「ショートショート」
SF
時間よ止まれ
「知ってるだろう、ゼノンのパラドックス」
ふいに、悪友の、頭は切れるがどこかずれている性格のために、仲間内で「タイム・トラベラー(ウェルズの「タイム・マシン」を知っていたら、このネーミングの絶妙さがわかるだろう)」と呼ばれている男に声をかけられ、ぼくは戸惑った。
「なんだい、やぶからぼうに。俊足をもって鳴るアキレスは、のろまな亀に追いつけない、って、あれだろ」
「そう。哲学において本格的な時間論のはじまりともいえる、あれだ。亀の後ろ一メートルのところにアキレスを立たせ、用意ドンで駆けっこ開始。アキレスが亀のいたところにたどり着くまでには時間がかかる。だからそれまでに亀はいくらか前進している。そしてさらにアキレスが亀の前進したところにたどり着いたときには、さらに亀は前進している。これの繰り返しで、アキレスがいかに速く走れても、亀に追いつくことは不可能、という証明だ」
「でも、それは、アリストテレスが論破していたんじゃなかったっけ」
「そう。ゼノンのパラドックスの要点は、広がりを持たない点をいくつ集めようと、たとえ無限個集めようと、「量」にはならないし、有限の「量」をいくら分割しても、ユークリッドの定義するところの、広がりがなく位置だけを持つ「点」は作れない、ということだ。アリストテレスは、「無限」という言葉の使い方が間違っていて、無限というものは現実的に存在するものではなく、人間の行動により成立する可能的なものとして……おい。起きてるのか」
「起きてることは起きてるけど、あれから延々続く無限についての論争の歴史を追体験するのは嫌だ、というだけさ。カントールが出てきたらぼくにはついていけない」
「そこまで行かないさ。でも、無限論が面白くなるのはあそこからなのに、もったいない」
「早く本題に入ってくれ」
「時間を無限に分割したとき、残るのは無限小の幅を持つ『持続』だという議論については知ってるだろ」
「ベルクソンもいってたなそんなこと」
「もしそれが真実だとしたら、その幅はどれくらいのものだろう?」
「考えたこともなかったな」
「こう考えてみたんだが……それはあるひとつのまとまった『光景』というか、『意味』のかたまりのようなものじゃないのかな? 例えば、『投げる』という一語だけでは、『持続』の条件を満たすことはできないだろう」
「ハイデガーの日常言語分析みたいなことをいうのはやめてくれ。頭が痛い」
そう答えながらも、ぼくはなんともいえぬ不気味さを感じていた。こいつは、どこを目指そうとしているのだ?
「例えば、『投げる』には『ピッチャーが』とか『ボールを』とか『球場で』とかいったものが必然的にくっついてくる。そうすると、『持続』の幅はきみやぼくの一度に把握できる意味の総量、ということになるんじゃないか?」
「おい、きみは、きみは、時間の最小の幅はどのくらいだと思っているんだ?」
ぼくは怯えの混じった声で「タイム・トラベラー」に尋ねた。
「もう時間は止まっているかもしれないぜ」
「タイム・トラベラー」はにやりと笑った。
「ぼくの計算では、だいたいこの小説くらいの情報量なんだからな」
