「エドさんとふしぎな毎日(童話)」
エドさんと緑の森の家(童話掌編シリーズ・完結)
エドさんと緑の森の家・6月17日
「いいかい、便利屋さん。ぼくは作る人、きみは食べる人だ。わかるね?」
「ええ、わかっています。しかし、味見、というのは、ご自身でやるべきものでは?」
村に二軒ある料理店で、まったくはやらないほうの店の主である、ヒューイット青年は首を横に振りました。
「誰か、冷静な人に食べてもらわないと、正しい評価というものは得られないものなんだ。いいかい。もしも、おいしくなかったら、おいしくないといってくれ」
「わかりました。お力になれるかどうかはわかりませんが、最善は尽くします」
ヒューイット青年は、テーブルについたエドさんを残すと厨房へ向かいました。
『よさそうな店じゃないか。今度、妻を連れていっしょに来たいものだな』
しばらくして、前菜が運ばれてきました。ひとつひとつが美しく仕上がり、まるでおとぎの国にいるかのようです。
エドさんは、とりあえず、そのひとつを食べてみることにしました。緑色の野菜を、かすかな橙色を帯びた透明なゼリーで包んだもので、まるで雨あがりの夕焼けを切り取ってきたような料理です。
「うまい!」
ひと口食べて、エドさんは叫びました。さらにほめ言葉を続けようとして、エドさんは、ヒューイット青年が重苦しい顔をしているのに気がつきました。
「あの、ヒューイットさん?」
「便利屋さん、ぼくが聞きたいのは、お世辞や追従じゃないんだ。冷静な批評なんだ。お願いだ、ほんとのことをいってくれ」
エドさんは目をぱちくりさせました。
「え、うまいものはうまいとしか……だってこの前菜、甘さと塩味と、そして野菜のほろ苦さが絶妙で……」
「便利屋さん、おいしくないなら、素直においしくない、といってくれ、といったのに……もういい。スープを持ってくる」
厨房へ引き上げていった青年を見て、エドさんは、どうしてこの店がはやらないのかわかった気がしました。やってきたお客さんというお客さんが、横で沈んだ顔をしたシェフ本人に、『これがおいしいはずがない』などとぶつぶついわれたら、たいていは二度と店にやってはこないでしょう。
『えらいところに来ちゃったなあ……』
エドさんは、どれもこれも実に食欲をそそる前菜を、ひとつひとつ口に入れて、精妙な味を味わいつつ考えました。
『おいしい、といったら、嘘をついているんだ、といわれる。まずい、といったら、ぼくの料理はやっぱりまずいんだ、と来るだろうなあ。どうすれば満足するんだろう?』
エドさんはなにか、このどこか気の毒な青年に自信を持たせる方法はないかと考えましたが、頭が働いてくれません。それよりも、前菜のあまりのおいしさに、お腹は次の料理を待ちわびてきゅうきゅういっています。
「スープです」
エドさんはエメラルドのような、深い緑色のスープを見て、なるほど、と思いました。
「ヒューイットさん。今食べているコースのテーマは、『初夏の緑』ですか?」
青年はスープ皿を取り落としそうになりました。エドさんはすばやく、皿からその貴重な液体がこぼれないように受け止めました。
「スープを配った時点で気づかれてしまうなんて……だめだ、料理人として失格だ!」
エドさんはほとほと困り果てました。
そのとき、開いた換気口から、なにかが飛び込んできました。そのなにかは、スープ皿に飛び乗ると、スープをすすり始めました。
「こら! グレン! お行儀が悪いぞ!」
グレンを叱ったエドさんでしたが、グレンはスープ皿から離れようとしません。ヒューイット青年は呆然とそれを見ていました。エドさんは、はっとひらめきました。
「このグレンが、嘘や追従をいえると思いますか? 妖精は正直なんですよ!」
正装したエドさんとクロエさん、それに正装とは縁のないグレンは、料理店のテーブルで料理が来るのを待っていました。
「あなた、この店、高いんでしょう?」
「大丈夫。今日は、グレンのおごりだ」
自信を得て、これまでの閑古鳥が嘘のような繁盛ぶりを見せているヒューイット青年の店には、でかでかと『小妖精グレン様推薦の店』という看板が掲げられているのでした。
「それにしても、惜しかったなあ……」
「なにが?」
「あの緑色のスープだよ。全部グレンに飲まれて、どんな味なのかまったくの謎だ」
エドさんはぼやきました。
「いちばんうまそうだったのに……」
「ええ、わかっています。しかし、味見、というのは、ご自身でやるべきものでは?」
村に二軒ある料理店で、まったくはやらないほうの店の主である、ヒューイット青年は首を横に振りました。
「誰か、冷静な人に食べてもらわないと、正しい評価というものは得られないものなんだ。いいかい。もしも、おいしくなかったら、おいしくないといってくれ」
「わかりました。お力になれるかどうかはわかりませんが、最善は尽くします」
ヒューイット青年は、テーブルについたエドさんを残すと厨房へ向かいました。
『よさそうな店じゃないか。今度、妻を連れていっしょに来たいものだな』
