「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと緑の森の家(童話掌編シリーズ・完結)
エドさんと緑の森の家・4月15日
「この柵を直せばいいんですね」
エドさんは自転車に道具箱を載せ、その壊れた木の柵を眺めました。雇い主のケラーさんは、ギプスの巻かれた自分の右腕を、丸めた新聞で叩きながらうなずきました。
「深夜に自動車事故をやってしまってね。骨にひびさえ入っていなかったら自分で直すところなんだがなあ。仕事にも行けやしない」
「直すのはいいですけどね」
エドさんはいいました。
「もし、泥棒よけにしようと考えているんだったら、こんな柵なんか何の役にも立ちませんよ。金属製のフェンスなどを用意する必要があります」
ケラーさんは笑いました。
「この村に泥棒とはね! フェンスなんか張るくらいだったら、有刺鉄線と地雷を用意するさ。あいにくと、有刺鉄線を張るだけのお金はないし、雑貨屋では地雷が品切れだそうなんだ。だから、われわれ庶民は木の柵で我慢するしかない、ということだよ」
エドさんも笑いました。
「わかりました。できるだけ丁寧にやります。けっこう傷んでますが、午後を少し回ったころには終わるでしょう」
「よろしく頼むよ。それじゃ、失礼」
エドさんは、さっそく仕事に取り掛かりました。どうしてエドさんが木工の技術に詳しいかというと……いうまでもありませんね。
ひいきのサッカーチームの応援歌を鼻で歌いながら木材をのこぎりで切っていると、どこからか、げほんげほん、という音が聞こえてきました。エドさんはあたりを見回しましたが、咳き込んでいるような人はどこにもいません。気のせいか、とまた鼻歌を歌っていると、今度はさらに大きく咳き込む音が聞こえました。
エドさんはもう一度あたりを見回し、目をつぶって深呼吸するといいました。
「誰だか知りませんが、そんなにまずいですかね、わたしの鼻歌」
「内容が気に食わんのじゃ! それは街のサッカーチームの応援歌ではないか! ここに住んでいるからには、きちんと地元チームを応援せんかい!」
声の方向を見ると、柵のそばに生えている一本の老木でした。エドさんは肩をすくめるといいました。
「そう簡単にひいきのチームを変えたりしたら、かえってそのチームに失礼ですよ。なんでもよその国じゃ、自分の国の選手がトレードされると、応援するチームを変える人間がいるそうじゃないですか。わたしは、そういうのは、あまり好きじゃなくて……」
「なるほど。それも一理あるな。じゃあ、歌を別なものに変えてくれんかな。今日はこの家の坊ちゃんにとっても大事な日なんじゃ」
エドさんは、スペクタクル映画の行進曲を適当に歌いながら作業を続けました。
しばらく仕事を続けたあとで、エドさんはなんの気なしに尋ねました。
「しかし、この柵、自動車事故にしては、ずいぶんと派手に倒れていますね」
「それもそうじゃろう。わざとこの木の柵にこするように突っ込んだんじゃからな」
エドさんは思わず、自分の指をハンマーで打ちそうになりました。
「自分で? ケラーさんがですか?」
「ほかに誰がおるんじゃ」
エドさんの顔は厳しくなりました。自分でわざと自動車事故を起こすとなったら、考えられる理由はそう多くはありません。例えば、ひき逃げ事件を起こした後で、自分の車についた傷やへこみを自然なものに見せるために、わざとその傷やへこみの上からさらに傷をつけるとか……。
エドさんは首を振りました。ケラーさんはそんなことをする人ではない。証拠に基づかない人間の勘というものがいかに頼りにならないかはエドさんのよく知るところでしたが、それでも勘のほうを信じたいのでした。
「それで、そのまま帰ってきたの?」
クロエさんは、その後学校でチェスの指導を終えて帰ってきたエドさんから話を聞いて、心配そうに尋ねました。
「ああ。よく考えれば理由は明白だった」
「でも、わざと事故を起こしたんでしょう? 後ろ暗いものが……」
「小学生の視点に帰るんだね。すべては、ケラーさんのずる休みの口実だよ。あの家は、生えている木の一本に至るまでが、地元サッカーチームの熱狂的ファンなんだ」
クロエさんも理解したようでした。
「じゃあ、ケラーさんは試合を見に?」
「新聞のスポーツ欄には、ケラーという名前の新人選手も載っていたことだしね。おなかがすいたな、スープはないかい?」
エドさんは自転車に道具箱を載せ、その壊れた木の柵を眺めました。雇い主のケラーさんは、ギプスの巻かれた自分の右腕を、丸めた新聞で叩きながらうなずきました。
「深夜に自動車事故をやってしまってね。骨にひびさえ入っていなかったら自分で直すところなんだがなあ。仕事にも行けやしない」
「直すのはいいですけどね」
エドさんはいいました。
「もし、泥棒よけにしようと考えているんだったら、こんな柵なんか何の役にも立ちませんよ。金属製のフェンスなどを用意する必要があります」
ケラーさんは笑いました。