ぼくは
ふいに、悪友の、頭は切れるがどこかずれている性格のために、仲間内で「タイム・トラベラー(ウェルズの「タイム・マシン」を知っていたら、このネーミングの絶妙さがわかるだろう)」と呼ばれている男に声をかけられ、ぼくは戸惑った。
「なんだい、やぶからぼうに。俊足をもって鳴るアキレスは、のろまな亀に追いつけない、って、あれだろ」
「そう。哲学において本格的な時間論のはじまりともいえる、あれだ。亀の後ろ一メートルのところにアキレスを立たせ、用意ドンで駆けっこ開始。アキレスが亀のいたところにたどり着くまでには時間がかかる。だからそれまでに亀はいくらか前進している。そしてさらにアキレスが亀の前進したところにたどり着いたときには、さらに亀は前進している。これの繰り返しで、アキレスがいかに速く走れても、亀に追いつくことは不可能、という証明だ」
「でも、それは、アリストテレスが論破していたんじゃなかったっけ」
「そう。ゼノンのパラドックスの要点は、広がりを持たない点をいくつ集めようと、たとえ無限個集めようと、「量」にはならないし、有限の「量」をいくら分割しても、ユークリッドの定義するところの、広がりがなく位置だけを持つ「点」は作れない、ということだ。アリストテレスは、「無限」という言葉の使い方が間違っていて、無限というものは現実的に存在するものではなく、人間の行動により成立する可能的なものとして……おい。起きてるのか」
「起きてることは起きてるけど、あれから延々続く無限についての論争の歴史を追体験するのは嫌だ、というだけさ。カントールが出てきたらぼくにはついていけない」
「そこまで行かないさ。でも、無限論が面白くなるのはあそこからなのに、もったいない」
「早く本題に入ってくれ」
「時間を無限に分割したとき、残るのは無限小の幅を持つ『持続』だという議論については知ってるだろ」
「ベルクソンもいってたなそんなこと」
「もしそれが真実だとしたら、その幅はどれくらいのものだろう?」
「考えたこともなかったな」
「こう考えてみたんだが……それはあるひとつのまとまった『光景』というか、『意味』のかたまりのようなものじゃないのかな? 例えば、『投げる』という一語だけでは、『持続』の条件を満たすことはできないだろう」
「ハイデガーの日常言語分析みたいなことをいうのはやめてくれ。頭が痛い」
そう答えながらも、ぼくはなんともいえぬ不気味さを感じていた。こいつは、どこを目指そうとしているのだ?
「例えば、『投げる』には『ピッチャーが』とか『ボールを』とか『球場で』とかいったものが必然的にくっついてくる。そうすると、『持続』の幅はきみやぼくの一度に把握できる意味の総量、ということになるんじゃないか?」
「おい、きみは、きみは、時間の最小の幅はどのくらいだと思っているんだ?」
ぼくは怯えの混じった声で「タイム・トラベラー」に尋ねた。
「もう時間は止まっているかもしれないぜ」
「タイム・トラベラー」はにやりと笑った。
「ぼくの計算では、だいたいこの小説くらいの情報量なんだからな」
ぼくは
スポンサーサイト
もくじ
風渡涼一退魔行

