですね」

     老婦人は微笑みました。

    「この作者にとって、頭に『マントヒヒ』の姿はあったとしても、それは単に『強烈な印象』の出発点にすぎません。そこからこみ上げてくる、心の動き、空気の変化、イメージの飛躍、そのようなものが心の中を疾走して行く様子がここに描かれています」

    「はあ……」

     エドさんは絵に目を移しました。

    「いわば、これらの絵は、動物の進化のようなものですよ。インスピレーションというひと粒の種が不毛の惑星に蒔かれ、それが無限の変奏曲を奏でながら、無数の多種多様な生物による生態系を形作っていく。面白いとは思いませんか? あなたが見ているのはただの一枚の絵ではなく、ひとつの歴史体系そのものだと考えれば」

    「そういう見かたもあるんですねえ……」

     エドさんは、あごをさすりました。そう思って見なおすと、だんだんと、エドさんにも、この絵が動き出しているかのように思えてくるのでした。引かれた一本の線、塗られた色のひとつひとつが、「ここではないどこか」につながっている。そんな感じがするのです。絵に招かれるままにエドさんが意識を向けると、いつの間にか、色たちがゆったりと過ごして線たちが笑いながら駆け回る、そんな世界にいることに気がつくのでした。あそこにいるのは、この前エドさんに話しかけてきた『青』でしょうか。エドさんは色たちがお茶を楽しんでいるテーブルに近寄り……。

     ぱん!

     手を打つ音にはっと我に帰ると、もとの画廊でエドさんは「マントヒヒ」の絵の前に立ち尽くしていたのでした。

    「面白いかた。でも、そこから先は、定命のものには立ち入り禁止の世界ですよ」

    「あな、あな、あなたは誰ですか」

     エドさんは老婦人を凝視しました。老婦人は微笑むと、そのままエドさんを置いて、ごった返す人の群れの中にまぎれて消えていってしまいました。もと探偵として、尾行することには熟練しているはずのエドさんも、老婦人がこの画廊のどこへ消えたか、まるで見当がつかないのでした。

    「あなた、その絵、そんなに気に入った?」

     いつものクロエさんの声に、エドさんはほっとして振り向きました。

    「いや、絵の観賞のしかたを教えてもらっていたんだ。きみの絵が、調和の取れた奥深い世界を描いていたことが、よくわかった」

    「あなたがそういってくれて嬉しいわ。ありがとう。で、その教えてくれた人は?」

    「オリンポスへでも帰ったんじゃないかな? もうかなりのお歳だったみたいだし……」


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    ~ Comment ~

    Re: limeさん

    こんな小説書いていてなんですが、わたしも現代芸術、よくわかりません(^^;)

    でもときどき、すごい、理屈はわからないがすごい、と思えるものに出くわすことがあります。

    それでいいんじゃないかなあ。
    • #7635 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2012.04/06 21:55 
    •  ▲EntryTop 

    エドさんが素直な人間だから、この老婦人と会話ができたんでしょうね。
    私も、現代芸術の鑑賞法をおしえてほしいです。

    先日、東京アートフェスティバルなるものがあって、ブログで拝見したんですが、いやあ、なんか、迷宮から抜け出せなくなりそうでした。

    実物を見に行ったら、エドさんのように、入ってはいけない領域に入ってしまいそうです。

    Re: 土屋マルさん

    作者としては芸術の神様のつもりです。(^^)

    厳しいけれど絶対に悪いかただとは思えません。

    希望的観測過ぎるかなあ。

    現代芸術にはとんと疎い私です(´・ω・`|||)

    ポールさん、こんばんは♪
    この老婆が一体どなただったのか、気になって仕方ありません~。
    芸術の神様のような存在なのかしら‥‥。
    それとも、クロエさんの絵の楽しみ方をエドさんに教えてあげるためにやってきた、夫婦のための神様でしょうか。
    いろんな風に想像できて、楽しいですね♪
    エドさんの、独特の台詞回しが、いつもとても楽しいです。
    好きだなあ、エドさん^^;

    Re: YUKAさん

    ムゥサさんとかミューズさんとかいわれているかたらしいです。

    紀元前からこの世にいらっしゃるとかで、かなりのお年なため、会うのは難しいかと……。(笑)

    こんにちは^^

    週に一度のお楽しみ、エドさんですね^^

    絵の鑑賞の仕方~~何だか素敵です^^
    現代美術がちんぷんかんぷんだったエドさんも
    これでまた、クロエさんとの共通話題が増えたでしょうか^^

    それにしても、老婆は誰だ~~
    私にも教えてほしいです(笑)
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