しばらくして、前菜が運ばれてきました。ひとつひとつが美しく仕上がり、まるでおとぎの国にいるかのようです。
エドさんは、とりあえず、そのひとつを食べてみることにしました。緑色の野菜を、かすかな橙色を帯びた透明なゼリーで包んだもので、まるで雨あがりの夕焼けを切り取ってきたような料理です。
「うまい!」
ひと口食べて、エドさんは叫びました。さらにほめ言葉を続けようとして、エドさんは、ヒューイット青年が重苦しい顔をしているのに気がつきました。
「あの、ヒューイットさん?」
「便利屋さん、ぼくが聞きたいのは、お世辞や追従じゃないんだ。冷静な批評なんだ。お願いだ、ほんとのことをいってくれ」
エドさんは目をぱちくりさせました。
「え、うまいものはうまいとしか……だってこの前菜、甘さと塩味と、そして野菜のほろ苦さが絶妙で……」
「便利屋さん、おいしくないなら、素直においしくない、といってくれ、といったのに……もういい。スープを持ってくる」
厨房へ引き上げていった青年を見て、エドさんは、どうしてこの店がはやらないのかわかった気がしました。やってきたお客さんというお客さんが、横で沈んだ顔をしたシェフ本人に、『これがおいしいはずがない』などとぶつぶついわれたら、たいていは二度と店にやってはこないでしょう。
『えらいところに来ちゃったなあ……』
エドさんは、どれもこれも実に食欲をそそる前菜を、ひとつひとつ口に入れて、精妙な味を味わいつつ考えました。
『おいしい、といったら、嘘をついているんだ、といわれる。まずい、といったら、ぼくの料理はやっぱりまずいんだ、と来るだろうなあ。どうすれば満足するんだろう?』
エドさんはなにか、このどこか気の毒な青年に自信を持たせる方法はないかと考えましたが、頭が働いてくれません。それよりも、前菜のあまりのおいしさに、お腹は次の料理を待ちわびてきゅうきゅういっています。
「スープです」
エドさんはエメラルドのような、深い緑色のスープを見て、なるほど、と思いました。
「ヒューイットさん。今食べているコースのテーマは、『初夏の緑』ですか?」
青年はスープ皿を取り落としそうになりました。エドさんはすばやく、皿からその貴重な液体がこぼれないように受け止めました。
「スープを配った時点で気づかれてしまうなんて……だめだ、料理人として失格だ!」
エドさんはほとほと困り果てました。
そのとき、開いた換気口から、なにかが飛び込んできました。そのなにかは、スープ皿に飛び乗ると、スープをすすり始めました。
「こら! グレン! お行儀が悪いぞ!」
グレンを叱ったエドさんでしたが、グレンはスープ皿から離れようとしません。ヒューイット青年は呆然とそれを見ていました。エドさんは、はっとひらめきました。
「このグレンが、嘘や追従をいえると思いますか? 妖精は正直なんですよ!」
正装したエドさんとクロエさん、それに正装とは縁のないグレンは、料理店のテーブルで料理が来るのを待っていました。
「あなた、この店、高いんでしょう?」
「大丈夫。今日は、グレンのおごりだ」
自信を得て、これまでの閑古鳥が嘘のような繁盛ぶりを見せているヒューイット青年の店には、でかでかと『小妖精グレン様推薦の店』という看板が掲げられているのでした。
「それにしても、惜しかったなあ……」
「なにが?」
「あの緑色のスープだよ。全部グレンに飲まれて、どんな味なのかまったくの謎だ」
エドさんはぼやきました。
「いちばんうまそうだったのに……」
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~ Comment ~
Re: レルバルさん
ちょい役で終わらせるつもりが居着いてしまって(^_^;)
これもエドさんの人徳ですかねえ。
おやすみなさい。ZZZ.……。
これもエドさんの人徳ですかねえ。
おやすみなさい。ZZZ.……。
Re: YUKAさん
自転車操業なので次回どうなっていることかわたしもわかりません……と答えたら、さすがに怒るよなあ、YUKAさんでも……(汗)
この話の結末はしっかりと見えておりますが、そこへ至る道は、作者にとって真っ暗な迷路みたいになっているのであります。作者とともにはらはらしていてください(^^;)
この話の結末はしっかりと見えておりますが、そこへ至る道は、作者にとって真っ暗な迷路みたいになっているのであります。作者とともにはらはらしていてください(^^;)
こんにちは^^
グレン――!!
人間の世界に馴染んでますね^^
それもエドさんのおかげですが^^
もはや家族。
そして、メインキャストの1人(いや、1妖精)
まさか、居なくなったりしませんよね?
人間の世界に馴染んでますね^^
それもエドさんのおかげですが^^
もはや家族。
そして、メインキャストの1人(いや、1妖精)
まさか、居なくなったりしませんよね?
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Re: 椿さん
グレンにはいろいろと助けてもらいましたほんと。