「ショートショート」
恋愛
わすれがたみ
ぼくは、なんということもないレストランのテーブルについて、頼んでいたなんということもないAランチが来るのを待っていた。
電車が来る前に果たして料理が来るだろうか、と不安になりかけたころ、ウェイトレスが皿の乗った盆を持ってきた。
ぼくは軽く頭を下げると、これから向かう先を思って、ため息をついた。
今日は碧の三回忌なのだ。
結婚生活三年目を待たずして、碧は事故で死んだ。見通しの悪いT字路から急に飛び出してきた三歳児を避けようとして、運転していた車が電柱と正面衝突したのだ。
それ以来、ぼくは人生の大事な部分にぽっかりと風穴を開けたまま生きているというわけだ。
ぼくは碧を忘れようとした。はるか遠方の会社に転職し、女と遊び、めったやたらに酒を飲んだ。妙にアルコールに強いたちだったぼくの胃袋のせいで、ぼくは営業部でどんどん出世してしまった。
碧のことはいくらか忘れられたかもしれないが、心の空虚は埋まらなかった。
そして三回忌。ぼくは碧と暮らしていた故郷へ、法事のために帰らなければならないのだ。
それにしても、碧は、ぼくの心の中の思い出のほかには、なにひとつ残してくれなかった。
ぼくは自嘲の笑いを洩らした。断捨離だかギタンジャリだか知らないが、変な本に影響された碧は、自分の過去につながるような品々を、ほとんどすべて捨て去ってしまった後だった。
努力して忘れられる思い出の数には限りがある。マヨネーズが大嫌いだったこととか、アイスクリームが大好きだったこととか、ミロの絵が大好きだったこととか、バスケットボールが大嫌いだったこととか、そういうことばかりを覚えているのだ。
そう。それ以外には、碧は、なにも……。
ぼんやりと考えながらフォークを口に運んだぼくは、変な味に、口に運んでいたものを紙ナプキンに吐きだした。
それはじゃがいもとにんじんをマヨネーズであえた、なんということもないポテトサラダだった。
なぜ、ポテトサラダが……。
そうか。
ともに暮らした二年ちょっとの間に、マヨネーズが大嫌いな碧の手料理に慣らされたぼくは、マヨネーズを受け付けない身体にされてしまったのだ。
それが、碧がぼくの身体に残した、たったひとつのわすれがたみなのだ。
ぼくは泣いた。声を上げて泣いた。なんということもないランチを前に滂沱の涙を流すぼくを、ウェイトレスが変なものを見るような目で眺めていた。
電車が来る前に果たして料理が来るだろうか、と不安になりかけたころ、ウェイトレスが皿の乗った盆を持ってきた。
ぼくは軽く頭を下げると、これから向かう先を思って、ため息をついた。
今日は碧の三回忌なのだ。
結婚生活三年目を待たずして、碧は事故で死んだ。見通しの悪いT字路から急に飛び出してきた三歳児を避けようとして、運転していた車が電柱と正面衝突したのだ。
それ以来、ぼくは人生の大事な部分にぽっかりと風穴を開けたまま生きているというわけだ。
ぼくは碧を忘れようとした。はるか遠方の会社に転職し、女と遊び、めったやたらに酒を飲んだ。妙にアルコールに強いたちだったぼくの胃袋のせいで、ぼくは営業部でどんどん出世してしまった。
碧のことはいくらか忘れられたかもしれないが、心の空虚は埋まらなかった。
そして三回忌。ぼくは碧と暮らしていた故郷へ、法事のために帰らなければならないのだ。
それにしても、碧は、ぼくの心の中の思い出のほかには、なにひとつ残してくれなかった。
ぼくは自嘲の笑いを洩らした。断捨離だかギタンジャリだか知らないが、変な本に影響された碧は、自分の過去につながるような品々を、ほとんどすべて捨て去ってしまった後だった。
努力して忘れられる思い出の数には限りがある。マヨネーズが大嫌いだったこととか、アイスクリームが大好きだったこととか、ミロの絵が大好きだったこととか、バスケットボールが大嫌いだったこととか、そういうことばかりを覚えているのだ。
そう。それ以外には、碧は、なにも……。
ぼんやりと考えながらフォークを口に運んだぼくは、変な味に、口に運んでいたものを紙ナプキンに吐きだした。
それはじゃがいもとにんじんをマヨネーズであえた、なんということもないポテトサラダだった。