「この村に泥棒とはね! フェンスなんか張るくらいだったら、有刺鉄線と地雷を用意するさ。あいにくと、有刺鉄線を張るだけのお金はないし、雑貨屋では地雷が品切れだそうなんだ。だから、われわれ庶民は木の柵で我慢するしかない、ということだよ」
エドさんも笑いました。
「わかりました。できるだけ丁寧にやります。けっこう傷んでますが、午後を少し回ったころには終わるでしょう」
「よろしく頼むよ。それじゃ、失礼」
エドさんは、さっそく仕事に取り掛かりました。どうしてエドさんが木工の技術に詳しいかというと……いうまでもありませんね。
ひいきのサッカーチームの応援歌を鼻で歌いながら木材をのこぎりで切っていると、どこからか、げほんげほん、という音が聞こえてきました。エドさんはあたりを見回しましたが、咳き込んでいるような人はどこにもいません。気のせいか、とまた鼻歌を歌っていると、今度はさらに大きく咳き込む音が聞こえました。
エドさんはもう一度あたりを見回し、目をつぶって深呼吸するといいました。
「誰だか知りませんが、そんなにまずいですかね、わたしの鼻歌」
「内容が気に食わんのじゃ! それは街のサッカーチームの応援歌ではないか! ここに住んでいるからには、きちんと地元チームを応援せんかい!」
声の方向を見ると、柵のそばに生えている一本の老木でした。エドさんは肩をすくめるといいました。
「そう簡単にひいきのチームを変えたりしたら、かえってそのチームに失礼ですよ。なんでもよその国じゃ、自分の国の選手がトレードされると、応援するチームを変える人間がいるそうじゃないですか。わたしは、そういうのは、あまり好きじゃなくて……」
「なるほど。それも一理あるな。じゃあ、歌を別なものに変えてくれんかな。今日はこの家の坊ちゃんにとっても大事な日なんじゃ」
エドさんは、スペクタクル映画の行進曲を適当に歌いながら作業を続けました。
しばらく仕事を続けたあとで、エドさんはなんの気なしに尋ねました。
「しかし、この柵、自動車事故にしては、ずいぶんと派手に倒れていますね」
「それもそうじゃろう。わざとこの木の柵にこするように突っ込んだんじゃからな」
エドさんは思わず、自分の指をハンマーで打ちそうになりました。
「自分で? ケラーさんがですか?」
「ほかに誰がおるんじゃ」
エドさんの顔は厳しくなりました。自分でわざと自動車事故を起こすとなったら、考えられる理由はそう多くはありません。例えば、ひき逃げ事件を起こした後で、自分の車についた傷やへこみを自然なものに見せるために、わざとその傷やへこみの上からさらに傷をつけるとか……。
エドさんは首を振りました。ケラーさんはそんなことをする人ではない。証拠に基づかない人間の勘というものがいかに頼りにならないかはエドさんのよく知るところでしたが、それでも勘のほうを信じたいのでした。
「それで、そのまま帰ってきたの?」
クロエさんは、その後学校でチェスの指導を終えて帰ってきたエドさんから話を聞いて、心配そうに尋ねました。
「ああ。よく考えれば理由は明白だった」
「でも、わざと事故を起こしたんでしょう? 後ろ暗いものが……」
「小学生の視点に帰るんだね。すべては、ケラーさんのずる休みの口実だよ。あの家は、生えている木の一本に至るまでが、地元サッカーチームの熱狂的ファンなんだ」
クロエさんも理解したようでした。
「じゃあ、ケラーさんは試合を見に?」
「新聞のスポーツ欄には、ケラーという名前の新人選手も載っていたことだしね。おなかがすいたな、スープはないかい?」
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~ Comment ~
いい話ですなあ。ズル休みをするおっさんにも注ぐ愛情の眼差しを感じます。
> スペクタクル映画の行進曲
ズバリ、インディ・ジョーンズのテーマですやろ!?
「クワイ河マーチ」だったりして・・・。
「ジョニーが帰還する時」ということはないだろう・・・。
> スペクタクル映画の行進曲
ズバリ、インディ・ジョーンズのテーマですやろ!?
「クワイ河マーチ」だったりして・・・。
「ジョニーが帰還する時」ということはないだろう・・・。
Re: YUKAさん
しかも地元チームですからね。日本だったらJFLレベルの草の根チームでしょうが、それでも向こうの人は熱狂するからなあ(^^) 終わった後でファン同士が酒をがんがん飲んで、殴り合いのケンカして。実に健全ですなあ(どこが?(笑))
おはようございます^^
サッカー好きのサッカー熱は凄いですからね~~
それにしてもエドさん。
これだけ頻繁に出くわすと
人外生物とも、普通に会話できるようになりましたね^^
ちょっとやそっとのことでは驚かない^^
それにしてもエドさん。
これだけ頻繁に出くわすと
人外生物とも、普通に会話できるようになりましたね^^
ちょっとやそっとのことでは驚かない^^
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