「ショートショート」
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花びらの舞う中で
桜の花びらが、風に吹かれて舞う中で、ぼくは最愛の人を失った。
……それだけの話だ。
「デキ婚?」
「……長い交際の末にめでたく婚約までたどり着いた友人をつかまえてそれはないだろ」
居酒屋で生ビールのジョッキを手に、ぼくは苦笑いした。
「デキ婚には違いないだろ。安定期に入るまで、ふたりとも親にはなにもいわなかったそうじゃないか。計画的に陰謀を練ったぶん、普通のデキ婚より悪質だ。当私設裁判所は、お前に薬指を鎖でつないでの終身刑を宣告する」
そういうと友人はジョッキをぐっと干し、ぼくの肩を叩いた。
「いや、お前さんにしちゃ上出来だ。そうでもなければ、あの頑迷な病院長、お前の親父さんが許しゃしないだろう。で、予定日は?」
「そうだな……」
ぼくが答えようとしたとき、携帯が鳴った。
「もしもし。ぼくだ。……うん。うん。ちょっと待て! 予定日まではまだ! 早すぎる! うん。うん。すぐ行く」
ぼくの顔は真っ青になっていたらしい。
「おい?」
心配そうな声の友人に、ぼくはなんとか笑ってみせた。
「早産だそうだ。でも、心配はいらない。現代医学ではこういうときの対応もきっちり確立されているんだ」
母子ともに危険な状態になりかねないということは、友人には黙っておいた。
ぼくがタクシーで病院へ駆けつけると、父が難しい顔で待っていた。
「時乃は」
「今、華原医師が懸命にやっている。だが、かなり危険だ」
「まさか……」
「馬鹿なことをいうもんじゃない。お前と同じ内科だが、わたしも医者だ。それに、時乃さんは、わたしも母さんも気に入っている」
ぼくは自分を、自分の心を恥じた。
「電話では、母子ともに危険だと」
父はうなずいた。
「華原医師はベテランだ。任せておけばまず大丈夫だろう。だが、覚悟は決めておけ。妻をとるか、子供をとるか」
「そして、わたしが今こうしているわけね」
散り始めた桜の木の下で、時乃はいった。
「わたしがどちらを選ぶか、わからないあなたではないでしょう?」
「ぼくは」
ぼくは言葉に詰まりながらもいった。
「耐えられなかった。君のいない生活、君のいない世界、君のいない人生……」
「ごめんなさい」
時乃は、指から指輪を抜いた。
「あなたの知っているわたしは、もういないのよ。わたしが知っているあなたが、あの日を境にどこにもいなくなってしまったように」
もう一生、子供を産むことは望めない、そう聞かされたときと同じ瞳の色で、時乃はぼくに別れを告げた。
そして、桜の花びらが、風に吹かれて舞う中で、ぼくは最愛の人を永遠に失った。
……それだけの話だ。
……それだけの話だ。
「デキ婚?」
「……長い交際の末にめでたく婚約までたどり着いた友人をつかまえてそれはないだろ」
居酒屋で生ビールのジョッキを手に、ぼくは苦笑いした。
「デキ婚には違いないだろ。安定期に入るまで、ふたりとも親にはなにもいわなかったそうじゃないか。計画的に陰謀を練ったぶん、普通のデキ婚より悪質だ。当私設裁判所は、お前に薬指を鎖でつないでの終身刑を宣告する」
そういうと友人はジョッキをぐっと干し、ぼくの肩を叩いた。
「いや、お前さんにしちゃ上出来だ。そうでもなければ、あの頑迷な病院長、お前の親父さんが許しゃしないだろう。で、予定日は?」
「そうだな……」
ぼくが答えようとしたとき、携帯が鳴った。
「もしもし。ぼくだ。……うん。うん。ちょっと待て! 予定日まではまだ! 早すぎる! うん。うん。すぐ行く」
ぼくの顔は真っ青になっていたらしい。
「おい?」
心配そうな声の友人に、ぼくはなんとか笑ってみせた。
「早産だそうだ。でも、心配はいらない。現代医学ではこういうときの対応もきっちり確立されているんだ」
母子ともに危険な状態になりかねないということは、友人には黙っておいた。
ぼくがタクシーで病院へ駆けつけると、父が難しい顔で待っていた。
「時乃は」
「今、華原医師が懸命にやっている。だが、かなり危険だ」
「まさか……」
「馬鹿なことをいうもんじゃない。お前と同じ内科だが、わたしも医者だ。それに、時乃さんは、わたしも母さんも気に入っている」
ぼくは自分を、自分の心を恥じた。
「電話では、母子ともに危険だと」
父はうなずいた。
「華原医師はベテランだ。任せておけばまず大丈夫だろう。だが、覚悟は決めておけ。妻をとるか、子供をとるか」