なぜ、ポテトサラダが……。
そうか。
ともに暮らした二年ちょっとの間に、マヨネーズが大嫌いな碧の手料理に慣らされたぼくは、マヨネーズを受け付けない身体にされてしまったのだ。
それが、碧がぼくの身体に残した、たったひとつのわすれがたみなのだ。
ぼくは泣いた。声を上げて泣いた。なんということもないランチを前に滂沱の涙を流すぼくを、ウェイトレスが変なものを見るような目で眺めていた。
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Re: LandMさん
食べることのできないのが唯一の「家庭の味」の記憶だったら、それ以上悲惨なこともないですね……。
つくづく悲惨だなあ、この小説の主人公。
つくづく悲惨だなあ、この小説の主人公。
Re: Mellonさん
恋愛もので悲恋に終わらせるとちょっとモチベーションが下がります。
次はハッピーエンドにしたいです。
次はハッピーエンドにしたいです。
切ないですね。
記憶は風化しても、これからもずっと彼はマヨネーズ嫌いなのかと思うと‥‥
そして、それを思い出すたびに彼は「碧」さんを頭に浮かべるのかと思うと‥‥
マヨネーズでこんなに悲しい気持ちにさせるそのテクニック、どこに売っているんですかっ(笑)
記憶は風化しても、これからもずっと彼はマヨネーズ嫌いなのかと思うと‥‥
そして、それを思い出すたびに彼は「碧」さんを頭に浮かべるのかと思うと‥‥
マヨネーズでこんなに悲しい気持ちにさせるそのテクニック、どこに売っているんですかっ(笑)
- #7498 土屋マル
- URL
- 2012.03/23 21:42
- ▲EntryTop
人それぞれでモノでも捉え方が違いますよね。
それを教えてくれるような作品だと思います。
確かに料理店にしてもなんにしても・・・。
死んだ人には勝てないですからね。
それを教えてくれるような作品だと思います。
確かに料理店にしてもなんにしても・・・。
死んだ人には勝てないですからね。
- #7497 LandM
- URL
- 2012.03/23 17:18
- ▲EntryTop
Re: tokosantanさん
切ないですよねえ。
なんで食事どきのマヨネーズからこんな話になってしまったのか自分でも不思議であります。
なんで食事どきのマヨネーズからこんな話になってしまったのか自分でも不思議であります。
Re: YUKAさん
この切ない話が、夕食時ふと思いだした「そういえばミクシィの友達にマヨネーズが大嫌いだというやつがいたなあ」というなにげない記憶から、一気呵成に書いたものだとは誰も思うまい……。
ダジャレひとつでラブストーリーを書いたり、われながらいいかげんなやつであります(^^;)
ダジャレひとつでラブストーリーを書いたり、われながらいいかげんなやつであります(^^;)
Re: るるさん
けっこうわたし、ハッピーエンドの小説も書いていませんでしたっけ(^^;)
いないか(笑)
いないか(笑)
Re: limeさん
恋愛カテがウケる、となったら書いてしまうのが人情!(そうか?)
すみません調子に乗ると木に登ってしまうタイプで(^^;)
すみません調子に乗ると木に登ってしまうタイプで(^^;)
Re: ぴゆうさん
我ながらなにか悪いものでも食ったんですかねえ(^^;)
ちなみにわたしはマヨネーズは大好きです(^^)
ちなみにわたしはマヨネーズは大好きです(^^)
碧 はみどりと読むのかあおと読むのか……。
どちらにせよ……。
ポールさんたまにはハッピーエンドをくださいよう。
どちらにせよ……。
ポールさんたまにはハッピーエンドをくださいよう。
体に植えつけられた思い出、なのですね。
しみじみと、寂しい忘れ形見です。
恋愛カテが増えて行くと、ポールさんがちょっと心配^^;
しみじみと、寂しい忘れ形見です。
恋愛カテが増えて行くと、ポールさんがちょっと心配^^;
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Re: 土屋マルさん
ちなみにマヨネーズだったらそこらのスーパーかコンビニで(黙れ)