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    「ショートショート」
    ファンタジー

    ティッシュペーパー

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    「おい」

     街中を歩いていたおれは、急に誰かに右腕をつかまれた。

     振り向くと、そこには、ちんちくりんの、真っ黒い服を着た男が立っていた。

    「なにか……」

    「厚川正志。これまでの人生で、善になることも悪になることもやってこなかった男」

     おれはむっとした。

    「なんだよ」

    「『汚名もなく譽もなく
     世を送つたものらの悲しい魂が
     この慘めな状をつゞける。
     神に逆ひしにもあらず、また
     忠なりしにもあらず、只己のことを圖りし
     天使の卑しい一團が彼等に混つてゐる。
     天は美を減ぜざらんため彼等を逐ひ
     深き地獄は罪人等のこれによつて
     誇ることなきやう、彼等を受けない』

     まあそういうことだ。君は行き場がないわけだ」

    「変なことをいうなよ」

     おれはそいつの手を振りほどこうとしたが、無駄だった。

    「まあいい。実はそうした有象無象が『裸で、そこにゐた蝱や大黄蜂に甚だしく刺されて』いるような場所も、満杯になってしまい、天国か地獄かに引き取ってもらって、処分しなくてはならなくなってしまったのだよ」

    「なんだよさっきから。まるで人を死人かなにかみたいに」

    「君は死んだのだ。振り返ってみろ。『人間でない、嘗ては人間であつた』、ものがそこに転がっているからな」

     男はおごそかにいった。

     おれが振り返ると、喫茶店のオープンテラス席でおれが突っ伏していた。人は異常に気付いた様子もない。

    「な、なんだよこれ」

    「チャンスをやる」

     男はささやくようにおれにいった。

    「この世でいちばんつまらないものは、なんだと思う?」

    「へ? えーと、ティッシュ。ティッシュペーパーかな」

     おれは思いつくまま適当に答えた。

    「よかろう。お前は、ティッシュペーパーになる」

    「は?」

    「善行をなすも悪行をなすも、天国に昇るも地獄に落ちるも、おまえ次第だ。安心しろ。地獄に落ちるときは、このアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック伯爵がじきじきに渡し守に紹介してやる」

     そ、そんな、という余裕もなかった。

     はっと気がついたときにはおれはバイトであろうお姉ちゃんの配る、袋入りティッシュペーパーのひとつとなっていた。

     ティッシュペーパーがいったいどんな善行を積むというんだ。この世で一番無力な存在じゃないのか。たいてい、鼻血を止めるのに鼻に突っ込まれるか、鼻をかまれるか痰を吐かれるか、あるいは……おれはぞっとした。ちょっとその可能性は考えたくなかった。

    「駅前に本県最大規模のパチスロがオープンしましたあ! どうぞいらっしゃってくださーい!」

     おれは暗澹とした気分になった。よりによってパチンコか。もしおれを受け取った人間が、パチンコ屋に入って、パチンコにハマって、ギャンブル中毒になって転落と破滅の人生を送ることになったら……。

     地獄行きは確定だろう。

     おれは神様に祈った。ついでに、あのロートレックの野郎にも祈った。人を地獄に突き落として喜ぶ趣味はありません! ありませんから、どうか、お慈悲を!

     そのときだった。

     がらがらどしゃん、という音がした。なんの音だろう?

    「アーちゃん!」

     馬鹿でかい声が聞こえた。ついで、幼児の鳴き声……。

     自分が持ち上げられるのがわかった。走る音も。

    「早く! その手を!」

     さっきまでパチスロ屋の宣伝をしていたお姉ちゃんの声とは思えないしっかりした声だった。ビニールがびりっとめくられ、おれはつかまれて……塩辛い血の味をいっぱいに吸った。

    「押さえていてください。絶対に離しちゃいけません。止血は、出血場所を手で思い切り押さえるのが基本なんです」

     おれは血を吸った。血のにおいと味に、精神がくらくらしそうだった。しかし、ここで、おれが破けたりでもしたら、おれはおれの役目を果たせないことになってしまう。おれはひたすらがんばった。遠くから、救急車のサイレンが聞こえてきた。

     ほっとしたのか、おれは気が遠くなり……。

     喫茶店のオープンテラスで目を覚ました。

     救急車のサイレンはまだ鳴っている。

     なにが起こったかは明白だった。トラックから派手にガラスの積み荷がこぼれ落ち、ナイフのようにとがったそれが、通りがかりの幼児を傷つけたらしい。血まみれの、パチンコ屋の制服を着た、ちょっとかわいい娘が、蒼ざめた顔色で、救急隊員に事情を説明していた。

     おれは善行を積んだのか? 一瞬、そう思ったが、でも、善行を積んだのは、おれじゃなくてあの娘のほうだろう。

     やっぱりおれは、なにもできない人間なのか。

     いや。

     おれは自販機でミネラルウォーターのペットボトルを買うと、ある決意を持って歩き出した。

     支給された制服を血で汚し、配りもののティッシュのいくつかを血で使い物にならなくしたことで、あの娘は店からクビにされるかもしれない。もしそうだとしたら、おれのやることは。

     救急隊員と救急車が去り、ほっと息をついたその娘に、おれは話しかけた。

    「あ、あの、おれ、動けませんでした。その、勇気のある人なんですね。あのその、よければ、ミネラルウォーター、いかがです?」

     その娘は、おれのことを、なにか珍妙なものでも眺めるかのようにしていたが、それでもペットボトルを受け取ってくれた。

     それから三ヶ月。あの娘と腕を組んで街を歩くおれは、ふと思った。

     もしかしたら、天国も地獄も、気の持ちようじゃないかな、と。

     そうだとしたら、おれは今、天国にいるといっていいんじゃないかな、と……。
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    ~ Comment ~

    Re: ダメ子さん

    願望小説ですから。(←そういう問題じゃないだろう(笑))

    何たる棚ぼた…

    Re: living stereoさん

    こちらこそよろしくお願いします。

    あの絵本いいですね~(^^)

    いつも、コメント有難うございます。
    総合リンクお願いします。

    Re: 面白半分さん

    面白半分さんがたぶん考えているだろうふたつの嫌な可能性のうち、より嫌なほうです(笑)
    • #8294 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2012.06/12 21:49 
    •  ▲EntryTop 

    ぞっとした、考えたくなかった可能性とは?
    いや、別に答えなくともいいです・・・

    Re: 黄輪さん

    いつもいつも陰々滅々とした話ばかりだと気が滅入って(^_^;)

    まあバランスですね。

    明日は皆様からの罵詈雑言を覚悟した昔話行きます。
    • #8292 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2012.06/12 21:03 
    •  ▲EntryTop 

    Re: 矢端想さん

    後味をよくしようとするとどうしてもこういうオチになってしまうんですよ。σ(^_^;

    また、デッドエンド路線、行きますか?(笑)
    • #8291 ポール・ブリッツ 
    • URL 
    • 2012.06/12 20:58 
    •  ▲EntryTop 

    一瞬、また救いようのないルートかなとも思いましたが、
    いい意味で裏切られました。

    No title

    な~んだ。またこういう話かw
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