「そして、わたしが今こうしているわけね」
散り始めた桜の木の下で、時乃はいった。
「わたしがどちらを選ぶか、わからないあなたではないでしょう?」
「ぼくは」
ぼくは言葉に詰まりながらもいった。
「耐えられなかった。君のいない生活、君のいない世界、君のいない人生……」
「ごめんなさい」
時乃は、指から指輪を抜いた。
「あなたの知っているわたしは、もういないのよ。わたしが知っているあなたが、あの日を境にどこにもいなくなってしまったように」
もう一生、子供を産むことは望めない、そう聞かされたときと同じ瞳の色で、時乃はぼくに別れを告げた。
そして、桜の花びらが、風に吹かれて舞う中で、ぼくは最愛の人を永遠に失った。
……それだけの話だ。
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Re: 矢端想さん
典型的な心のすれ違いですからねえ。
時乃さんの気持ちもわからないでもないですが……。
しかしそれにしてもあまり自分をいじめないでも(汗)
時乃さんの気持ちもわからないでもないですが……。
しかしそれにしてもあまり自分をいじめないでも(汗)
妻を選ぶのは当たり前!
時乃は頭では分っていても受け入れられなかった。
この話は天災や事故みたいなもので、誰が悪いわけでもない。
ポールさん、結婚生活も独身生活も、たいしてかわらないよ~。
学校通いでも会社通いでも病院通いでも自分がかわらないのと同じ。
(そんなこと言ってるから離〇が〇回・・・orz)
時乃は頭では分っていても受け入れられなかった。
この話は天災や事故みたいなもので、誰が悪いわけでもない。
ポールさん、結婚生活も独身生活も、たいしてかわらないよ~。
学校通いでも会社通いでも病院通いでも自分がかわらないのと同じ。
(そんなこと言ってるから離〇が〇回・・・orz)
Re: LandMさん
まあ独身生活をウン十年も続けると、結婚している自分を想像できない、というのもあります。いまだにリハビリ施設通いなもので……(^^;)
ちなみに私の姉も10年交際で結婚ですね。
長かったですね。。。
まあ。それは別に良いのですが。
18~28歳まで交際。
結婚。
人生はどこで区切りをつけるか。
迷いますよね。
長かったですね。。。
まあ。それは別に良いのですが。
18~28歳まで交際。
結婚。
人生はどこで区切りをつけるか。
迷いますよね。
- #7675 LandM
- URL
- 2012.04/11 17:48
- ▲EntryTop
Re: limeさん
時乃さんはよくわかっていると思います。
わかっていても、前と同じようには婚約者を見つめられないのです。どうしても。
そういうものなのではないかと思います。
わかっていても、前と同じようには婚約者を見つめられないのです。どうしても。
そういうものなのではないかと思います。
あああ、私のせいですね><
ごめん、時乃さん、「ぼく」。
でも、たしかにこれは、悲恋じゃなくて、悲劇のような・・・。
そして、時乃さんが間違ってるよ~。
「ぼく」の究極の愛がわからなかった、あなたが悪い。
もっと大人になって、いつか、気付いてね。
ごめん、時乃さん、「ぼく」。
でも、たしかにこれは、悲恋じゃなくて、悲劇のような・・・。
そして、時乃さんが間違ってるよ~。
「ぼく」の究極の愛がわからなかった、あなたが悪い。
もっと大人になって、いつか、気付いてね。
Re: YUKAさん
悲恋ものが読みたいというリクエストにお答えすべく書いていたら、悲恋ではなく「愛がぶっ壊れる瞬間」になってしまった(^^;)
悲恋ものというのはどう書けばいいんだー!(^^;)
悲恋ものというのはどう書けばいいんだー!(^^;)
- #7670 ポール・ブリッツ
- URL
- 2012.04/11 08:35
- ▲EntryTop
おはようございます^^
切ない。。。
これはある意味究極の選択ですね。
この女性の心理……わからないでもないけど。
複雑な感情を持っているのでしょうけど
その感情を抱けるのも生きているからで……。
あぁ、切ない。
これはある意味究極の選択ですね。
この女性の心理……わからないでもないけど。
複雑な感情を持っているのでしょうけど
その感情を抱けるのも生きているからで……。
あぁ、切ない。
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Re: レルバルさん