もくじ
はじめにお読みください

もくじ
ゲーマー!(長編小説・連載中)

もくじ
5 死霊術師の瞳(連載中)

もくじ
鋼鉄少女伝説

もくじ
ホームズ・パロディ

もくじ
ミステリ・パロディ

もくじ
昔話シリーズ(掌編)

もくじ
カミラ&ヒース緊急治療院

もくじ
未分類

もくじ
リンク先紹介

もくじ
いただきもの

もくじ
ささげもの

もくじ
その他いろいろ

もくじ
自炊日記(ノンフィクション)

もくじ
SF狂歌

もくじ
ウォーゲーム歴史秘話

もくじ
ノイズ(連作ショートショート)

もくじ
不快(壊れた文章)

もくじ
映画の感想

もくじ
旅路より(掌編シリーズ)

もくじ
エンペドクレスかく語りき

もくじ
家(

もくじ
家(長編ホラー小説・不定期連載)

もくじ
懇願

もくじ
私家版 悪魔の手帖

もくじ
紅恵美と語るおすすめの本

もくじ
TRPG奮戦記

もくじ
焼肉屋ジョニィ

もくじ
睡眠時無呼吸日記

もくじ
ご意見など

もくじ
おすすめ小説

もくじ
X氏の日常

もくじ
読書日記

~ Comment ~
理系の私は
(1/2+1/4+1/8+…)t=t
と理解していますです
最小時間はプランク時間という話を聞いたことがありましたが
ウィキペディア見たらそれも否定されたみたいでした
最近の哲学は何を目指してるのかさえさっぱりですw
(1/2+1/4+1/8+…)t=t
と理解していますです
最小時間はプランク時間という話を聞いたことがありましたが
ウィキペディア見たらそれも否定されたみたいでした
最近の哲学は何を目指してるのかさえさっぱりですw
- #8235 ダメ子
- URL
- 2012.06/06 20:13
- ▲EntryTop
Re: YUKAさん
うーん、思いつきません。(汗)
やっぱりショートショートじゃ無理だったかなこのネタ。
でもショートショートでしか使えないんだよなこのネタ。(^^;)
やっぱりショートショートじゃ無理だったかなこのネタ。
でもショートショートでしか使えないんだよなこのネタ。(^^;)
- #8091 ポール・ブリッツ
- URL
- 2012.05/22 12:55
- ▲EntryTop
くらくらしてきました(@_@)
わたしもなんとな~~く組ですが、理解したい欲求も(笑)
脳みそがついていかない^^;;
どこかに上手いたとえ話は転がってないものか(@_@)
わたしもなんとな~~く組ですが、理解したい欲求も(笑)
脳みそがついていかない^^;;
どこかに上手いたとえ話は転がってないものか(@_@)
Re: LandMさん
そこを語ろうとするとアリストテレスからウィトゲンシュタインまでずーっと語らなくてはいけなくなるうえ、哲学と数学や物理学との認識の差が出てくるのでわたしの脳味噌もパンクしてしまい……。
よくこんな恐ろしい学問を修めようだなんて思ったなわたし。若いってことは、怖いもの知らずだなあ……(^^;)
よくこんな恐ろしい学問を修めようだなんて思ったなわたし。若いってことは、怖いもの知らずだなあ……(^^;)
Re: ミズマ。さん
哲学科くずれなので、どうしてもマジで時間を止めようとするとこういう話になってしまいます。
これなんかまだいいほうで、ジョン・マクタガートという哲学者は、「時間は実在しない」ことを証明してしまいました(ウソではない)。これによって時間論は常人には理解できないような世界に入ってしまい、わたしみたいなドロップアウト組は、新書の入門書『時間は実在するか』(入不二基義・講談社現代新書)すらも理解できなくて頭がウニのようになってしまいました。
向こうはかなりわかりやすく書いたのでしょうが、哲学書を読むたび、複雑なことは複雑にしか書けない、ということを毎回のように学ばされていますとほほほ。
これなんかまだいいほうで、ジョン・マクタガートという哲学者は、「時間は実在しない」ことを証明してしまいました(ウソではない)。これによって時間論は常人には理解できないような世界に入ってしまい、わたしみたいなドロップアウト組は、新書の入門書『時間は実在するか』(入不二基義・講談社現代新書)すらも理解できなくて頭がウニのようになってしまいました。
向こうはかなりわかりやすく書いたのでしょうが、哲学書を読むたび、複雑なことは複雑にしか書けない、ということを毎回のように学ばされていますとほほほ。
むむむむ!!
ミズマさんではないですけどね。
理解が難しい!!
いや、言っていることはなんとなく分かるのですが。
点はいくつになっても点であって、線にならない・・・というのが利点に叶っていて良いなあ・・と頭の悪い感想ですいません、、、、。。。
ミズマさんではないですけどね。
理解が難しい!!
いや、言っていることはなんとなく分かるのですが。
点はいくつになっても点であって、線にならない・・・というのが利点に叶っていて良いなあ・・と頭の悪い感想ですいません、、、、。。。
- #8007 LandM(才条 蓮)
- URL
- 2012.05/13 19:02
- ▲EntryTop
うぅ、頭が痛い…!
ポールさんの本気についていくには、私には理解力が足りないことがここに証明されました……。
いや、なんとなくは分かるんですよ! なんとなーくは!
ただ、この題材はショートショートではなくて、長編のなかに組み込んで、じっくり見せた方がいい気がしますね。
もったいないたぁ。
ポールさんの本気についていくには、私には理解力が足りないことがここに証明されました……。
いや、なんとなくは分かるんですよ! なんとなーくは!
ただ、この題材はショートショートではなくて、長編のなかに組み込んで、じっくり見せた方がいい気がしますね。
もったいないたぁ。
- #8005 ミズマ。
- URL
- 2012.05/13 10:26
- ▲EntryTop
~ Trackback ~
卜ラックバックURL
⇒
⇒この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
Re: ダメ子さん
岩波文庫で訳されたその本を読んでいて、5パーセントほど共感して、3パーセントほど反感を覚え、残りの92パーセントはなにをいっているのかわかりませんでした。
わたしにしては頑張ったと思います(^^;)