「ショートショート」
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    必要

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     おれはとぼとぼと、自分の住むアパートから歩み出た。段ボール箱を抱えていたのは、別に夜逃げするわけじゃない。箱の中には、重くて固い原稿用紙が山ほど入っていた。どれもこれも、おれが描いた漫画の原稿だった。

     何度出版社に持ち込んでも、ダメだった。ダメなままおれは三十路を越した。バイトで生計を立てながら、漫画を描いてはいたものの、ここらへんで覚悟を決めないと、おれは後戻りのできない身体になってしまう。

     というわけで、おれは資源ゴミの回収場所に、この古紙の束を持って行くのだった。箱の重さと、自分の惨めさに、涙が出そうになってきた。

     こんなものを、夜中に運んでいるなんて、傍から見たら不審人物もいいところだ。とはいえ、昼間に運ぶと、粗大ゴミとして料金を取られてしまうかもしれない。

     この大通りを渡れば、回収場所だ。

     おれはバカバカしくなってきた。この人生を賭けてきたことは、まったくの無駄だったのか。だとしたら、おれに生きている理由なんてないじゃないか。どうせ今から職を探そうとしても、この大不況の世の中では、先が見えていた。

     遠くに、こちらに向かってくる車のヘッドライトが見えた。どうやら大型トラックのようだ。

     ちょうどいい。

     おれは段ボール箱を抱えたまま、車道に足を踏み出した。

     どうせ生まれてくるのなら、今度こそ、おれと、おれの漫画が必要とされているところへ……。

     視界が真っ白になった。



     おれが気がついたときには、空には太陽が高く昇っていた。死にきれなかったのか。おれはぼんやりとした頭を振り、立ち上がった。

     見も知らぬ景色……いや、廃墟がそこには広がっていた。

     もとはビルだったのだろう巨大な残骸、爆撃かなにかで空いたとしか思えない穴、化石のようなコンクリートの間から生える、飴のように曲がった鉄骨……。

     地獄にいるんだな。おれはそう思った。

     周囲を見回すと、おれの原稿が詰まった段ボール箱があった。

     おれはそれを拾おうとした。

     槍のようなものが、おれのそばに突き立った。

     ぼろぼろの布きれをまとった、やせこけ、目だけをぎらぎらさせた子供や若者が、おれを取り囲んでいた。

    「言葉、わかるか」

     日本語だった。

    「わかるが……あんた、誰だよ」

    「このあたりを縄張りにしているものだ。お前は、何者だ」

    「えー、おれは……漫画家もどきの」

     フリーターです、と答える前に、

    「マンガ!」

     と叫んで、白髪の老人が、奥からよたよたとやってきた。

    「長老、マンガとは、なんですか?」

     老人は若者の問いに答えた。

    「この世の宝じゃ! あんた、マンガ、持っているのか!」

    「え、ええ、まあ。ボツ原稿ですけど」

    「出せ!」

    「そこの箱に入ってます」

     老人は、よたよたとしながらも、どこか血走った目で段ボール箱に駆け寄ると、腰に差していたナイフで、蓋を閉じていたガムテープを切り裂いた。

    「おお! マンガじゃ! マンガじゃ! みな来い、すごく面白いものがここにあるぞ!」

    「ほんとか、長老!」

     おれを取り囲んでいた集団が、ぞろぞろと段ボール箱のところへ集まってきた。おれは呆然と見ていることしかできなかった。

    「あはは、これ、走ってる。人が、走ってるぞ!」

    「見ろよこれ、殴ってる! おまえより強いんじゃないか?」

    「きれいな女! こんなすごい服、お前、見たことあるか?」

    「ない! それにしてもうまそうに食うなあこの男」

     笑っている。その場のみんなが、おれの描いた漫画を見て、楽しそうに笑っている。

     おれにとっては初めての体験だった。おれはがくりと膝をつき、泣いた。泣いた。泣いた。

     おれは漫画を描きはじめて以来、ついに、おれの漫画がウケている場面に遭遇したのだ。

    「化け物だ化け物だ!」

    「あはは、飛んでる。空を飛んでるよ!」

    「でっかい肉だ!」

     おれは、どうやら文字というものが読めないらしい若者や子供たちに、内容を読んで聞かせよう、と、立ち上がって一歩踏み出した。

     足が滑った。

     おれは後ろ向きに転び、後頭部を打ち、目の前に火花が散り……。



     気がついたときには、真夜中の歩道で大の字になって伸びていたのだった。

     おれのボツ原稿の山が入った段ボール箱は、どこにも見当たらなかった。

     そして。

     おれは、今でも漫画を描いている。売るためじゃない。編集者をぎゃふんといわせるためじゃない。人を感動させるためですらない。

     おれはただ、いつか……何十年後か再び行くだろうあの世界で、おれの漫画を心から楽しんでくれた連中と再会した時に、胸を張って見せられる漫画を描きたいだけなのだ。

     あれ以来、なぜだか、おれの作品を見てくれる編集者の返事が、好意的なものに変わってきた。

     どうしてだろう?

     わからないけれど、それはたぶん、おまけのようなものなんだろうと思う。

     きっと……。
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    ~ Comment ~

    Re: ダメ子さん

    でも、特定の誰かを、心の底から楽しませる、って、非常に難しいことじゃないかと思います。

    特に、それが迎合でなく普遍的ななにかだったら、わたしには、どう書けばいいのかもわかりません……。
    • #8226 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2012.06/05 20:18 
    •  ▲EntryTop 

    描きたいものを描いて売れる…
    なかなかうらやましい話です
    ターゲットの読者がはっきりしてるのが
    いいのかな?
    …とついこんな分析的なことを考えてしまう私は
    この主人公にはなれそうもないです

    Re: YUKAさん

    えー、いつも後味の悪い話ばかり書いている(笑)アマチュア物書きでございます(^^)

    この話には元ネタがあって、太平洋戦争の終戦直後、なんにもなくなった焼け跡で、とにかく何か売って食おう、と、印刷会社の人が焼け残りのごみを調べた。

    その中に、マンガの印刷物があった。売れるなら何でも売ろう、と、それを適当に、前後の順番も話のつながりもなにもかも無視して、とにかく本のようにして持って行ったところ、大人も子供も、

    「あっ、マンガだ!」

    とおおはしゃぎして、あっという間に売り切れてしまったそうな。

    どこかで読んで強く印象に残っている話ですが、どこで読んだかがわからないOTL

    おはようございます^^

    あの世だったのか、どこか別の世界だったのか。

    何を何のために描くか――
    彼はこれを機に何かを得たんでしょうね^^

    それがわかって、この世でも成功しそうな予感^^
    後味が良かった~^^

    Re: limeさん

    わたしも小学生のころにノートを破って描いたマンガの作品はみんな処分しました。

    きちんと処分しないといつ誰に見られるかわかったもんじゃない(笑)

    今回の話は、いい人情噺が書けたと思ったのにlimeさん以外誰もコメントしてくれなかったからちょっと悔しい(^^;)

    きっと「おれ」は、何の為に描くのかが、わかったんですねえ。
    きっと作品も変わりますね。
    しかし、あの人たちに、運よくまた会えるかが心配。

    マンガの原稿って、ほんと、かさ張るし重い。
    2年前、もし今自分が死んでしまった時に恥ずかしいから、マンガ原稿は処分しよう…と思いたち、ぜんぶ捨ててしまいました。捨てるのも一苦労^^;
    でもなんか、スッキリしたな~。

    ヤバイもんは描いてませんてば。
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