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    趣喜堂茶事奇譚(うんちく小説シリーズ)

    趣喜堂茶事奇譚/十四分の海難(その2)

     ←趣喜堂茶事奇譚/十四分の海難(その1) →ぴゆうさんご復帰記念創作落語!
     ぼくはほっ、と息をついてページを閉じた。

    「どうだったかね?」

    「なんの変哲もない商船が沈むだけの話でした」

     ぼくは北海の風のごとく冷たく辛く、ほんのり甘いジンジャーエールの最後の一滴を飲み干し、グラスを置いた。

    「それなのに、どうしてこんなにサスペンスフルに描けるんですか! たった十四分のことなのに! 前段階を入れても十七分ですよ!」

    「面白かったかな?」

    「それはもう、むちゃくちゃ面白かったです」

     ぼくは心からいった。そう、ページをめくっている間、ぼくは英国商船ライカミーディズ号と一体となり、乗組員たちのひとりひとりと、彼らの愚行と狼狽とを、いわばダイレクトに肌で感じていたのだ。

    「骨太の冒険小説は、やっぱりいいですね。このドライなジンジャーエールとともに読むと、それだけでもう、別世界にいるような気がします」

     ぼくはページをぱらぱらとめくった。

    「ヒーローが不在なのもいいですね。登場人物が、多かれ少なかれ、基本的に判断ミスを犯す生身の人間として描かれているから、それだけでリアリティが出る。普通だったらこいつ生き残るだろ、と思えるような人間まで殺してしまうのが非情でぞくぞくします。誰が死んで誰が生き残るのかわからない」

     ぼくは名残惜しげに本をテーブルに置いた。

    「『女王陛下のユリシーズ号』に匹敵する、海の男へのレクイエムだと思います」

    「ユリシーズ号と比べられるのはキャリスンにとっても名誉だろうね。なにしろ、処女作の『幽霊船団』で、マクリーンに激賞されて第一線に出てきた人だからな」

    「もしかしたら、『ユリシーズ号』に対するオマージュとして書かれたのかもしれませんね、この本」

     ぼくはそういって、表紙絵を愛おしくなでた。

    「もちろん、あっちは第二次大戦中で、こっちは一九八〇年代。あっちは巡洋艦で、こっちはただの商船。あっちは厚くて、こっちは薄い。合う酒も違うでしょう。それでいて、読後感に似たものを感じます」

    「面白い見かただね。そういう読み方もあるとは、なかなか勉強になった」

     ぼくは苦笑した。

    「博士にそういわれると面映いですよ……ととと、もう二時間半も経っていたのか。飯はここで食っていこう。舞ちゃん! エビピラフにハンバーグ!」

     頼んでから、ぼくは井森のことを思い出した。

    「おい、井森?」

    「さぶい……さ、ぶい……」

     奥歯をがちがち鳴らしながら、それでも取りつかれたようにページを繰っている井森を不審そうに見たぼくは、舞ちゃんに尋ねた。

    「井森に、なにを読ませたの?」

    「漫画ですよ。石塚真一先生の、『岳』」

     井森はその夜カゼをひいたそうだ。まったく影響されやすい男だ。

     そしてぼくの就活は……いわないでおこう。このご時世、文学部はつらいのだ。

    (この項おわり)
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    Re: limeさん

    むしろ一種の群像劇ですね。

    誰が生き残れるかわからないのが無上のスリルとサスペンスを生み出しております。

    キャリスンは何冊か読みましたが、ちと心に響くものがなく、敬遠しておりました。しかし、この本がやたらと面白かったということは、キャリスンの渋さががわかる齢になったということでしょうかなあげふげふ(じじい)
    • #8099 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2012.05/23 05:53 
    •  ▲EntryTop 

    14分かけて船が沈むだけの小説・・・って、なんかすごいですね。
    ひたすら描写なのか、ヒューマンドラマなのか。

    知識の浅い私は、船が沈むと言うとタイタニックしか思い浮かばないのですが。
    でも映画のあれは、恋愛ものですよね、どっちかっていうと。
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